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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第六章 憤怒の弓
146/164

146話 魔界紀行 3

 塔の中に一歩足を踏み入れると、外界から完全に切り離された感覚に襲われる。

 空気そのものが重く、静謐さの中に魔力のざわめきが渦巻いていた。

 目に見えない膜が張り巡らされているのだ――結界術と考えていいだろう。


 ガヴィーノが先陣を切るように声を上げた。

死神(デスブリンガー)の草(ウィード)が群生している。踏み込むなよ、命を失うぞ」


 その名の通り、死神の草は塔の高魔素環境で進化した植物型の魔物だ。

 根を通じて魔素を吸収しながら、周囲には致死性の毒霧を撒き散らす。

 動けないが、その毒霧は侵入者の生命を容赦なく奪う。


 耳に届くのは不気味なカエルの鳴き声。

 それは叫び蛙(スクリームフロッグ)の声だった。


 この巨大なカエル型魔物は、攻撃されると高周波の鳴き声を放ち、鼓膜を破壊する。

 そのうえ、槍のように鋭い舌を持ち、標的を一撃で捕らえる能力も備えていた。


 塔の内部は、数百年もの間、独自に進化した魔獣と魔物の巣窟だった。

 研究者としては胸が高鳴る環境だが、今の目的は違う。

 全員が改めて気を引き締め、身構えた。


「塔全体が魔力を吸収する仕組みで動いているということですか?」

 レイがガヴィーノに訊ねると、彼は頷いた。


「ああ。上層階へ行くほど魔力を吸い尽くされる仕掛けだ。別名、魔法殺しの塔」


「塔そのものが、ひとつの生き物みたいッスね」

 セリナがつぶやくと、ララが軽い口調で応じる。

「その通り。ボクたちなんか、この塔から見れば骨付きロース・ステーキみたいなもんさ。ご馳走が自ら来てくれたと大喜びだろうぜ」


「ステーキかあ……アヒージョで食べるのが好きなんだよね」

 モニクは辺りを警戒しつつ、冗談交じりに返す。


「――なんの話だ。トコロでよ。あの鳴いてるカエル、食えるのか?」

 カイがガヴィーノに訊ねると、彼は薄く笑って答えた。

「美味いぞ。だが調理する前に、まず生き延びなきゃな」


 ガヴィーノの言葉に、一瞬の沈黙が訪れる。

 そして、彼はニヤリと笑みを浮かべた。


「ようこそ――世界一の危険地帯へ」


 その言葉が、ここでの冒険の始まりを告げていた。


 ☆☆☆


 (グラヴェル)(サーペント)が低く唸りながら襲いかかる。


 カイは平剣を逆手に握り、その鋭い突進を見切ると、刃を一閃させて凪ぎ払った。

 蛇腹の体が宙を舞い、次の瞬間、モニクが斜めに走り込んでサーベルを振り抜く。

 その一撃で土蛇の首は鮮やかに断たれた。


「来るぞ!」

 モニクが叫んだ刹那、死神の草の影から虚無刺し(ヴォイドスティンガー)どもが一斉に跳び出してきた。


 虚無刺し――それは昆虫にも近い異形の魔物で、鎌のような前脚を構えながら、鋭い跳躍で冒険者を襲う習性を持つ。

 群れを成すその姿は恐怖そのものだ。


「ちッ! こいつら数が……ッ!」

 カイが叫びつつバトルアックスを振り回し、次々と虚無刺しを叩き落としていく。

 だが、群れは途切れる気配を見せない。


 ララが即座に石礫の弾幕を作り出し、虚無刺しの跳躍を封じ込めるように正確に撃ち込んでいく。

 硬い甲殻を粉砕する音が響き渡り、いくつもの虚無刺しが床に叩き落された。

 その隙に、ガヴィーノがファルシオンを振り抜き、一匹一匹を確実に仕留めていく。


 ガヴィーノのファルシオンは、幅広の刀身が虚無刺しの体を容易に両断していく。

 その刃には黒魔法が施されており、どれだけ斬り続けても、その切れ味が鈍ることはなかった。


「この塔の魔物ども、殺意がひどすぎないッスか?!」

 セリナが苦笑交じりに結界を張りながら言った。


「低層階は数で押し潰す腹だな。派手な魔法は控えたほうがいい」

 ガヴィーノが短く答えると、ララが苛立たしげに息を吐く。


「数で攻めるなら、こっちも数で押し返してやる」

 ララが再び魔力を練り、空中にさらに多くの石礫を生成する。

 次々と虚無刺しを貫き、数を減らしていくものの、その勢いは止まらない。


「まどろっこしい。もういいわ。上層階までぶち抜きましょう」

「は? どうやって?」

 レイが虚無刺しの動きに目を向けながら吐き捨てると、ララが半笑いで応じた。


「こうやって――よ」


 ――竜化。


 レイの魔力が瞬時に爆発的な熱量を帯び、姿が変容していく。

 鋭い爪が生え、瞳が金色の光を放つ。

 周囲の空気が震え、その場にいた全員の肌を刺すような圧力が覆った。


 虚無刺しどもは一瞬怯んだが、それも束の間のことだった。

 群れが再び襲いかかろうとする瞬間、レイが鋭い咆哮を上げる。

 その一声で魔物どもが硬直し、次いで渦巻く魔力の波動が虚無刺しを吹き飛ばした。


 レイの魔力が爆発的に増大していく。


 左頭部から現れた白い角は、螺旋を描きながら魔力に応じてねじれ、光を帯び始めた。

 その周囲の髪が黒から黄金へと変化し、輝きを増していく。


 次に、左腕に異変が起きる。

 肌が波打ち、硬質な碧色の鱗が広がり始める。

 膨れ上がる筋肉が力強さを増し、腕は通常の数倍以上の太さにまで成長した。

 指先には鋭い爪が生え、床に深く突き刺さる音が響いた。


 左目には、燐光が宿る。

 その瞳孔は鋭く細まり、竜そのものの黄金の目となった。

 見る者すべてを畏怖させる威圧感が辺りに満ちる。


 背中から突き出した片翼は、レイの身長をも超える巨大なもので、碧色の鱗に覆われている。

 その裏側は赤黒く脈打ち、魔力の脈動が視覚化されているかのようだった。


 尾が床を叩きつけるたび、振動が伝わり、鰭が青白い光を放つ。

 レイの姿はすでに人間のそれではなく、左半身が竜へと変貌した異形の存在となっていた。


「ありゃりゃ? レイレイ、蛇みたいな尻尾は嫌いだったっしょ?」

「この際、そんなこと言ってらんないわよ」


 レイの口元に炎が漏れ出す。

 次の瞬間、彼女は大きく息を吸い込んだ。


 ――竜の息吹(ドラゴン・ブレス)


「ちょ……その技は!! 伏せろ!!」


 ララが叫び、死神の草の上へ飛び込むと、他の仲間たちも急いで身を伏せた。


 レイの体が膨張していく。

 巨大な風船が膨らむようにその肉体が膨れ上がり、体中から放出される魔力の熱が周囲の空気を歪ませた。

 黄金の左目が閃光のように輝き、彼女の口元で白熱の炎が形を成していく。


 そして――解放。


 レイが真上に竜の息吹を吐き出すと、灼熱の光線が塔の天井を直撃し、爆発音とともに十階以上を貫通していく。

 光の柱は、触れたものをすべて消し去り、塔内の魔獣たちは悲鳴を上げる間もなく消滅していった。


 激しい衝撃波が塔内を駆け抜け、周囲の壁や床には無数の亀裂が走る。

 魔物たちの姿は跡形もなく、そこにはただ、静寂と焼き尽くされた空間だけが残った。


 ふらつくレイの体をセリナが素早く支え、ポーションを飲ませる。


「私の竜化は左半身だけだから……まあ、本来の息吹の威力の半分ってトコロかしらね」


「は、半分??」

 カイは空洞と化した中階層を見上げ、戦慄を覚えた。


 これで、このパーティは「肉」から「敵」へと変わったのである。

 塔が本気で抹殺しに来るだろうと、誰もが感じ取っていた。


 ☆☆☆


 竜の息吹が放たれた後、塔内はしばらくの間、耳をつんざく轟音に支配されていた。

 だが、それが収まると、急に世界が音を失ったような静寂が広がった。


 塔の壁や床は焼き焦がされ、ところどころ溶け落ちた岩が冷え固まりつつある。

 天井の一部は完全に吹き飛び、はるか上層から光が差し込んでいたが、それすらも白い熱気にかき消されそうだった。


 だが、空間全体に漂うのは、ただの静けさではなかった。

 どこからともなく感じる不気味な圧力――塔そのものが息を潜めて彼らを観察しているかのような、異質な気配が漂っていた。


 魔物の鳴き声や蠢く音は消えたが、それが安堵につながることはなかった。

 むしろ、次に来るであろう攻撃を予感させる嫌な沈黙が場を支配していた。


「……静かすぎるな」

 カイが呟き、周囲を警戒する。


 ララが、壁際に広がる焼け跡を見つめながら低く言った。

「たぶん、塔そのものが様子を見てる。どう動くか、計算してる感じがする」


 塔の空気は重たく、張り詰めていた。

 外界とは完全に隔絶されている感覚が増していく。

 まるで、全員が塔そのものに飲み込まれたかのような錯覚すら覚えた。


 遠くから、かすかな音が聞こえた。

 瓦礫が崩れるような音、そして――複数の足音。


「来るぞ」

 ガヴィーノが短く言うと、全員が即座に身構えた。


 焼き尽くされたはずのフロアから、何かが這い出してくる気配があった。


 ☆☆☆


 ララが身軽な動きでロープを上階にかけ、残りが手際よくよじ登っていく。

 周囲の空気は冷たく張り詰めており、下層階とは違った殺気が漂っていた。

 中層階に入ったことで、塔が新たな試練を送り込んできているのだ。


 竜の息吹を放ったことで、塔に対して確実に宣戦布告をした形となった。

 その影響か、周囲の空間からはまるで敵意が滲み出してくるかのようだった。


 倒しながら登り、登りながら倒す。

 それでも一階ずつクリアしていくよりも随分、楽になったことは確かである。


 当のレイは疲れ果てたのか、最後尾で元の姿に戻り、時折欠伸を漏らしていた。

「さすがにキツかったわね……」とぼやくレイに、ガヴィーノが振り返って言った。


「やれやれ。まあ、中層階の血蛭(ブラッドラヴァー)をすっ飛ばせたのは大きいぞ」

 血蛭――蝙蝠のような羽を持つヒルで、魔力を吸い尽くす厄介な魔物である。


「とはいえ、余裕だとは言えないがな」

 ガヴィーノの視線の先に現れたのは、一頭の炎角獣(フレイムホーン)だった。

 赤黒い炎を纏った大柄な体躯、鋭く光る双角が威圧的に構えられている。

 その蹄が地を掻き、突進のタイミングを見計らっていた。


 突然、炎角獣が地を蹴り、猛烈な速度で突っ込んでくる。

「来た!」

 ガヴィーノの声で全員が咄嗟に左右に散り、突進を回避する。しかし――


「しまった! レイ!」

 疲労でぼんやりしていたレイが突進の軌道上に立ち尽くしていた。


 だが、次の瞬間――


「はい、は~い」

 レイが軽く手を挙げたかと思うと、左半身に残る竜の力を使い、尻尾を一閃。

 青白い光を纏った尾が閃光のように炎角獣の首を捉えた。

 鈍い音とともにその首は不自然に折れ曲がり、巨体が地面に崩れ落ちる。


「ありゃりゃ、大嫌いな尻尾だけ残してるって、面白~い!」

 セリナがケラケラと笑い出す。


「全然面白くない!」

 教え子を心配していたガヴィーノが、膨れた様子で憤慨する。


「ま、いいじゃない。ちょっとランチにしましょうよ」

 レイは仕留めたばかりの炎角獣を指差して言った。


 ☆☆☆


 カイは炎角獣の巨大な死体を前に、片手剣を構えた。

「さて、ちょっと急いで捌くか……あまり時間もないしな」


 まず、鋭利な刃で炎角獣の首元から背骨に沿って一筋の切り込みを入れる。

 その動きは無駄がなく、慣れた手つきだ。

 血が流れ出るが、カイは手を止めることなく進める。

「皮は硬いが……刃が通る分、まだ楽な方だな」


 炎角獣の厚い皮を器用に剥ぎ取り、丁寧に地面へと並べた。

 毛皮には細かな炎の模様が浮かんでおり、恐らく高値で取引できるだろう。

 続けて肉の部位を分け始める。


 関節部分を見極め、関節と骨の間に刃を入れる。

 硬い骨を割らずに肉を切り分けるその技術は、一朝一夕で身に付けられるものではない。


「これはステーキに良さそうだな……こっちはスープ用と――」

 骨付きの肉を切り離し、食べやすいサイズに整えると、次々と仕分けしていく。


 手早い作業にもかかわらず、一切の雑さはない。

 骨や脂肪の不要な部分を的確に取り除き、調理に最適な状態に仕上げていく様子に、一同は感心するばかりだ。


「やっぱりカイって、器用だよね~」

 セリナが感心した声を上げるが、カイは「黙って見てろ」とそっけなく返しただけだった。


 最後に、彼は炎角獣の角を切り取った。

 炭化したように黒いその角は、武器や装飾品の材料としても良さそうである。


「はい。終わり。ガヴィーノ先生、料理は任せた」

 そう言ってカイは、丁寧に血を拭った片手剣を鞘に収めた。


「よし、こいつはうまく焼けそうだな」

 ガヴィーノが手慣れた動きで腹部を裂き、調味料を振りかけて焼いていく。


「ウェ~~イ!  肉祭りじゃあ!」

 セリナが大はしゃぎしながら炎角獣の周りをぐるぐると跳ね回っていた。

 ガヴィーノが「邪魔」と叫ぶたびに、セリナはひらひらと身をかわして笑う。


 一方で、モニクがレイのそばに歩み寄った。

 疲れた様子のレイが片膝を立てて座り込んでいるのを見て、モニクは優しく声をかけた。

「ちょっと、話がしたい。良いかい?」


 レイは軽く息をつき、顔を上げた。

「ええ。もちろん」


 モニクの表情が少し硬くなる。

「君のご両親のことだ」


 その一言に、レイの肩がピクリと震えた。


「やはり、領地でいざこざがあったようだ。遺族が誰か生きていれば良かったんだが――」

「そうですか」


 レイの瞳が揺れた。

 その心には、自分でも手繰り寄せられない記憶の断片が隠れている。


 フロルベルナ村で今の両親に拾われるまでの記憶が、レイにはない。

 魔界の外れから、ルスガリア東南の小さな山村へ飛ばされたことだけが、うっすらと知識として残っている。


 幼い子供が激しい瞬間移動魔法に耐えきったこと、それは奇跡に近い僥倖だった。

 しかし、その代償として記憶は失われ、両親の姿も忘却の彼方へ追いやられた。


 モニクは静かに続けた。

「最果ての塔を攻略すれば、カリギュラ王族として再び十三王家の一員となる資格が得られる。君にとって、それは――」


 その言葉を遮るように、レイが毅然とした声で答えた。

「お断り致します」


 意外なほどはっきりとした拒絶の言葉だった。


「私はフロルベルナ村のレイ・トーレスでいい。貴族でも王族でもない。ただの山村の娘です」


 モニクは少しの間、レイの表情を見つめていたが、やがて小さく微笑んだ。

「そうか。でも、ただの村娘にしては――ちょっと元気すぎやしないかね?」


 そう言って、モニクが階下に空いた大きな穴を指差す。

 レイは目を細めて、その光景を見た。


「……うん。まあ。少し」

 二人は思わず笑い合った。

 その笑い声が、周囲の緊張した空気をわずかに和らげていった。


 その辺りをふわりと漂っていたララが「カリギュラ王族……」と小声で呟きながら、興味深そうにレイの顔を眺めた。

 薄い青色の瞳が細められ、その視線には何かを測るような鋭さがあった。


 やがて、炎角獣の肉が焼ける香ばしい匂いが漂い始める。

 セリナは堪えきれないとばかりに両腕を突き上げ、雄叫びをあげた。


「 肉じゃあい!  肉の宴じゃあああい!!」


 ☆☆☆


 塔の中層階を竜の息吹で突破した一行は、順調に上階へと進んでいた。

 しかし、その進路を阻むかのように、階段の入り口に巨大な氷嶺竜(アイスリッジドレイク)が立ちはだかる。

 全身を硬い氷の鱗で覆われたその姿は、まるで山が動き出したかのようだった。


「火魔法大権威の威光でもお見せしましょうかね」

 モニクがサーベルに低レベルの火魔法を付与して、前へ出る。


 竜の鋭い爪が床を引き裂き、冷気を帯びた咆哮が辺りを凍らせ始めた。

 ララは石礫で竜の視界を妨害し、モニクがその隙に背後へ回り込む。


 ガヴィーノの魔力で強化されたファルシオンが、竜の視線を惑わせた瞬間、モニクが踏み込み、脇腹を突く。

 最後はカイのバトルアックスが首を断ち切り、氷嶺竜は崩れ落ちた。


 ☆☆☆


 さらに進むと、階段の入り口に豪奢な宝箱が置かれていた。

「……こんなわかりやすい罠、誰が引っかかるかって話だ」


 カイが苦笑するなか、セリナが一目散に駆け寄って行く。


「待て待て待て待て!」

 と誰もが叫ぶ。


 セリナが宝箱に触れると、突然箱がうねり出し、大きな口を開けて牙をむいた。

 ミミック――いや、複数の宝箱が合体したミミックロードだ。


「なんだ? こんなの初めて見たぞ?!」

 カイが叫ぶとモニクが答える。


「独自進化だ。滅多に来ない冒険者が宝箱を空ければ、近くのミミックも反応して融合するんだろう!」

 モニクがサーベルでミミックロードの舌を斬り裂きながら叫ぶ。


 ミミックロードの強靭な触手が、セリナの結界を何度も叩きつける。

 最後にガヴィーノが強力な黒魔法を放ち、ミミックロードの中心を焼き尽くした。


「いい準備運動ってトコッスね!」

 仁王立ちでセリナが勝ち誇ると、レイが肩を叩いて言った。


「……最上階に辿り着く前に力尽きるわよ」

「はい」

 セリナは呟くように「ごめんなさい」と言った。


 ☆☆☆


 最上階。


 わずか数時間でこの階層に到達したこと自体が、異例中の異例。奇跡と言って良い。

 これほどの速さを成し遂げたのは、パーティ構成が豪華すぎたことに他ならない。


 数十年前、ガヴィーノが最上階に到達したときには、二週間以上も掛かっていた。

 それでも、当時の仲間たち全員がS級冒険者だったにも関わらず、誰もがその速さに驚嘆していたのだ。


「塔の主……異世界では“世界を破壊する神”と呼ばれている」


 ガヴィーノが低い声で呟き、目の前の光景を見据える。

 クルルカン――全身に白い羽をまとい、眠りについている空蛇の王。


 若い頃、最上階にまで到達しながら引き返さざるを得なかった。

 ガヴィーノに、冒険者を引退させた宿敵である。


 その姿は、まるで小高い山のように巨大だった。

 蜷局を巻いて静かに眠るその様子は、一見すると無害に思えたが、ただの錯覚でしかない。


 殺気がない……いや、正確には“殺気を向ける必要すらない”と言わんばかりの圧倒的な存在感が場を支配していた。


 カイの額から冷たい汗が伝い落ちる。

 身体が震える。

 経験豊富な彼の本能が――いや、細胞が、全力で警鐘を鳴らしていた。


 こいつは冒険者が避けるべき獣王たちに匹敵する魔獣だと本能が全力で告げている。

 意識の奥底から、そんな叫び声が響いているかのようだった。


 神々しく美しい白い空蛇。

 王が、やがてゆっくりと瞼を開けた。


 ☆☆☆


「セリナ。暴食の槍を探しに行った時のこと、覚えてる?」

「もちろん。あれは大変でしたねえ」


 セリナが苦笑いを浮かべながら返事をする。


「マテオ先輩が、ダンジョン主を掻い潜って、命懸けで槍を取ってくれたのよね――」

 レイは一瞬懐かしむように目を伏せた後、視線をモニク、カイ、そしてガヴィーノに向けた。


「モニク。カイ。それからガヴィーノ先生。ちょっとお願いがあるの」

 その言葉に、三人の表情が一瞬にして険しくなる。


「あれあれ? なんだろう。嫌な予感しかしないんだが」

 モニクが前髪を掻き分けながら肩を竦めた。


「奇遇だな。俺もだ」

 カイが震えながらも同意する。


「ははは……レイ、少し落ち着きなさい」

 ガヴィーノは引き攣った笑顔を浮かべながら、何とか彼女を諭そうと試みる――


「さ。行って」

 レイは爽やかな笑みを浮かべて、彼らに、ほぼ死刑を宣告した。

 お読みいただきありがとうございました。

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