19話 密林の王者 6
――うほおおおお! いい男おおおおお!
震える暴食の槍から声が聞こえてきた。
「え? なんだ、これ?」
「どうしました? 先輩?」
レイが怪訝な顔でマテオを見る。頭でも打ったかと心配になったのだ。
「聞こえてない? 俺だけ?」
――これは、妾を愛でている汝にしか聞こえぬ愛の言葉よ。
「キモッ!」
マテオは槍を放りだした。
「は?! なにしてんの! 先輩!」
やっとのことで手に入れた遺物を投げだすマテオに、レイは目を剥いて抗議する。
――待てい! ちょっと、待てい!
「なんかキモいババアみたいなのが絡んできた。なんだ、このキモい槍は」
「あれれ? オバちゃんの声が聞こえません?」
セリナが言うと、レイや他の冒険者たちも耳を澄ませる。
「……キモいババアの声――」
――誰がキモいかあああ!
急に大音量の声が響き渡って、密林の鳥たちが一斉に逃げ去っていく。
「――ッ!! 頭に直接、語りかけてきた!」
これは虚飾の魔杖を装備した時と同じ現象だとレイは思ったが、秘めた魔力は全くの別物である。
遺物といえど、本来は直接触れるか、所有者と認められた者にしか聞こえないはずだ。
それが、他人はおろか、周辺一帯にまで意思を伝えられる遺物が存在するなど信じがたい。
どれだけ破格の魂が封じられれば、こんな現象が起こるのか。
「これが魔王――」
レイは耳を塞いで、桁外れの魔力に驚嘆する他なかった。
――妾は二十の国と百の部族を率いし、無敵の女帝。汝も聞いたことくらいはあろう……
「ねえよ」間髪入れずにマテオが言う。
――なんでじゃああああああ!
「あはは! なんか、はっちゃけたオバちゃんッスねえ」
――失せろ! メスザル!
「ぎゃあ!」
垣根なく誰にでも話しかけるセリナが、よくわからんオバ――女帝に怒られてしまった。
どうやら、雷系の魔法でも流されたらしい。
「うええええん! ビリッとキタッス! マジ最悪! なんかババアが激オコで! オコでえええ!」
セリナが泣きべそを掻いて、レイに縋ってきた。
「相当プライドの高い……まあ、女帝ってくらいだから、怒られたくらいで済んで良かったわ」とレイはセリナの背中を摩りながら慰めた。
――あの男がいい! 妾、あの男に嫁ぐんじゃああ!
「レイレイ。また槍のなかのババアが、なんか言ってるんスけど」
しゃくり上げながら、セリナが言う。
「皆にも聞こえているわ。あんたは、懲りもせず憎まれ口を叩くんじゃないの」
レイはマテオに向きあって言った。
「先輩。お願い。そこの槍ババアと和解して」
「ええええええ。凄えイヤ。お前にやるよ。コレ」
マテオは暴食の槍を、落ちていた棒きれでつついて、レイの方へ押しやった。
――言い方ああああ! お前ら言い方あああああ!
再び集まってきた鳥たちが、また飛び立って行った。
☆☆☆
突如として空が暗くなり、低い唸り声が響き渡る。
その音は徐々に大きくなり、まるで雷鳴のような鳴き声が反響した。
皆が不審に思い顔を上げた瞬間、太陽を巨大な影が覆い隠した。
突風が吹き下ろした次の瞬間、巨大な翼を広げたワイバーンが降り立って来た。
翡翠色の鱗が日の光を受けてきらめき、巨大な翼が空を裂く音を発てている。
そのワイバーンの背中に少年の影。
少年はまるで馬にまたがるかのようにワイバーンの背中に座り、得意げにレイたちを見下ろしていた。
少年は唇に薄い笑みを浮かべ、獲物を狙う猛禽のような鋭い目つきで、暴食の槍に視線を落とした。
「へえ……その槍、俺に渡せば命は助けてやるよ」
それは、少年の姿をしているが、明らかに人外の雰囲気、凄みを持っていた。
ここにいるのは、歴戦の冒険者たちばかりである。
空気が一瞬で張り詰めていく。
鋭い黄金色の瞳が、獲物を狙う猛禽のように冷酷で、長い蓬髪が風になびく。
口元には常に冷笑が浮かび、薄い唇から覗く鋭い牙が、少年の獰猛さを物語っていた。
「槍を持ってきた褒美に、生かしおいてやる。感謝しろよ」
少年が冷笑を浮かべながら、ワイバーンの首元を軽く叩いた。
すると、ワイバーンの喉から低い咆哮が漏れ、体勢を低く、今にも飛びかかりそうな威嚇体勢を取った。
ワイバーンは、大きな牙を剥き出しにして、低い唸り声で睨みをきかす。
明確な恫喝であった。
☆☆☆
「一つだけ訊かせて欲しいんだけど」
レイが威嚇するワイバーンの前へ、まるで無防備に歩いて行く。
「おい! 近付くな!」
マテオが後ろで警告するが、レイがなんの対策も取っていないわけはない。
虚飾の魔杖と黒魔法を使って、ワイバーンを威圧していた。
ワイバーンにも、レイは得体の知れない怪物のように映っているはずだ。
「ああ? 誰が口をきいて良いなんて言ったよ?!」
レイは少年の言葉など無視して笑顔を向けた。
こんな者と、まともな会話ができるなど、レイにしても考えてはいない。
「あんたの仲間に魔女はいる? フロルベルナ村を襲った魔女よ」
「ああ。お前ら役人か――いるけど、それがなんだ?」
「魔女は生きてるの?」
「関係ねえだろ」
「槍が欲しいのよね?」
一瞬、声を詰まらせ、目をパチクリさせた後、少年は返答に困った。
「ああ。これは生きてるわね」
レイは口角を持ち上げ、嫌みに嗤うと続けて言った。
「魔女はどこにいるの? あなたたちの目的はなに? 組織の規模は?」
「ああ?! なんだ、お前。いきなり――」
レイの瞳が、真っ赤になった。
獰猛な瞳である。
少年は「お前、その目――」と言いかけて、レイの言葉に押しつぶされる。
「はあああ?? いきなり来たのは、あんたじゃない。質問にも答えない。でも槍は欲しい? そっちこそ、なに言ってるのか、わかってる? バカじゃないの。死ぬの? アホなの?」
「テメエエエエエ!」
「困ったわ。やはりアホを挑発したら怒るのね。もう会話にならないじゃない。アホはダメね。先輩、アホの相手をお願い」
レイはマテオにすべてを任せる決断をした。
「うおおおおおい! ちょっと待て!」
「あいつが言ってた悪魔ってのは、お前かああ!」
激怒した少年がマテオに吠えたてた。
「悪魔パイセン! ファイ!!」
セリナがマテオに、余計な声援を送る。
「お前ら!」
マテオは、あれだけ嫌がっていた暴食の槍を手に取ると、竜に乗った少年に向かって構えた。
「ね? 先輩はできる子よ。さ。アホがお待ちですよ。先輩」
レイはセリナに微笑んで言った。
「できる子パイセン。応援するッス!」
セリナが両拳を握って頬を膨らませる。
「応援じゃなくて参戦だ。バカ野郎!」
マテオは、やけくそで叫んだ。
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