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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第六章 憤怒の弓
126/164

126話 いと罪深き朝 7

 戦場を駆け抜ける足音がバチャバチャと、地面にこびりついたオイルと泥をかき分けるように響く。

 空には魔法弾が飛び交い、あちらこちらで爆発音が轟いていた。

 やっとのことで砦が視界に入った瞬間、カイはひと息つく間もなく声を張り上げた。


「砦まで、あと少しだ。急げ!」


 だが、その道を阻むように、不出来な廃棄寸前の魔工機人どもが群れをなして現れた。

 黒く鈍い機体は、まるで寄せ集められた残骸のように歪で、いかにも粗悪だ。

 それでも数の力で押し寄せる彼らは、油断すればこちらを押しつぶしてしまいそうだった。


「ガラクタの群れが、押し寄せて来やがった!」


 カイは平剣とバトルアックスを両手に抜き放つと、魔工機人たちの間に飛び込んだ。


 次々と迫る魔工機人の首や関節を的確に狙い、剣と斧を振るう。

 その動きは大胆かつ精密で、まるで荒々しいダンスを踊っているかのようだった。


 だが――


「数が多すぎる。任せな」

 後方から冷静な声が響く。


 振り返ると、アレンカが腰のポーチから細長い小瓶を取り出していた。

 不吉な赤い液体が揺れる中身を一気に喉へ流し込むと、アレンカの身体が急速に変化を遂げだした。


 タトゥーが赤く輝き始め、アレンカの目が鮮血のように真紅に染まる。

 背中には巨大な蝙蝠型の翼が生成され、羽ばたくたびに空気が切り裂かれる音が周囲に響いた。


「あはあ♫」


 虚空を見上げて、アレンカは邪悪な魔素を吐いて、ピアスをつけた舌を出す。

「キタキタキタアア♪」


「……違法ポーションかよ」

 カイが眉をひそめて呟いたが、それ以上の言葉を発する間もなく、アレンカが前に出た。


 ――第十二階層禁術 石礫翼ペトリファイド・ウィング・バラージ


 その声とともに、アレンカの巨大な翼が一気に広がり、鋭利な石礫を無数に撃ち出した。

 砲弾のように放たれた石礫が魔工機人たちに次々と命中し、命中箇所から石化が進んでいく。

 歪な金属の塊が一瞬で石像と化し、動きを封じられた機人が重い音を立てて倒れていった。


「よし! 砦まで駆けるぞ!」

 カイが叫び、ゴル七号とともに再び全速力で走り出す。

 その背後で、アレンカは追い討ちをかけるようにもう一撃放ち、巨大な翼で滑空しながら二人を追った。


 砦が目前に迫ったとき、カイは立ち止まり、粗末なドアを見据えた。

 バトルアックスを振り下ろし、ドアを一撃で粉砕した。


「アレンカ、先に入れ!」

 壊れたドアの隙間を指差し、飛んできたアレンカを砦内部へ促す。


「ゴル!」

 カイが叫ぶと、後方を守っていたゴル七号が右腕を大きく掲げた。

 機械仕掛けの腕から放たれる強力な電撃が追ってきた魔工機人たちを次々と貫いた。

 感電した魔工機人たちはまるで折れた玩具のようにガクガクと痙攣し、その場に崩れ落ちていく。


「全滅確認。突入する」

 冷静な声でそう告げたゴル七号が砦へ駆け込むのを見届けると、カイは最後に周囲を一瞥し、ニヤリと笑った。


「これで、一息つけるな……いや、どうだか」


 砦の中へ駆け込んだその先にも、また新たな戦いが待っている――そんな予感を背負いながら、カイたちは暗い砦の中へ消えていった。


 ☆☆☆


 戦争工房の奥深くに足を踏み入れると、薄暗い部屋には無数の魔工機人が集い、喧々囂々とした議論を繰り広げていた。

 彼らのボロボロの燕尾服が部屋の埃っぽい空気に揺れ、まるで終わりの見えない狂気の会議が繰り返されているようだった。


 カイたちが足音を立てると、一斉にその議論が止まり、無数の目がぎょろりとこちらを向く。


「来たぞ、侵入者だ!」

「撃つべきだ!」

「いや、まずは捕獲だ!」

「撤退を指示しろ!」


 口々に異なる命令を叫びながら、魔工機人たちは奇妙な動きで互いに腕や胴体を組み合わせ始めた。

 鋭い金属音が響き、無秩序に接続されたパーツが次第に一つの巨大な存在へと変貌していく。


「……合体してやがる。ウヒヒヒ。なあ、アレンカ。見たことあるか、こんな奴?」

 カイが奇妙な遣り取りに思わず笑い声を上げて訊ねると、アレンカは小さく舌打ちした。


「ないない。気味が悪いったらない。なにが可笑しいのよ?」

「くっくっく……面白えこと考えやがる。ゴル、準備しとけよ」

 カイが後ろを振り返ると、ゴル七号が淡々と頷き、拳の充電音が低く響いた。


 そして、ついに完全体となった巨大な合成機人「議決者」が目の前に立ちはだかる。

 その体は無数の魔工機人の胴体や頭部が組み込まれ、異形の怪物そのものだった。

 左右非対称の手足がぎこちなく動き、背中から伸びた旗のような布が薄汚れた空気に翻っている。


「侵入者を排除しろ!」

「否! 交渉だ!」

「だまれ、攻撃を開始する!」


 合成機人の無数の顔がそれぞれ異なる命令を叫び続け、その矛盾が動きにも表れていた。

 一瞬前に振り上げた槌型の右腕が止まったかと思うと、次の瞬間には左の鉤爪が予想外の方向に飛んでくる。


 カイは間一髪でその一撃をかわし、息を吐きながらも思わず目を見張った。


「うヘヘえ。これが天才、ビクトル・マッコーガンの頭の中か――面白え。最高だぜ」

「感心してる場合じゃないって!」

 アレンカが背中の翼を広げながら叫ぶが、カイはむしろ興奮したような声を上げる。


「わかってら。こりゃ凡人じゃ思いつかねえシロモンだあ。前衛芸術ってやつか? 堪能しようや」

「だから感心するなっての!」

 アレンカが舌打ちしながらも、再び翼を振り、石礫を合成機人に向けて放つ。

 しかし、議決者はその狂気じみた不規則な動きで、石礫をすべて弾き飛ばしてしまった。


「ゴル、隙を見つけろ!」

 カイが叫ぶと、ゴル七号が機械的な反応で頷き、合成機人の足元へと突進する。

 電撃を纏った拳を地面に叩きつけると、床から伸びた電流が合成機人の動きを一瞬だけ鈍らせた。


「いいぞ、ゴル! もう一発、いこうか!」


 カイが叫びながら平剣を抜き、合成機人の右腕に向かって駆け出す。

 だが、議決者の矛盾した命令系統がもたらす不規則な動きが、カイのリズムを狂わせた。


「カイ、左!」

 アレンカの叫びに反応し、カイは咄嗟に宙返りして鉤爪を避ける。


「こりゃあ、骨が折れそうだな」

 その言葉とは裏腹に、カイの顔には、いかにも楽し気な笑みが浮かんでいた。


 ☆☆☆


 カイは即座に投げナイフを構え、生活魔法レベル一の水魔法と雷魔法を重ね合わせる。

 刹那、ナイフは水気を纏い、表面からチリチリと電撃が放たれた。


 放電の火花が散るそのナイフは、青白い軌跡を描きながら議決者の顎下――頭部の連結部へと吸い込まれていく。


 ガリッ……ッ!


 鋼鉄の軋む音が響き、連結部に突き刺さったナイフが火花を噴き上げた。


 バチッ!


 瞬間、電流が弾け、議決者の顎が震えながら火の手を上げる。


「まかせて!」


 アレンカが進み出て、躊躇なく壁へと掌を叩きつける。

 地魔法の詠唱が彼女の口から滑り出ると、全身に刻まれたタトゥーが赤く光を帯びた。


 ――第十四階層禁術 地殻砕壁クラッシュ・テクトニクス


 轟音と共に、壁面がアレンカの手に呼応するかのように隆起し、一部が引き剥がされて宙へと浮かび上がる。

 無秩序に砕けた岩塊はアレンカの手の動きに応じて圧縮され、巨大な質量を持つ一つの塊へと変形した。

 そして――


 ドンッ!


 その塊が勢いよく飛び出し、議決者の巨体へと激突する。


「おお!  よし! ――いや、ちょっと待て!」


 壁面が一部引き剥がされたことで、砦全体に亀裂が走り始める。

 崩壊を予感させる不穏な震動が、足元から這い上がってきた。


 ゴゴゴ……ッ!


「……崩れないか?  この砦?」

「アハハハハ!  そんなわけないじゃん!」


 アレンカは笑い飛ばすが、その言葉とは裏腹に砦の軋む音は確実に大きくなっていく。

 天井が不自然に波打ち、ついに瓦礫が降り注ぎ始めた。


「いや!  この気配は完全にヤバい!  避難するぞ!!」


 カイが叫び、ゴル七号が素早く前へ出る。

 拳を振り抜き、雷撃拳が砦の壁面に炸裂する。


 ドガァン!


 衝撃波が壁を抉り、脱出口となる大穴を穿った。

 その瞬間、議決者の複数の頭部が火を噴きながら、なおも叫び続けているのが目に映る。


「我々は――!」

「結論に――!」

「至ら――ないッ!」


 もはや瓦礫に埋もれながらも、議論をやめようとはしない議決者。

 だが次第にその声は崩壊の轟音に飲まれ、遠のいていく。


 砦全体が激しく震え、最期の悲鳴を上げるかのように粉砕されていく。

 議決者の喧々囂々たる声は、瓦礫の下に消え去り――戦争工房は、完全に解体された。


 ☆☆☆


 砦が轟音と共に崩壊する中、カイ、アレンカ、ゴル七号の三人は瓦礫の間を縫うように走り続ける。

 崩落の余波で足元が不安定になるたび、ゴル七号が素早く支え、カイが後ろを振り返りながら叫んだ。


「おい!  後ろだ、急げ!」


 破砕された壁の間から陽光が漏れる。

 ようやく瓦礫を抜け出した三人の前方から、塹壕の中から這い出してきたパーティの姿が見えた――コンラッド率いる亜獣騎士団のパーティである。


「おう! お前ら! 砦、ぶっ壊れたわ!  わりいな!」


 カイが軽く手を上げ、笑いながらすれ違う。

 その言葉に、コンラッドたちはぴたりと足を止め、眉を吊り上げた。


「はあ?! なんだと?」


 直後、低く響く緊急放送がエリア全体に流れ出した。


 ――緊急放送。緊急放送。ただ今をもって、七階要塞エリアの要塞倒壊を確認。閉階致します。


「おい待て、どういう意味だ!」


 コンラッドが声を張り上げた瞬間、周囲に響いていた魔法弾の炸裂音がぴたりと止む。

 これまで激しく撃ち合っていた魔工機人たちが、まるで魂を抜かれたかのように動きを止め、一斉にその場に崩れ落ち始めた。


「……何だ、これ?」


 アフマドが辺りを見渡す。

 停止した機人たちの残骸が無音の中に転がる様子は、不気味さすら感じさせた。


「お前!  あれ絶対、建築物の解体用魔法だろ?  おい!」

 カイが並走するアレンカを指差し、半ば怒鳴るように叫ぶ。


「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 アレンカはカイからの追及などお構いなしだ。

 高笑いしながら気持ち良さそうに、先頭を滑空している。

 アレンカの表情は開放感に満ちていた。


 ――繰り返します。ただ今をもって、七階は停戦致します。七階停戦を宣言致します。


 無機質な放送音だけが静まり返った戦場に虚しく響く。

 コンラッドは未だ停止した魔工機人たちを睨みつけながら、三人の後ろから声の限りに叫んでいる。


「お前ら! なにしやがった!!」


 だが、砦を破壊して走り去る三人が、埒もない問いになど応答するわけもない。

 瓦礫と停止した夢の跡を背に、カイたちは軽快に駆け抜けて行った。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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