135話 いと罪深き朝 紅月に踊れ鬼ども 1
「いよいよ来ました! 最終エリア!!」
ラルフの声が響き渡り、場の熱気が一気に高まる。
これまで数々の試練を乗り越えてきたパーティたちが、ついに最後の舞台に集結した。
黒街の外れ、崖沿いに広がる最終エリアは、異様なまでに精緻な作り込みが施された人工の市街地だった。
崩れた石畳の道、古びた煉瓦の建物、そして錆びた街灯が点在し、廃墟じみた雰囲気を漂わせている。
その市街地全体を包み込むように張られた結界が、不気味な静寂と赤い月光を閉じ込めていた。
結界の内部に入ると、空に浮かぶ月は不自然なほど赤く染まって見える。
まるで血に浸したかのようなその色が、空気全体に不吉な重みを与え、観る者の胸をざわつかせる。
結界が空間を歪ませているのか、月がどこから見ても正面に輝いているような錯覚すら引き起こしていた。
崖から吹き付ける冷たい風は結界によって遮られ、内部の空気は静止しているようだ。
そのせいで、観客席から聞こえるざわめきや歓声が、遠くから響いてくるような奇妙な反響を生んでいた。
ルイスは足元の石畳を見下ろしながら、ぼんやりと赤い月を眺めた。
今夜のことを、後日どれだけ鮮明に思い出せるだろうかと考えたとき、脳裏に浮かんだのは、この紅い月の光景だけだろうと考えていた。
戦闘の激しさや勝利の歓喜でさえ、この紅い月の記憶の前では霞むような気がしたのだ。
市街地を囲む形で設けられた観客席は、まるで闘技場を思わせる巨大な構造だ。
観客席の列は階段状に広がり、その上には数万人もの人々が集まっている。
黒街の住人に加えて、遠方から駆けつけた観客たちが、赤く染まる夜空を背景に席を埋め尽くしていた。
観客の中には歓声を上げている者もいれば、真剣な表情で結界越しの戦場を見つめている者もいる。
貴族のような上流階級の者から、黒街の荒くれ者、冒険者たちまで様々だ。
彼らの表情には、それぞれの思惑や期待が見え隠れしている。
結界の境界部分では、微かな光の波が揺らめき、外界との断絶を明確にしていた。
観客席から内部を覗き込む者たちは、その異様な雰囲気に息を呑む。
視線の先には、まるで生命を持つかのように脈動する市街地が広がり、戦いが始まる瞬間を今か今かと待ちわびているようだった。
結界の上空に浮かぶ月――その赤い輝きは、最終決戦の幕開けを告げる血の象徴そのものだった。
「大迷宮を突破した時点で生き残ったパーティは半数、さらに過酷な深海エリアでさらに半数が脱落。そして、最終エリアに進出したのはたったの七組です!」
観客たちの歓声が渦巻く中、ラルフは手元の資料を確認し、堂々と各パーティを紹介していく。
「さあ、それでは順位とポイントを発表します!」
「トップのポイントは堂々の五千九百点! ――勇者候補パーティ!」
「二位は僅差の五千八百点! ――天鳳騎士団パーティ!」
「三位は五千七百八十点! ――亜獣騎士団パーティ!」
「四位、ポイント四千六百点! ――天鳳道場パーティ!」
「五位、ポイント三千点! ――カイ、アレンカ、ゴル七号による黒街ギルドパーティ!」
「六位、ポイント二千九百点! ――カザーロンブラザーズ!」
「そして七位、ポイント二千五百点! ――チェスター、仲村、ベルタの混成パーティ!」
ラルフは一呼吸置き、場の期待を煽るように間を取った。
そして、緊張感をさらに高める一言を付け加える。
「ここからはルールが変わります――最終エリアでは、強奪戦が解禁されます!」
その言葉に会場がざわめき、パーティメンバーたちは互いに視線を交わし合う。
「強奪戦のルールはシンプルです。最終エリアでは、倒したパーティのポイントの半分を奪取することが可能です! ただし、最終的にポイントを保持できるのは、最後まで生き残った一人のみです!」
静寂が一瞬訪れたかと思うと、次に湧き上がるのは激しい興奮の波。
どのパーティが勝ち残るのか、会場全体がその行方を見守っている。
ラルフが締めくくるように言った。
「熾烈な戦いを乗り越えて栄光を掴むのは果たしてどのパーティか――その行方を見届けましょう!」
「やはり、五位以下のパーティは階層主に敗北したのが痛かったですね。しかし――」
ラルフは視線を巡らせ、低い声で続けた。
「まだ逆転は充分に可能です! 最後まで諦めずに頑張ってください!」
その熱のこもった言葉に観客が応えるように大歓声を上げると、ラルフの隣に控えていたアナがマイクを握った。
「それだけじゃありません! ここ最終エリアでは、強奪戦だけでなく、もう一つ特別なミッションが課せられていますよね?!」
アナの声が高らかに響き渡り、場内が再びざわつき始める。
「最終ミッション! ――ヴァンパイアの真祖トラグス・アイアンブラッドを捕らえよ!」
「トラグスを捕らえた時点で最終エリアは終了! そこまでの総ポイントで優勝が決定します!」
アナが告げると同時に、会場に緊張感が走った。
最終エリアでの戦略は、ただ強奪戦を乗り切るだけでなく、この強敵をどのタイミングで狙うかに大きく左右されることになる。
☆☆☆
視界を覆う霧の向こうから、化けカエルのような鳴き声が聞えてくる。
――ジャバウォック。
醜悪そのものの姿を晒したその魔獣は、細長い首を不気味に振り、爬虫類の鱗に覆われた体が赤黒く光を反射する。
両腕の三本の鉤爪が岩盤を削り、コウモリの翼が瘴気をかき混ぜ不吉なことといったらない。
その背に堂々と跨っているのは、ヴァンパイアの真祖、トラグス・アイアンブラッド。
彼の装いは騎士としての威厳と魔族の不気味さを絶妙に融合させていた。
簡素ながらも鋭利な意匠の漆黒の鎧が身体を守り、そこから溢れる魔力が瘴気を帯びて渦を巻いている。
肩に羽織った漆黒のマントの裏地には真紅の星々の刺繍が煌めき、瘴気の中でもその存在を際立たせた。
トラグスの頭には、闇色のツバ広の帽子が影を作り、その下から鋭い赤い瞳が光を放っている。
長い銀髪が闇に紛れながらも彼の動きに合わせて揺れ、その姿は見る者に「美」と「恐怖」を同時に突きつける。
「私を捕まえてごらんなさい!」
甲高い声の笑い声は、観客の鼓膜を震わせた。
トラグスは紅く光るサーベルを片手に構え宣言した。
瘴気がトラグスの足元からさらに広がり、地面が黒ずんでいく。
ジャバウォックは再び「ゲゲゲ」と醜い声を上げると、その長い尾を振り回し、大地を深く抉った。
音波の衝撃が空間を揺さぶり、瘴気が一層濃密になっていく。
☆☆☆
「ヴァンパイアのポイントは何点なんでしょうか?」
アナが元気よく訊ねると、会場の観客たちがざわめき、興味津々にその答えを待った。
「一億点です!」
その答えに、解説席に座るラルフが思わず飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「ぎゃあ! 汚い!」
アナが勢いよく跳び退く。
「嘘です! ジョークです! スタッフ! なんか拭くもの持ってきて!」
観客席からは笑い声とどよめきが起こり、ラルフは顔を真っ赤にして慌ててコーヒーのシミを隠そうとした。
「……ええと、正確には二千点ですね。かなり大きい点数です」
横で冷静な顔のレイがフォローを入れると、会場に笑いとともに再び緊張感が戻った。
「ですが、ヴァンパイア、トラグスを捕まえるのは容易ではありません」
レイが観客たちの視線を集めるように、落ち着いた声で続ける。
「ヴァンパイアが逃げに徹するとなると極めて厄介です。闇と完全に同化し、霧となり、さらには狼や蝙蝠といった動物に姿を変えることもできます。瞳術で敵の動きを封じ、並外れた身体能力で追撃を振り切る。さらに、彼はこの最終エリア全体を知り尽くしており、ここで独自のトレーニングを積んでいますから」
観客の中から驚きの声が漏れる。
会場全体が期待と緊張に包まれ、赤い月が不気味な輝きを放つ最終エリアの戦いが、ますます観客たちを引き込んでいく。
☆☆☆
「天鳳道場パーティ?」
右近が険しい顔で頭を捻る。
「あ! 居た! お前ら、なんでこんなトコロに!」
竹熊が、認識阻害の術を掛けていた左膳、宮原、五十鈴のパーティを見つけて叫んだ。
「いやあ……どうも父上。ご機嫌麗しゅう――」
「麗しゅうないわ」
右近がピシャリと返す。
「さてはルイスが出ているのに発憤して、宮原先生を巻き込んだな?」
「いや、申し訳ござらん」
宮原が頭を掻いて、苦笑いを浮かべた。
天鳳道場の筆頭師範は右近の父、左近ということになっているが、実際の筆頭師範はこの地味な小男、宮原伊織だ。
とてもそうは見えないが、宮原は武芸百般の名人であり、人望も厚く、子供たちにも好かれている。
しかし優しすぎるのが玉に瑕で、ついつい子供を甘やかす癖があった。
一方、父・左近は怖いが教え方が壊滅的で――
「こうやってドーン! わかったか?」
そんなもんで、わかって堪るか。
「あなたがご一緒なら、愚息がここまで来れたのも頷ける。いや、しかし――」
右近が混乱していると、祐馬が乱入するように声を張り上げた。
「まあまあ、タカさん。俺はわかるぜ。入ったばかりのペーペーが出られるのに、道場筆頭が出られないとか納得できねえだろ。俺も筆頭だったからな」
「祐馬殿……!」
左膳が潤んだ目で祐馬を見上げた。
「むう。確かにそうだが、言いつけを守らなかったのはダメだ」
右近が腕を組んで考え込む。
「罰として……優勝せよ」
「は?」
左膳が間の抜けた声を上げた。
「我らが上様から賜ったご命令は、勇者候補と亜獣騎士団パーティの阻止だ。奴らに大権威の技術を得られるのは、大変な災いを招く。これを阻止せよ、とのお達しである」
「は……はい」
左膳が返事をするが、どこか歯切れが悪い。
すると五十鈴が、おずおずと左膳の後ろから顔を出して右近に訊ねた。
「あの――教会や、同じ騎士団なのに阻止しなきゃいけないんでしょうか?」
右近は五十鈴の方へ視線を向け、深く頷く。
「五十鈴。お前の兄、鏡水もどこかで動いておるはずだ。もちろん、善悪は自分で判断すればいいが、手遅れにならぬようにせねばならん。そうだろう?」
「は、はい」
五十鈴は少し顔を引き締めて答えた。
「まあ、とにかくやってみろ。お前たちのポイントだと、強奪戦は捨ててヴァンパイア狩りに徹した方がよかろう。強奪戦は我らが引き受けた」
「うむ。それがいい。お前たちは集中してヴァンパイアを追いかければ良い。後ろのことは気にするな」
竹熊が自信たっぷりに胸を叩き、金棒を地面に叩きつけると、ドン、と重い音が響いた。
「おう。良かったな、左膳。黙って出てきたことは不問だぜ」
祐馬が左膳と五十鈴の頭を撫でると、左膳は驚いた顔をしながらも笑顔を浮かべる。
しかし右近は表情を崩さずに訂正した。
「不問とは言ってない。後で説教はする」
祐馬は舌を出して「うへえ」とふざけた声を上げる。
それを見た子供たちは屈託なく、ケラケラと笑った。
☆☆☆
「最終エリア! スタートです!!」
アナウンサーの声が響くと同時に、観客席から大歓声が沸き上がる。
数万人の視線が、結界内の市街地に注がれ、その熱気は夜の空気を震わせるほどだった。
紅い月の下、歓声は波のようにうねり、最高潮に達している。
その中心――最終エリアを縦横無尽に駆け回るのは、ヴァンパイアの真祖トラグスだ。
瘴気をまとい、翻る黒いマントが月光を反射している。
トラグスは派手な演出効果の中で大笑いしながら疾走し、観客たちをさらに煽る。
醜い魔獣ジャバウォックもまた、荒々しい足音を響かせながらトラグスを背に乗せ「ゲゲゲ」と不吉な鳴き声を結界内に木霊させていた。
しかし、そのヴァンパイアの馬鹿騒ぎを意に介さない男がいた。
天鳳騎士団、第壱軍団長――蓮見祐馬である。
祐馬は観客席の喧噪にも、トラグスの挑発的な動きにも目もくれず、静かに歩を進める。
祐馬が向かった先は、“サンドマン”アフマドの元だった。
「待たせたな」
祐馬が低い声で言う。
アフマドは鋭い目を祐馬に向け、口角をわずかに上げる。
背後のパーティメンバーを振り返り「ちょっと出てくる」と短く告げた。
「うむ。俺にも先約がある」
コンラッドは横の巨人に目を向け、声を掛けた。
「アーダム、お前はヴァンパイアを追うか?」
アーダムは冷めた視線でコンラッドを一瞥すると、頭を振った。
「興味がない。強者がこれだけ集まって、いい大人が追いかけっこだと? 冗談だろう」
コンラッドはその返事に思わず声を出して笑った。
「それもそうだ。まあ、気が済んだらヴァンパイアでも追ってくれ」
「気が向いたらな」
アーダムは短く答えると、闇のなかへと消えていく。
三人の亜獣騎士団パーティはそれぞれの目的に向けて動き出した。
彼らが選んだのは、観客席の熱狂とは対照的な、静寂と冷酷さが支配する戦場であった。
一方、トラグスの笑い声は依然として響き続けている。
最終エリアは狂気と混乱、そして静かな覚悟に包まれ、戦いの火蓋が切られたのだった。
☆☆☆
「「ぶっ殺す!」」
一息つく間もなく、祐馬とアフマドの声が重なり、観客たちの歓声を掻き消した。
それが戦いの幕開けの合図となる。
――日向流 ”隼一式”
祐馬の体が瞬きするほどの速さで動き、一瞬にしてアフマドの間合いに入り込んだ。
その動きは、無駄のない完璧な軌跡を描いており、抜き打ちの一閃は雷のごとく鋭かった。
刀身が月光を反射し、彼の攻撃がアフマドの喉元へ吸い込まれるように迫る――
だが、それは届かなかった。
アフマドの体に巻かれていた包帯が、突然、生き物のように動き出す。
一部が瞬時に解け、鋼鉄のように硬化して祐馬の斬撃を受け止めた。
金属が弾かれるような音が響き、刃は包帯に寸分も食い込まない。
「なんだア? その包帯……魔具かよ?!」
祐馬は一瞬驚き、しかしその目は戦いへの興奮で輝いていた。
アフマドは薄く笑いながら、自分の腕を軽く振った。
包帯が再び滑らかに動き出し、アフマドの体に巻き付く。
「魔装具”鋼包縛”。回復もできるぜ。便利だろ?」
祐馬は舌打ちしながら後退しつつ、刀を構え直した。
「センスはともかく、近接戦闘には向いているな」
アフマドは鼻で笑うように応じる。
「見た目より実用性だろ? お前の刃を防げたなら十分合格点だ」
祐馬は「違えねえ」と言って、にやりと笑った。
空気が張り詰める。
観客の歓声も遠のき、ただ二人の間に漂う緊張感だけが場を支配する。
祐馬の刀が再び月光を反射し、次の一手の機会を窺っていた。
対するアフマドもまた、包帯がまるで意思を持った生き物のように蠢き、次の攻防に備えている。
夜風が微かに吹き抜ける中、二人の戦いは新たな局面へと突入していく。
アフマドが取り出した奇妙な木の棒を見た祐馬の表情が一瞬硬直した。
祐馬がすぐにその棒がただの杖ではないことを察し、間合いを取る。
アフマドはそれを高く掲げ、目を細めながら静かに言った。
「大迷宮の壁を吹き飛ばしたやつか」
祐馬は短く息を吐きながら、慎重に距離を詰めていく。
その間に、アフマドは不気味に微笑んでいた。
アフマドがその棒を軽く振った。
音波のような振動が空気を揺らし、祐馬はその波動が自分に影響を与えないよう、鋭く反応した。
キインと耳鳴りがする。
祐馬が感じた違和感が、瞬時に耳鳴りとして襲いかかる。
祐馬はなにかに気が付き、渇を入れて本差を抜いた。
――雹流 居合抜き
裂帛の気合いとともに、音波を切り裂くように空気を引き裂く一閃が放たれる。
その動作により、アフマドの放った音波は一瞬にして消失し、祐馬は身を守ることができた。
「くそッ! 耳が痛え!」
気が付くのが遅ければ、三半規管が狂わされていたことだろう。
油断も隙もない。
「――これを見抜くか。では本番といこう」
アフマドがその棒をさらに振るうと、棒が急速に伸び、そこから湾曲した刃が現れた。
刃には古代文字が刻まれ、その色は深紅に染まっている。
祐馬の目が瞬時にその刃を捉え、冷徹な目で確認する。
"破滅の三日月"。
円運動を描きながら、長大な刃が周囲を切り裂いていく。
円運動というのは剣において究極の型のひとつである。
攻守どちらにでも対応可能であるためだ。
迂闊に刃圏に飛び込むことはできない。
これは、刃による結界であった。
――大鎌術 奥義”周天”
「距離を取っても無駄だ。オレの名前は”サンドマン”アフマドだぞ?」
祐馬がその言葉に反応しようとしたその時、思わぬ事態が起こった。
アフマドがさらに追い技を放つ。
――”周天”プラス地魔法、第十七階層禁術 “流漠”
その瞬間、アフマドの大鎌の円運動に流砂が加わり、地面を撹拌して周囲を飲み込むように広がっていく。
祐馬はその流砂が、ただの砂ではないことをすぐに察知した。
「ぐぬうッ……!!」
祐馬が必死に足を止め、身を引こうとしたが、流砂はどんどん広がり、祐馬の動きに合わせて締め付けてくる。
大鎌術、周天がそれを支配し、逃げ場を奪うかのように祐馬を囲む。
視界が歪み、周囲の空気が張り詰める。
祐馬の額に冷や汗が滲んだ。
大鎌の円運動、そしてそれに続く流砂の渦。
それが次第に迫り来る圧力となり、祐馬の動きを封じ込めようとする。
剣士でありながら、上層禁術まで使う。
超一流の魔法剣士だと認めざるを得ない。
「第四軍は特殊部隊か――だったら、こっちも第肆軍の技、忍術を使わせてもらう」
祐馬は亜空間収納から武具を取り出す。
重厚な鎖鎌が瞬時に祐馬の手の中に収まり、分銅が空気を切る音を立てて回転を始めた。
流砂の渦巻く中、祐馬は静かに一歩踏み出す。
その動作に無駄はない。
――長門流忍術。鎖鎌 ”紫電”
祐馬が放つ技名は鋭く、空気を震わせる。
分銅が回転し、宙を舞いながら流砂を弾き飛ばしていく。
砂の粒子が一瞬にして吹き飛ばされ、風のように軽やかに鎖鎌が躍動した。
分銅が流砂の中を縦横無尽に切り裂き、渦を作った流砂を徐々に収束させる。
まるで雷のような鋭さで、流砂の魔力を相殺するように。
その鎖鎌が振るわれるたびに、流砂の壁が崩れ、砂粒が舞い散る。
アフマドが繰り出した禁術の流砂も、祐馬の一撃に押し返されるように削がれていく。
「忍術だと? 流砂を掻き混ぜるだけか? ああ?」
アフマドの挑発的な言葉を、祐馬は冷静に受け流しながら、次の一手を準備する。
鎖鎌の分銅が一度、急激に振りかぶられ、再び流砂を切り裂く。
今度はその勢いで、さらに周囲の流砂を一掃し、空間を切り開いていく。
真上に投げた分銅が、重力に引き寄せられ、自然法則に従い一気に降りてきた。
――邪眼”臥道刃”
分銅の先端には魔力が宿り、その動きはまるで生き物のように畝ねりだす。
祐馬の目が鋭く光り、次の瞬間には鎖が毒蛇のように蠢きだし、アフマドへと放たれた。
分銅が空気を切り裂く音と共に、魔力を帯びた鎖がアフマドを狙い、速度と威力を増していく。
祐馬は一歩踏み込み、分銅を飛ばしながら流砂を切り裂き、大鎌の円運動を掻い潜る。
アフマドに、分銅が凄まじい速度で飛んできた。
同時に、祐馬は躊躇うことなく、前に出る。
――日向流 ”隼三式”
瞬時に流砂を抜き、目の前の大鎌の刃を避け、致命の一撃を加える。
祐馬がアフマドの間合いに入って、鎖鎌の刃を振った。
「獲った」
アフマドの声が頭上から響くと、祐馬は一瞬で冷たい感覚が襲ってきた。
祐馬は首を振り、間一髪で大鎌の一撃を回避する。
次の瞬間、祐馬が反応する前に、アフマドが大鎌の柄を抜き、隠し剣を胸に突き刺してきた。
「な、なに!? 仕込み剣か!」
辛うじて、鎌で防ぐことができたものの、身動きが取れず、急いで距離を取る必要があった。
「ここまで踏み込まれた時のことくらい考えるだろ」
アフマドが嗤う。
「――だが、今ので仕留められなかったのは悪手だぜ」
その言葉と共に、祐馬は息を呑み、再度戦闘の間合いに入る。
――日向流 ”隼一式”
瞬時に祐馬がアフマドの間合いに一歩踏み込む。
その速度にアフマドは瞬時に反応し、構えを取るが、祐馬は一瞬の隙を突いて、次の奥義が繰り出される。
――奥義”極光零式”
刀を抜かず、祐馬は指拳でアフマドの急所八ヶ所を突く。
アフマドはぐらりと意識を失い、そのまま崩れるように気を失った。
祐馬は反射的にアフマドを抱き留める。
「む?」
祐馬はアフマドの性別に気が付くと、通信魔具で救助を呼ぶ。
上着をアフマドに掛けると、邪眼を凝らし、闇夜へ跳んだ。
ブクマ&評価、いいねボタン、感想などいただけると幸いです。
Xを始めました。
宜しければ、遊びに来てください。




