表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第二章 暴食の槍
19/164

19話 密林の王者 6

 ――うほおおおお! いい男おおおおお!

 震える暴食の槍から声が聞こえてきた。


「え? なんだ、これ?」

「どうしました? 先輩?」

 レイが怪訝な顔でマテオを見る。頭でも打ったかと心配になったのだ。


「聞こえてない? 俺だけ?」

 ――これは、妾を愛でている汝にしか聞こえぬ愛の言葉よ。


「キモッ!」

 マテオは槍を放りだした。


「は?! なにしてんの! 先輩!」

 やっとのことで手に入れた遺物を投げだすマテオに、レイは目を剥いて抗議する。


 ――待てい! ちょっと、待てい!


「なんかキモいババアみたいなのが絡んできた。なんだ、このキモい槍は」

「あれれ? オバちゃんの声が聞こえません?」

 セリナが言うと、レイや他の冒険者たちも耳を澄ませる。


「……キモいババアの声――」

 ――誰がキモいかあああ!

 急に大音量の声が響き渡って、密林の鳥たちが一斉に逃げ去っていく。


「――ッ!! 頭に直接、語りかけてきた!」

 これは虚飾の魔杖を装備した時と同じ現象だとレイは思ったが、秘めた魔力は全くの別物である。


 遺物といえど、本来は直接触れるか、所有者と認められた者にしか聞こえないはずだ。

 それが、他人はおろか、周辺一帯にまで意思を伝えられる遺物が存在するなど信じがたい。

 どれだけ破格の魂が封じられれば、こんな現象が起こるのか。


「これが魔王――」

 レイは耳を塞いで、桁外れの魔力に驚嘆する他なかった。


 ――妾は二十の国と百の部族を率いし、無敵の女帝。汝も聞いたことくらいはあろう……


「ねえよ」間髪入れずにマテオが言う。


 ――なんでじゃああああああ!

「あはは! なんか、はっちゃけたオバちゃんッスねえ」


 ――失せろ! メスザル!

「ぎゃあ!」


 垣根なく誰にでも話しかけるセリナが、よくわからんオバ――女帝に怒られてしまった。

 どうやら、雷系の魔法でも流されたらしい。


「うええええん! ビリッとキタッス! マジ最悪! なんかババアが激オコで! オコでえええ!」

 セリナが泣きべそを掻いて、レイに縋ってきた。


「相当プライドの高い……まあ、女帝ってくらいだから、怒られたくらいで済んで良かったわ」とレイはセリナの背中を摩りながら慰めた。


 ――あの男がいい! 妾、あの男に嫁ぐんじゃああ!


「レイレイ。また槍のなかのババアが、なんか言ってるんスけど」

 しゃくり上げながら、セリナが言う。


「皆にも聞こえているわ。あんたは、懲りもせず憎まれ口を叩くんじゃないの」


 レイはマテオに向きあって言った。

「先輩。お願い。そこの槍ババアと和解して」


「ええええええ。凄えイヤ。お前にやるよ。コレ」

 マテオは暴食の槍を、落ちていた棒きれでつついて、レイの方へ押しやった。


 ――言い方ああああ! お前ら言い方あああああ!

 再び集まってきた鳥たちが、また飛び立って行った。


 ☆☆☆


 突如として空が暗くなり、低い唸り声が響き渡る。


 その音は徐々に大きくなり、まるで雷鳴のような鳴き声が反響した。

 皆が不審に思い顔を上げた瞬間、太陽を巨大な影が覆い隠した。


 突風が吹き下ろした次の瞬間、巨大な翼を広げたワイバーンが降り立って来た。

 翡翠色の鱗が日の光を受けてきらめき、巨大な翼が空を裂く音を発てている。


 そのワイバーンの背中に少年の影。

 少年はまるで馬にまたがるかのようにワイバーンの背中に座り、得意げにレイたちを見下ろしていた。

 少年は唇に薄い笑みを浮かべ、獲物を狙う猛禽のような鋭い目つきで、暴食の槍に視線を落とした。


「へえ……その槍、俺に渡せば命は助けてやるよ」


 ()()は、少年の姿をしているが、明らかに人外の雰囲気、凄みを持っていた。

 ここにいるのは、歴戦の冒険者たちばかりである。

 空気が一瞬で張り詰めていく。


 鋭い黄金色の瞳が、獲物を狙う猛禽のように冷酷で、長い蓬髪が風になびく。

 口元には常に冷笑が浮かび、薄い唇から覗く鋭い牙が、少年の獰猛さを物語っていた。


「槍を持ってきた褒美に、生かしおいてやる。感謝しろよ」


 少年が冷笑を浮かべながら、ワイバーンの首元を軽く叩いた。


 すると、ワイバーンの喉から低い咆哮が漏れ、体勢を低く、今にも飛びかかりそうな威嚇体勢を取った。

 ワイバーンは、大きな牙を剥き出しにして、低い唸り声で睨みをきかす。


 明確な恫喝であった。


 ☆☆☆


「一つだけ訊かせて欲しいんだけど」

 レイが威嚇するワイバーンの前へ、まるで無防備に歩いて行く。


「おい! 近付くな!」

 マテオが後ろで警告するが、レイがなんの対策も取っていないわけはない。


 虚飾の魔杖と黒魔法を使って、ワイバーンを威圧していた。

 ワイバーンにも、レイは得体の知れない怪物のように映っているはずだ。


「ああ? 誰が口をきいて良いなんて言ったよ?!」

 レイは少年の言葉など無視して笑顔を向けた。

 こんな者と、まともな会話ができるなど、レイにしても考えてはいない。


「あんたの仲間に魔女はいる? フロルベルナ村を襲った魔女よ」


「ああ。お前ら役人か――いるけど、それがなんだ?」

「魔女は生きてるの?」


「関係ねえだろ」

「槍が欲しいのよね?」


 一瞬、声を詰まらせ、目をパチクリさせた後、少年は返答に困った。

「ああ。これは生きてるわね」

 レイは口角を持ち上げ、嫌みに嗤うと続けて言った。


「魔女はどこにいるの? あなたたちの目的はなに? 組織の規模は?」

「ああ?! なんだ、お前。いきなり――」


 レイの瞳が、真っ赤になった。

 獰猛な瞳である。

 少年は「お前、その目――」と言いかけて、レイの言葉に押しつぶされる。


「はあああ?? いきなり来たのは、あんたじゃない。質問にも答えない。でも槍は欲しい? そっちこそ、なに言ってるのか、わかってる? バカじゃないの。死ぬの? アホなの?」

「テメエエエエエ!」


「困ったわ。やはりアホを挑発したら怒るのね。もう会話にならないじゃない。アホはダメね。先輩、アホの相手をお願い」

 レイはマテオにすべてを任せる決断をした。


「うおおおおおい! ちょっと待て!」

「あいつが言ってた悪魔ってのは、お前かああ!」

 激怒した少年がマテオに吠えたてた。


「悪魔パイセン! ファイ!!」

 セリナがマテオに、余計な声援を送る。


「お前ら!」

 マテオは、あれだけ嫌がっていた暴食の槍を手に取ると、竜に乗った少年に向かって構えた。


「ね? 先輩はできる子よ。さ。アホがお待ちですよ。先輩」

 レイはセリナに微笑んで言った。


「できる子パイセン。応援するッス!」

 セリナが両拳を握って頬を膨らませる。


「応援じゃなくて参戦だ。バカ野郎!」

 マテオは、やけくそで叫んだ。

 お読みいただきありがとうございました。

 ブクマ、いいねボタン、評価、感想など、お気軽に。

 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Xアカウントへ 河田真臣@カクヨム&小説家になろう カクヨム版へ カクヨム 遊びに来ていただけると嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ