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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第二章 暴食の槍
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20話 竜門 1

「アホじゃねえ! ガスパールだ!」


「あら、後は吠えるだけかと思ったら自己紹介ができるのね。偉いえらい」

 レイが嘲笑しながら、ガスパールに向かって憎まれ口を叩く。


「レイ! もういい! 退け!」

 マテオはレイの策を理解していた。

 怒らせて隙を突くつもりだったのだろう。


 激昂したガスパールはじりじりと間合いを詰めてくる。


 ――それじゃあダメだ。

 マテオが見たところ、こいつは激情型に見えて、その実、狩人型の戦士である。


 実際、どんなに煽られたところで、無闇にワイバーンの手綱を緩めようとすらしていない。

 冷静に戦局を見ている。


 レイのことだから、魔法で絡め取る策でも立てていたのか。

 だが、いくらレイでも実戦経験は浅い。

 一瞬で喉元に食らいついてくる野獣と戦うとなると、下手な策は裏目に出ることも多い。


「俺がやる。離れてろ」

 マテオはレイを見て頷き、ゆっくりと暴食の槍を構えた。


「ふうん。フロルベルナの悪魔ってのは、やっぱりお前だな」

 ガスパールの声は若々しいが、どこか冷たく、まるで蛇がささやくような響きを持っていた。


 ガスパールは巧みにワイバーンを操って、マテオに近付いて行く。

 ワイバーンは手の爪をカチカチと鳴らし始めた。

 爪はまるで短剣のように鋭く光り、いつでもマテオを切り裂ける準備ができているかのようだ。


 ガスパールの笑みは一層広がった。

 目が鋭く輝き、次の瞬間、ワイバーンの足が宙に舞った。


 信じられない速さでワイバーンが突進してきたのだ。

 まるで風のように速く、刃のように鋭く。

 ワイバーンの爪がマテオに向かって振り下ろされる。


 マテオは槍を振りかざし、ワイバーンの攻撃を受け止めた。

 激しい金属音が響き渡り、火花が散る。

 ワイバーンの力は圧倒的で、マテオはその衝撃で後ろへと押しやられたが、必死に踏みとどまった。


 ワイバーンがまたもや飛んだ。今度は高い。

 冒険者たちが参戦しようとするのを、マテオは「来るな」と一喝する。


 そしてまた急降下して、マテオに接する直前、その口から灼熱の炎が吐き出され、マテオを飲み込むように襲いかかってきた。


 炎の熱気が周囲の木々を焦がし、空気が歪んで見える。

 ワイバーンの爪が炎と同時にマテオに襲いかかる。

 マテオは咄嗟に地面に転がり込み、辛うじて爪の直撃を避けるが、装備の一部が焦げ、熱さに顔をしかめた。


 マテオは息を荒らげながら立ち上がり、暴食の槍をしっかりと握りしめた。

 ワイバーンは再び空中に舞い上がり、その巨大な翼で風を起こしながら、鋭い爪を突き立てるべく再度、急降下してくる。


「あの攻撃はまずいぞ」


 マテオは槍を構え直し、一瞬のタイミングを見極めてジャンプした。

 彼の背後でワイバーンの爪が地面を抉り、大きな裂け目を作る。

 マテオは空中で槍を振りかざし、暴食の槍の力を解き放とうとする。


「暴食の槍!」


 マテオの叫びとともに槍が魔力を纏い始めた。

 しかし、ワイバーンの尾が振り抜かれ、マテオに激しく叩きつけられる。

 マテオは防御のために槍をかざすが、尾の一撃は凄まじく、地面に叩きつけられてしまった。


 マテオは痛みをこらえながら立ち上がり、再び槍を握り直す。

 ワイバーンが再度炎を吐き出そうと口を開けた瞬間、マテオは力を振り絞って突進した。


 槍の先端が、炎が吐き出されると瞬時に広がり、炎を呑んだ。


「ああッ!?」

 炎を呑んだ穂先が閉じると、凄まじい回転を始めた。

 穂先は火を巻いて、どんどん激しく回転する。


「なんだア!? その槍は!」


 ワイバーンがマテオに向かって鋭い爪を振り下ろそうとしたその瞬間、マテオは地面を蹴り上げて後方に飛び退く。

 マテオの目はワイバーンの口元に集中していた。


 巨獣の口が再び開き、灼熱の炎がその奥でうねり始めた。

 周囲の空気が焼けつくような熱を帯び、マテオの額に汗が浮かぶ。


 ガスパールは手綱を引いてワイバーンの体勢を低くすると、同時に飛んだ。


「おおおおッ!」

 マテオは雄叫びをあげて、暴食の槍を渾身の力で握りしめる。


 全身を引き絞り、火を噴く槍をワイバーンへ向けて、真っ直ぐに投げ放った。

 槍は唸りを上げながら空を切り裂き、まるで矢のように一直線に飛んでいく。


 暴食の槍はワイバーンの開け放たれた口に突き刺さり、瞬時に巨大な爆発が巻き起きた。

 爆音とともに衝撃波が周囲に広がり、木々が揺れ、地面が震えた。

 ワイバーンの頭部が炎と煙に包まれ、巨大な体が崩れ落ちるように空中で吹き飛ばされる。


 ワイバーンの半身が粉々に吹き飛び、残った身体も地面に激しく叩きつけられて動かなくなった。

 空にはまだ爆発の残響がこだまし、燃え盛る炎がその跡を描いていた。


 マテオはよろけながらも立ち上がり、地面に突き刺さった暴食の槍を回収して息を整える。

 彼の体は傷だらけだったが、それでも、かすかな笑みを浮かべた。


「これが暴食の槍……」

 マテオは槍を手に取りながら、消し炭になったワイバーンの残骸を見つめた。


 ☆☆☆


 ガスパールは地に降り立って、ギリギリと歯ぎしりした。


「お前……俺の竜を……!!」


 ガスパールは怒りに燃え、瞳が鋭く光ると、その怒りのままに地を蹴って、マテオに襲いかかってきた。

 ガスパールの目は血走り、牙をむき出しにして、まるで獣のような咆哮を上げる。


 ガスパールが叫びながらマテオに飛びかかるその瞬間、セリナが静かに呪文を唱えた。


 セリナの手が優雅に空を切り、水が集まり始める。

 瞬く間に大きな水球が形成され、それがガスパールの頭上に浮かび上がった。


 セリナが手を振り下ろすと、水球がガスパールの頭に叩きつけられる。


「――ガボッ!!」

 水球がガスパールの頭を包み込む。ガスパールは突然の事態に目を見開き、必死に呼吸をしようとするが、水球の中ではそれが叶わない。


 ガスパールの体が痙攣し、爪で水球を引っ掻くが、水球はパチャパチャと跳ねるだけであった。


 ガスパールの口からは苦しげなうめき声が漏れ、目が血走り、必死に脱出を試みる。

 しかし、水球が彼の鼻と口を塞ぎ、息が詰まる。


「パイセン。もう、こいつ、殺っちゃってイイッスかね?」

 眠そうな顔をしながら、セリナは水球を圧縮していった。

 お読みいただきありがとうございました。

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