134話 いと罪深き朝 キメラ・ゲーム 3
「地 × 火 × 雷 × 水! 岩穿竜が合成魔獣として出現しました!」
ラルフのアナウンスが高らかに響く。
その声がエリアに広がる中、アレンカとゴル七号は迅速に行動を開始していた。
「アレンカが地魔法で誘い出し、ゴル七号が電流で消し飛ばした地系魔素獣でしたが、僅かに他の魔素まで巻き込んでしまったようです!」
出現した岩穿竜は、全身を覆う岩肌に赤く光る溶岩のような亀裂が走り、尾や背中には雷のような紋様が煌めいている。
さらに、動くたびに体のあちこちから冷却水が蒸気となって噴き出し、周囲には霧のような水蒸気が漂う。
頭部にある巨大な角には雷の力が宿り、その輝きが威圧感を一層強めていた。
ゴル七号は、その巨体に怯むことなく激剣を構え、岩穿竜の亀裂に狙いを定めて突き入れる。
その瞬間、アレンカが後方から地魔法を岩穿竜に向けて流し込んだ。
「イイ子でちゅね~♪」
岩穿竜の体は、アレンカの地魔法を吸収してますます硬化していく。
その硬さはまるで鉄壁の防御壁のようだが、アレンカの目には計算高い光が宿っていた。
「ゴル! 今!!」
アレンカの鋭い声が響くと同時に、ゴル七号が激剣を強く握り直し、雷撃を岩穿竜の体内へと叩き込む。
――激剣 ツバメ返し。
ゴル七号の剣から放たれた凄まじい雷撃が内部で暴れ回り、硬化していた岩肌の中で裂け目を広げた。
次の瞬間、ゴル七号が激剣を跳ね上げ、一気に斬り上げる。
その動作は流れるように滑らかで、返す刃で岩穿竜の首を正確に刎ね飛ばした。
岩穿竜は叫ぶ間もなく崩れ落ち、その巨体が地面に沈むと同時に、赤く光っていた亀裂がゆっくりと消えていく。
ラルフのアナウンスが再び響く。
「なんと、驚くべき連携! 地魔法で誘導し、雷撃で仕留める見事な戦術でした!」
☆☆☆
「パーティに最新型の魔工機人がいるのは、ちょっとズルいよなあ」
カイがぼやくと、アレンカが慌てて口を押さえた。
「ちょっとッ! 人聞きの悪い! パーティにいるんだから、分析してもらうのは当然でしょ? だいたいさ。作戦を立案しても、実行するのは私たちなんだし!」
「まあ、そうだけどよお。でも、お前らだけでこのエリアをクリアしちまったなあ」
カイは不満げに肩を竦めたが、その視線の先には注目の三人組がいる。
遠目に見えるのは、白街と拝竜教会の全面支援を受けた勇者候補パーティ。
彼らは合成魔人相手に苦戦し、転げ回りながら戦闘を続けている。
「ねえ。あいつら、本当に勇者候補なのかな? あのレベルからビクトルの爺さんとか、暁月剣禅のレベルまで行くと思う? どうやったって、足元にも及ばないでしょ」
アレンカが笑いながら言うと、カイは眉をひそめた。
「はっきり言って才能ないよな。うちの師団長たちと比べても小物だぞ。怖さがないんだ。あいつらには」
すると、ゴル七号が冷静に口を挟む。
「強力な魔具を所持すれば、戦闘力は向上するでしょう」
「当たり前だろ、そんなの」
カイが少し苛立ち気味に返すと、アレンカが首を傾げた。
「なんか、引っかかってる感じ?」
「……うん。俺には、どうにもまともな人間には見えん」
カイの視線が再び勇者候補たちへ向かう。
その目には警戒と疑念が宿っていた。
「分析しましょうか?」
ゴル七号が静かに提案する。
「ぶんせき?」
カイが訊ねると、ゴル七号は淡々と説明を始めた。
「彼らの動きや言動から出自などのデータを割り出します。実験段階のものですが、ルスガリアに在籍するあらゆる種族から文化形態まで網羅しております」
アレンカが面白そうに目を輝かせる。
「オッケー! やっといて♪」
軽い調子で返事をすると、ゴル七号は無言で作業を開始した。
カイは腕を組みながら視線を外さず呟く。
「どうにも……ただの無能にしては、何かが違う気がするんだよな」
☆☆☆
「あッ! サゼン??」
ワープポイントに向かおうとしたその瞬間、ルイスが急に立ち止まり、何かを指差して叫んだ。
視線の先には三人組のパーティ。
若い男と女、そして年配の男が顔を覆う特有の仮面――ヤマト人が使う”面頬”を着けていた。
「……あの仮面、どこかで見たような」
ベルナルドは、まるで靄がかかったような目をこすりながら、その三人組をじっと見つめた。
「な、なんでわかった?! 認識阻害の術を掛けているのではないのか?」
「そんな馬鹿な?! そんなわけがないですう!」
若い男が慌てた様子で、隣にいた少女に目配せをする。
少女はポニーテールを揺らしながら、頭を抱えて蹲る。
「え?! ああ、ゴメン。声掛けたらヤバかったか?」
ルイスはその状況を見て、さすがに気まずくなったらしく、珍しく素直に謝った。
「貴様! なんで我らだとわかった?」
「俺の目さ、魔眼らしいんだよ――それでかも」
「ね? 私の忍術が破られたわけじゃなかったでしょ? おかしいのはアイツです! 左膳さま!」
ポニーテールの少女が拗ねたような声で、左膳に訴える。
「えっと……知り合いなの?」
シルビアが思わず声を漏らす。
「くッ! 仕方が無い!」
面頬を外した少年が、堂々とした声で名乗りを上げた。
「お初にお目にかかります。私は鷹松左膳。天鳳騎士団第参軍団長、鷹松右近は父でございます」
左膳はきっちりと頭を下げた。
その姿は整然としており、年齢はルイスより二つほど上だろうか。
背筋の伸びた長身の美青年である。
ベルナルドとシルビアはその礼儀正しさに感心するばかりだった。
「うちの馬鹿と全然違うんですけど……」
シルビアなど、ほとんど涙ぐんでいた。
「こちらは天鳳道場のご師範、宮原伊織先生。そして後ろにいるのは烏丸五十鈴と申します」
紹介された初老の男――宮原は温厚そうな微笑を浮かべ、軽く会釈をした。
その後ろに立つ五十鈴も、少し恥ずかしそうに頭を下げた。
「あ! イスズまで! なんでいるんだよ?!」
ルイスが驚いて叫ぶと、五十鈴は軽く肩をすくめる。
「忍んで来たのよ! 忍者だから!!」
「忍者ってさ、大声で言ったらダメなんじゃねえの?」
「サゼンもクリアしたのか?」
ルイスはニヤリと笑いながら訊ねた。
「先輩を呼び捨てにするな! アホ!」
左膳の背後から五十鈴が、ルイスに舌を出してちょっかいをかける。
「先生が見抜いてくださったのだ。一系統に絞れば、大事ないと。お前もそうしたのだろう?」
「……あ、ああ。まあ。そんな感じ。余裕よ、余裕」
「ふうん。まあ、そんな知恵すらないパーティが、ここまで上がってこられるわけもないか」
左膳の言葉に、ルイスは適当な笑みを浮かべながら頷いた。
「俺も一発でわかったね。これは引っ掛け問題だって!」
ルイスのその軽い言葉に、ベルナルドとシルビアは眉根を寄せて、顔を見合わせるのであった。
☆☆☆
「地 × 黒 × 雷 × 火× 白 × 水! 獄裂騎王が勇者候補たち三人を襲います!」
下半身は豹のようにしなやかで筋肉質な獣形をしており、漆黒の稲妻が体表を走る。
脚に生えた岩の刃は一歩踏み出すごとに地面を抉り、衝撃で大地が揺れた。
上半身は、漆黒の鎧を纏った悪魔騎士の姿をしており、燃え盛る盾と巨大な大剣を握り締めている。
瞳には狂気の炎が宿り、口元には不気味な笑みが浮かぶ。
「なんだ、こいつは!? 強すぎる!」
重厚な盾を構えるフロルが、獄裂騎王の突進を受け止めた。
激しい衝撃音が響き、盾を握るフロルの足がわずかに後退する。
「くっ……!」
歯を食いしばりながら耐えたフロルが、隙を見てハンドソードを繰り出す。
しかし、獄裂騎王の燃え盛る盾に阻まれ、剣が火花を散らすだけだった。
「フロル、下がって! 力で押し切るには厄介すぎる!」
リリアンが叫びながら杖を振る。
光の魔法陣が彼女の足元に広がり、天へと繋がる光の柱を描き始める。
「メルビン、時間を稼いで!」
「任せろ!」
聖剣を握るメルビンが、フロルと入れ替わるように前へ出る。
メルビンの刃が黄金に輝き、空間を裂くような鋭い音を発てた。
その剣撃をかわしながら、獄裂騎王が大剣を振り下ろす。
「うおっ!?」
寸でのところで回避するメルビンだったが、獄裂騎王の大剣が地面を叩きつけ、爆発のような衝撃波を巻き起こす。
「リリアン! 急げ!」
ルイスの声が響く中、リリアンの詠唱が完成する。
――第十三階層聖魔法 光翼散塵。
天から降り注ぐ光の柱が戦場を包み込み、リリアンの背後に現れた巨大な光の翼が煌めく。
光の羽が舞い散りながら、大地を浄化していく。
獄裂騎王の動きが鈍り、光の力に怯むように一瞬ひるんだ。
「メルビン、今だ!」
フロルが盾を構え直し、力強い突進で獄裂騎王を押し返す。
その間に、メルビンが聖剣を構え直した。
「勇者の力を見せてやる!」
――神炎斬滅。
メルビンが聖剣を振り下ろすと、刃から放たれる金色の光が獄裂騎王の胸部を貫いた。
光の力が魔素核に直接届き、獄裂騎王が苦しみの叫びを上げる。
「ぐぉおおおお!!」
その巨体が崩れ落ち、地面に沈み込むように静まり返った。
光の柱が消え、エリアには静寂が訪れた。
リリアンが杖を握ったまま膝をつき、フロルが盾をつきながら深呼吸する。
「ふう……なんとか倒したな」
メルビンが微笑みながら聖剣を肩に担ぐ。
獄裂騎王の残骸の中で光る魔素核が、静かに輝きを放っていた。
☆☆☆
ワープポイントに立ったゴル七号が分析結果を発表する。
「彼らは人間ではありません。繰り返します。彼らは人間ではありません」
「ねえ。壊れたんじゃない?」
「元々、ちょっとおかしかったしな。ちょっと叩いてみろ。直るかもしれん」
アレンカとカイは、興味がなくなったのか、さして気にすることもなく最終エリアへと旅立って行った。
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