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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第六章 憤怒の弓
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131話 いと罪深き朝 12

 ケートゥスの巨大な影が空間を覆い尽くし、冷たい霧が濃く漂う中、鷹松右近に握られた剛剣”霧島”の鞘から青白い光が漏れ出て、震えていた。


 右近は深く息を吸い込んだ。

 冷たい空気が肺を刺すように流れ込み、全身に力が漲る。


 眼前のケートゥスが口を開き、異形の顎が鋭い歯をむき出しにして低い唸り声を放つ。

 それは恐怖を形にしたような音だったが、右近の眼光は揺らぐことなく、その巨影を捉え続けていた。


 剛剣”霧島”が攻撃の意思を見せた瞬間、空気が一瞬凍りついたかのように静まり返った。


 それはただの大刀ではない――存在そのものが異質であり、この世の理を超越した力を秘めていることが、誰の目にも明らかだった。


 手に握られた長刀が青白く輝き、周囲に旋風を生んでいる。

 僅かに抜くと、霧のような薄青い光が刃から漂い始めた。


 その光は霧のようでありながら、確実に敵を捕捉し、空間そのものを切り裂く。

 ケートゥスはその動きに気づき、巨体を翻して迎え撃とうとしたが、遅かった。


 霧島の刀身が振り抜かれる刹那、その軌跡が眩いばかりの光となって空を裂いた。


 蒼い刃から放たれた一閃は、もはや「斬撃」と呼べるものではなかった。

 空間が軋むような音と共に、斬撃の軌道上にあった全てが断絶される。


 それは肉体だけに留まらず、敵が存在していた空間座標そのものをも断ち切る暴力。

 光が通り過ぎた跡には、異様な亀裂が一瞬浮かび上がり、その中に無数の虚無が覗いていた。


 剛剣は、斬られる対象に物理的な限界を設けない。

 たとえそこに敵がいなくとも、そこが敵の「存在した場所」である限り、霧島は空間ごと断つ。


 霧島の刃がケートゥスの巨体を捉えた。

 刀身が巨大な鱗を裂き、分厚い筋肉を貫き、骨の芯に達する。

 空間全体が一瞬静止したかのように感じられる中、ケートゥスの体が中心から真っ二つに割れた。


 裂け目から吹き出す青黒い光と共に、ケートゥスの体はゆっくりと崩れ落ちた。

 その巨体が二つに分かれ、宙に漂う霧がその光景を包み込む。

 振り下ろされた斬撃の余波が大空洞全体に広がり、足元の岩が砕け、周囲の霧が吹き飛ばされる。


 右近は、霧島の刃をゆっくりと引き戻す。

 その刀身には一滴の血もついておらず、静かに青白い輝きを放っていた。


 竹熊が肩に担いだ金棒を振り上げた。


 ――展開せよ 金嵐(きんらん)


 竹熊が愛用する、超重量の金棒は、無属性の金属を凝縮して鋳造されている。

 魔法・物理攻撃を問わず防ぐことができ、防御結界を展開する能力を持つ。

 また、単純な打撃武器としても優秀で、嵐のような破壊力を誇る。


 金嵐から放たれた魔力が空間を包み込むと、巨大なケートゥスの遺体がその結界に受け止められる。

 遺体の重みが結界を軋ませるような音を立てながら、徐々に宙へ漂い始めた。


 ケートゥスの巨体は徐々に崩れ始め、その表面から光の粒が舞い上がる。


 召喚魔獣としてのケートゥスは、使命を終えると魔素の粒子へと還元される運命にあった。

 その粒子はゆっくりと空間全体に拡散し、濃紺の大空洞をきらめきで満たしていく。


「魔素に還るか……再び召喚されるまで」

 竹熊が低く呟きながら、金嵐を肩に戻した。


 光の粒が完全に散り、冷たい空気だけが残る中、祐馬が肩をすくめながら声を上げた。

「ビビったあ。アレが落ちてくるとか、そっちの方が危ねえよ」

 祐馬の言葉に、空間の重苦しさがわずかに和らいだ。


 ☆☆☆


「意見を聞かせてくれ。このまま先へ進む方が良くないか?  放送を聞いていたが、どう考えても攻略が難しそうな階層が多い。大迷宮を、ぐるぐる回っていても埒が明くまい」

 右近が二人に向き直って訊いてきた。


 つい先ほど階層主を斬り伏せたばかりとは思えない冷静さである。

 既に日頃の沈着冷静な口調に戻っていた。


「しかし、この先が攻略可能だとも限るまい」

 竹熊が重々しく首を振る。

 その態度は、慎重さと経験に裏打ちされたものだった。


「いやいや、竹さん。どっちにしろ行かなきゃいけないんだったら一緒だって」

 祐馬が竹熊に軽く笑いかける。

 だが竹熊の険しい表情は崩れない。


「最初に行くにしても、なんの情報もなしにか?」


「慎重だなあ。第弐は……」

「おい、祐馬。切り込み部隊が活躍できるのも、情報をちゃんと解析している他の部署がいるからだぞ?」

 竹熊の低い声が祐馬をたしなめる。


「よせ」

 右近が二人の間に割って入った。


「竹熊の言うことも最もだが、最初に行って慎重に探索した方が得るものが多いだろう。ほどほどに手強い魔物を出す大権威と、初手から最強の手札を切ってくる大権威では差が大きいからな」


「なるほど。楽なルートがありそうだね!」

 祐馬が目を輝かせると、右近は軽く頷いた。


「そういうことだ。高難度エリアで重要なのは、引き際を見極めることだ。無理に突っ込んで失敗すれば、それこそ全滅の可能性が高い」


「……よし!  わかった!  では、参るとするか!」

 竹熊が大きく頷き、金嵐を肩に担ぎ直した。

 その姿に、場の緊張感が少し緩み、三人は次の階層へ向けて歩を進め始める。


 冷たい霧が漂う空間の中、三人の背中が徐々に遠ざかっていく。

 彼らの足音が、次第に深まる静寂の中へと吸い込まれていった。


 ☆☆☆


 十二階層に降り立つと、冷たい空気と共に水音が耳を包み込んだ。

 そこに現れたのは、二頭の巨大な水竜だった。

 深海の王者を思わせる威厳に満ちたその姿に、三人は思わず身構える。


 だが、唐突にアナウンスが鳴り響いた。


 ――”二ドラ”と”リュドラ”が深海ダンジョンへ、ご案内致します。


 緊張が解けたのか、リュドラと呼ばれる水竜が「キュイキュイ」と可愛らしい声を上げる。

 その仕草は、背中に乗れと言わんばかりだった。


 三人が恐る恐る巨大な水竜の背に乗り込むと、周囲に透明な水球が膨らみ始めた。

 水魔法の結界が彼らを包み込み、リュドラの体と一体化したかのような感覚が広がる。


 リュドラはそのまま水中へと潜り込んだ。


 透明な水の壁が三人を覆い、冷たささえも魔法の結界が遮ってくれる。

 そこは海と呼ぶには不思議な空間だった。


 地下水脈を利用して造られた仮初めの海であるとは聞いていたが、その規模は常識を超えていた。

 三人はただ圧倒されるばかりで、どうやってこんな空間が存在するのか考える余裕さえない。


 リュドラに導かれるまま、どこまでも深く潜る。

 水圧を感じさせないこの空間の中で、彼らは視界の先に信じがたい光景を目にすることになる。


「な――なんだ。あれは……ッ!?」


 竹熊が声を上げ、目を剥いた。


 水の壁の向こうに広がるのは、まるで夢の中の世界のような巨大な都市だった。

 広大な海底都市が、幻想的な光に包まれて眼前に広がっている。


 無数の建物が海底の岩盤に根を張り、塔のように高くそびえる構造物が水中に浮かぶ光の粒を反射して輝いていた。


 通りのように広がる街道を、白く輝く魚の群れが泳ぎ回り、その隙間を縫うように巨大な海獣たちが優雅に踊る。


 都市全体が薄い青白い光に包まれており、その美しさは現実のものとは思えない。

 建物の壁には光る珊瑚が埋め込まれ、街路灯のように灯っている。

 まるで星座が街を覆い尽くしたかのような光景に、三人は息を呑む。


「これが……海底都市か」

 右近が思わず呟いたが、声は水中の静寂に吸い込まれるように消えた。


 目の前の光景は、あまりにも現実離れしている。

 これほどの規模のものを建造するには、莫大な時間と予算が必要だろう。

 だが、三人はそれを不可能だと断言できた。


「虚像か?」

 右近が、眉を顰めて海底都市の空を仰ぎ見た。


 水中を漂う白い魚たちが、一糸乱れずに群れをなして泳ぎ、彼方にはさらに大きな海獣が悠々と体をくねらせる。

 その姿は、まるで絵画の中から抜け出してきたような幻想的な美しさだった。

 いや、絵画でさえ描くのは困難と言えるだろう。


「どこまでが実像で、どこまでが虚像なのか……もうわからん」

 竹熊の低い声が響く。

 まさしく魔法の力で造られた幻想の都だとしか思えない。


 現実と幻の境界線が曖昧なこの空間に、三人は言葉を失いながら、ただ先を見据えるしかなかった。


 ☆☆☆


 医務室でルイスが目を覚ますと、見慣れない天井が広がっていた。

 頭がぼんやりとし、呼吸が少し重い。思わず口を開く。


「え?? ここは――?」


 ベッドの傍らに座っていたベルナルドが気が付いて、声を掛けてくる。

「少し溺れたから、もう少し寝てろ」


 ルイスは頭を振りながら、記憶を辿るように訊ねた。

「負けたのか?」


 ベルナルドは笑いもせず、冷静に返す。

「ああ。さすが世界最高峰のゴーレムは子供が暴れたくらいじゃビクともしなかった。覚えてないのか?」


 その言葉に悔しさを噛み締めるルイスをよそに、ベルナルドは淡々と続けた。

「火魔法ゴーレムは火災現場での消火と救助作業用。黒魔法ゴーレムは毒や瘴気が充満するエリアでの人命救助や捜査、土木作業。雷魔法ゴーレムは危険地域での修理作業専用に開発中らしい」


「戦闘特化じゃないのか?」

 ルイスが眉をひそめると、隣のベッドからシルビアが笑いながら口を挟んできた。

「それは魔工機人や機獣の仕事だってさ」


 そんなやり取りの中、細身の白魔法ゴーレムが静かに近づいて来た。

 岩の塊が動いているような他のゴーレムとは異なり、女性的な優雅さを漂わせたその姿に、ルイスは一瞬見惚れてしまった。

 ゴーレムは無言でルイスの脈拍を測っている。


 ベルナルドが説明する。

「看護用ゴーレムらしい。白街も協力してるみたいだな」


 シルビアが顎を引きながら付け加えた。

「人命救助の研究だしね。学部同士の仲が悪いからって断れる話でもないのよ。しかも看護ゴーレム、腕力もすごいのよ? 私たちなんか片手で、ひょいひょいベッドに運ばれたんだから」


 その言葉に、ルイスはさらに悔しさを募らせた。

「クソッ!」

 拳を握り締めながら、低く呻く。


 そんな彼を尻目に、ベルナルドとシルビアは既に次の一手を考え始めていた。


「水魔法の亜流で氷結魔法ってのがあるらしいの。それを修得するのはどうかしら? それなら、今回のようなスライム状の敵にも対処できるわ」


 シルビアが提案すると、ベルナルドは少し考えてから言った。

「お前の系統とは真逆じゃないか。それなら、氷結系の魔具を見つけた方が手っ取り早いだろう」


 ルイスの足元では、雷獣ダニエルが彼の手をペロリと舐めて慰めている。

 その仕草に、ルイスの気持ちは少し和らいだ。


 ルイスは、兄や姉を眺めて改めて考えた。

 賢い人間は予習復習しているよな、と。


 そこへ看護用ゴーレムから、淡々とした声が響く。

「敗戦でポイントは半減したものの、次のエリアへの許可は下りています。リタイアしますか? 挑戦しますか?」


 ルイスが肩を竦めながら言った。

「――だってさ。どうする? 俺はもういいかな」


 シルビアが意外そうに笑う。

「あら。珍しい。あんたのことだから、なにがなんでも行きたいって言うと思ったのに」


 ルイスは自嘲気味に笑った。

「残っているパーティレベルを見てみろよ。師団長レベルがゴロゴロしてるんだぜ? 作業用ゴーレムに完封された俺たちが行っていいエリアじゃねえよ」


 ベルナルドも渋々うなずいた。

「そうだなあ……悔しいが、僕らじゃ、ちょっと厳しいか」


 そんな中、小さな電影スクリーンが起動し、深海ダンジョンの映像が流れ出した。

 目の前に広がる幻想的な景色に、シルビアが目を輝かせた。

「なにこれ。綺麗――」


 画面の中で泳ぐ巨大な未知の生物を見つけ、ルイスが興奮気味に叫ぶ。

「なんだ、あの生き物。なあ、姉貴……」


「飼わないわよ。無理だから」

 シルビアは即答した。


「まだ、なんも言ってねえじゃん――飼ってもいい?」

「ダメです」


 そんな軽口を交わしているうちに、ベルナルドが手を挙げて言った。

「すいません。リタイアで――」


 その瞬間、シルビアとルイスが同時に声を張り上げた。

「「ちょっと、待ったアア!!」」

 お読みいただきありがとうございました。

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