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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第二章 暴食の槍
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18話 密林の王者 5

 魔王の歴史とは、魔法の歴史である。


 数百年に一度、天災のように現れる革新者は、古き時代の秩序を壊して、まったく新しい時代を創ってきた。


 およそ千年前。

 歴史上、初めて魔法を行使したとされる最初の人。


 肉体の限界以上の剛力を発揮する魔法は、後に強化魔法と呼ばれ、無敵の兵を生んだ。


 二十の国家と、百を超える部族を束ねた原初の魔王――豪傑女帝ベアトリス・ベルフェゴール。


 ☆☆☆


 ダンジョンの内部は、異様な空気が支配していた。


 湿気がまとわりつくように重く、ひんやりとした冷気が肌を刺す。

 石壁にはびっしりと苔が生え、滴り落ちる水滴が不規則なリズムで床に響く。

 その音がやけに大きく感じられ、耳にまとわりつくようだった。


 空気中には腐敗と湿気が混ざり合った独特の臭いが漂い、吐き気を催すほどだ。


 道の左右に伸びる壁には、時折奇妙な生き物の影がうごめき、その正体を確認する間もなく消えていく。

 ねばつくような風が吹き、遠くから聞こえる不気味な唸り声が、ここがただの洞窟ではないことを物語っている。


 ☆☆☆


 奥へ進むほど、無数の生物や魔物の気配が押し寄せてくる。


 視界の端にチラリと映るのは、巨大なクモの足、トカゲの尾、そして異様に長い牙を持つ生物の姿だ。

 殺気が充満しており、ひとたび足を踏み入れると、獲物として狙われていることを感じずにはいられない。

 影から見え隠れする目がギラリと光り、侵入者に向けられた敵意が肌に刺さるように伝わってくる。


 壁際には、かつての冒険者たちの無残な遺骸が散らばり、古びた武器や装備が朽ち果てていた。

 異様な生き物の痕跡がそこかしこに残され、誰もが無事には帰れない場所であることを痛感させる。


 ☆☆☆


 ダンジョンの深層へと進むにつれて、空気は次第に重く、冷たくなっていった。


 レイ、マテオ、セリナ、そして数名の冒険者たちは、狭く湿った通路を慎重に進みながら、息を潜め、足音さえも忍ばせて、先を急いでいた。


 壁には古代の遺跡に残された謎めいた文字が刻まれ、かすかな青白い光を放つ魔法石が彼らの道を照らしている。


 やがて彼らは、広大な地下空間にたどり着いた。

 そこには、”暴食の槍”が、台座に静かに鎮座していた。

 しかし、その槍を守るかのように、周囲には不気味なオーラが漂っている。


 ☆☆☆


 待ち受けていたのは、おぞましい怪物だった。


 無数の動物が混ざり合い、捻じ曲げられた異形の姿は、見る者に底知れぬ恐怖を植え付ける。

 巨大な獣の体躯には、猛禽類の鋭い翼が生え、蛇のようにうねる尾が地面を這い回っていた。


 四本の足は虎や狼のように力強く、鋭い爪は何でも引き裂く凶器と化す。

 顔は複数の動物の特徴が混ざり合い、目は炎のように燃え、口からは猛毒を含んだ息が漏れ出している。


「黒魔法ね。禁術でしょうが。おそらく動物の怨念で出来てる。いったんバラバラにするのがセオリーだけど」

 レイがひそひそと声を潜めて皆に言った。


「そんなことができるのか?」

 マテオが驚いて口を開く。


「力押しだと、ダンジョンが崩壊する危険性もあるわね……」

「それが一番怖いッスね」

 セリナが水魔法で、パーティ全員を覆いつつ、応じた。


「ですから、攻撃は先輩ひとりに絞ります。冒険者のみなさんは盾役。私は怪物の注意を引きます。セリナはバックアップよろしく」


「アレを掻い潜るのか」とさすがのマテオも不安の色を隠せない。


「怪物の後ろ、見えますか? アレが、暴食の槍だと思うんですよね。怪物スルーして、取っちゃってください。私たちは、先輩が槍を奪取する経路を確保します」


「あの怪物が槍を護ってるんだろ? それを掻い潜るってのは……」


「う~ん。ここの管理者にしてみれば、怪物が手に負えなくなった際の安全装置を置くはずなんですよね」

「それが暴食の槍か」

「そういうことです」


 ☆☆☆


「それで、あの槍、ここで使って崩落しないのか?」

 冒険者の一人が口を開く。


「……そこは先輩次第です。魔力は極力抑えて、一転集中でお願いします」

「お願いされてもなあ」


「キタ! 来たッスよ!」

 セリナが警告を発した瞬間、怪物が咆哮と共に姿を現わした。


 古代の魔法で生み出された怪物の顔はグルグル変わる。

 獅子の頭と蛇の尾、鷲の翼が混じり合った異形の存在。

 巨大な体躯が、ダンジョンそのものを揺るがすかのように迫って来た。


「じゃ。先輩頑張ってください!」

「嘘だろ! いきなり、突っ込ませるの??」


「パイセン。あの……いっぱい、ゴチになりました」

「お別れ言ってんじゃねえ!」


 マテオの指示で、盾役の八人が前列に並び、巨大な盾をかざして一斉に防御体勢を取る。

 彼らの盾に、怪物の爪が激しく打ち付けられる度に、金属がきしむ音が響き渡った。

 衝撃で盾が凹み、盾役の一人が耐えきれずに膝をつくが、隣の仲間がすぐに彼を支えた。


「セリナ、援護を頼む!」

 マテオが叫ぶ。


 セリナはすぐさま水の壁を展開し、怪物の動きを封じる試みを行った。

 しかし、怪物はその壁をもろともせずに突き破り、前線に向かって再び襲いかかる。


 盾役たちは懸命に防御を続けていたが、少しずつ押し込まれているのが明らかだった。

 セリナの魔法は効果を発揮しているものの、あまりに強大な敵に対し、時間稼ぎにしかならない。


 息苦しい。

 マテオは怪物の攻撃の隙を伺っている。


 汗が全身を覆って、視界が歪んでいた。

 意を決してマテオが駆けた。

 同時に、レイが黒い稲妻を呼び出して怪物の目を眩ませる。


 怪物を回りこみ、壁を蹴って、マテオが槍を手に取った。

 暴食の槍は黒光りする刃を持ち、彼の手にぴたりと馴染んだ。


 槍を軽く振るうだけで空気が切り裂かれ、周囲に緊張が走る。

 息を整え、マテオは、古代の魔法で作り出されたおぞましい怪物と向かい合う。


 様々な動物の特徴を持つその姿は、まさに恐怖の化身だった。

 巨大な翼を広げ、鋭い牙をむき出しにした怪物が咆哮を上げると、ダンジョン内の空気が揺れた。


 ☆☆☆


 マテオは冷静に怪物の動きを観察し、槍を構えた。


 彼の腕の筋肉が緊張し、槍に力が込められると、まるで生きているかのように槍が震えた。

 怪物が吠え声を上げて襲いかかる瞬間、マテオは地を蹴って前に飛び出した。


 叫びと共に、マテオは槍を怪物の胸に突き立てた。


 暴食の槍が怪物の肉を貫き、その内部の質量を吸い込むように吸収していく。

 槍の力が急速に増大し、刃先が怪物の体内で光を放つ。


 次の瞬間、爆発的な力が解放され、怪物の巨大な体が吹き飛ばされた。

 衝撃波が周囲の空間を揺るがし、地面に大きな亀裂が走った。


 怪物の体は砕け散り、断末魔の叫びが洞窟内に響き渡る。

 マテオはその場に立ち尽くし、槍を手にしたまま深い息をついた。


 暴食の槍が放つ威力は凄まじく、その力に圧倒されながらも、マテオの顔にはわずかな勝利の笑みが浮かんでいた。


「すごい。その槍、相手の質量を攻撃力に変換できるのね」

 レイは赤い目のまま暴食の槍を凝視している。


「やばい、崩壊するぞ!」

 誰かが叫んだ。


 力任せに戦うことで、ダンジョンの壁が今にも崩れ落ちそうな音を立てている。

 全員が一瞬息を呑んだ。


 天井から細かな砂と石が雨のように降り注ぎ、地面が不気味な音を立てて揺れ動く。

 崩落の予兆が、すべての者たちに迫りくる危機を感じさせた。

 巨大な岩がマテオのすぐ脇に落ち、地面がさらに激しく揺れ動いた。


「レイレイ! 瞬間移動使えるッスか?」

 セリナが叫び声をあげるが、今にも崩れ落ちそうな天井の轟音にかき消されそうだった。


 レイは深く息を吸い込み、冷静さを保ちながら周囲を見渡した。

 瞳が再び赤く輝き、彼女の魔力が活性化される。


「私に掴まって!」

 レイは叫び、全員に手を差し出した。


「信じるぞ!」

 マテオが言い、残りの冒険者たちも必死でレイの手に触れる。


 レイは瞬間移動魔法を発動させた。


 彼女の周囲に魔力の波動が広がり、足元に魔法陣が光を帯びて浮かび上がる。

 崩れ落ちる岩が彼らの頭上に迫るその瞬間、レイの瞳が真紅に輝き、彼らの姿はその場から霧のように消え去った。


 次の瞬間、彼らはダンジョンの外に立っていた。


 冷たい夜風が彼らの頬を撫で、静寂が辺りを包んでいた。

 彼らの背後では、ダンジョンが完全に崩れ落ちる音が遠くに響き渡る。


「間一髪だったな……」

 マテオが深い息をつきながら、仰向けに倒れた。


 全員がが安堵のため息を漏らし、しばしの静寂が続く。

 暴食の槍がブンと音を発てて光り始めた。

 お読みいただきありがとうございました。

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