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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第六章 憤怒の弓
150/164

150話 魔界紀行 7

 大通りは祝祭の熱気で満ち溢れていた。


 空を舞う紙吹雪は、陽光を浴びて無数の光の粒となり、人々の歓声に合わせて煌めきながら地上に降り注ぐ。

 八頭立ての豪奢な馬車は、金の細工が施された白い車体が眩いほどに輝き、その上に揺れる王家の紋章入りの旗が風になびいていた。


 馬車を護衛するのは全員が正装を纏った精鋭たちだ。

 それぞれが乗る馬もまた見事に装飾され、白や黒の毛並みに金銀の飾りが映え、盛大な雰囲気をさらに引き立てている。


 馬車の先頭に立つカイは、全身に鈍い輝きを放つ黒金の甲冑をまとい、堂々たる姿で群衆の注目を集めていた。

 いつもの小汚いコートなどは論外である。

 彼の乗る馬も逞しく、甲冑と同じく黒金の装飾を施され、見る者に圧倒的な存在感を与えていた。


 右手側を進むガヴィーノは、深紅のマントを羽織り、淡い銀色の装甲が陽光を反射していた。

 彼の柔らかな表情は周囲の人々に親しみを与える一方、背筋を伸ばして馬を乗りこなす姿には揺るぎない自信が滲んでいる。


 左手側にはレイとセリナが並んでいた。

 レイは青と白を基調とした礼服に身を包み、羽織の縁には細かな刺繍が施されている。


 肩には王家の紋章が刻まれた徽章が輝き、整えられた髪型がその端正な顔立ちを引き立てていた。

 セリナは深緑のドレスの上に薄手のマントを羽織り、髪にはシンプルながら気品ある装飾が施されていた。


 後方にはララがフワフワと浮かびながら警護していた。

 いつもと違うのは、ララが正装していることくらいであろうか。

 ドレスには無数の細かい刺繍が施されており、陽光を受けるたびに柔らかな輝きを放つ。


 道の両脇には恐ろしいほどの人々が集まっていた。

 沿道にひしめく群衆は、六百年ぶりに即位した王への興奮に沸き立ち、歓声は大地を揺るがすかのようだった。

 伝説の再来とも言える国家独立の象徴を一目見ようと、誰もが熱狂の中にいた。


 そして、その中心にいるのはモニク・バロー――本名カサンドラ・ベルゼブル女王だ。

 馬車の窓からその麗しい顔をのぞかせ、民衆に向かって微笑みながら手を振っている。

 その姿はまさに王の威光そのものであり、見る者すべてを魅了していた。


 馬車の周囲には蠅の王騎士団が鉄壁の布陣を敷いていた。

 統制の取れた彼らの動きは、威厳を示しながらも、周囲に潜む危険を察知するための鋭さを失っていない。

 華やかなパレードの中に隠された緊張感が、彼らの眼差しに宿っている。


 大通りを進む行列は、祝祭の熱狂を背景にゆっくりと進んでいく。


 陽光が燦々と降り注ぐ空の下、大通りは人々の歓声と紙吹雪で埋め尽くされていた。

 紙吹雪は空高く舞い上がり、陽の光を反射して輝く。


 それが地上に降り注ぐたびに、群衆の歓声はさらに高まった。

 歴史的な瞬間を目の当たりにする熱狂と興奮が街全体を包み込み、まさに「伝説の再来」と呼ぶに相応しい光景が広がっていた。


 国家独立、そして六百年振りの新王の即位――これほどの出来事を祝うなという方が無理な話だ。

 パレードを中止できないと言ったモニク・バローの言葉の真意が、今や誰の目にも明らかだった。

 この盛り上がりは止めることができない。


 八頭立ての馬車は、金と白の細工が施された豪奢な装飾を身に纏い、大通りをゆっくりと進んでいく。

 その馬車を中心に、蠅の王騎士団が隙間なく周囲を取り囲み、警護の任に当たっていた。

 その中には、国家の大権威たちも含まれており、その威厳ある佇まいが、この催しがどれほど重要なものかを物語っていた。


 馬車の窓から顔を出して群衆に手を振るのは、モニク・バロー――その本名はカサンドラ・ベルゼブル女王。

 真紅のドレスに身を包んだその姿は、民衆の視線を一身に集め、手を振るたびに歓声が沸き起こる。

 彼女の穏やかな微笑みは、この新しい時代の象徴としての威厳と希望を体現しているようだった。


 沿道には恐ろしいほどの人だかりができていた。

 人々は、歩みを進めるパレードを一目でも見ようと押し寄せ、群衆の波は果てしなく続いている。

 彼らの熱気は、祝祭の華やかさにさらなる拍車をかけ、街全体を一つの巨大な祝祭会場に変えていた。


 大通りを進む馬車と護衛たちの隊列は、その壮麗さで人々を圧倒している。

 群衆との距離は確保されているとはいえ、これだけの数の人々が集まれば、警護の緊張感は消えない。

 蠅の王騎士団のメンバーたちは、それぞれが鋭い視線で周囲を警戒し、わずかな異変も見逃さぬように目を光らせていた。


 それでも、このパレードを止めることはできない。

 これは歴史そのものの象徴であり、何よりも国家再生の希望を具現化する瞬間なのだ。

 その行列が通るたび、大通りには歓声と拍手が轟き渡り、カサンドラの微笑みと共に、新しい時代の幕開けが鮮やかに彩られていった。


 ☆☆☆


「見て下さい。コレ」


 後方からの軽快な声に、馬上のレイはぎこちなく斜め後ろを振り返る。

 視界に入ったのは、長い金髪を美しくまとめたセリナだった。

 その髪飾りにはどこか見覚えがある。


「あなた、それって……」

「はあい。愛欲の針でえす」


 セリナのあっけらかんとした返答に、レイはチラリと彼女を見ただけで、すぐに正面を向き直した。

 馬上から落ちまいとする必死の構えが、彼女の余裕ある振る舞いとは対照的だ。

 何しろ、これまでほとんど乗馬の経験がなかったレイにとって、馬に乗ること自体が一種の冒険であり、基本的な姿勢を保つだけでも一苦労だった。


 冒険者としての場数を踏んだ者たちにとって、乗馬はお手の物だろうが、レイのぎこちなさは一目瞭然だった。

 練習は重ねてきたものの、緊張が馬に伝わるのか、どうにも動きが不格好になってしまう。

 その様子を見て、セリナは笑いを堪えきれないようだ。


「頑張って」とクスクス笑いながら声を掛けてくる彼女に、レイは不満げに言葉を返す。

「危なかったら支えてよ」


 セリナは肩を竦めてさらに笑う。

 普段は無鉄砲で怖いもの知らずのレイが、恐る恐る馬に跨る姿がよほど面白いらしい。

 彼女はカサンドラ女王陛下ではなく、もっぱら前方で必死に平静を装うレイばかりを見つめて楽しんでいる。


 レイは、早くこの騒々しいパレードが終わらないものかと心の中で願わずにはいられなかった。

 それでも、表情には一切それを出さない。

 その平常心を装う態度が、かえってセリナの笑いを誘っているのだ。

 彼女の後ろから聞こえてくるクスクス笑いは、まるで途切れる気配がない。


 だが、当然ながら本日の主役は彼女らではない。

 この壮麗なパレードの中心にいるのは、カサンドラ女王だ。

 戴冠式という歴史的な瞬間に沸き立つ民衆たちは、馬上でぎこちなく揺れる魔法使いの警護役などに目を向けることもなく、大歓声を上げて女王の祝福に夢中になっていた。


 人々の歓声と紙吹雪の中、大通りを進む馬列は一層の華やかさを増し、レイの小さな緊張など誰にも気づかれることはないまま、パレードは続いていった。


「……どうして?」

 レイの問いに、セリナは静かに返した。

「レイレイも気が付いているんじゃないスか? 危ないのは今日のパレードだって」


 レイは馬上で微かに表情を曇らせる。

 セリナの軽い口調にも関わらず、その言葉に漂う緊張感は否応なしに彼女の心を引き締めた。


「馬車の周りは私たちが固めて、結界を張るわ」

 セリナは真剣な眼差しで続ける。

「魔王の遺物が出てくると思う?」


「思います」

 セリナは即答した。

 彼女の声には疑いの余地もなかった。


「確実にモニクさん――女王陛下を討つつもりなら、最大戦力を出してくるでしょう」


「大権威の魔法結界を破れるとすれば、極大魔法以外にはありえない」

 レイは頷いて言った。


「針――というか髪飾りの中に封じられている魔王が異国の人だったので、意思疎通に手間取りましたが――まあ、防御結界くらいなら張れますよ」

 セリナは肩を竦めるようにしながらも、力強い言葉を残した。


「全方位を囲むのは?」

 レイが訊ねると、セリナは一瞬考え込み、それから少し申し訳なさそうに答えた。

「ちょっと無理です。一方向だけに集中するなら、ほぼ完全防御できるでしょうけど」


 言葉の端々に自信はあったが、同時に限界も滲む。

 これ以上の防御を敷くには、時間も人数も圧倒的に不足しているのだ。


「結界が突破されるリスクは?」

 レイの言葉にセリナは苦笑を浮かべた。


「ないとは言えません。でも、やれることはやるしかないでしょう?」

 セリナの金髪が陽光に輝きながら微かに揺れ、重い雰囲気を和らげるかのようだった。


 それでもその瞳は、何があっても守り抜くという覚悟を宿している。

 レイもまた、深く頷きながら視線を前方へと戻した。


 パレードが続く中、緊張が張り詰めた空気は彼女たちの周囲だけが異質なもののように感じられた。

 それでも、彼女らは進む。

 何が待ち構えていようとも、決してその歩みを止めることなく――。


 ☆☆☆


 王宮の荘厳な姿が視界に現れ始めた時、レイは心底安堵し、思わず隣のセリナに目をやった。

 しかし、その表情に異変を感じ取る。


「どうしたの?」

 セリナは緊張を滲ませながら低い声で告げた。

「本当に来ました!」


 レイはギッと前方を睨む。

 直感が告げる危険が確信に変わった瞬間だった。


「カイ! 先生! 前方に不審者!!」


 道の先、真っ黒な甲冑を纏った騎士が馬車の進路を塞ぐように立っていた。

 その足元には警備の兵士が二人倒れ、微動だにしない。


「民衆を避難させよ!」

 馬車の中から、カサンドラ女王が憤怒の弓に矢をつがえ、威厳ある声で命じる。

 その矢先に、全力で駆けるカイの姿が見えた。


「そいつは――」

 レイの脳裏に過去の記憶が蘇る。


 アステラ市街戦の激闘。

 その最中、瀕死のトラグスを助け出した異形の騎士――イラリオ・コバルビアス。

 放蕩王子は、今や魔王の遺物「傲慢な斧」の所有者であり、その異能は戦況に応じて瞬時に武器の形を変える力を持つ。


 レイの背筋に冷たい汗が流れた。

 いくらカイほどの達人でも、魔王の遺物を相手に正面から挑むのは無謀だ――命を落としかねない。

 焦りが募る中、レイは馬を進めようとしたが、乗り慣れない馬を動かすことすら思うようにいかない。


「女王陛下! 射ってください!! 魔王の遺物でないとアレは無理です!」

 振り返り、必死に叫ぶレイ。


「わかった!!」

 カサンドラは即座に赤の矢を放った。


 凄まじい轟音が響き渡り、燃え盛る赤の矢がイラリオへ向かって一直線に飛んでいく。

 その軌道はカイのすぐ脇を掠め、黒甲冑の騎士へと迫った。


 イラリオは黒衣のマントを翻し、軽々と宙を舞う。

 その動きはまるで舞踏のような流麗さを帯びていた。

 赤の矢はそのマントの中で火を失い、静かに消滅する。


「あれが傲慢な斧……ッ!」

 カサンドラが歯噛みしながら呟く中、イラリオはマントを翻して冷ややかな声を放った。

「返すぞ」


 次の瞬間、彼の手に握られていた傲慢な斧は、憤怒の弓と寸分違わぬ形に変貌し、そのまま赤の矢をつがえた。

 そして、矢を引き絞り放つ――。


 だが矢は飛ばず、イラリオの手元で爆発した。

「なんだと?!」

 爆音と閃光に驚愕の表情を浮かべるイラリオ。


 その一瞬の隙を見逃すカイではなかった。

 爆炎に包まれるイラリオにバトルアックスを振り下ろす。


 抜き放った剣が煌めき、間合いを詰めたイラリオがなんとかバトルアックスを受ける。

 イラリオの鋭い目が再びカイに向けられる中、刃と力が激突し、戦いの幕が切って落とされた。


 ☆☆☆


「弓がなんでもいいなら、そもそも憤怒の弓なんか必要ないじゃない――アホなの?」

 レイの皮肉がこぼれるが、その手はすでに攻撃魔法の詠唱に入っていた。


 馬車の右側からガヴィーノが飛び出し、鋭い目で戦況を見据えながら地を蹴る。

 その後方ではララがフワリと宙を浮かび、防御結界の展開を始めていた。

 結界の光が淡く周囲を包み込むように広がっていく。


 だが、状況を見守るはずのセリナが、なぜか前方から引き返して来る姿に、レイは目を見開いた。


「なに? どうしたの? セリナ?!」

 声に緊迫した色が滲む。


 しかしセリナは一言も発することなく、馬上から身を躍らせてレイのほうへ飛び込んだ。

 次の瞬間、強く抱き締められたレイはそのまま地面に転がる。


 衝撃の痛みを覚悟したが、水の膜が二人の身体を受け止め、衝撃を和らげるてくれた。

 魔法の柔らかな感触が、セリナの迅速な判断力を物語っている。


「セリナ、一体――」

 言葉を紡ぐ間もなく、レイは見た。


 ――視界の隅、馬車の陰に隠れながら魔法を放つ一人の魔女の姿を。


 それは忘れることのできない顔だった。 

 憎しみに燃える記憶が、瞬時にレイの脳裏に浮かび上がる。


「サンティナ・ディ・フィオーレ……」


 親の仇。宿命の敵。

 その名を呟いた瞬間、レイの心は激しく揺れ動いた。

 視線は魔女の動きに釘付けになり、セリナの腕の中で硬直する。


 サンティナは冷酷な微笑を浮かべ、躊躇なく次なる魔法の詠唱に移っていた。

 その手には暗い光を帯びた魔素が渦巻き、確実に破壊を生む一撃を狙っている。


「お、お前……サンティナ――サンティナアアアア!!」


 レイの怒声が響き渡る。

 怒りと憎悪に燃える目は、魔女サンティナ・ディ・フィオーレを射抜いていた。


 しかし、その叫びの直後に感じたのは――セリナの背中をまさぐったときの、異様な手触りだった。

 ヌルリと濡れる感触に、全身が凍りつく。


「……はっ?」


 セリナの体は力を失い、レイの腕の中で重みだけを残していた。

 振り返って彼女の顔を見つめたその瞬間、血の気が引いた。


「嘘……嘘でしょ……セリナ!」


 彼女の肌は冷たく、瞳はもう何も映していない。

 レイの腕のなかでセリナが息絶えていた。


 サンティナが狙ったのは――私?


 震える声が漏れる。

 目の前の現実を受け入れられず、レイは親友の名前を呼び続ける。

 しかし、どれだけ叫んでも、セリナからは何の反応も返ってこなかった。


 愕然とする中、視界の端で動く人影があった。

 馬車へと近付くその姿。

 周囲の混乱の中でも、それは際立っていた。


「女王ではない! 標的は、あんたたち全員だ!!」

 低く、けれどはっきりと響いた声が新たな波紋を広げていく。


「狙いは大権威だ!! 大権威が標的だ!!」


 その声の主は、クリストバル・ヘストン――魔界への潜入から戻った竜騎士団の師団長だった。

 冷徹な目が敵の動きを追いながら、周囲に警告を発する。


 一瞬。

 ほんの一瞬。


 間に合わなかった。

 だが、その一瞬の差が、全てを覆すには遅すぎた。


 レイの視界に広がるのは、セリナの冷たい体と、サンティナの邪悪な笑みだった。


 ――何かが切れる音がした。


 それは感情の糸か、それとも理性そのものか。


「サンティナアアア――ッ!!!」


 絶叫とともに、レイは呪文の詠唱を中断し、手を前に突き出した。

 魔素が暴発するように溢れ出し、全身を覆い尽くす。

 怒りが抑えきれない魔力を引き出し、周囲の空気を震わせる。


 地面が裂けるような衝撃が走り、強大な魔法陣が浮かび上がった。

 視界にはもうサンティナしか映っていない。

 魔女を破滅させる――それだけが、レイの心を支配していた。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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