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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第六章 憤怒の弓
123/164

123話 いと罪深き朝 4

 大迷宮二階層の薄暗い廊下。

 ゾンビが徘徊する中、陽気に歩を進める三人の勇者候補がいた。


「身体があるというのは良い。やはり数百年も経てば、魔工機人のレベルも段違いだ」

 三人は最新の魔工機人の感触を確かめながら進んでいく。


 ここに来る直前まで調整に追われていた彼らは上機嫌であった。

 魔力伝導率、身体操作性もすこぶる良好で、満足げな表情を浮かべている。


 雷街の魔工機人は、この機体よりも遥かに性能が高いという話も耳にしていた。

 彼らは声を揃えて「これは勝たねばならぬ」と決意を固めている。


「ところで、あの医者、見なくなったな」

 聖剣を携えた剣士、メルビン・フォレットが二人に訊いた。


 長い金髪をポニーテールに束ねた、鍛え上げられた肉体を持つ聖剣士である。

 鋭い青い瞳が光を宿し、白銀の鎧が聖剣の輝きと調和していた。


「捕まったみたいだ。なんぞやらかしたらしい」

「私たちを蘇らせた所為?」

 フロル・ゴールドスミスが言って、リリアン・モーリスが首を傾げる。


「だったら、俺たちを縛に就けねばおかしい。別件だろう」

 短く刈り込んだ灰色の髪と顎髭を持つ、屈強な守護者のフロルが低音で答えた。

 重厚な盾を片手に構え、筋骨隆々の体に合わせた黒いプレートアーマーが威圧感を放っている。


「いい人に見えたんだけどな」

 淡い桃色の髪を肩で切りそろえた、華奢ながらも芯の強さを感じさせる魔法使いはリリアンである。

 白と金を基調とした装束を身にまとい、手には聖なる魔杖を携えている。


「俺たちが構うことでもあるまい」

 フロルは豪快に笑った。


 メルビンの中に宿る魂は、六百五十年前に史上最悪の宰相と呼ばれたギルベルト・アスモデウスの乱心を諫めたとされる伝説の勇者のものである。

 だが、本名を明かすには目立ちすぎるため、他二人も同様に仮名を使っていた。


「とはいえ、我々は魂の欠片にすぎん。それでこの万能感。生前よりも調子が良いくらいだ」

 そう言いながら、万物を防ぐ奇跡の盾を持つ守護者フロルは豪快に笑う。

 彼の魂は憤怒の弓を強奪し、魔界へ侵攻した大将軍その人である。


「眠っていたというより、記憶が途切れていた感じがしたわ」

 リリアン・モーリスが感慨深げに呟いた。

 彼女は六百年前に海賊魔王を攻め、海洋国家トリトンに侵攻した戦乙女であった。


 フロルとリリアン、二人の魂はかつて覇王ヴラス・ルシファーに仕え、その覇道を支えていた。

 彼らが勇者の称号を与えられたのは、死後数百年も経過してからのことである。


 ☆☆☆


「勇者認定された者は魂が複写されて封印される――聞いた時には気分が悪かったが、実際そうなってみると、これほど快適だとはな。ハハハハハ!」

 フロルが豪快に笑い、奇跡の盾を軽々と振り上げてみせる。


「生前は将軍だったが、一兵卒に戻るのも悪くはない」

 その顔はまるで新たな自由を謳歌しているかのようだ。


「私も聖女なんかコリゴリだわ」

 リリアンが肩を竦めつつ、魔杖を軽く回して宙を舞う光の粒を散らす。


「今でも聖女の縛りはそのままではないか」

 メルビンが振り返り、聖剣の切っ先をリリアンに向けるような仕草を見せた。


「生前とは違うわ。面倒なら、機人の起動装置を止めれば良い。死ぬ覚悟とも無縁でしょ?」

 リリアンの言葉にはどこか淡々とした冷たさが漂っている。


「なるほど。死ぬことを考慮しなくて良いのは大きいな!」

 フロルは顎髭を撫でながら深く頷く。


「そうであれば、好きなだけ暴れられるというものだ!」

 と大きな声で宣言する。


「よく言うわ。生前から暴れ放題だったくせに」

 リリアンが冷ややかな視線を送った。


「お前こそ、そうではないか。知っているぞ。聖女の名の下でどれだけ残忍な――」

 フロルが指を突き出し、声を強めた。


「――おい。同窓会はそこまでだ。行くぞ」

 メルビンが一歩前に出て、二人を制止する。


「やれやれ。わかりましたよ、センパイ」

 フロルが盾を背中に戻しつつ、気の抜けた声を返す。


「五十年ほど年長だ。優しくしてくれよ?」

 メルビンは冗談めかして肩を竦める。


「はいはい。行きましょうか。お爺ちゃん」

 リリアンが笑みを浮かべつつからかうように言い放つ。


「はっはっはっは!」

 メルビンは腹を抱えて笑い、白いマントが大きく揺れた。


 ☆☆☆


「さあ! やって来ました! 白街推薦の勇者候補三名! 楽しみな一戦です!」

 どこかの解説者が叫ぶような声が響く中、白いマントを棚引かせた三人が大迷宮の扉を潜る。


 先頭に立つのは聖剣を携えた剣士、メルビン。

 その隣には奇跡の盾を構えた守護者、フロルが並び立つ。

 最後に聖なる魔杖を持つ乙女、リリアンが続いた。


「一階のようなパズルはもうごめんだな。階層主も雑魚ならいいが……」

 メルビンが肩越しにぼやく。


「私は嫌よ。早くこの体の能力を試したい」

 リリアンが魔杖を軽く振りながら冷たく答える。


「さあ、行くぞ!」

 フロルが背中を叩き、三人は薄暗い道を進む。


 扉を潜った瞬間、背後で重々しい音を立てて扉が閉まり、錠が自動的に降りた。


 目の前には荒れ果てた墓場エリアが広がり、空気には腐敗臭が漂う。

 不気味な静寂の中、土の中から無数のゾンビが這い出てきた。

 その動きや姿からして、先ほどの階層で徘徊していた雑魚ゾンビとは明らかに違う。


「レベルが高そうね……」

 リリアンが眉をひそめ、魔杖を高々と掲げた。


 眩い聖光が広がり、ゾンビたちを照らし出すと、彼らは苦悶の声を上げながら後退りする。

 その様子を見てメルビンが踏み込み、聖剣を一閃した。


 鋭い斬撃がゾンビを両断するかと思いきや、ゾンビが羽を広げ、空中へと舞い上がる。

 ナイトウィング・ビーストの飛行能力が追加されたゾンビだった。


「相変わらず魔法使いの考えていることは(おぞ)ましく素晴らしい!」

 メルビンが皮肉交じりに笑いだした。


「どういう意味?」

 リリアンが疑わしげに問いかけた。


「魔法使いが暗ければ暗いほど、悍ましければ悍ましいほど――勇者が輝く!」

 メルビンは不敵な笑みを浮かべる。


「我らを蘇らせたのは大正解だぞ。なにせ、勇者は正義の代行者!  正義の美辞麗句以上に、大衆を狂わせる媚薬はない!」


 その時、墓場の奥から巨大な狼男が現れた。

 背にはコウモリのような翼を生やし、不気味な赤い瞳が三人を射抜く。


「来るぞ!」

 フロルが盾を構えた瞬間、狼男が猛スピードで羽ばたき、三人の頭上に迫る。


「俺がやる!」

 フロルは盾を持ち上げると、裏に仕込まれたモーニングスターを手に取り、空中の狼男を狙い撃ちにする。


「喰らえ!」

 重々しい金属の塊が狼男の頭を直撃し、脳漿が飛び散った。


 フロルはその血と肉を浴びながら、引きつった笑顔を浮かべる。

「生き返った気がするわ!」


「どっちが魔獣なんだか」

 一方でリリアンは、ゾンビの群れを冷ややかに見つめると、魔杖を振りかざした。


 ――第十階層聖魔法 聖剣緑雨。


 無数の光の刃が天空から降り注ぎ、ゾンビたちを貫いていく。

 刺さった刃から聖なる炎が噴き出し、焼け焦げるゾンビたちは断末魔の悲鳴を上げる。


「これでどうかしら?」

 リリアンが肩越しに振り返ると、メルビンが笑いながら剣を構え直した。


「まだまだ行ける!  次だ!」

 メルビンが聖剣を振り上げ、叫ぶ。


「フハハハハハ! デカいのが来た!!」


 その声に応じるかのように、墓場の奥から巨大な影が現れる。

 空気が一瞬にして変わり、冷え切った闇が辺りを包み込む。


 絶望の徘徊者――その名にふさわしい姿が、腐敗した地面を引き裂きながら近づいてくる。

 その体躯は尋常ではなく、三メートルを超える痩せこけた巨躯が闇に浮かび上がる。

 死後硬直したように不自然な姿勢で歩むその足音は、地面に呪いを刻みつけるかのように重々しい。


 全身を覆う白髪は異様なまでに長く、地面を引き摺りながら蠢いている。

 その毛髪はただの装飾ではない――何か生き物のように独立して動き、触れたものを絡め取って飲み込むかのようだ。

 汚れた爪が奇怪に湾曲し、まるで大地さえ切り裂く準備ができているかのよう。


 眼窩の奥には血のように赤い光が灯り、見つめられるだけで全身の自由が奪われそうな圧を放つ。

 その瞳は、ただの肉体ではなく、魂そのものを見透かしているようだった。


「……これは良いデキだ」

 フロルが盾を構えながら呻くように呟く。


 絶望の徘徊者の口が歪に開き、叫び声を上げる。

 その声は、人の心を刃で切り裂くような悲鳴と低音が混ざり合い、鼓膜を突き破りそうなほど禍々しい。

 声を聞いただけで辺りのゾンビが一斉に震え、数体がその場で崩れ落ちた。


「階層主みたいね」

 リリアンが声を震わせる。


 その巨体が動くたびに、空間がねじれるかのような歪みが生じる。

 その体は死の淵にあるはずなのに、吸い込むような魔力の波動を放ち、周囲の死骸や瘴気を取り込みながら、徐々にその痩せた体躯が膨れ上がっていく。


「では体の性能テストといこうか!」

 メルビンが聖剣を握り直し、構えを取る。


 絶望の徘徊者は足を止め、頭を不自然な角度に傾けた。

 その仕草はまるで目の前の獲物を弄ぶかのようで、次の瞬間、再び恐ろしい叫び声を上げながら突進してくる。

 その速度は見た目からは想像できないほどで、周囲の空間に衝撃波を残しながら三人に迫る。


「来るぞ! 」

 メルビンが咆哮し、迎撃の態勢を取る――その瞬間、戦いの幕が切って落とされた。


 ☆☆☆


「大迷宮二階層、階層主は通常エリアと大迷宮に配置している四体の魔物を組み合わせて、本物のヴァンパイアの能力を参照に黒街研究所が制作致しました!」

 ラルフが興奮した声で叫ぶ。


「なにしろ、レイ先生が監修していますからね! 自信作です!」


「ナイトウィング・ビースト、ブラッドハウル・バーサーカー、ダークウィスプ・ヴァンパイアにゾンビ要素を加えました! 想定禁術階層は、レベル十三! って、あれ? 三階層のドーピング・コカトリスより強くないですか?」

 アナが目を見開きながら訊ねる。


「担当区域も限られていますからね。それに、ワープポイントは低階層に戻らされることもありますので」

 ラルフは当たり前のように答える。


「え? それじゃあ深層階まで行って、低層階へ戻されることもあるんですか?」

 アナは驚愕して口元を抑えた。


「その通りです! これは、心が折れます。ワープポイントは一方通行ですから」

「う、うわあ。エゲツない。これは嫌ですねえ。嫌過ぎます!」

 アナは肩を落とし、冷や汗を拭った。


 ☆☆☆


 メルビンが聖剣を掲げ、聖なる光を宿す。

「かかってこい、化け物!」


 絶望の徘徊者が地を蹴り、歪んだ足音を鳴らしながら突進する。

 その動きは巨体とは裏腹に俊敏で、死を運ぶ風が彼らを包み込むようだった。


「どれ……」

 フロルが奇跡の盾を前に構え、突進してくる巨体を真正面から受け止める。

 盾に触れた瞬間、青白い光が炸裂し、徘徊者の勢いが一瞬だけ鈍る。

 だが、それでも衝撃は凄まじく、フロルの足元が土にめり込み、背後の地面にヒビが入るほどだった。


「ふうん。思った通りの力が出る。足腰も悪くない」

 フロルが歯を食いしばりながら呟いた。


「下がって!  一気に削る!」

 リリアンが魔杖を高く掲げ、空中に無数の魔法陣を展開する。

 その一つ一つが輝きを放ち、そこから無数の光の刃が飛び出して徘徊者に襲いかかる。


 ――第十一階層聖魔法 聖剣酸雨。


 光の刃が雨のように降り注ぎ、徘徊者の全身を切り裂き、刺さった刃が肉を溶かしていく。

 髪が防御のように動き、幾つかの刃を絡め取るが、それでも攻撃の大半は巨体に突き刺さる。

 傷口からは腐った肉が剥がれ落ちるが、吸収していた瘴気が即座にその傷を埋めていく。


「おお! なんと見事な再生力か!」

 メルビンが間合いを詰めながら叫ぶ。

「なら、その再生も追いつかないほど叩き込む!」


 彼が聖剣を横薙ぎに振るうと、純白の光が剣から放たれ、徘徊者の胸を深々と切り裂いた。

 その切っ先が腐敗した肉を抉り、巨体がぐらつく。


「これはいいな! 疲労感がまるでない!」

 徘徊者が叫び声を上げると、その周囲に漂っていた瘴気が一気に彼の体内に吸い込まれ、再び体躯が膨れ上がる。


「魔力も尽きないわね。大きいのも打てそうだわ」

 リリアンが眉をしかめ、後退しながら魔杖を握り直す。


「おいおい。お前らだけ楽しみすぎだ!」

 フロルが盾の裏に隠していた巨大なモーニングスターを取り出し、全身の力を込めて徘徊者の頭上に叩きつける。


「おらぁっ!!」


 鈍い音とともに徘徊者の頭蓋が砕け、その巨体がついに膝をつく。

 だが、まだ完全には止まらない。


「止めはセンパイが刺すかあ?」

 フロルが振り返り、メルビンに言った。


「おうおう! わかっとるではないか!!」

 メルビンが聖剣を高く掲げ、眩い光が剣を包み込む。


 ――聖浄化の刃。


 剣から放たれた光が一直線に徘徊者を貫く。

 全身を焼き尽くすような聖なる輝きに包まれ、徘徊者の体が崩れ落ちる。

 その巨体は跡形もなく灰となり、闇が霧散していく。


 静寂が訪れる中、三人は荒い息をつきながら互いを見やった。


「最高の体だ……!」

 メルビンが剣を収め、息を吐く。


「永遠に戦えそうだな」

 フロルが盾を地面に突き立てて軽く肩を回して言った。


「ああ。楽しかった。階層主も優秀だったわ」

 リリアンが小さく笑みを浮かべ、魔杖の光で全員の回復を行う。


 光明が三人を包み込み、わかりやすく勝利を祝っている。

 次のエリアへの扉が静かに開く音が響く中、彼らは再び歩み始めた。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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