表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第六章 憤怒の弓
130/164

130話 いと罪深き朝 11

 灼熱の砂漠に巻き上がる砂煙。

 その向こうから、フレイム・バジリスクが巨体を揺らしながら突進してきた。


 二つの首が、それぞれ異なる猛威を振るい、片方の牙がフロルに向かって突き出された。

 炎の気配を纏うその牙は、接近するだけで肌を灼きつけるような熱を放っている。


 フロルは盾を地面に突き立てるように固定し、腰のハンドソードを一気に抜いた。


「来い!」

 牙が迫る瞬間、フロルは盾をずらし、その隙間からハンドソードを突き出した。


 炎の首の牙が盾を弾き飛ばそうとする中、鋭い刃が鱗の隙間に突き刺さった。

 フロルは牙を受け止めながらも体勢を崩さず、さらに刃を押し込んでいく。


 双頭が一斉に咆哮し、砂煙がさらに高く舞い上がった。

 フロルは目を細めながら、その双頭の付け根に目を留めた。


「複数首の魔獣の核は、大抵ここだ!」

 声を張り上げ、ハンドソードを両手で構えると、一気に双首の付け根へ突き立てた。


 刃先が硬い鱗を貫き、強烈な魔力の塊に触れた感触がフロルの腕に伝わる。


「よし! 手応えあった――」


 フロルが言い終わる前に、メルビンが砂煙の中から転がるように現れた。

 そのままの勢いでフロルの背中を蹴り押す。


「なッ!? なにを?!」

 驚愕の声を上げるフロルだったが、次の瞬間、彼の背中を踏み台にしたメルビンが宙に舞い上がった。


「そこが弱点なんだな? よくやった!」

 メルビンは満面の笑顔を浮かべると、天高く掲げた聖剣を逆手に構え、一気に双頭の付け根へと突き刺した。


 聖剣が核に到達した瞬間、フレイム・バジリスクの体が大きく震え、砂漠全体に轟音が響き渡る。

 双頭が異なる方向に反り返り、絶叫とも咆哮ともつかない恐ろしい声を上げた。

 その声は、空気を震わせるような衝撃波となって勇者たちを吹き飛ばす。


 双頭の炎が一瞬にして消え、全身の鱗が黒くひび割れた。

 巨大な体が崩れ落ちるとともに、地面に砂の波紋が広がる。

 その周囲に散らばっていた石像も、命を失ったかのように音を立てて崩れていった。


 メルビンは砂まみれになりながら剣を引き抜き、息を切らしつつも振り返った。

「はは! 見たか、フロル! いい仕事したぞ!」


 フロルは盾を拾いながら、砂を払い落とし、忌々しそうにメルビンを睨み上げた。

「――なんだ? 今のは? どういうつもりだ!!」


 リリアンが魔杖を下ろしながら近づいてきて、肩で息をしつつ微笑む。

「よくやったわ、二人とも」


 三人の背後には、崩れ果てたフレイム・バジリスクが静かに砂の中へ沈み、跡形もなく消えていった。


 ☆☆☆


「大丈夫か?」

 砂を払う仕草も軽やかに、メルビンが差し出した手は、陽光に照らされて妙に眩しい。


 フロルはその手を振り払った。

「なんなんだ! アンタは!」


 メルビンは一瞬目を丸くしたが、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。

「なんだって……勝っただろ?」


 砂漠の熱気と共に沈黙が二人を包む中、メルビンだけが飄々とした態度を崩さない。

 その無邪気さに、フロルの苛立ちはさらに増していった。


「なん……ッ!! そ、そういうことを言っているんじゃないだろう!」

 フロルは言葉に詰まりながらも激昂した。


 フロルの怒りは膨れ上がるほど、わかりたくもないことがわかってくる。

 この男には、何を言っても話が通じない……そう思わざるを得ない。


 自分も戦果のためには手段を選ばなかった。

 だが、目の前のメルビンという男は違う。


 狂気を纏いながら、己の正義を貫く。

 それが歪んでいることにすら気づかずに。


 どんな協力も無意味に感じさせる行動でありながら、結果だけは完璧に出してしまう。

 極めてタチが悪い――この男と並び立つことなど誰にもできない。

 成果は奪われ、ただ一人の勇者として称えられるのである。


「皆の協力と団結で掴んだ勝利だ!」

 メルビンは声高らかに言い放つ。


「この世界でも我々は勇者のままなんだよ!!」


 フロルが睨みつけ、リリアンが疲れた表情を浮かべる中、メルビンはお構いなしだった。

 二人の肩をむりやり抱き寄せると、豪快な笑い声をあげる。


「やめろ!」

 フロルが押し返そうとするが、メルビンはびくともしない。


「……よく言うわ。団結なんて最初からなかったくせに」

 リリアンは目を伏せ、苦笑を浮かべながら呟いた。


 メルビンがどうやって勇者の地位を築いたのか――それは二人にとって、知りたくない問いとなった。

 その輝かしさの裏にある闇の深さに、フロルとリリアンは触れることを避ける。

 これ以上、何かを訊ねても、己の信念すら揺るがされそうな気がしたからだ。


 三人の足元に、砂漠の風が再び舞い上がり、遠く消え去るフレイム・バジリスクの跡をさらっていった。


 ☆☆☆


 八階の洞窟エリアに出て、シルビアは心の中で密かに胸をなで下ろしていた。

 大権威たちの中で、常識的な人物であるベテラン教授たちが監修しているフロアを辿れていることが、どれだけ幸運かを実感している。


 火魔法エリアでは、新任のモニク先生ではなく、元大権威であるゾーエ先生の召喚獣が配置されていた。

 考えてみれば、ゾーエ先生が選んだ階層主は戦闘経験を積むうえで適切なレベルだった。


 もちろん、戦闘の最中にはそんな余裕ある考えは浮かばなかったが、振り返ってみると納得できる。

 ゾーエ先生ほどの実力者なら、火神やそれに連なる上位の魔獣、あるいは精霊を召喚することも容易だったはずだ。

 もし、そんな相手が現れていたら、我々が対抗できる術などない。

 とっくに、リタイアしていただろう。


 そして、今足を踏み入れた八階、洞窟エリアの最深部。

 ルイスの魔眼がある限り、このダンジョンの複雑な構造も罠も意味を持たない。

 ルイスはほとんど一瞬で洞窟の奥深くまで看破してしまっていた。


 シルビアたちが追いついたとき、目の前に広がったのは、巨大な石造りの広間だった。

 その中心には、異様な雰囲気を放つ巨大な祭壇が鎮座している。


 祭壇は、漆黒と深緑の石材で組み上げられていた。

 その表面には、古代の地魔法の術式が複雑に刻み込まれており、淡い緑色の光が脈打つように浮かび上がっている。


 祭壇を支える四本の柱は、地脈を模した彫刻で装飾され、それぞれが異なる地属性の力を象徴しているかのようだった。

 一つは岩を象徴する荒々しい模様、もう一つは土砂の流れを連想させる滑らかな曲線、三つ目は金属の輝きを宿した直線的なデザイン、最後は植物の根のように絡み合う繊細な模様が刻まれていた。


 祭壇の天面には四角い凹みがあり、そこに埋め込まれた四つの巨大な魔石が鈍く輝いていた。

 それぞれの魔石は異なる属性を持ち、赤、青、黄、黒の光が揺らめいている。

 これらの魔石が、空間全体に圧倒的な魔力を供給しているのは明らかだった。


 祭壇の周囲には、円を描くように古代文字が刻まれた石畳が広がり、その円形の結界がこの空間全体を守護しているように見える。

 その結界の中央、祭壇の台座の上に、何かを守るかのように立つ四体のゴーレムが鎮座していた。


 ルイスはその祭壇の異様な力に目を向けたが、臆することなく前に進む。

 シルビアは心の奥底で警戒心を高めながら、静かに息を飲んだ。


 ☆☆☆


「エルマー先生のゴーレム、美しいですね。完成度が桁違いです」

 解説席でレイが満足げに頷きながら話していた。


 その言葉を受けて、アナが軽く笑いながら応じる。

「最近は魔工機人や機獣が主流で、ゴーレムというと少し時代遅れに感じられることもありますけど」


「確かに。しかし、土木工事や力仕事の分野では、ゴーレムは依然として欠かせない存在です。魔工物と違い、ほとんど自然の素材だけで作れるのが大きな利点ですね」


「ええ、土や木、岩といった基本素材だけで、術式や護符を少し使うだけで創造できる。コストパフォーマンスは抜群です」

 ラルフも話に加わってきた。


「その通りです。高価な素材や複雑な機構が不要ですからね。今回、病床に伏しているエルマー先生に無理をお願いして、基本型の土人形ゴーレム四体を創っていただきました」


「今回のゴーレム、きっと多くの研究者や学者が注目しているでしょう。現在最高峰の地魔法使いによるゴーレムがどのような動きをするのか、ぜひ観察していただきたいですね」


「そうですね。しかも、このゴーレムには四人の大権威がそれぞれ魔法を付与しています。階層主としての役割を果たすにふさわしい出来栄えですよ。ぜひ挑戦者たちには全力で頑張ってほしいものです」


 ☆☆☆


 青く輝く額を持つゴーレムが静かに立ち上がった。

 その動きには無駄がなく、全身に魔力が行き渡っているのが目に見えるようだった。


「ここに来るまでのダンジョンでパーティが示した弱点に基づき、適切な魔法を施されたゴーレムが起動する仕組みになっています」

 解説席でレイが説明しながら、視線をその青い巨体に向ける。


 青いゴーレムは、見た目通り水魔法を付与されているようで、ひときわ冷ややかな空気が周囲に漂い始めた。

 次の瞬間、その巨体が不気味に揺れ、徐々に形を崩し始める。


「こ、これは……粘体! スライム・ゴーレムとでも呼ぶべきでしょうか!」

 アナウンス席のラルフが驚きの声を上げた。


 ゴーレムの硬質だった外殻は、見る間に液状に変化し、その姿は狭い通路や隙間に入り込むために最適化された流動的な存在へと変わり始めた。


「水魔法を活用することで、作業効率を高めた特殊なゴーレムに仕上げられています。奇才セリナ・リベーラ作、ターコイズ・ゴーレムが起動します」

 レイは熱のこもった声で解説し、その目はゴーレムの動きを細部まで追っていた。


 青い粘体となったゴーレムは、圧倒的な質量でゆっくりと動き始め、挑戦者たちを鋭く観察するかのように周囲の空間を支配していった。


 ☆☆☆


 広大な空間に暗い空が広がり、三人の侍がその中に現れた。


 無限に広がるようなその空間の中で、足元の岩には苔が生い茂り、冷たい霧が漂っている。

 どこか遠くで水音がかすかに響き、重く沈んだ空気が全てを支配していた。


 荒涼とした十一階層の大空洞。

 空間全体が深海のような濃紺に満たされ、冷気と湿気が交錯するその中で、深海の王ケートゥスは悠然と宙を泳いでいた。


 その巨体はまさに圧倒的で、周囲の空気が絶え間なく振動している。

 鋭い尾ひれが一振りされるたび、空間が波打ち、低く唸るような音が大気を震わせた。


 ケートゥスは異形の大海獣である。


 下半身は鯨のような尾ヒレで宙を舞い、上半身では巨大なワニのような顎が開いていた。

 鋭い歯が闇の中で白く輝き、その間から白い霧状の息が漏れ出すたびに、周囲の温度が一気に下がる。


 背中に生える無数の棘は青白く光り、深海から這い上がってきた神話の怪物の姿そのものであり、視界の隅々までその威容が刻まれていく。


 その瞬間、空気が変わった――三人の侍がその広大な空間に足を踏み入れたのだ。

 先頭に立つのは、身の丈を超えるほどの長刀を携えた男、鷹松右近。


 大刀の柄から垂れる黒い布が、風にひるがえり、冷たい霧の中に一筋の動きを描きだす。

 右近は目を鋭く細め、先祖伝来の”霧島”の鯉口を切り、その大刀の柄に手を掛けた。


 ゆっくりと、しかし確実に踏みしめる足元から、周囲の空気を感じ取るかのように進む。

 右近の眼差しは一点に集中している――目の前に立ちはだかる、その恐ろしい大海獣に。


 ケートゥスの圧倒的な巨体が目の前に迫る。

 その冷徹な瞳が、三人の侍をじっと見据えた瞬間、空間全体が一層冷たく感じられ、まるで凍りついたような静寂が広がった。


 瞬間、右近は目を見開き、刃を引き絞る。

 その姿勢から放たれる威圧感が、精神と身体を完全に集中させていく。


 ――野太刀一刀流 斬魔剣(ざんまけん)


 裂帛の気合いが空間に響き渡り、静寂を裂く。

 右近が、霧島を抜き放った。

 お読みいただきありがとうございました。

 ブクマ、いいねボタン、評価、感想など、お気軽に。

 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Xアカウントへ 河田真臣@カクヨム&小説家になろう カクヨム版へ カクヨム 遊びに来ていただけると嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ