148話 魔界紀行 5
霧が立ちこめ、世界全体が灰色の薄布に包まれたかのようにぼやけていた。
湿った空気が肌にまとわりつき、足元では砂利混じりの河辺がわずかに音を立てる。
一同は、目の前に広がる光景に言葉を失った。
大河が、重々しい音を立てながら流れている。
濁流ではなく、穏やかに見えるが、その水面は光を吸い込むような黒さをしており、奥底の見えない深い闇を想像させた。
河の向こうには、真っ白な山々がそびえ立っている。
その峰々は雪に覆われているわけではなく、不気味な白さを湛え、どこか異質な気配を放っている。
霧のなか、湿った空気が立ちこめ、遠くの景色は霞んで輪郭を失っている。
近くには枯れた芦の葉が一面に茂り、その間を冷たい風が通り抜けるたびに、かさかさと音を立てる。
荒涼とした大地が河を囲むように広がり、見渡す限り生気のない風景ばかりだ。
「ここはどこだ……? 俺たちは塔の中にいたはずだよな?」
カイが、両手の剣をしっかりと握り、周囲を警戒しながら訊ねた。
緊張感が全員の表情に刻まれ、武器を構える音だけが響く。
「ステュクス河……?」
レイが一歩前に出て、霧の向こうをじっと見つめながら呟いた。
「ステュクス? レーテーの向こうだろ? それに、その河は――」
モニクが半笑いで返すが、その表情には戸惑いが浮かんでいる。
レイの視線は微動だにせず、霧の中の大河を見つめ続ける。
「ええ。私、王さまから許可を得て、小さな研究室を持っているの」
「王さまって、ここの?」
モニクが訝しげに訊ねる。
「と言っても、一度だけ会ったきりだけど」
「さっきから何の話をしている? ここは一体どこなんだ??」
苛立ちを隠せないガヴィーノがレイに詰め寄る。
その声が霧の中で反響し、不気味な静けさがいっそう深まった。
すると、遠くから微かに音が聞こえた。
ギイギイ……ギイギイ……櫓をこぐ音だった。
それは徐々に大きくなり、霧の奥からこちらに近づいてくる。
水面を揺らしながら現れたのは、一艘の小さな木製の渡し舟だった。
舟の表面は年季が入ったように苔むし、木目の隙間からわずかに水が染み出している。
舟が進むたび、黒い河の水が船縁にまとわりつく音がした。
レイが動いた。
片膝を曲げ、深々と頭を下げる。
その仕草に、一同は驚きつつも、ただ息を殺して舟の到着を見守った。
舟の上に立つのは、小柄な老紳士だった。
喪服を身に纏い、その生地は黒々と光沢を放ち、彼の細身の体にぴたりと合っている。
首元にはきっちりと結ばれたネクタイがあり、その端正さは不思議な威厳を醸し出していた。
頭には山高帽子を被り、手には古びたステッキをついている。
そのステッキの飾り部分には、何か奇妙な紋様が彫られていた。
彼の顔には、細い口元に浮かぶ穏やかな笑みと、くっきりと刻まれた皺がある。
その表情にはどこか人を安心させる暖かみと、底知れぬ威圧感が混在していた。
舟を停めると、老紳士はゆっくりと霧の中から姿を現し、ステッキを軽く河辺に突き立てた。
そして、広げた両手で歓迎するような仕草を見せる。
「地獄へようこそ」
老紳士の口から紡がれた言葉は、霧の中でひどく鮮明に響いた。
その穏やかな声色とは裏腹に、その場の空気は一瞬にして凍りついた。
☆☆☆
ガヴィーノが苦笑いを浮かべたその瞬間、河から「バシャッ」と水が跳ねる音が響いた。
その音はどこか現実感を欠いており、耳に残る不快な反響を伴っていた。
「ガヴィーノ先生。あの人の言ってること、あながち間違ってもないかも……」
セリナがガヴィーノを軽く肘で突き、真剣な眼差しで告げた。
「なんの確信があってそんなことを……」
ガヴィーノが訊ねると、セリナは水面を指差した。
「さっき跳ねた魚。私の見間違いじゃなければ、とっくに絶滅したはずなんスよね」
その言葉を聞いた直後、カイが叫んだ。
「おい! アレ!!」
向こう岸を指差すと、霧の中から巨人たちが姿を現した。
巨人はズシンズシンと地響きを立てながら歩いており、その背丈は異常なほど高い。
「遙か遠くだが、あれ……十メートルはあるだろう」
カイが言う。
「そんな馬鹿な……」
ララが息を呑む。
遙か昔に滅びたはずの古代巨人族。
現在確認されている巨人族でも最も背丈の高い部族で四メートルが限界だ。
それを優に超える十メートル級の巨人が動いている光景は、神話を見ているかのようだった。
「あ! また跳ねた!」
セリナの声が再び響く。
はしゃぐようなその調子に、ガヴィーノが苛立ちを露わにした。
「この緊急時に君はなにを――」
だが、彼の言葉は続かなかった。
視線の先には、見たこともない人魚がいたのだ。
河の中州にある岩の上で、背鰭を持つ半魚人のような生物が尾をヒラヒラさせながら休憩している。
上半身は半魚人、下半身は巨大魚であり、その全身が光沢のある鱗で覆われていた。
「古代人魚だ……」
ガヴィーノは呆然とその姿を見つめる。
河には巨大な魔獣が泳ぎ、向こうの山際では巨人たちが闊歩している。
――それらはすべて、絶滅したはずの存在である。
「ご名答」
ニコニコと微笑みながら、喪服に身を包んだ老紳士がゆっくりと一同に近付いてきた。
その品の良い佇まいに、殺気は一切感じられない。
レイが膝を折り、丁寧にお辞儀をする。
「お久しぶりです。地獄王陛下」
「じ、地獄の王だと……??」
ガヴィーノが震える声で叫ぶ。
「は?? 私たち死んじゃったってことッスか?」
セリナも頭を抱えている。
「ははは。では、あちらをご覧なさい」
老紳士がステッキで指し示した先には、甲冑を纏った巨人騎士が立っていた。
甲冑の隙間から魔素が溶け出しており、その流れが地面に滴り落ちている。
河原に佇む巨人騎士は、戦い疲れた様子で徐々に崩れていく。
その身体がやがて魔素へと還ると、現れたのは「聖盾の勇者」として知られるフロルだった。
よろめきながら老紳士の乗ってきた舟に向かい、最後の力を振り絞って河へ漕ぎ出していく。
「刑罰満期にて浄化」
老紳士がパチンと指を鳴らした瞬間、河が一気に赤く燃え上がった。
突如、穏やかな河面が真紅の業火に覆われた。
火柱が天に向かって立ち昇り、船やその上にいるフロルもろとも激しく燃え上がる。
その火の勢いは尋常ではなく、燃えさかる音が耳を裂き、空気が焼ける匂いが立ち込める。
老紳士の微笑みとは裏腹に、その光景はまさに地獄そのものだった。
舟は火の中で音を立てて崩れ落ち、やがて灰のように跡形もなく消え去った。
河全体が轟々と燃えたのも束の間、老紳士がステッキを軽く地面につくと、その炎は一瞬で消え去り、元の静かな大河へと戻った。
中州にいた古代人魚が、驚いたように一度尾を跳ね上げると、水面に「ぽちゃん」と音を立てて潜り込んでいった。
その光景に、一同はただ呆然と立ち尽くすしかなかったのである。
☆☆☆
「最果ての塔の主クルルカンを倒したのは、お見事でした」
老紳士が柔らかな声で褒め称える。
だがその微笑みは、どこか底の見えない深さを感じさせた。
ガヴィーノが一歩前に出て、鋭い視線を老紳士に向ける。
「……なぜ、最果ての塔があそこに建っているんです?」
その問いには、純粋な疑問と若干の苛立ちが混ざっていた。
河原の向こう、霧の中にぼんやりと浮かび上がる最果ての塔。
その姿は荒野の中で不自然にそびえ立ち、まるで地平線に突き刺さる針のように鋭い印象を与えていた。
塔を覆う霧は先ほどまでのように激しい力を感じさせず、どこか穏やかで静謐な雰囲気を纏っている。
仲間たちは河原に佇みながら、その異様な塔を見上げていた。
距離を隔てた場所からでも明らかだった。
気配が、さっきまでとは明らかに違う。
ほんのすこし前まで感じていた荒ぶる威圧感は跡形もなく消え去り、代わりにただの廃墟が残されたような印象を受ける。
霧は薄明かりの中で塔をゆっくりと覆い隠していく。
風が吹き抜けるたびに霧が揺れ、塔の輪郭が瞬間的に浮かび上がった。
塔を取り囲む空気そのものが薄く冷たくなり、荒野の静寂がじわじわと広がってくるのが肌に伝わってくるようだった。
霧が流れるたび、塔の頂上がかすかに揺らめく。
そこには力尽きた支配者の影も、荒々しい魔獣の気配も感じられない。
ただの孤独な廃墟。それが今の最果ての塔だった。
老紳士は軽く顎に手を当て、愉しむような口調で答えた。
「主を失ったダンジョンはいずれ崩壊しますが、あの塔の魔獣どもが自然に還るとは思いますか?」
ガヴィーノは短く息を吐いた。
「無理でしょう。魔獣もそうだが、魔力を吸い取る植物や虫もタチが悪い。環境破壊の原因となるのは、火を見るより明らかだ」
「ええ。ですからね。こちらへ移動させた次第です」
老紳士は肩をすくめ、気軽な口調でそう答えた。
その様子は、まるで荷物の配置換えをしたと言わんばかりである。
ガヴィーノは耳を疑った。
「い、移動させたって――塔をまるごと?」
老紳士は微笑みを崩さずに「ええ」と応じる。
その笑顔は揺るぎなく、どこか子供じみた無邪気さすら漂わせていた。
しかしその背後には、人知を超えた力を持つ者に特有の余裕が滲み出ているように思えた。
一同は思わず顔を見合わせ、老紳士の言葉の意味を噛み締めるしかなかった。
☆☆☆
モニクが不機嫌そうに眉を寄せ、口を開いた。
「どうも引っ掛かる。まず、あなたとレイの関係だ。こういってはなんだが――なぜ、地獄王と一介の研究者がそうも親しいのか?」
老紳士はその言葉に少し笑い、肩を軽くすくめた。
「ああ。それは彼女が禁術魔法の研究中に地獄へ紛れ込んでしまってね。そこで偶然――」
モニクが勢いよく手を振って遮った。
「偶然などありません。特に王よ。あなたに限って!」
老紳士の微笑みは崩れ、少しばかり間があった。
しばらく沈黙が続いた後、老紳士は静かに語り始めた。
「変わりの王が見付かるまで、地獄の管理者は続けなくてはなりません。もう六世紀ほどになるでしょうか。最長記録だと思いますね」
その言葉には長年の重責を感じさせる響きがあったが、彼の表情はあくまで穏やかだった。
「任期が終われば、どこぞの神になれると前任者には言われましたが――神も高次元存在から精霊のようなもの、最下層の神になると怪物と変わりませんでな……仕事の出来しだいでしょう」
「レイ」
老紳士は優しく彼女を見つめた。
「君が持っている仮面ね。使ったら、死後、私の後を継ぐことになるよ」
レイの目が驚きに見開かれる。
「それは――使えないということでしょうか?」
老紳士は少し首を傾けた。
「行使できるのは生涯一度。よく覚えておきなさい。それを使うということは大罪を背負うのと同じだと」
そのとき、話の流れについていけなかったガヴィーノが、困惑した顔で割り込んできた。
「あの――なんのお話でしょうか?」
モニクが短く息を吐いて呟く。
「魔王の遺物のお話ですよね?」
ガヴィーノはさらに眉をひそめた。
「魔王の……君が持っているって――なにを?」
レイが静かに頷きながら答えた。
「ええ。”羨望の仮面”です」
ガヴィーノの顔色が変わる。
「ちょっ……! それ、国に差し出したはずだろ?」
レイは淡々と続けた。
「リカルド将軍と示し合わせて偽物を提出いたしました」
「なんで??」
ガヴィーノの声は若干掠れていた。
レイは一切の躊躇いを見せずに答える。
「信用できないんですもの。大体、私たち以上の専門家なんていますか?」
「それは……そうだが」
ガヴィーノは言葉を飲み込んだ。
昔から知っているレイの合理的すぎる思考――それに彼はまたしても閉口するしかなかった。
決まり事や規律を破ることなど、レイにとってはほんの些事に過ぎないのだ。
誰よりも頭が切れるがゆえに、常識が通じない――それがレイ・トーレスという人物だった。
☆☆☆
老紳士の静かな声が空気を張り詰めさせた。
「こちらからだと、現世の監視はできても手は出せないので、歯痒い思いをすることばかりで――レイ」
彼は一歩近づき、レイを優しく抱きしめた。
驚いたレイは何も言えず、ただ立ち尽くす。
「お前だけでも生き延びて良かった」
「……それは、どういうことでしょうか?」
レイが沈黙を破る。
老紳士は目を閉じ、少し顔を伏せた後、静かに語り始めた。
「レイ。お前の家族――実の両親を襲ったのは、父親の妹。叔母にあたる者の仕業だ」
レイの顔色が変わり、怒りで瞳が紅くなる。
震える声で訊ねた。
「殺したということですか?」
その問いに、老紳士は深く頷いた。
「元々、精神に異常を抱えていた女だ。国家独立の急先鋒だった君の両親を暗殺したのは誰ぞに誑かされたか――いずれにせよ、お前の母が最後の力を振り絞って、できる限り遠くへと瞬間移動させた」
レイの瞳が怒りに染まり、更に紅く輝く。
「そうですか。その者の名は?」
「元の名は捨てたはずだ。今は、確か、サンティナ・ディ・フィオーレと名乗っている」
レイはその名前に息を呑む。
「サンティナ――私が追っている魔女と同一の名前。偶然か因果か。実の父と二人の母。故郷の人々の仇。それがはっきり致しました」
老紳士はじっとレイを見つめ、言葉を続けた。
「お前は、私の子孫――六百五十年前に国を追われた大罪人の子孫だ」
その言葉に、場が凍りつララララが低い声で訊ねた。
「六百五十年前に国を追われた? 待って。それって――」
老紳士は一息つき、冷静な口調で告げた。
「我が名はギルベルト・アスモデウス。君たちが歴史で習う史上最悪の宰相。魔王乱立を引き起こした大罪人。三国時代の原因をつくった魔王。それが私だ」
その名を聞いた瞬間、ガヴィーノは後ずさりし、モニクの顔に険しい表情が浮かぶ。
レイは何も言わず、ただその言葉を噛み締めるように立ち尽くしていた。
☆☆☆
「現世に帰ったら調べてみるといい。私が犯したとされる大罪とはなんなのか。なんの証拠も出てこない。そう思われているだけだ。その仮面に封じられている大魔法を使ったこと以外はね」
老紳士――ギルベルト・アスモデウスの落ち着いた声が、大河のせせらぎをかき消すように響く。
レイは鋭い視線を向けながら問いかけた。
「民衆を洗脳したとか、仮面を被れば恐ろしい呪いがかかるというのも嘘なのでしょうか?」
ギルベルトは小さく笑い、かすかに首を傾げる。
「嫌悪の呪いというものがある。極めて限定的にだが役に立つこともあるんだよ。仮面を使わせないためとかね」
「そうだったんですね」
レイは納得したように呟くが、その目はどこか疑念を残しているようにも見えた。
ギルベルトは穏やかに話を続けた。
「国を追われた私は、コキュートスである貴族の家庭教師となった。彼らは優しく、芸術を愛する人たちだったよ。僅かな間だったが、穏やかな老後を過ごせたことは感謝のしようもない」
「その貴族って」
モニクが更に訊ねる。
「ベルゼブル家だ。ダンテ・ベルゼブルは私の教え子だよ。君は彼の眼差しと本当によく似ている」
その名を聞いた瞬間、場に緊張が走った。
「ま、魔王が魔王を鍛えたってのか?」
カイが目を丸くして驚きの声を上げる。
ギルベルトは微笑みを浮かべたまま頷く。
「そういうことになるな。だが、君たちが思っているような"恐ろしい魔王"ではない。少なくとも、私が知る限り、ダンテは非常に賢く、誇り高き人物だった。なにより優しい子であった」
「でも……ベルゼブル家と言えば、混沌の象徴のような一族じゃないか?」
ガヴィーノが眉をひそめながら疑念を口にする。
「歴史は誰が書くのか。それが重要だ。ガヴィーノ博士」
ギルベルトの声はどこか哀しげで、深い意味を含んでいた。
「彼らが魔王と呼ばれたのも、あるいは、そのように仕立て上げられた結果かもしれない――私のようにね」
ガヴィーノはしばし沈黙し、ギルベルトの言葉を反芻するように目を伏せていたが、やがて静かに口を開いた。
「彼らの真実も、貴方の真実も……現世に戻ったら、自分の目で確かめてみます」
ギルベルトは嬉しそうに微笑みながら、ゆっくりと頷いた。
「それがいい。疑問を持ち、追求すること。それが真実に辿り着く唯一の方法だからね」
☆☆☆
「さて。用事は済んだ。驚かせてすまなかったね」
ギルベルトは微笑みながら周囲を見渡した。
その姿は威厳を感じさせつつも、どこか穏やかだった。
「いえ。とんでもない。こちらこそ、陛下とお話できて光栄でした」
モニクが恭しく頭を下げる。
彼女の声には敬意が滲んでいた。
ギルベルトは朗らかに笑った。
「はっはっは。とはいえ、また会おうとは言えないな。また会うことになれば、それは裁定を下す時ということだろう」
「地獄ジョークはキツいッスね!」
セリナが軽口を叩きながらケラケラと笑った。
その軽妙な冗談に皆がつられて笑い声を上げる。
緊張していた空気が、少しだけ和らいだ。
「では、みなさん。ご機嫌よう。生きている間に、成すべきことを成しなさい。また会わないことを心より願っている」
ギルベルトは山高帽子の鍔を軽く摘まみ、優雅に微笑む。
その仕草には、不思議な温かさと別離の哀愁が漂っていた。
そして、彼はモニクに向かって一歩近づき、静かに言葉を紡いだ。
「ご友人がいるアケローンの街へ送ろう。君が我が教え子と同じく、偉大な王となれるように祈っているよ」
モニクは一瞬目を見開いたが、すぐに深々と一礼し、決意に満ちた声で答えた。
「は。お心に沿えるよう努力致します。……レイ。実の身内だ。なにか言わなくてもいいのか?」
「あ、あの――私は……」
レイが戸惑いながらも言葉を探していると、ギルベルトがそっと微笑んだ。
「わかっている、レイ。忘れないでくれ。お前が現世で孤独を感じていても、彼岸で愛する者がいることを――君の両親や私のことをね」
その言葉にレイは目を伏せ、感情が溢れ出すのを抑えきれなかった。
怒りに燃えていた紅い瞳が、次第に元の淡い茶色へと戻り、涙が静かに頬を伝った。
「両親は――」
絞り出すように問いかけるレイに、ギルベルトは優しく頷いた。
「もちろん、上さ」
彼はステッキを軽く掲げ、上空を指し示す。
「ああ……良かった」
レイは涙ながらに微かに微笑む。
その瞬間、周囲を包む霧が急速に濃くなり、視界が真っ白に覆われた。
次の瞬間には街の雑踏が耳に飛び込んでくる。
――瞬間移動したことさえ、誰も気づけなかった。
それほどまでに卓越した魔法に、モニクたち大権威ですら驚嘆せざるを得なかった。
お読みいただきありがとうございました。
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カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。




