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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第六章 憤怒の弓
118/164

118話 大権威会議 2

 激しい雨が窓を叩き続ける中、会議室にひとしずくの静けさが漂った。


「ここにいる何人かは、ボクを殺したい人間もいるだろう」


 ララが冗談なのか本気なのか、青白い顔色をしてふわふわと浮かびながら壇上に立った。

 彼女の声はどこか遠く、そして決然としていた。


「ここに来るまでに、もう一人、魔界人をこちらへ勧誘できた。入ってきてくれ」


 ララが言うと、警備員が大柄な男を入室させた。

 彼の存在は一種の圧力で、部屋の空気が一気に重くなった。


 男の体格はただの大柄という言葉では片付けられない。巨大だ。

 まるで山のような筋肉を隠すことなくその体を誇示している。


「き――貴様は!」

 リカルド・カザーロンが驚きと共に立ち上がり、腰の剣に手を掛けた。

 将軍の眼差しは一瞬で戦場の眼光に変わる。


「トラグス・アイアンブラッド――」

 リカルドの声が震えた。

 あのアステラ市街戦で戦った敵の首領、恐るべきヴァンパイアである。


「待て! 待ってくれ! 我々はもうルスガリアに手は出さない。呪解もさきほど、天鳳騎士団で終わらせてきた。九焰議会は抜けた!」


 ララが叫んだ。

 その言葉に、会議室にいた全員が一瞬静まり返った。

 ララの声には、何かを訴える強い決意が込められていた。


「リカルド。奴らの言うことは本当だ。もし、奸計でも巡らせているのならと、月の巫女に判定もさせた。白だ。ここに来ることを許可したのはわしだ。裏切れば天鳳が処断する」

 暁月剣禅がゆっくり立ち上がって、リカルドへ言った。


「わかった。暁月剣禅がそこまで言うのなら、納めよう」

「おう。そうか。ララ。トラグス。待たせたな。続けてくれ」


 ☆☆☆


「敵対していたのは、魔界政治が岐路に立っているためだ」


 ララの言葉が続く。

 その言葉に、ララがどれほど追い詰められてきたのかが滲んでいた。


 彼女の口調には、何かを切り捨てるような冷徹さと、過去の重荷を背負いながらも前に進まなければならないという覚悟があった。


 トラグス・アイアンブラッドの無言の立ち姿が、会議室にまた別の緊張感を生んでもいる。


「この国――ルスガリアは、三百年毎に大戦争を経験してきました。六百年前の三国時代。三百年前の近代魔王による侵略戦争。今、また戦争の火種が燻っている。我々の話を聞いて欲しい」

 トラグスの低い声が静かな会議室に響いた。


「……その大戦争を仕掛けるのは、我が国か、貴国か。今回は、どちらになる?」

 リカルドが返答する。


「貴国……ルスガリアは二つに割れようとしているが、我々の国、コキュートスはそれどころではない。国の首都ジュデッカは今、四派閥に割れ、今後の方針でバラバラになっている」


 トラグスの声には深刻さがこもっていた。

 コキュートス政治が本当に袋小路にまで追い詰められているのだと、リカルドは理解した。


「ルスガリアではコキュートスの存在を隠してきた。ただの北部地域だと。冗談じゃない。我々は独自の文化、社会性を持つ独立国家だ!」


 トラグスが叫ぶ。

 その言葉に、部屋の中の何人かが反応した。

 疑念と好奇心が入り混じった視線が巨大なヴァンパイアに集まる。


「国家独立が目的か?」

 剣禅が訊ねると、トラグスは「そうです」と頷いた。


「もちろん独立国家としたいが、それまでに国の方針をひとつにする必要があります」

「王はいないのか?」


「いません。六百年前、ダンテ・ベルゼブルさまが最後の王でした」

「六百年? 今までどうやってきたんだ?」

 剣禅が驚きながら質問した。


 ララが答える。

「議会制だよ。民主的だとは冗談にも言えない密室政治だけどね。六百年前は十三種族の長たちが話し合っていたものを今では四種族の長たちが、国民の意思とは無関係に決めている状態さ」


「悪魔族。鬼人族。亜人族。妖精族。十三王家はそれぞれに吸収されるか、零落の憂き目に遭うか。こんな大雑把な括りで、政治などできるわけがない。馬鹿げてる」


 その言葉を受けて、モニク・バローがついに口を開く。

 彼女は魔界人であることは一部で知られており、現火魔法大権威でもあった。


「あなたがそれを言いますか」

 トラグスが鋭く反応し、モニクを睨み上げた。


「その悪魔族筆頭があなたではありませんか! カサンドラ・ベルゼブル閣下!!」


 本名を言われたモニクは肩をすぼめ、無言で首を振った。

「僕に憤るのは勝手だが、他国の争いに火をくべるのは違うだろうが。あ゙あ゙?」


 その瞬間、会議室に激しい殺気が巻き上がり、壇上の二人を襲う。

 トラグスが思わず仰け反り、その圧力は歴戦のヴァンパイアでさえ震え上がるほどであった。


「秘匿している我が名を呼ぶとは、無礼にもほどがあるぞ。吸血鬼」

 モニクの双眼が赤く光り、瞳術で金縛りを得意にしているはずのヴァンパイアが微動だにできない。

 会議室に突然、怒り狂った巨獣が出現したかのような存在感であった。


「おい。ここで斬り合いでもするつもりか?」

 リカルドが剣に手を添え立ち上がる。


「――これは失礼。僕を推薦してくれたのは、今は無き白魔法大権威、拝竜教会枢機卿ロメオ・アルバーニ氏だ。ゾーエには話を通したかったんだが、なにせ急を要していたからね」


「急ってなに?」

 首都大学総長であり、元火魔法大権威でもあるゾーエ・バルリオスが訊ねた。


「ロメオは自然死ではない。これ以上は証拠がないので推測になってしまうが、彼は――」

「――それまで。おい。ダークエルフ。これ以上は言わない方がいいぞ」


 ウルシュカがモニクの話に割って入った。

 モニクがさきほど放った殺気と、遜色ない気配がウルシュカにも漂っている。


 エルフとダークエルフの双方が火花を散らし、会議室の空気が重くなる。

 たちまち、空間が歪むほどの息苦しさが会議室を占拠していった。


「わかった。この国の法を遵守する」

 モニクが両手をあげて答えると、ウルシュカは礼を言うように一度頷いた。


「それが良かろう。賢い選択だ。ご協力に感謝する」


 ☆☆☆


「魔界の派閥のほとんどが独立派ですが、強行派というものが存在します。ルスガリアに内紛を起こして、その騒ぎのなか独立するべきだという主張で」

 トラグスは冷静に語るが、その言葉には緊迫感が漂っていた。


「――我々です」

 トラグスがその場で自己紹介のように宣言する。


「彼女は妖精族。私は悪魔と鬼人族の間。そういう子供はたくさんいます。大昔は貴族階級でしたが、今では零落れた一般人です」


 その言葉に、ララが反応した。


「嘘つけ。こいつ、魔界の裏ギルドの元締めですよ」

「――あ! あなた! なんてことを!!」 

 その場は一瞬、静まり返った。


「ちょっとイイかしら?」

 黒魔法大権威レイ・トーレスが声をあげた。


 ☆☆☆


「あなたたちの仲間にサンティナという魔女がいるでしょう? どこにいるの?」

 自身で口にした名前だが、レイから凄まじい殺気が生じ始めていた。


「やれやれ。今度は、こっちかよ」

 剣禅が苦笑いしながら、レイを見た。


「私の生まれ故郷を壊滅させた母の仇はどこにいるのか訊いてるの。答えなさい」


 禁術を発動しているのでないかと疑いたくなるほどの魔力が、レイから出掛かっている。

 返答次第では、ただでは済まさないという圧力であることは誰の目にも明白であった。


「……彼女の行方はわからない。ただ――彼女には、魔界人の血が入っているはずだ。魔界人特有の雰囲気があった」

 ララが後退りしながら答えた。


「モニク。そんなことわかるものなの?」

「まあ、外国人と自国人の区別はつくんじゃないの? 魔界みたいな人種のごった煮社会でも、文化的な影響を受けずに育つなんて不可能でしょ」


「まあ、いいわ。それで……あの女は、魔界に行ったということ?」

「その可能性は高いと思う。いや、ボクが見た限りでは――」


「はっきり答えなさい。ぶち殺すわよ」

 レイは目を真っ赤にしてララを睨む。


「その目――君も魔界人か?」

「あら? 区別がつくんじゃなかったの?」


「まあまあ。そりゃ君が、ルスガリアの文化で育ったからさ。まあ、憤るのはお止めなさい」

 モニクがレイを宥めるようにして笑う。


「あなたねえ」

 ついさっき、ケンカを売りまくっておいて、何だそれは。

 どの口でそんなことを宣うのかと、レイは呆れて着席した。


「そういえば、不思議な女を火魔法エリアダンジョンで見たな」

 モニクが思い出したように発言する。


「は? そういうことはさっさと言いなさいよ!」

 レイがギロリと、モニクに目を向けた。


「取り調べようとしたら逃げられた。僕から逃げられる人間がそれほどいるとは思えない。彼女がその魔界人サンティナだったのかもね」


「逃げられた……」

 レイが奥歯を噛みしめ、悔しさを隠そうともしない。


「落ち込むことはない。サンティナらしき女は、認識阻害魔法を使っているから、追跡するのは恐ろしく難しいが――今のところ、うまくできているようだ」


 それを聞いた途端にレイの目に希望が宿った。

「そうですか。では、すぐに魔界へ立ちます。モニク。ご一緒ください。皆さん、ごきげんよう――」


「ちょっと、待ちなさい。方針が決まってからです。レイ・トーレス。まずは、お座りなさい」

 ゾーエが立ち上がって、レイを諫めた。


「……はい」

 流石のレイも首都大学総長から諫められて、シュンとした。

 レイは口を尖らせて着席する。


 ガヴィーノは、ふて腐れているレイを見て、吹き出しそうになった。

 想定通りにいかないと口を尖らせる癖は、学生時代の時のまま変わっていなかったからである。


 ☆☆☆


 少しの休憩の後、再び、ララが話しだした。


「魔界の過激派と、ルスガリアの裏切り者が組んで、国家転覆を狙っている。内乱の後は、対外戦争だ。疲弊した国民を新しい王と、教会が救うという筋書きだよ」


「教会……? 待て。それではやはり――」

 リカルドが驚いた様子で訊く。


「拝竜教会枢機卿ジョエル・ヴァルターが九焔議会の首魁です。我々の後ろ盾。黒幕というやつですね」

 トラグスが静かに続ける。


「魔界でも似たような筋書きができています。独立はなるものの、それは新生ルスガリアに隷属したもの。国辱ものの扱いです。断じて容認できません」


「議会騎士団で枢機卿を逮捕できないの?」

 レイがウルシュカに尋ねた。


「なんの違法行為で? それに彼と繋がっているとすれば、王宮もそうだろう」

 ウルシュカが冷徹に答える。


「ああ。王宮騎士団の聖騎士長バジャルド・オスナ。それに、亜獣騎士団総長のヤン・ハルツハイムはジョエルの仲間――いや、すでに部下と言った方が正確かもしれませんね」

 トラグスが続ける。


「すでにヤンは、九焔議会に入る直前でしたから」


「なんだと? それは、本当なのか?」

 リカルドが驚きの声を上げる。


「ええ」

 トラグスが頷くと、リカルドの顔に怒りの色が浮かんだ。


「あの野郎」

 竜騎士団第二師団長アレクサンドラが怒りを抑えきれず、声を上げた。


「しかし、そのうちの亜獣騎士団は、そちらの竜騎士団に半分を引き抜かれたと随分、怒っていました。確か第二師団長と一緒に移籍したとか」


「ああ。エルマーのオヤジが団長を辞めると同時にな。クリストバル・ヘストンを引き抜いたのは俺だ」

 リカルドが答える。


「経験を買われてエルマー・ベッシュ氏が地魔法大権威に就任したのが六年前。今は病気療養中だ。リカルド将軍は、亜獣騎士団を潰したかったのか?」

 ガヴィーノがリカルドに訊いた。


「人聞きの悪いことは言わないでくれ。エルマーのオヤジに頼まれたんだ。クリストバルや他の団員の受け入れ先として。まさかオヤジの解散命令を無視して亜獣騎士団が存続するなんて、誓って思ってもいなかったよ」

 リカルドが強調して答えると、アレクサンドラも話に加わった。


「クリストバルも、うちに移籍してきた当初は随分悩んでいたし、今でも亜獣騎士団が揉め事を起こすたびに火消しに行ったりしてるんだ」

 アレクサンドラが続けて言う。


「しかし、揉め事を起こすような者たちが、人気のある竜騎士団に行って上手く適応できるとも思えないが」

 ウルシュカが冷徹に言う。

「いっそのこと、亜獣騎士団なんてものは解散してくれた方が我々としても一番良い」


「亜獣騎士団か。悪い噂しか聞かんな。今の団長になってからは、すっかり愚連隊のようだと。五騎士の面汚しだぜ」

 暁月剣禅が吐き捨てるように言った。


 ☆☆☆


「最重要なことが、もう一つ。新王とは誰のことだ?」

 今まで黙っていた雷魔法大権威ビクトル・マッコーガンがようやく口を開いた。


「九焰議会、最後の一人。黒騎士、カルラ・コバルビアス。リカルド将軍、アステラ市街戦で戦ったことがあるでしょう。私を助けに来た黒騎士です」

 トラグスが冷静に答える。


「兜で隠していたが――やはりカルラ王子であったか」

 リカルドが険しい表情を浮かべる。


「もっとも、出奔した今では王位継承権は剥奪されていると聞いている」

 ウルシュカが淡々と続ける。


「そんなこと、枢機卿ならどうとでも手を回せるわ」

 ゾーエが皮肉を込めて言った。


「その通り。王宮、教会、議会は掌握され、五騎士のうち二騎士団が堕ちた。ただし、魔法学会は諸君の奮闘によりなんとかこちら側だ」

 ウルシュカが話を締めるように言った。


「しかし、どうする? 国の根幹を抑えられているんだぞ」

 剣禅が声を荒げて問う。


「禁じ手を使う。外法には外法。レイ・トーレス。君の得意技だと聞いたよ?」

 モニクがレイを見やってにっこりと笑う。


「なんのことやら。わかりませんわ」

 レイは涼しい顔で、どこか余裕を見せて答える。


「魔界を使え。禁術を発動せよ」

 モニクがその場で立ち上がり、言い放った。


 その言葉が部屋に響き渡ると、誰もが一瞬息を呑んだ。

 禁術、魔界の力。それは平時であれば違法手段であり、使うことが許されるのは特別な状況に限られる。


 しかし、この状況で異議を唱える愚か者は、幸運なことに誰一人いなかった。


 ☆☆☆


 ゾーエが冷静に指示を出す。


「セリナ。この三人の監視を命じます。本会議で、ジョエル・ヴァルターに飛びかかる恐れが非常に高い」


「ウィ~~ス! いざとなったら、頭から冷水でも掛ければイイですかね?」

 セリナが軽く返事する。


 セリナのことだ。

 本会議であっても、冷水をぶっ掛けるくらいのことは平気な顔でやってのけるだろう。


「ちょっと待て。私を、この浮かれ小娘が見張るだと?」

 ビクトル・マッコーガンが不満そうに声を上げる。


「そうよ」

 ゾーエはあっさりと答え、ビクトルの反論を無視した。


「お待ち下さい。総長。私が、この頑固ジジイ……大先輩と同じく短気を起こすなどと――可笑しいですわ」

 レイが少し皮肉を込めて、顔をしかめて笑う。


「困るな。ゾーエ。君の慧眼も衰えたのかい?」

 モニクが頭を振って、苦笑いした。


「一緒よ。あんたたちの性格。ほぼ一緒。頭に血が上ったらなにやらかすか、わかったもんじゃない」

 ゾーエが静かに言う。


「総長!」

 レイが声を荒げ、ビクトルがさらに挑発的に叫び、モニクも続く。


「おい。クソババア!」

「ゾーエ! 君ね――」


「お黙り!!」

 ゾーエがその場で振り返り、三人に鋭い声で一喝した。


「どいつもこいつも!」

 怒りを爆発させたゾーエが、のしのしと会議室を後にする。


 その姿を、三人はただ見送るだけであった。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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