20話 竜門 1
「アホじゃねえ! ガスパールだ!」
「あら、後は吠えるだけかと思ったら自己紹介ができるのね。偉いえらい」
レイが嘲笑しながら、ガスパールに向かって憎まれ口を叩く。
「レイ! もういい! 退け!」
マテオはレイの策を理解していた。
怒らせて隙を突くつもりだったのだろう。
激昂したガスパールはじりじりと間合いを詰めてくる。
――それじゃあダメだ。
マテオが見たところ、こいつは激情型に見えて、その実、狩人型の戦士である。
実際、どんなに煽られたところで、無闇にワイバーンの手綱を緩めようとすらしていない。
冷静に戦局を見ている。
レイのことだから、魔法で絡め取る策でも立てていたのか。
だが、いくらレイでも実戦経験は浅い。
一瞬で喉元に食らいついてくる野獣と戦うとなると、下手な策は裏目に出ることも多い。
「俺がやる。離れてろ」
マテオはレイを見て頷き、ゆっくりと暴食の槍を構えた。
「ふうん。フロルベルナの悪魔ってのは、やっぱりお前だな」
ガスパールの声は若々しいが、どこか冷たく、まるで蛇がささやくような響きを持っていた。
ガスパールは巧みにワイバーンを操って、マテオに近付いて行く。
ワイバーンは手の爪をカチカチと鳴らし始めた。
爪はまるで短剣のように鋭く光り、いつでもマテオを切り裂ける準備ができているかのようだ。
ガスパールの笑みは一層広がった。
目が鋭く輝き、次の瞬間、ワイバーンの足が宙に舞った。
信じられない速さでワイバーンが突進してきたのだ。
まるで風のように速く、刃のように鋭く。
ワイバーンの爪がマテオに向かって振り下ろされる。
マテオは槍を振りかざし、ワイバーンの攻撃を受け止めた。
激しい金属音が響き渡り、火花が散る。
ワイバーンの力は圧倒的で、マテオはその衝撃で後ろへと押しやられたが、必死に踏みとどまった。
ワイバーンがまたもや飛んだ。今度は高い。
冒険者たちが参戦しようとするのを、マテオは「来るな」と一喝する。
そしてまた急降下して、マテオに接する直前、その口から灼熱の炎が吐き出され、マテオを飲み込むように襲いかかってきた。
炎の熱気が周囲の木々を焦がし、空気が歪んで見える。
ワイバーンの爪が炎と同時にマテオに襲いかかる。
マテオは咄嗟に地面に転がり込み、辛うじて爪の直撃を避けるが、装備の一部が焦げ、熱さに顔をしかめた。
マテオは息を荒らげながら立ち上がり、暴食の槍をしっかりと握りしめた。
ワイバーンは再び空中に舞い上がり、その巨大な翼で風を起こしながら、鋭い爪を突き立てるべく再度、急降下してくる。
「あの攻撃はまずいぞ」
マテオは槍を構え直し、一瞬のタイミングを見極めてジャンプした。
彼の背後でワイバーンの爪が地面を抉り、大きな裂け目を作る。
マテオは空中で槍を振りかざし、暴食の槍の力を解き放とうとする。
「暴食の槍!」
マテオの叫びとともに槍が魔力を纏い始めた。
しかし、ワイバーンの尾が振り抜かれ、マテオに激しく叩きつけられる。
マテオは防御のために槍をかざすが、尾の一撃は凄まじく、地面に叩きつけられてしまった。
マテオは痛みをこらえながら立ち上がり、再び槍を握り直す。
ワイバーンが再度炎を吐き出そうと口を開けた瞬間、マテオは力を振り絞って突進した。
槍の先端が、炎が吐き出されると瞬時に広がり、炎を呑んだ。
「ああッ!?」
炎を呑んだ穂先が閉じると、凄まじい回転を始めた。
穂先は火を巻いて、どんどん激しく回転する。
「なんだア!? その槍は!」
ワイバーンがマテオに向かって鋭い爪を振り下ろそうとしたその瞬間、マテオは地面を蹴り上げて後方に飛び退く。
マテオの目はワイバーンの口元に集中していた。
巨獣の口が再び開き、灼熱の炎がその奥でうねり始めた。
周囲の空気が焼けつくような熱を帯び、マテオの額に汗が浮かぶ。
ガスパールは手綱を引いてワイバーンの体勢を低くすると、同時に飛んだ。
「おおおおッ!」
マテオは雄叫びをあげて、暴食の槍を渾身の力で握りしめる。
全身を引き絞り、火を噴く槍をワイバーンへ向けて、真っ直ぐに投げ放った。
槍は唸りを上げながら空を切り裂き、まるで矢のように一直線に飛んでいく。
暴食の槍はワイバーンの開け放たれた口に突き刺さり、瞬時に巨大な爆発が巻き起きた。
爆音とともに衝撃波が周囲に広がり、木々が揺れ、地面が震えた。
ワイバーンの頭部が炎と煙に包まれ、巨大な体が崩れ落ちるように空中で吹き飛ばされる。
ワイバーンの半身が粉々に吹き飛び、残った身体も地面に激しく叩きつけられて動かなくなった。
空にはまだ爆発の残響がこだまし、燃え盛る炎がその跡を描いていた。
マテオはよろけながらも立ち上がり、地面に突き刺さった暴食の槍を回収して息を整える。
彼の体は傷だらけだったが、それでも、かすかな笑みを浮かべた。
「これが暴食の槍……」
マテオは槍を手に取りながら、消し炭になったワイバーンの残骸を見つめた。
☆☆☆
ガスパールは地に降り立って、ギリギリと歯ぎしりした。
「お前……俺の竜を……!!」
ガスパールは怒りに燃え、瞳が鋭く光ると、その怒りのままに地を蹴って、マテオに襲いかかってきた。
ガスパールの目は血走り、牙をむき出しにして、まるで獣のような咆哮を上げる。
ガスパールが叫びながらマテオに飛びかかるその瞬間、セリナが静かに呪文を唱えた。
セリナの手が優雅に空を切り、水が集まり始める。
瞬く間に大きな水球が形成され、それがガスパールの頭上に浮かび上がった。
セリナが手を振り下ろすと、水球がガスパールの頭に叩きつけられる。
「――ガボッ!!」
水球がガスパールの頭を包み込む。ガスパールは突然の事態に目を見開き、必死に呼吸をしようとするが、水球の中ではそれが叶わない。
ガスパールの体が痙攣し、爪で水球を引っ掻くが、水球はパチャパチャと跳ねるだけであった。
ガスパールの口からは苦しげなうめき声が漏れ、目が血走り、必死に脱出を試みる。
しかし、水球が彼の鼻と口を塞ぎ、息が詰まる。
「パイセン。もう、こいつ、殺っちゃってイイッスかね?」
眠そうな顔をしながら、セリナは水球を圧縮していった。
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