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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
最終章 聖剣
162/164

162話 聖剣悪女 前編

 夜明けの微光が空を染め、薄暗い霧が森を柔らかく包み込んでいた。

 朝の静けさに満ちた森は、静謐な美しさを漂わせている。


 木々の間から漏れる朝陽が、霧の粒子に反射して金色の光の筋を作り出していた。

 湿った空気が鼻先をくすぐり、青々とした草葉や苔むした木々の香りがほのかに漂う。


 小鳥たちのさえずりが森全体に響き渡り、澄んだ旋律が風に溶け込む。

 足元には小さな花々が露に濡れ、宝石のように輝いていた。


 その少女は霧の中から現れた。


 悪女であり、竜であり、そして魔法使い――その全てを体現する存在だ。

 紅く燃える瞳がまるで決して消えることのない炎のように輝き、抑えようのない威圧感が周囲を支配していた。

 その気配に、小動物たちは気配を殺し、鳥たちでさえ一瞬声を止める。


 少女は湿った地面を蹴り、苔むした巨石が立ち並ぶ狭間を軽やかに抜けていく。

 森の奥へと進むごとに、木々は次第にまばらになり、その向こうに薄明かりを反射する水面が見えてきた。

 やがて、小さな湖の先に冷たく光を放つ石の台座が姿を現す。


 湖の表面は朝陽の光を柔らかに受け、霧がゆっくりと晴れていく。

 静寂に満ちたその光景の中、目指す遺物は中州に孤高に佇んでいた。

 それは一本の剣――時の流れを拒絶するかのように、どこにも錆びる気配もなく、鋭い輝きを放っている魔剣だった。


 剣の刃先は朝陽を受けて青白い冷たい光を宿し、静かな湖面に反射しながら神秘的な輝きを放っている。

 手入れされた形跡は一切ないにもかかわらず、その刃には傷ひとつ見当たらない。

 中州の岩に突き立てられたその姿は、何か神聖な儀式の名残を思わせ、畏怖を抱かせるほどの威厳を持っていた。


 朝陽に揺れる湖面に映る剣の影は、不思議な圧力を漂わせている。

 わずかな光の揺らめきにも、周囲の空気が震えるように感じられた。

 静けさに満ちた湖のほとりで、剣は時そのものを封じ込めたように永遠の輝きを放ち、少女の目の前に堂々と立ちはだかっていた。


 霧が湖面を漂う中、レイは水をバシャバシャと掻き分けながら迷いなく突き進んでいく。

 濡れた水面に跳ね返る波紋が、彼女の進む道を描くように広がっていった。


 黒衣が風に翻り、その動きに合わせて朝の薄光を反射する。

 下半身はすっかりずぶ濡れになっていたが、そんな些細なことに構う余裕などレイにはない。


「竜化」


 短く言葉を発しながら、小さな中州へとその身を踏み入れる。


 かつて強固だったはずの結界は、時の流れによる劣化のためか、レイが軽く触れただけで霧散した。

 魔力の残滓がかすかに空気を震わせ、結界が崩壊したことを告げる。


 半竜人と化したレイは、片翼だけの翼を広げた。

 翼の鱗は朝陽を受けて冷たく光り、湖面にその影が落ちる。


 長い尾は湖に浸かり、水をかすかに波立たせていた。

 湖の静寂を破るように、森の獣たちは異常な気配を察して一斉に逃げ出した。


 ――ほう、美しい。しかし竜人というわけではない。真層世界には至っているようだな……現代の魔王か?


 声が空間に響き渡る。

 低く、どこか不快に響くその声の主が目覚めた。


「おはよう、魔王バルリオ・マモン」

 レイは静かに微笑みながら答える。


「今から()が、お前を取りに来る。()以外に剣を抜かせるな」


 ――()が取りに来る、だと? お前……まさか……


「私は遠くない未来、真層に至る者です」


 ――邪悪な気配が近付いている。これは……過去のお前か?


「いいえ、違うわ。彼女は私がいずれ倒します。でも、今は泳がせるしかない。もっと絶望的な未来のために」


 ――ほう……絶望的な未来か。それは興味深いではないか。


「あなたがクソ野郎で安心したわ」

 レイは軽く笑みを浮かべながら魔王に答えた。


 ――重力魔法 真層第一階梯 ダンジョン生成。


 その言葉と共に、湖を中心とした森の地形が劇的に変化し始めた。

 大地が揺れ、湖底が地面に吸い込まれるように陥没していく。


 木々の根と水草、泥が絡み合い、巨大な渦を形成しながら混ざり合う。

 魔力が土砂を支配し、スライムのような存在を錬成して地滑りを防ぐ障壁を作り出した。

 湖畔は波立ち、深い窪地が新たに形成される。


 ――難易度はエリアダンジョンの中級者レベル。当時の私の力量では、これがギリギリの難易度でしょう。


 地形の変化と共に、魔王の声は楽しげに響いた。


 ――ちッ、面白そうな獲物は逃げていったようだな。


「まあ、そうなるでしょうね」

 レイは淡々とした声で返答する。


 ――第十階層召喚禁術 地獄の掃除屋(アビソル・クリーパー)


 地獄から召喚された中型ワームが姿を現した。

 その体表は黒ずみ、小さな鱗状の模様が光を反射して不気味に輝いている。


 湿り気を帯びたその体は、土砂を吸い込みながら迷宮を創り出していく。

 腐敗した魂や死体を喰らう性質を持つワームは、不浄なものを一掃する存在である。

 その動きは恐ろしく速く、大地が激しく震えるたびに新たな迷宮の道筋が刻まれていった。


 ☆☆☆


 数十匹のスライムが、迷宮の中で蠢きながら木の根を溶かし、地形を変えていく。

 溶解する木々の根が微かな蒸気を上げている。


 その近くでは、数匹のワームが泥と腐食した樹皮を貪りながら、迷宮の基盤を作り上げていた。

 体をねじらせて土を吸い込み、さらに奥深くへと道を掘り進めている。


 レイはその光景に一瞬目を向けると、冷たい表情で泉の中心へと歩み寄った。

 足元の水が波紋を描きながら広がり、湧き水の冷たさが膝を濡らしていく。

 それでもレイは立ち止まることなく、鋭い視線を泉の中央に突き立てられた魔剣へ向けた。


 剣の柄に手を伸ばすと、冷たく鋭い感触が指先に伝わる。

 そこにはただの金属とは違う、重々しい存在感が宿っていた。


「ただ一手で全てが好転することなどはない――」

 レイは呟き、静かに目を閉じる。


 湧き上がる魔力が体中を駆け巡る感覚があった。

「たったひとつ。この日の朝を除いては……私は、今日だけを書き換える」


 その言葉とともに、レイの周囲に不穏な気配が立ち込めた。

 空間が揺らぎ、見えない重力が泉を軋ませる音を立てる。


 ――重力魔法 真層第二階梯 絶対封印呪。


 一瞬、レイピアが激しく震え、その内部に潜む魔王の気配が激昂したようにのたうち回るのを感じ取った。


「ギィィィ……!」


 耳を裂くような悲鳴がレイの頭の中に響き渡る。

 魔王の魂が、この魔法によって追い詰められていくのがわかった。

 その叫びは、肉体を持たない存在であるがゆえに、より深い絶望と怒りを伴っている。


 レイはその力を逃さず、さらなる重力を剣に注ぎ込む。

 その重さは限りなく深淵に近づき、あらゆるものを圧倒的に押しつぶすほどだった。

 剣は瞬く間に封じられ、どんな存在もその呪いを解けない絶対的な牢獄と化した。


 重力魔法の力が剣に宿り、その存在を限りなく重くする呪いへと変わる。

  泉の中で輝きを放っていた剣は、次第にその周囲の光を吸い込むように暗い圧迫感を纏い始めた。


 解呪の可能性は断たれた。

 この魔法を破る術は、今やレイ以外の手には届かない。

 剣は完全に封印され、その存在はこの泉と共に深淵の底へと繋がるような重圧を放っている。


 レイは柄から手を離すと、冷ややかな眼差しでその剣を見つめた。

「どんなに足掻いても、もう逃れられないわ」


 彼女の言葉に応じるかのように、泉の水面が静かに波打ち、その揺らぎが空間全体に広がっていった。


 ☆☆☆


 地下三階――湖が泉へとその姿を変えた場所。


 朝陽が差し込む洞窟の天井は、ひび割れた岩の間から薄い光がこぼれ落ち、泉の表面を柔らかく輝かせていた。

 森から流れ込む湧き水は清らかで、まるで命を運んでくるように感じられる。

 水流が作る小さな波紋は、石の壁に反射して揺らめきながら、空間全体を優雅な青白い光で包み込んでいる。


 その中心に、鋭い存在感を放つ”強欲のレイピア”が刺さっていた。


 柄には漆黒の装飾が施され、宝石のように煌めく赤い輝きが、湧き水の波に合わせてちらついている。

 異様に美しく、見る者を惹きつけるその剣は、まるでこの泉を支配しているかのようだった。


 泉の周囲を囲む螺旋状の迷宮は、二段構えの構造となっており、冒険者たちを試すかのように入り組んでいる。

 上段の壁は苔とツタに覆われており、湧き水が隙間を流れては下段の泉へと注ぎ込む。

 滝のように落ちるその水流は静かだが、その奥に秘められた魔力が感じられる。


「森の動物霊を組み合わせて――」

 レイは泉の前に立ち、周囲の気配を探った。

 鋭い目つきで、静かに手をかざして低く呟いた。


「ルミナ・フォックス、ヴァイン・サーペント、シルフィード・バニー……森の霊よ、形をなせ」


 水面に映るレイの影が揺らぎ、三つの動物霊が姿を現した。


 湧き水の反射から生まれたように、小型の狐が透明な光をまとって泉のほとりに現れた。

 ルミナ・フォックスだ。

 尻尾の先はホタルのように淡く光り、その光が泉の波紋をさらに美しく照らし出す。


 ツタの絡まる迷宮の壁から現れたのは、緑と苔に覆われた小型の蛇だった。

 ヴァイン・サーペント。

 滑らかに地を這いながら、動きのたびにツタが床を擦る音が響く。


 泉の上空で小さな風が巻き起こり、一羽の羽根を持ったウサギがふわりと姿を現す。

 シルフィード・バニーは、白い体毛が光を反射し、滑空するたびに羽ばたく音がかすかに耳に届く。


 レイは静かに微笑むと、目の前に現れた魔物たちを見回した。

 森の生態系を壊さず、適度なレベルだとこれくらいで十分だろう。


 泉に流れる湧き水の音が、静かにレイの言葉を飲み込むように響き渡った。

 森の中に作り上げられた泉の迷宮が、産声をあげたのだ。


 ☆☆☆


 仕込みはすべて終わった。

 レイは遠くの空を見上げながら小さく呟いた。


「休暇を台無しにしてごめんなさいね。でも、彼女には私とは違う物語を辿ってもらう。そして――同じ結末で待っているわ」


 その声には微かに笑みを含みながらも、どこか諦念めいた響きがあった。


 風が一瞬吹き荒れる。

 ブン、と空間を切り裂く音が響いたかと思うと、レイの姿は掻き消えるように消えていく。


 最後に残した言葉は、空に溶けるように響いた。


「過去に干渉できるのはここまでが限界みたい――頼んだわよ……()。来い。レイ・トーレス!」


 自身へ向けて放たれる殺気――それは、自らを鼓舞するかのような意志の爆発だった。


 レイの姿が完全に消えた後、森の中には沈黙だけが戻る。


 彼女が遺していったのは、落ちくぼんだ簡易迷宮と、泉の中州に佇む伝説の剣だった。

 その剣は相変わらず冷たく青白い輝きで周囲を照らしている。


 森の霧が再び薄れ、静けさが辺り一帯を支配していく中、その場には誰もいなくなった。

 だが、彼女が残した意図と決意だけは、空気に深く刻まれているようであった。


 ☆☆☆


 乗り合い馬車の小窓から、レイは故郷の風景をぼんやりと眺めていた。


 頬を撫でる優しい風が、草木の香りを運んでくる。

 広がる田園の風景には、どこか懐かしさが漂っていた。


 畦道を縁取る緑、川辺に群れる水鳥たち、時折聞こえる牛や馬の声。

 そのすべてが、長らく置き去りにしてきた記憶を呼び覚ますようだった。


「ああ……故郷の匂いがする」


 首都では学業に打ち込み、研究に没頭してきた。

 その間、遠ざけていた風景がいま目の前にある。

 その感覚は、どこかほろ苦く、そして――なんとも、心地よい。


 だが、レイの思考は別の記憶へと引き寄せられていく。


 数日前――偶然迷い込んだ川辺で、不思議な老人に出会った。

 その老人は自らを「地獄の王」と名乗り、小さな研究室を提供してくれたのだ。

 整った設備に怪しさはあるものの、悪意はまったく感じられなかった。


「本当に地獄の入り口だとしたら……おもしろい話だけど」


 老人の気配を思い出す。

 あの得体の知れない存在感は、どこか精霊に近いようだった。


 もし彼があの周辺の土地神で、気に入られたのであれば、これ以上の幸運はない。

 そう思うと、不思議と嬉しくなった。


 大学に戻ったら、ゾーエ先生に相談しよう。

 ビクトル先生には黙っておくべきだ。

 彼に知られたら、研究室を爆破しかねない。


 そんなことを考えていた時、馬車が突然激しく揺れた。


「ごめんよ!」

 御者の声が響き、馬車の中がざわつく。


「なんだい? アレ?」

 御者が驚きの声をあげる。


 レイも窓の外に目を向けた。

 森から一斉に鳥や動物たちが飛び出してくる。

 その動きには、尋常ではない気配があった。


「……まさか。竜?」


 レイの口から漏れた言葉に、乗客たちが一斉に息を呑む。


「ちょ、ちょっと待ってよ、お嬢さん。竜って、こんな田舎にそんな化け物がいるのかい?」

 御者が声を震わせながら訊ねてきた。


「御者さん。近くの停留所で下ろしてくださる?」

 レイは冷静に答える。

「皆さんは、このまま騎士団に保護を求めたほうがいいと思います」


「あ、あなたはどうするの?」

 同乗していた婦人が、不安げにレイを見つめる。


「フィールドワークに出掛けます」

 レイはキラキラと輝く瞳で答えた。

 その無邪気な様子に、婦人は絶句した。


 停留所に着くと、レイはスカートを軽く持ち上げ、乗客たちに一礼した。

 その瞬間、彼女の姿がふっと掻き消える。


「あれは魔法使いだね。しかも、ものすごい使い手だ」

 誰かが感嘆の声をあげる。


「フロルベルナ村のレイちゃんじゃないか? 首都大学に行ったって噂の」

「ああ、道理で。とんでもない秀才らしいけど、ちょっと変わり者って話は本当みたいだね」


 乗客たちはいつの間にか竜の存在を忘れ、レイの噂話に夢中になっていた。


 そんな中、乗り合い馬車は再びゴトゴトと走り出し、騎士団のある田舎町へと向かって行く。

 田園風景は変わらずのどかで、森の奥に潜む異変がどれほどのものか、彼らにはまだ実感が湧かないままだった。


 ☆☆☆


 魂だけの存在となったレイは、静かに時の流れを見つめていた。


 行き先はアステラ市街戦――激動の時代へと時間を進める。

 戦場の記憶が呼び起こされる。


 功績を積み重ね、大権威の座を手に入れた過去。

 その輝かしい称号は、多くの犠牲と努力の末に手にしたものだった。


「でも、歴史までは変わらないでしょうね……」


 その言葉には、決意と諦観が同時に滲んでいた。

 いまさら何を変えたところで、この世界が辿る運命はそう簡単に揺るがない。

 それでも、過去に触れ、未来に挑むことを選んだのは、自分自身の意志だった。


 レイの魂は、風に溶けるかのように漂いながら、目指すべき場所へと向かっていく。

 彼女が次に目にするのは、かつての戦場か――あるいは、その先に広がる希望か。


「あとは……」

 その呟きは、遠い時の狭間へと消えていった。


 ☆☆☆


 大通りは祝祭の熱気に包まれ、街全体がひとつの舞台のように輝いていた。


 空を舞う紙吹雪は陽光を受けて無数の光の粒となり、人々の歓声に合わせて煌めきながら地上に降り注ぐ。

 金細工が施された眩い白の車体を持つ八頭立ての豪奢な馬車。

 その上に揺れる王家の紋章が風を切りながら堂々と翻っていた。


 馬上のレイが、ガクンガクンと大きく揺れた。


「大丈夫ですか?」


 後ろから、親友が笑って声を掛けてくる。


 馬上のレイは、行進の振動に身体を揺らしながらも、歯を食いしばり涙を堪えた。


「……うん。ええ。大丈夫よ」

 セリナに、涙声で返事を返す。


 戦争に否応なく身を投じ、磨き上げた乗馬の技術で背筋を伸ばし、レイは手綱を引き締めながらセリナの隣へと並ぶ。

 先程までとはまったく違う乗馬技術にセリナは目を剥いて驚きを隠せない。


「油断しないで」

 レイが真剣な眼差しで言葉を投げかけると、セリナは短く頷いた。


 前方の馬車の窓から、カサンドラ女王が穏やかな笑顔で顔を覗かせる。

 レイは即座に声を張った。


「女王陛下、そのままお聞きください。王宮前で強襲されると、報告が入りました――前方と左右の三方向です」


 カサンドラ女王は微笑みを崩さず応じる。

「わかった。敵の数とレベルは?」

「軍団長、五騎士レベルと考えてください。そのレベルが四名。敵の接近が確認次第、憤怒の弓を展開してください」


 レイの冷静な指示は、護衛隊にも即座に共有された。

 通信魔具を通じて警備隊全体に広がる情報は、隊列全体に緊張感が張り巡らされていった。


「先生、ララ、カイ。それから、セリナも。聞こえたわね?」

 四人から返事を待つ余裕もない。

 時間は刻一刻と迫っていた。


 視界に映る群衆、その中に潜む凄まじい魔力の気配――。


 この時間に留まれるのも、あと数秒だろう。


 こんな土壇場で、なにができる?

 なにも変わらないかもしれない。


 レイは祈るように、亜空間収納のなかへと手を伸ばした。


 ――あった。


 記憶が同期されていく。


 休暇というのに、記憶にないダンジョンをクリアして、手にした魔剣。

 そうだ。

 私は、あの日――


 泥だらけで帰郷して、父からは怒られ、母からは呆れられて散々だった。


 ――そして、とても幸せだった。生きている母が……目の前にいた。


 レイは、魔剣を取り出した。

 輝くその剣には、すべての魔力を跳ね返す力が宿る。


 輝きを放つ魔剣を抜き放ち、レイは叫ぶ。

「防御結界を展開せよ!」


 街の人混みを裂くように、凄まじい魔力が押し寄せる。


 それは、かつてレイ自身が放つはずだった禁術。

 が――すでに悪しき魔女の手で解き放たれていた。


 ――第十階層禁術  魔咆吼(デモニック・ロア)


 人の情念、怒り、邪念を魔力として打ち出す禁忌の呪法が、この最良の日に放たれる。


 お前たちは、いつもそうだ。

 人の幸せを妬み、台無しにする。


 勝手な理屈で、勝手な解釈で。

 馬鹿な正義と、大義さえあれば、なにをしても良いと思っている。


 お前たち悪魔に対する、私の答えはひとつだけ。


 レイは魔女に向かって馬を駆り、輝く剣を構えた。


「弾き返せ!  強欲のレイピア!」


 悪しき魔女が笑みを浮かべるなか、レイは運命に向かって伝説の剣を突き立てた。


 ☆☆☆




 ――どうなった?






 わからない。











 ――時間魔法 終止。



 羨望の仮面は砕け散り、後にはわずかな魔力と、優しい気配が漂い――それも消えていく。
















 そして時は帰結した。

 お読みいただきありがとうございました。

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