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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第七章 傲慢な斧
153/164

153話 遺物戦争 2

 新設されたばかりの風魔法大権威、鷹松左近が造り上げた風街は、奇妙で異様な雰囲気を放っていた。


 短期間で完成されたこの街は、突貫工事を得意とする亜人工務店の手によるもので、わずか数ヶ月で完全な砦へと姿を変えた。

 その外観は威圧的で、特に騎士や侍たちを引き寄せる不思議な磁場のようなものがあった。


 風街の歴史は、まるで呪われているかのようだった。

 数十年ごとに新設されるも、そのたびに衰退と廃棄を繰り返してきた。

 ルスガリア文化は、なぜか風魔法とは相性が悪いようで、これまでに大きな発展を見せたことは一度もない。

 だが、今回ばかりは事情が異なる。


 痩せこけた不毛の地に突如現れたこの街は、引退した騎士や侍、さらにボスケラボの遠征に加われなかった若い騎士たちのたまり場となっていた。


 風街は、和風と洋風がごちゃ混ぜになった奇妙な混沌を孕み、統一感のない建物が迷路のように入り組んでいる。

 狭い路地や不規則な階段、ひっそりと隠された小部屋が点在し、訪れる者を惑わせる街並みだ。


 研究開発を目的とした街であるはずだが、日当たりは悪く、研究にはまったく向かない環境だ。

 しかし、街の住民たちはその事実をまるで気にしていない。

 研究を行う意図など初めからないのだから。


 街全体は防御と攻撃に特化して設計されている。

 建物の至るところには、侵入者を狙い撃てる抜け穴や覗き穴が配置され、万が一の有事には多種多様な罠が一斉に作動する仕掛けが施されていた。

 その罠は、古代の仕掛けから最新の魔工技術まで、実に多様だ。


 風街にはある種の冷たさと排他性が漂い、その異様な風景は、訪れる者に恐れと興味を同時に抱かせるものになっていた。


 ☆☆☆


 風街の広場では、若い騎士たちが汗を流して剣を振るい、その様子を引退した老人たちが厳しい眼差しで見守っている。

 老人たちの中には、かつて名を馳せた騎士や侍も多数混じっており、年老いた体とは裏腹に鋭い動きで技を披露し、若者たちに手本を示していた。


「もっと踏み込め! 腰が浮いてるぞ!」

「剣を振り回すな、押し込まんか! 相手の重心を奪え!」


 飛び交う叱咤激励に、若い騎士たちは真剣そのものだった。

 国家の危機が間近に迫るという現実が、彼らの心に火を灯していた。

 剣を振るう手には焦燥と使命感が宿り、その眼差しには絶対に負けられないという強い決意が込められている。


 一方で、首都大学から訪れた学生たちは、開発したばかりの魔具を持ち寄り、風街の騎士たちと交流を深めていた。

 魔法使いは、遠距離攻撃や回復、サポートには優れているが、近距離戦闘は苦手である。

 ビクトルのように一人でガンガン向かって行くような魔法使いなど、突然変異としか言いようがない。


 近接戦闘に長けた騎士たちと魔法使いの連携が取れることで、戦闘力が格段に向上し、魔法使いたちは心強い味方を得た安堵感に満ちていた。


 そんな中、首都大学総長ゾーエ・バルリオスを案内している鷹松左近の姿があった。

 筋骨隆々の大柄な体に、白髪を後ろで束ねた老人は、豪快な笑い声を響かせながらゾーエを導いている。


「どうだい、総長。この街もなかなかのもんだろう?」

「荒削りで面白いわよ」


 ゾーエの口元には微笑みが浮かんでいた。

 この街に満ちる熱意と情熱は、彼女を高揚させるものだった。


 遠くでは、天鳳道場の訓練場から打ち合いの音が響いていた。

 道場の筆頭弟子である鷹松左膳――左近の孫が、リカルド・カザーロンの息子ルイスと剣を交えている。


 ひと目見て、ゾーエは彼ら二人の剣才が、他の子供たちより抜きん出ていることを看破した。


「エリアダンジョンで訓練すると違いますな。ほとんど実戦に近い」

「効果があったようで良かったわ」


 左近はゾーエの言葉に満足げに頷き、大声で続けた。

「良かったなんてもんじゃない! どれだけ稽古でできたとしても、いざ実戦となると頭が真っ白になるもんです。考えながら動くということができなくなる。できなければ死ぬ。あの訓練が、これからどれだけの命を救うことか!」


 豪快な笑い声が響き渡り、ゾーエは苦笑いしつつもその言葉に頷いた。

 風街には、今や剣術と魔法の新たな希望が息づき始めていた。


 ☆☆☆


 午後の日差しが柔らかく差し込む風街の中央広場で、ゾーエは静かに思案していた。


 今日という日は、彼女にとって特別な意味を持つ。

 魔法国家ルスガリアの象徴ともいえる「大権威制度」を廃止する――それは、国の基盤そのものを揺るがす決断だ。


「もはや肩書きに意味はないわね」

 ゾーエはそう独りごちた。


 戦争という緊急事態が国全体を覆い尽くす中、権威や名声に固執することがどれほど無意味かを、彼女は骨身にしみて理解していた。


 相談相手として選んだのは、風魔法大権威に任命されたばかりの左近だ。


 ゾーエの突然の提案にもかかわらず、左近は驚く素振りすら見せず、豪快に頷いてみせた。

「ああ、いいんじゃないですか。肩書きなんて邪魔なもんですよ」

 その言葉には、一切のためらいや執着がなかった。


「では、街を案内しましょうかね。まだ完成途上ですけど、見ておいて損はない」

 左近は筋骨隆々の体を揺らしながら歩き出した。

 その姿は威厳というより親しみやすさを感じさせるものだった。


 風街の通りを歩きながら、ゾーエは周囲を見渡した。

 この街には、何重にも重なった防御結界が張り巡らされている。

 有事の際にはエリアダンジョンを通じて他の土地への避難が可能であり、首都大学の最後の拠点としての役割を担っていた。


 だが、現状は決して楽観視できるものではなかった。

 研究者や技術者、そして自営業者たちが残る一方で、学生たちにはなるべく帰省するよう促している。

 しかし、中には黒街などを拠点に「ここを離れない」と頑なに居残る者も少なくなかった。


 ゾーエは彼らの姿に密かな感動を覚えた。

 こんな状況でも、使命感や誇りを胸に留まり続ける者たちがいる。

 その勇気と情熱に、彼女は心から感謝していた。


 それでも、現実は厳しい。

 多くの研究は中断を余儀なくされ、特に亡くなったセリナが手がけていた生活魔法事業が止まった時は涙が止まらず、ゾーエはその場に崩れ落ちたことを思い出す。


「あの瞬間に実感したのよ。戦争が始まったんだって」

 ゾーエの目に浮かぶ決意の光は強いものだった。


 戦争という嵐の中で、大権威制度の廃止は新しい秩序を築くための第一歩になるだろう。

 そして風街――この荒削りな街こそ、彼女にとって希望の象徴だった。


「さあ、これからどうするかだな」

 左近の豪快な笑い声が響き渡る中、ゾーエは自分の進むべき道を見据えていた。


 ☆☆☆


 戦争の影響で、多くの研究は中断されたが、どうしても開発を進めなければならない分野もある。


 それが「人工魔獣」と「魔工機人」の研究だ。


 これらの研究は、避けては通れない課題だ。

 ゾーエは予算を大幅に調整し、限られた資源をこの二つの研究に集中投下することを決めた。


 特に「人工魔獣」の研究は、かつて大学に所属していたレイが手掛けていた分野でもある。

 レイが大学を去る直前まで情熱を注いでいたブギーマンの研究開発は、他学科との共同開発によって新たな方向性を見出していた。


「ブギーマンによる治安向上」――それがレイが追い求めていたテーマだった。


 昼夜の区別なく、彼女は自宅を研究室に改造してまでこの研究に没頭していた。

 その姿は、常軌を逸しており、まさに研究に命を捧げているようであった。


 部下たちが休息を取る中でも、彼女が休んでいる姿を見た人間はほとんどいない。

 ブギーマンが人々の安全を守る未来を夢見ていたのだ。


 ゾーエは、レイが残した研究資料を手に取りながら、彼女の執念と覚悟を改めて感じていた。

 戦争という混乱の中でも、この研究は光明となり得る――それがゾーエの確信だった。


「どれだけ犠牲を払うことになっても、これらの研究を止めるわけにはいかない」


 ☆☆☆


 水魔法と組み合わせて開発された「ブギーマン・アクア」は、従来のブギーマンとは一線を画す特性を持つ人工魔獣である。

 攻撃能力は控えめだが、その代わりに防御と回復に特化した設計となっている。


 このブギーマン・アクアの最大の利点は、その持続性にあった。


 水場さえ確保できれば、昼夜問わず休むことなく活動できる。

 特に火災の発生時には、その能力が真価を発揮する。


 巨大な水流を生み出して消火活動を行い、被害を最小限に抑えることが可能だ。

 さらに、水魔法を応用した治癒効果によって、負傷者への応急処置も行える。

 医療資源が乏しい僻地では、この機能が命綱となることは間違いない。


 ルスガリア全土の集落、特に魔獣の脅威にさらされるような僻地には、このブギーマン・アクアを優先的に配置する計画が進められている。

 彼らは、単に住民を守る存在としてだけでなく、危機管理の中核を担う役割を与えられている。


 もし手に負えないほどの魔獣や暴漢、さらには賊の襲撃が発生した場合、ブギーマン・アクアは迅速に周辺のブギーマンや魔工機人、さらに騎士団に緊急連絡を送るようプログラムされている。

 これにより、僻地であっても援軍が到着するまでの時間を稼ぎ、被害を抑えることが期待されていた。


 このような人工魔獣の導入によって、ルスガリアの最も弱い部分――遠隔地の集落が抱える防衛力不足という課題が、大きく改善されるだろう。

 ブギーマン・アクアは単なる兵器ではなく、人々の暮らしを守る存在として、社会に溶け込んでいく未来を目指していた。


 ☆☆☆


 他にも、火魔法と組み合わせたブギーマン・イグニスを山や森に配置する。

 魔獣などが特定エリアを荒らす場合、一時的に高温の火の壁や火柱を生成して、魔獣の侵入ルートを断ち切ることで、被害を回避することが可能となる。


  地魔法を使うブギーマン・テラは、山岳地帯や沿岸部に配置。

 土砂崩れを防ぎ、遭難者を助けるほか、防波堤を築くなど、地形を操る能力を有しており、天災対策になる。


 最後に、最も攻撃力のある雷魔法を融合させたブギーマン・ボルトは地方の騎士団にも配置を義務付ける。

 これで、大量の賊にも対応でき、瞬時に電撃で気絶させることが可能だ。


 この制度が確立できれば、フロルベルナ村のような悲劇は二度と起こらないだろう。


 ただし、ブギーマンの寿命は長くても十年ほどで、都度予算が組まれる保証はない。

 結局、被害が出てから派遣されるという繰り返しになるかもしれない。


 それでも、この計画が実行されれば、治安は大きく改善し、事件や事故、天災による被害が確実に減少するだろうとゾーエは確信した。


 レイが死に物狂いで研究に打ち込んでいたのは、ただ一途な平和への願いであった。

 彼女にとって、この研究は故郷の鎮魂と同じ意味を持つ。


 レイの想いを考えると、ゾーエは目頭が熱くなった。

 頑張るどころの話ではない。

 命をかけていたのだ。


 ゾーエは人生最後の使命を得た気がした。

 この意思を守り通せず、なにが首都大学総長だ。


 ゾーエもまた、命をかけることを誓ったのである。


 ☆☆☆


 議会騎士団本部の建物は、威厳を湛えた佇まいで、石造りの壁が重厚感を放ち、窓枠には精緻な彫刻が施されている。

 広大な敷地に立つその建物は、国力を象徴するかのように堂々とそびえ立っていた。

 正面には厳重な門が構えられ、見張りの騎士たちが鋭い目で周囲を警戒している。


 ダニエル・マッコーガンは、そんな建物の前に立っていた。

 髪はボサボサで、髭も伸び放題。

 汚れた白衣が体にまとわりつき、履き古したズボンには所々に穴が開いている。


 見た目からして、研究所の虫であることは疑いようがない。

 見張りの騎士にパスを見せると、無言で通してもらったが、その姿はまるで場違いな者が通るようで、周囲の騎士たちは少し驚きの視線を投げかけていた。


 ☆☆☆


「本当に来るのかね?  我々と一緒とはいっても、危険なことに変わりはないぞ?」

 ウルシュカは怪訝な声で問いかけたが、ダニエルはそんな空気を読むことなく、平然と答えた。


「研究成果を確かめるまでが仕事ですから」

 その言葉にウルシュカは溜息をつきたくなる。


 ダニエルは、まるで危険に対する警戒心を持っていないかのようだった。

 だが、彼の父親であるビクトルが雷街を去ってから、息子のダニエルはその後を引き継ぎ、研究室に籠もり、あっという間に議会騎士団のオーダーに応えてみせた。

 まさに驚異的な速さと正確さだった。


 ダニエルが完成させた魔工機獣は、完璧以上に注文通りだった。

 しかし、ウルシュカはその瞬間に背筋が寒くなるのを感じた。

 ビクトルが息子と衝突していた理由が、今、ようやく理解できたのだ。


 ウルシュカは、ダニエルが魔工機獣を作り上げたその姿勢に懸念を抱かずにはいられなかった。

 あのレイ・トーレスでさえ、禁術の使用に際しては国に伺いを立てていたが、この男にそんなものは微塵もない。

 この研究成果で未来がどうなるかなぞ考えもしない。


 もし、この魔工機獣が裏社会にでも流れたりすれば、どれだけ危険か。

 ビクトルは万が一のことも考えて何重にも操作権限の承認方法などを考えていたものだが。


「操作権限??」

 ダニエルが首を捻って半笑いで肩を竦めた時は、ぶん殴ってやろうかと思ったものだ。


 マッドサイエンティストという言葉が脳裏に浮かんだが呑み込んだ。

 幸か不幸か。

 今、この国に必要不可欠な才能となったからである。


 ☆☆☆


「亜獣騎士団総長、ヤン・ハルツハイムを逮捕する。抵抗が予想されるので、警戒を怠るな」

 議会騎士団本部には、精鋭の騎士たちを集めていた。


 それでも五騎士の一人に数えられる男だ。

「いざとなれば私が戦わざるを得まい」とウルシュカが言った。


「それは困るなあ」と、応じたのは部下ではなく、ダニエルであった。


「レイ博士のブギーマン・シリーズと、父の魔工機人シリーズもあるんでしょ?  注文の品もありますし、大丈夫ですって」

「余裕だな。心配してくれると思っていたのだが」


「もちろん心配してますよ。せっかく議会騎士団とのコネができそうなのに、ここでおじゃんになったら堪りませんし」

「……そういうことは、もっと遠回しに言いなさい」

「ああ、なるほど。そういうことですか」


「因みになぜ、それほどの自信なのか部下に説明願いたい」

「ええ。良いですよ。まず、レイ博士のブギーマンですが、寿命が十年程度で国からの予算がつくかどうか――それは正直微妙です。全国に配置するつもりだという話ですが、現実的にはかなり難しいでしょうね。ただ、予算がつくところだけには、何とかして配備することができるかもしれません」


「次に、父の魔工機人。こいつの性能は高い。ですがコストが掛かりすぎる。一体作るのに最高の魔工技師がかかりきりになり、調整にも熟練の技が必要です。騎士団に配備するにしても数体置くのが限界だ」


「それで、今回のオーダー品はそれを越えると?」

 部下の一人が質問した。


「ええ、うちの魔工機獣は無敵です」とダニエルは自信満々に言い切った。


「コストもなにも、一体作れば五騎士級なんだから。そんな何体も要らないでしょ。五騎士最凶でしたっけ? あはは。彼を捕まえれば、これ以上の抑止力はないと考えます」


 なんという鼻につく回答だ。

 ビクトルも人付き合いは苦手な様子だが、独特の愛嬌で好かれてはいる。


 こいつはその愛嬌もない。

 ただ取っ付きにくいだけだ。


 まあ、良い。

 ダメなら今回限りで契約を切れば良い。


「そういえば、エリアダンジョンで裸の男が君に似ていると何度か通報があったのだが……」

「まったくの別人です」とダニエルは目を泳がせながら答えた。


 面白い男ではあると、ウルシュカはダニエルの評価を若干だが微調整することにした。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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