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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第二章 暴食の槍
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21話 竜門 2

 水球のなかでゴボゴボと泡を発てながら、ガスパールは空中を掻きむしって暴れまわる。


 ――しばらくすると、ガスパールの両手がだらりと垂れ下がった。


「はい。死んだ」

 セリナがウインクして目の横でブイサインをしたが、冒険者たちは、呆然としたまま声も出せない。


 バックアップに徹してくれていたセリナが攻撃に転じれば、ここまで容赦なく強いのか。

 圧倒的な手管に、熟練の冒険者たちでさえ、なにを言うこともできないでいた。


 ☆☆☆


 魔法で攻撃しようとして、通常の発想であれば、レベルの高い魔法を使おうとするだろう。

 もっと深い階層へ。

 恨み辛みで耐えきれなくなれば、いっそ禁術にまで手を出してやる、と。


 しかし、セリナに、そんな発想はない。

 そこらの水気だけで、万事解決してしまう。


 六階層までの生活魔法で、なにもかも。

 レイをして、セリナが研究職でいる限り、生活レベルは向上し続けると言わしめる才能であった。


 回復魔法にしても大仰なものは使用しない。


 体調不良なら、体内の血流を一巡させる。

 微細な血管修復も瞬時に行い、毒や麻痺、混乱に見舞われても、的確に体外へと摘出してしまう。

 患者本人に治療された記憶がないほどの速度で回復は終わる。


 セリナは現在、魔法国家ルスガリアにおいて、天才とされている一人である。


 ☆☆☆


 ――だが、ガスパールは強靭だった。


 ガスパールの目が炎のように燃え上がり、口から一気に火を噴き出す。

 高熱の炎が水球を蒸発させ、爆発的な蒸気が辺りを包む。


「舐めるなあ!!」

 少年の顔が変形し、口から凄まじい炎を吐き出し、水球を蒸発させた。


 ガスパールは叫び声を上げながら、水球から脱出し、地面に膝をつく。

 ガスパールの周囲には蒸気が立ち込め、ガスパールの胸が大きく上下していた。


「テメエら……ここまでしといて楽には死なさねえからなあ!」

 ガスパールは息を整えながら、その目には怒りと復讐の炎が燃えている。


 セリナは驚いた表情で、ガスパールの強靭さに舌打ちをするが、次の一手を考えながらも、すでに構えを取っていた。


 ☆☆☆


 ガスパールの目には怒りの炎が宿り、その瞳がまるで黄金のように輝きだした。

 そして、その瞬間、ガスパールの身体が変異を始めた。


 ガスパールの背中が突如として盛り上がり、骨の軋む音が響き渡る。

 皮膚が硬化し、うろこ状の竜鱗が浮かび上がってきた。

 筋肉が膨れ上がり、腕と脚はさらに太く、力強く変化していく。


 指先からは鋭い爪が伸び、牙がむき出しになった口からは低い唸り声が漏れる。

 ガスパールの頭には、鋭く湾曲した角が生え、その姿はまさに竜そのものに近づいていた。


 ガスパールの身体はどんどん大きくなり、今やガスパールは完全に人間の姿を捨て去り、竜人――ドラゴニュートの姿へと変態を遂げていた。


 鱗の間から光が漏れ、その身体は力に満ちている。

 ガスパールの尾が地面を叩き、土煙が舞い上がった。


 怒りに満ちたガスパールの目がレイたちに向けられると、冷酷な笑みがその顔に浮かんだ。


 ☆☆☆


 レイは目を見開き、その変貌に驚嘆していた。


「 まさか、こんなところでドラゴニュートに出会うなんて――」

 レイの声には驚きと恐れ、それとは別に好奇心が入り混じっていた。


 伝説の中でしか語られないほどの強力な存在が、今、目の前に立ちはだかっていることが信じられない。


「ドラゴニュート? リザードマンとは違うのか?」

「ワニやトカゲの亜人とじゃ、そんなの比較にもなりませんよ! 虎と子猫くらい違うッス!」

 セリナでさえ、笑顔を忘れて真顔になっていた。


「掛け値なしに地上最強生物ですよ。ほとんど完全生物と言って良いです」

 レイは変貌を遂げたガスパールを見上げて言った。


 ☆☆☆


 ガスパールは胸を大きく膨らませ、口を大きく開いて吠えた。


 耳をつんざくような咆哮が周囲に響き渡り、その音はまるで雷鳴のように空気を震わせた。

 吠えると同時にガスパールの口元から熱い息が吐き出され、それに反応するかのように周囲の風が急速に渦巻き始める。


 突然の暴風がその場に巻き起こり、木々の枝葉が激しく揺れ、地面の砂埃が舞い上がる。

 風は猛々しく、まるで巨大な竜が翼を広げたかのような力強さで、周囲の空気を乱していく。


 マテオは風圧に足を取られそうになりながらも、槍を構え直し、レイとセリナは目を細めてその場に踏みとどまろうと必死だった。


 ガスパールの黄金の瞳が獲物を狙うように光り、その全身が放つ威圧感は膨れ上がっていく。

 咆哮は一瞬の静寂を引き裂き、まるでこの場の支配者が誰であるかを宣言するかのように、自然の力そのものを操っているように見えた。

 お読みいただきありがとうございました。

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