120話 いと罪深き朝 1
『大権威会議、大荒れ! 黒街令嬢、聖騎士長と大喧嘩!!』
センセーショナルな見出しが巷を駆け巡り、街中がその話題で持ち切りとなっていた。
マスコミは、大権威会議での騒動を受けて、早速、新任の黒魔法大権威レイ・トーレスに新たな通称を付けていた。
首都大学総長室。
「地獄の虜囚でも街中に放ってやろうかしら」
窓から街を見下ろしながら、レイが皮肉交じりに独りごちる。
「やめなさい」
いつの間にか背後に現れていたゾーエが、呆れたように言った。
「あら、先生。失礼しました。聞こえていたのですね。冗談ですわ」
「あなたの場合、冗談に聞こえないの」
「書類に不備はないようね。高難度エリアダンジョンの訓練および電影放送を許可します」
ゾーエが確認書に目を通しながら、静かに言い放つ。
今回許可された高難度エリアは、火山、深海、洞窟、砂漠、要塞、迷宮、闇夜の六つ。
前回は工事中とされていたこれらのエリアだが、敵対組織の動向が判明するまで工期を延長する予定だった。
しかし、火山と砂漠エリアでは、大規模瞬間移動魔法「ゲート」の実験が魔界へと繋がり、ほぼ成功を収めている。
また、洞窟から要塞エリアにかけては、有事の際に一般人が避難できるエリアとして工事が継続されており、要塞エリアからさらに別の場所へのゲートを設ける実験も進行中だ。
残るのは、迷宮を抜け深海、そして闇夜へと至る高難度エリアのみ。
この最後のエリアで行われる訓練が、いよいよ開催されることとなったのである。
☆☆☆
「お待たせしました! 黒街電影部、本日の高難度エリアダンジョン生放送は、ご存じ私、黒街研究員ラルフと、雷街研究員アナさんでお送りします!」
太めの男が朗々と挨拶すると、各街に配置されたスクリーンの向こう側で拍手が巻き起こった。
今回の生放送は、前回の通常訓練エリア試験放送よりも大幅に放送地域が拡大され、ついに白街でも視聴可能となった。
「よろしくお願いしま~す! そしてゲストはもちろん、この方。黒魔法大権威、レイ・トーレス先生です!」
アナが軽快に紹介すると、「ご機嫌よう、皆さん」とレイが笑顔で応じた。
「さて、色々とありましたが、いよいよ各エリアダンジョンで勝ち抜いた上位二十名と特別枠参加者による共同訓練が今夜、決着します。レイ先生、何か一言いただけますか?」
「ええ。ここまで尽力していただいた関係各所の方々に、厚く御礼申し上げます」
「「ありがとうございました!」」
司会者の二人も頭を下げる。
「それでは、今回の高難度エリアダンジョンについて――」
「あ、そういえば先生、読みましたよ、アレ!」
「ちょっとアナさん、今はその話はいいんじゃないですか……?」
「でも先生、大権威会議では、キレてましたよね?」
ラルフが必死に止めるのを無視して、アナが唐突に問いかける。
レイは柔らかい笑みを浮かべ「うふふ。キレてないですよ。私をキレさせたら大したものです。全然キレてないです」と軽やかに返した。
「と、とにかく! 今回の放送は白街でも視聴可能なんですよね?」
「放送と、特別枠を設けることを条件に、白街の方々に協力をお願いしました。ただし、電影技術を宗教活動に利用しないという条件付きです」
「それって――」
「心配しないで。ジョエル・ヴァルターという男は約束を守ります。たとえ死んでもね。そういう男です」
「それに、電影技術は特定の思想を広めるのに最適な媒体だと言えます。裏を返せば、危険過ぎるのです。これは皆さんも肝に銘じておいてください」
☆☆☆
各学部は、通常訓練エリアで中ボスだった魔物や魔獣を改良し、スタート地点である広大な迷宮へ配置した。
ポイント状況は、通信魔具を通じて随時アナウンスされる。
迷宮には階層ごとにボスが存在し、各学部が合同で開発した合成魔獣や、大権威が召喚した高レベル魔物が立ちはだかる。
大迷宮の階層は全十二階。
深層に辿り着くと、次は深海ダンジョンへ進むことになる。
深海ダンジョンでは、大権威同士が魔獣を組み合わせて創り出した合成召喚魔獣が配置されており、挑戦者たちはこれを突破しなければならない。
最終ステージは闇夜のダンジョン。
ここまで到達したパーティは、それまでに獲得したポイントを賭けた強奪戦を開始せよ。
また、このステージ以外での強奪戦は今回、禁止とする。
さらに、ダンジョン内にはヴァンパイア、トラグス・アイアンブラッドが隠れている。
この魔物を発見し討伐すれば、一気に千点を獲得できる。
これにより、強奪戦に参加しなくても優勝の可能性が残されている。
「ヴァンパイアなんてもんは、どれだけ無茶苦茶な倒し方しても、適当な治療で全快するので大丈夫です」
レイが淡々と笑顔で解説すると、中継地点にいるトラグスから抗議の声が響いた。
「大丈夫じゃないですうう!!」
以上のミッションを十二時間以内――すなわち、夜明けまでに遂行すること。
なお、最終エリアに到達できなくとも、それまでのポイント数が最も高いパーティが優勝となる。
優勝パーティには、指名した魔法学科から魔具や禁具を獲得する権利、また団体・組織の代表であれば、優先的に技術提供を受ける権利が与えられる。
「健闘を期待します」
そう締めくくり、レイは説明を終えた。
☆☆☆
各通常エリアでの上位二十名のうち、棄権や交代で、入れ替わった参加者も含めて全部で百名。
特別枠で参加する二パーティが各三名で六名を追加。
高難度エリアダンジョン訓練参加人数は、合計百六名。
ルール上は三~五名までのパーティを組むことが許可されていたが、結果的に三~四人パーティだけがエントリーすることとなった。
通常エリアでは、大人数でパーティを組むのを防ぐために、五人までと上限を設けたが、どうやら上位者になってくると、四人までで充分らしい。
これは、三~四人パーティが最も効率良く動けるという証左なのかもしれない、とラルフが説明する。
「四人パーティが十八組。三人パーティが十一組。合計、二十九パーティが競います! どのパーティも強者、曲者揃い! 数組のみですが、有力パーティをご紹介いたします!」
☆☆☆
「まずは、水街エリアダンジョンで優勝したカザーロン家パーティ! ベルナルド、シルビア、ルイスの兄弟姉妹で参加します!」
「次に竜騎士団第一師団長、アレクサンドラ・アーチボルド。リカルド将軍に代わって、第三師団長ヨーゼフ・ヒルトマン。近衛騎士団から三番隊、隊長キケ・ミラモンテス。そして、魔工機人、ヴァル六号の四人パーティ!」
「ちょっと、このパーティ強すぎませんか?」
「ところが、まだ強そうなパーティが出てきますので、乞うご期待!」
「――あの、なぜ将軍は出られないので?」
「グリフィンを貰ったから満足したらしいです」
ラルフがアナに答える。
「毎日、雷街通いで、仕事が滞って。グリフィンは、厩舎で飼えるものではないのだと将軍が仰っていたらしいです」
「これでは、どちらが主人だかわかからない、とヨーゼフ師団長からのコメントでした」
「でも、代わりにヨーゼフ師団長の実力が観られて良かったとも言えますね!」
「なお、地魔法エリアダンジョンで優勝したクリストバル師団長も任務のため、棄権となりました。視聴者の皆さまにお詫びいたします」
☆☆☆
「さて、ここで天鳳騎士団から軍団長たちが参戦してきました!」
「え? 通常エリアで参加してましたっけ?」
「実は総司令官の暁月剣禅から、目立たないように動けとの指示があったそうです。それでも上位に食い込むあたり、さすがですね」
「ではご紹介します。まずは第壱軍団長。切り込み隊長として一万騎を率いる蓮見 祐馬!」
スクリーンには、小柄で愛くるしい笑顔を浮かべた青年が映し出される。
短く整えられた髪と鮮やかな目の輝きは、観客に親しみやすさと同時に、どこか掴みどころのない印象を与えていた。
青年は片手を大きく振りながら、軽やかに挨拶をする。
各ギルドの会場からは、その愛くるしい仕草に歓声が沸き起こった。
「可愛い顔してますね。女の子みたいです」とアナが微笑む。
「いや、鬼のように強いらしいですよ?」
ラルフが解説を付け加えた。
「続いて、第弐軍団長。築城や陣地設営を担当する防衛の要。二万騎の侍頭、竹熊 信久!」
次にスクリーンに映し出されたのは、大柄でどっしりとした体型の男。
分厚い胸板と丸々とした体型は、見る者に圧倒的な存在感を与えていた。
「なんか、こうして観ると、相撲取りみたいだよね。竹さん」
祐馬が頭上のスクリーンを見上げながら、口元に笑みを浮かべて言った。
「相撲取りではないが……走りまわることになるのは勘弁してほしいがのう」
竹熊は困り顔でため息をつきながら、地面にめり込んだ金棒を軽々と肩に担いだ。
「そして最後に、第参軍団長。後方支援や組織運営を担い、副司令官も務める鷹松 右近!」
スクリーンには長身で均整の取れた体躯を持つ男が映し出された。
彫刻のように整った顔立ちと、落ち着いた佇まい。
長い黒髪を後頭部で高く束ね、深い藍色の着物に身を包んだ右近の姿は、まるで歴史の絵巻物から抜け出したような風格を漂わせていた。
観客の中には、思わず息を呑む者もいた。
右近が、アレクサンドラ師団長にも劣らぬ鍛え上げられた肉体を持っていることは、体格のわかりにくい着物の上からでもはっきりと見て取れる。
背中には彼の身長とほぼ同じ長さの刀を背負っており、その鞘には細かく彫り込まれた装飾が輝いていた。
右近はスクリーン越しに静かに会釈した。
「あれ、どこかで見たことがあるような……」とアナがつぶやく。
ラルフが頷きながら答えた。
「ああ。ゴル七号のサムライモードのモデルは、彼の父親、鷹松左近さんなんですね。男前です」
スクリーン越しに三人が何やら、ヒソヒソと話し始めた。
「……上様からは、優勝しろとは言われていない。優勝させてはならぬパーティがいるとだけ」
右近が左右を見回しながら呟いた。
「ふうん。白街や亜獣が優勝して、雷街の魔工機人技術を手にすれば、目も当てられないしね」
「おい。祐馬。そりゃ、うちが狙ってるものだ。あまり声を大にして言うんじゃないぞ」
竹熊が慌てて言った。
「わかってるって」
祐馬が屈伸運動をしながら肩を回す。
「でもさ。これって結局『優勝しろ』って言われてない? 上様、あの機械人形が欲しいんでしょ?」
竹熊が祐馬に向き直りながら、低い声で言った。
「あのな、どこだって欲しいんだよ。魔工機人の技術なんてものは、魔法技術の粋だからな。雷街の職人や、あの頑固オヤジが技術提供に応じるなんて、こんな機会でもない限りありえん」
「では、優勝するとしようか」
右近が静かに言葉を締めくくると、二人も続く。
「そうしよう」
「合点で~い! なははは!」
☆☆☆
「黒街エリアダンジョン優勝パーティ! 竜騎士団第四師団長、カイ・クルマラ。地魔法研究員、アレンカ・ヤルミル。そして、ゴル七号と、豪腕揃いの三人です!」
紹介が終わると、アレンカは満面の笑みを浮かべて観客に投げキッスを送った。
一方、ゴル七号ことゴルジェイ・バザロフは、無表情のまま両腕を組んで佇んでいる。
「これで、私たち、ちゃんと付き合えるね!」
突如としてアレンカが口を開き、カイに抱きつこうとする。
「え? 付き合う? なにが?」
不意を突かれたカイは目を丸くして、アレンカを押し戻した。
「なんでえ? 私たち愛し合っているんじゃなかったの?!」
アレンカは驚いた様子で大げさに肩をすくめた。
「な、なに? なんの話だ? 愛し合ってないよ! どこの誰と誰の話だ??」
カイの慌てふためく様子に、観客席から笑い声が漏れる。
ゴル七号は二人を冷めた目でチラリと見て、それきりだった。
「痴話喧嘩ですね。腹立ちますねえ……爆発しろ!」
司会者のラルフが茶化すように言うと、観客席からさらに大きな笑いが巻き起こった。
「さて、それでは次のパーティに参りましょう!」
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「続きまして、特別枠のご紹介です! 白街および拝竜教会推薦、選りすぐりの勇者候補三名の登場です!」
「まずは、聖剣を携えて堂々と現れた剣士、メルビン・フォレット! 続いて、聖なる魔杖の乙女、リリアン・モーリス! 最後に、万物を防ぐ奇跡の盾を持つ守護者、トム・ゴールドスミス!」
スクリーンには三人が映し出される。
いずれも均整の取れた体躯に純白の装備、風になびく白いマントを身にまとい、爽やかな笑顔で手を振っている。
一部の観客席から、ひときわ大きな歓声が上がった。
「いやあ、華やかですね。なんというか、まさに絵に描いたような勇者たちじゃないですか?」
「そうですね。でも、ちょっと資料が手元にないので詳しい解説は控えます。彼らが活躍するようなら、後ほど改めて詳しくご紹介させていただきます!」
ラルフがそう締めくくると、司会席のスクリーンも次のパーティ紹介へと切り替わる準備を始めた。
☆☆☆
「最後にご紹介するのは、亜獣騎士団からの刺客――ではなく、パーティの皆さんです! 殺し屋! え? 殺し屋??」
「は? 間違いじゃないですか? ちょっと見せて下さい」
アナが書類を覗き込む。
「ええと……資料には確かに“殺し屋”と書いてますね……」
「まあ、とにかく。なんだか柄の悪い三人組です!」
「え、それで終わりですか? ラルフさん!」
「いや、だって怖いじゃないですか。普通に紹介しても、後で逆恨みされそうでしょ!」
「いいじゃない。大義名分ができたってことで。ちょっと煽って、やられてきなさいよ」
レイが平然と肩を竦めながら言い放つ。
「パワハラ上司の無茶ぶりを受けつつ、ここで亜獣騎士団パーティの紹介を終えたいと思います! さあ、間もなく競技開始! どうぞお楽しみに!」
お読みいただきありがとうございました。
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