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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第六章 憤怒の弓
119/164

119話 大権威会議 3

 午後から快晴となり、陽の光が降り注ぐ本館には、二千人近い研究者や関係者が続々と集まっていく。


 会議室と呼ばれているが、その実態は豪奢で広大なホールだ。

 天井には壮麗な魔法陣が刻まれ、虹色に輝く魔石のシャンデリアが室内を照らしている。

 壁面には過去の大権威たちの肖像画が飾られ、威厳と歴史が感じられる空間だ。


 魔法国家ルスガリアにおいて、国民の関心事の第一は、なんと言おうが魔法である。

 そのため、最新の研究発表が行われる大権威会議の注目度は群を抜いていた。


 他国では政治や経済。スポーツ、芸能といった娯楽が主流だが、この国では魔法がすべてにおいて優先される。


 ホールの後方にはマスコミ各社が数百人規模で詰めかけていた。

 先日発表された各エリアダンジョンにおける新技術について、関係者へのインタビューが飛び交い、活気に満ちた様子がうかがえる。


 中でも最も注目を集めているのは雷魔法学部が発表した電影技術と、魔工機人に関する革新的な技術だ。

 この二つは、訓練エリアの中継放送をきっかけに国中で話題となり、もはや日々のニュースに欠かせない存在となっていた。


 一方、訓練エリア放送から除外された白街は、今や「時代遅れ」と揶揄され、国民の支持も急速に低下している。


 やがて、場内の視線が一斉に扉の方へと向けられた。


 ☆☆☆


 当初は研究費捻出のための苦肉の策で、会議の様子を一般公開して寄付金を募っていたのだが、近年ではすっかり大権威のファッションショーと化してしまった面が否めない。


 大仰な儀式用のローブを羽織わされ、スタイリストが髪型をチェックする。

 レイは黒を基調とした黒魔法大権威のための豪奢なローブで身動きが取れず、メイクも入念に行われ、すっかり憮然としている。


「こんなので、会議なんてできるの?」


 レイが愚痴を言うと、隣りで青い刺繍入りローブを着せられたセリナが、スタイリストに髪の毛を引っ張られて泣きべそを掻いていた。


 ☆☆☆


 華やかな衣装を着た大権威たちが、荘厳な雰囲気をまとって入室してきた。

 会場内には緊張感が漂い、ざわめきが次第に静まっていく。


「ただ今をもって、第千二百三回、大権威会議を開催する」

 首都大学総長ゾーエ・バルリオスが壇上中央の席から宣言した。


「議題の第一は、新魔法学部の設立について」


 記者はもちろん、研究者や関係者もどよめき、場内がざわつく。

 話題の新技術ではなく、新学部創設の話など寝耳に水という状況だ。


 記者の一人が手を上げると、司会進行役の研究者がそれを促した。


「それは、風魔法学科のことでしょうか?」

「そうだ」

 雷魔法大権威ビクトル・マッコーガンが答える。


「騎士には風魔法のスキル持ちが多いにも関わらず、その研究は長らく放置されてきた。考えてもみろ。魔法国家を名乗りながら、基礎魔法の一つがないというのは異常だ。後世に恥を残すわけにはいかん」


「新学部創設には莫大な費用がかかります。それこそ、街を一つ創るくらいの規模になりますが、その費用はどう捻出するのでしょうか?」

「国にたかるつもりはないから安心せい。先日の電影技術は諸君も観ただろう。あれの放送権を売る」


 場内の記者が一斉に手を挙げ、熱気が一気に吹き出した。


「もちろん、厳正な審査を設けるし、公正公平な放送法については議会で協議してもらうことになるだろう」


 ☆☆☆


「私が推薦する風魔法学部大権威は、天鳳騎士団を引退された鷹松左近殿である」

 ビクトルが続けて発表を続けている。


 記者の騒ぎを抑えるように、白魔法大権威にして拝竜教会枢機卿ジョエル・ヴァルターが発言した。


「お待ち下さい。ビクトル先生――いや、古式に則り、雷街殿と呼ばせていただきます」


 各街名で大権威を呼ぶのは古い時代の名残であり、それがいつしか通称として定着していた。

 通例を守らねば治まらないのが、ジョエルという男の厄介なところでもある。


 ジョエルは、眉目秀麗な五十代の男だ。

 オールバックにした黒髪と深い緑の瞳が印象的で、高い鼻梁と端正な顔立ちは知性と冷徹さを兼ね備えている。


 白と金色を基調としたローブを纏ったその姿は威厳に満ち、高潔さを感じさせるが、どこか計算高い光が瞳の奥にちらついてもいた。


「なんだ?」

「その方は騎士ではないですか? 魔法使いですらない」

「隠居した騎士が経験則を教えるのだ。実戦に基づいた講義が充実することだろう。何が問題なのか?」


「騎士養成の兵学校や冒険者からの引き抜きだけではなく、もう一つ、騎士団への門戸を開く進路を設けても良い時期だと思うが?」

「しかし――」


「騎士団が嫌いなのか? それにしては、白街殿は随分熱心に王宮騎士団と懇意にしているではないか」


 ビクトルが冷然と訊ねると、会場全体が一瞬凍り付いたように静まり返った。

 記者たちは次々と手元のメモに何かを書き込む一方で、その視線はジョエルの反応を注視している。


「個人的な付き合いです。騎士団と提携したり懇意にするのと、騎士を大権威として迎えるのでは話が全く違います」


「首都大学から騎士団へは行かせないと? それは重大な権利侵害だ」

「馬鹿な! 大学の伝統の話をしているのです!」


「伝統? 騎士団と陰謀を張り巡らせることが?」

 ビクトルに続いて、レイが冷笑を浮かべながら口を開く。


「セリナ」

 ゾーエが小声で呼びかけると、セリナが手を挙げた。


「はあい」

「ちょっ……待ちなさい。ダメよ、セリナ。黙るから!」


 セリナは肩を竦めると、レイの頭上に現れていた水泡を、悪戯っぽい笑みを浮かべて掻き消した。


 司会者が討論をまとめ、賛否を問う決を採る。

 結果、風魔法学部の設立は賛成多数で可決となった。


 また、軌道に乗るまでの間、天鳳騎士団以外の協力は断るというビクトルの主張に、ジョエルは反論を試みた。

 だが、先ほどの遣り取りで王宮騎士団との癒着をほのめかされる形になり、大っぴらに反対することができなくなった。


 こうして、新学部創設の件は、ビクトルの作戦勝ちとなったのである。


 ☆☆☆


「電影技術により放送された訓練エリアでの試験放送については如何でしょうか」

 司会者が次の議題を提示した。


「それについてだが、白街も参加できないだろうか?」


 大権威たちは一瞬息を呑む。

 プライドの高いジョエルが、自ら参加を申し出るなど夢にも思わなかったのだ。


「あなた、電影技術には懐疑的じゃなかった?  民衆の洗脳に繋がるとか、堕落だ、退廃だ、と」

 ゾーエが率直に訊ねた。


「その考えを変えるつもりはありません。前の議題でも話に上がりましたが、放映権は一年ごとに見直すべきだ。一団体が独占すれば、腐敗の温床となるのは必然です」

 ジョエルは静かに応じる。


「ああ、それはその通りッスね。筋が通っています」

 セリナが賛同すると、隣に座るレイが目を見張り、セリナを見返した。


「セリナ?」

「だって、そうじゃないですか? 独占禁止の原則に引っかかるでしょ?  変な思想に染まった団体が放映権を買うとしますよね? 延々、それが垂れ流しになる可能性は高い。完全に洗脳装置になりますよ」


「ありがとう。青街殿」

 ジョエルが感謝の意を述べる。


「白街殿に賛成だ。放映権は一年ごとに審査を設けたほうがいい」

 モニク・バローも意見を述べると、レイは思わず肩を竦めた。


「決を採ります」

 司会者の声に、全員が賛成に手を挙げた。


 ☆☆☆ 


「訓練エリアに参加したいと言っても、そこに集うのは各エリアで選りすぐられた上位二十名だ。それに、次回は大権威総出で黒街の高難度エリアに注力する予定だぞ。適当な参加者を送り込むつもりならやめておけ。死ぬぞ?」


 ビクトルが辛辣な口調で、ジョエルに釘を刺した。


「確かに、飛び入り参加など、訓練エリアで成果を重ねている者たちにとって非礼にあたるでしょう」

 ジョエルは淡々と答えると、続けて言った。


「ですが、これから紹介する者たちが不適格であるかどうか、皆さまの目でご判断いただきたい」


「――上がってきてくれ」

 ジョエルが階下に視線を向けると、一人の巨漢が歩み出た。


 魔法使いの体格は、魔力を除けば常人と大差ない。

 しかし、騎士の肉体は常人とは一線を画す。

 その中でも巨人の血を引き、数十年の経験を積んだ大騎士ともなれば、その威容は言うまでもない。


 壇上に現れた巨漢は、大柄なリカルド将軍と比較しても頭二つ分は大きい。

 騎士の肉体は激しい鍛錬に耐えるべく分厚くなっていくが、この男の肉体はもはや暴力的とさえ言える。

 分厚くなった胸元は、常人の四倍ほどもあるだろう。


 純白のマントが彼の背後で揺れ、その存在感が会場全体に圧力を与える。

 さきほど、ジョエルが議題において癒着を指摘されたばかりだが、その余韻を意にも介していないようだった。


 この巨躯の主は――王宮騎士団、聖騎士長バジャルド・オスナ。

 黒い髭が顔の下半分を覆い、眼光は猛獣よりも鋭い。


 ルスガリアにおいて「騎士」と聞いて真っ先に思い浮かぶ名前が彼である。

 魔法王国ルスガリアで最も有名にして、勇猛な大騎士。

 彼の存在は、ただそこにいるだけで人々に圧倒的な説得力を与えていた。


 ☆☆☆


 壇上に上がってきたバジャルドは、早速、三名の若き聖騎士たちを壇上に呼び寄せて言った。


「勇者候補を紹介しよう」


 その場にいた白街以外の関係者や大権威たちが、思わず声を上げて驚いた。


「勇者候補だって?」

「ビクトル先生や暁月剣禅の次世代ということか?」


 ざわめきの中、記者たちが次々に壇上へ駆け寄り、会場は一気に混乱しかけた。

 司会者が慌てて声を張り上げる。


「持ち場に戻ってください! 冷静に!」


 しかし、バジャルドは動じることなく続けた。

「ああ。そうだ。それと、亜獣騎士団からの参加者も入れておいてくれ」


「はああ? どさくさ紛れに何言ってんのよ! 厚かましい!」

 怒髪天を衝き、レイが吠えた。


「ワシに言ったのか、小娘」

「アンタに言ったのよ。クソジジイ」


 一瞬で、会場全体が静まり返る。

 異常とも言える威圧感をまとった大騎士に、昨日今日、大権威になったばかりのレイが真正面から楯突いたのだ。


 二人の間に火花が散る。


「亜獣騎士団からも入れとけ? ダメに決まってんでしょうが! どんな立場でそんなこと言ってんのよ!」

 レイの声には怒りと強い意志が宿り、会場中に響き渡った。


 理不尽な要求を受け入れる筋合いはない。

 ――命懸けの戦いを、数限りなく繰り広げてきた少女の気骨は常軌を逸していた。


 観ている者にしてみれば、背筋が凍るほどの胆力である。

 すぐさま、レイが斬られるのではないかと気が気ではない。


「……貴様ア」

 バジャルドが低く響く声で挑発すると、ビクトルが立ち上がり、分厚いローブを脱ぎ捨てる。


「おう。やるのか?」

 ビクトルの周りに電撃が迸った。


「加勢しよう」

 モニク・バローも続けて席を立つ。


 ゾーエが「セリナ」と声をかけたが、セリナは困ったように肩を竦めながら答える。


「いやいや、この人の言ってること、どう考えてもダメでしょう? おかしいですよ」

 と返事をして首を捻っている。


「困ったわね……」

 ゾーエがため息をつきながら呟いて、苦笑いを浮かべた。


 ☆☆☆


 それからの進行は荒れに荒れた。

 怒号が飛び交い、喧噪と罵詈雑言が渦巻く。


 剣を抜く寸前まで怒りを露わにしていたバジャルドは、もはや勇者候補の紹介どころではない。

 激昂したまま壇上を降り、会議室を後にしてしまった。


 会場は混乱の極みだった。

 ビクトルがバジャルドの背中に怒号を浴びせれば、レイもそれに加わり、さらに会議の空気は荒れ模様となる。


 その中で唯一、ジョエルだけが口を閉ざしていた。

 周囲の喧騒には一切関わらず、静かに何かを考え込んでいる。


 一方、困り果てた様子のゾーエが頭を抱えているのを目にしたジョエルは、ふと誰に言うでもなく呟いた。


「もう、あの頃には戻れないんだよ。先生」


 ジョエルはその言葉を残し、静かに会議室を後にした。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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