17話 密林の王者 4
「初めまして、マテオだ。レイから君のことは聞いている」
「え? 待って。なんで裸? マジ受けるんッスけど。あはは~!」
濃いアイメイクを歪めてケラケラ笑う派手な娘は、上半身裸のマテオに興奮したのか、マテオの乳首をつつきだした。まったくの初対面である。
「セリナッス。よろしくお願いしゃッス。いやあ。イケマッチョッスね~!」
ヘラヘラ笑いながら、セリナは挨拶を返した。
密林を抜けてきたばかりのセリナの金髪には、アクセサリーと一緒に、小さな葉がいくつか絡みついている。
露出度の高い服には泥の痕や草の切れ端がちらほらと見られ、スラリとした長い脚には少しだけ擦り傷が見える。
どうしたって魔法使いにも、冒険者にも見えない。
強いて言うなら、よく日焼けしているから、活動的に見えなくもない。
見た目は完全に浮ついた遊び人。軽薄な都会の娘。
ド田舎の純朴青年マテオとセリナの相性は悪いかもしれないと、レイはこの時になって初めて気がついた。
「イケ……なんだって? ところで、もう乳首を弄るのはやめてくれないか」
「え? ダメッスか?」
意外そうな顔でセリナが言う。
「一番ダメだろ」とマテオが真顔で答えた。
☆☆☆
「セリナ、彼がボスケブラボのご領主さまで、私の先輩のマテオよ。先輩。彼女には、回復役を頼んでいるんですが」とレイが二人の紹介を始める。
「え? 普通に話、進めるの? 俺、乳首弄られてるんだけど?」
マテオが引き離そうとするが、セリナは頑なに乳首から離れようとしない。
「任せてくださいッス! 水魔法ならお手の物ですし、傷もすぐに治しますから! ウェーーーイ!」
セリナが片手でマテオの乳首を捻り上げ、もう片方の手でサムズアップしつつ、ウインクした。
「ご覧の通り、大丈夫です」レイが頷く。
「ご覧の通りだったら、大丈夫じゃないだろう!」
マテオはセリナに乳首を弄られるまま叫んだ。
☆☆☆
どうも、マテオのセリナに対する第一印象は最悪らしいと、さすがのレイもピンときた。
おかしい。
剥き出しの乳首を弄っただけではないか。
もっとも私が、初対面のサルみたいなギャルに同じことをされたら、生きたまま地獄に叩き落としてやるが。
とにかく、パーティを組む者同士の仲が悪いとなると最悪だ。
レイは、マテオを記憶喪失にさせて、もう一度、セリナに出会うところから始めるか――と半ば本気で考えだした時、ちょうど料理が運ばれてきた。
「食事を用意した。口に合うといいが――」
見たこともない怪訝な顔で、マテオがセリナに言う。
これは相当、怒っているゾと、レイにもわかる。
「え?! すごい、ご馳走! ゴチになります!」
セリナは食卓に座るや、目の前に並べられたごちそうを見て目を輝かせた。
セリナは豪華な食卓を前にして、興奮したように手をすり合わせた。
目の前に並べられた料理の数々に一瞬息をのむが、そのまま豪快に肉に手を伸ばす。
大きなローストチキンを片手で掴み、もう片方の手でナイフを使って骨ごと引き裂く。
汁が飛び散るのも気にせず、セリナはそのまま肉を口に押し込み、むさぼり食べる。
次にはスパイシーな香りが漂うカレーの鍋に手を突っ込み、大きなレンゲでカレーをすくい上げ、豪快に飲み込んでいく。
熱さに目を細めながらも、彼女は満足げな表情を浮かべた。
続けて、パンを片手で丸ごと引き裂き、スープに浸して食べる。
テーブルには果物も山盛りで並んでいた。
セリナは手を伸ばし、完熟のマンゴーをもぎ取り、皮を剥くことなくそのままかぶりつく。
果汁が顎から滴り落ちるが、彼女はそれすらも気にせず、次から次へと手を伸ばし続ける。
「ふぁいこう!」
口いっぱいに食べ物を詰め込んだまま、セリナは満足そうに叫ぶ。
「なんですって?」
遠く距離を取ったレイが聞き返した。
その豪快な食べっぷりは、まるで食卓を戦場と見立て、敵を圧倒するかのようだった。
食卓の周囲にいた使用人たちも、彼女の勢いに圧倒されて立ち尽くしている。
ナイフとフォークを使うのも気にせず、手で肉を引き裂き、豪快に口へと運んでいく。
その様子はまるで戦場に出る前の戦士のように勢いがあり、豪快そのものだ。
口元に肉汁がついているのもお構いなしに、セリナは次々と料理を平らげていく。
周囲の視線も気にせず、自分の満足を最優先にする彼女の食べっぷりは、ほとんど野獣のようであった。
☆☆☆
終わった。
これはダメだ。
やはりマテオを記憶喪失にするしかないな――とレイがマテオを盗み見ると、なんだか慈愛に満ちた表情をしている。
「おう。なんだ。イイ食いっぷりじゃねえか」と何故だかマテオの機嫌がなおっている。
この半裸ゴリラは、どういうわけか、セリナの食べっぷりが気に入ったらしい。
半野生動物同士で通じ合えたのね。
レイはそう思うことにした。
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