110話 アイアンロード 5
「し、信じられません! 前代未聞! 大権威からエリアボスを強奪してしまいましたアア!!」
ラルフの叫びが雷街ギルドに響き渡る。
観客たちのざわめきは最高潮に達し、スクリーンを見つめる目が一斉に燃え上がる。
「どうします? リカルド将軍が優勝ということで――」
「バカ言うな」
ラルフの提案をビクトルは即座に否定した。
その声にはいつもの大雑把な雰囲気はない。
ビクトルが解説席に立ち上がると、低く抑えられた声で会場全体に語りかけた。
「おう。参加者ども。よく聞けい」
静かな怒りを含んだその言葉に、観客も参加者も息を呑む。
「うちにケンカ売ってきた奴がいる。雷街エリアダンジョンで暗殺を目論むとは、舐められたもんだぜ」
わずかに口角を上げる。
その笑みはいつもの豪快な怒号とは異なり、本物の怒りの底にある冷酷さを覗かせていた。
「エリアボスを、魔工機人マルコム・エイデンに変更。ここに、あいつの首を持って来い!!!」
その言葉は音のない雷鳴のごとく会場を揺らし、スクリーン越しに映し出される参加者たちにも突き刺さった。
寒さと魔獣に苦しめられ、足を止めていた者たちが、まるで火を付けられたかのように奮起する。
「寒いだ。怖いだ。いつまで、ガタガタ抜かしてやがる。行け」
ビクトルの一言がまるで命の号令のように響き、山を登る参加者たちの雄叫びが雪山の空気を切り裂いた。
「参加者全員に火が付きましたア! さあ! 鉄人の頂点に立つのは誰なのか!!」
ラルフが興奮して声を張り上げたが、その横で落ち着いた表情のまま、ふと何かを思いついたように口を開く。
「ところで、僕のギャラですが、リカルド将軍の雷王跨がりバージョン六分の一フィギュアじゃダメですか?」
「ふぃぎ……なに?」
ビクトルが一瞬呆けたような顔をするも、すぐに笑みを取り戻して肩をすくめた。
「なにが欲しいだと? まあ、いい。誰か造れるだろ。そんなんで良いのか?」
「充分過ぎます! 言質いただきましたからね! 絶対造ってくださいよ?」
「わかった。わかった」
ビクトルの返事に満足したラルフは、解説席から嬉しそうにスクリーンを指さし、再び参加者たちの動きを追い始める。
☆☆☆
山の中腹から湧き上がるような歓声が響いてくる。
「やはりカリスマというのは、危険だ」
マルコムは冷たい声で言い放った。
「どんな死に体でも、一瞬で戦士へと変えてしまう。依頼主が殺したがったはずです」
リカルドは眉間に皺を寄せながら問いかけた。
「依頼主の名前は吐かないだろうな」
マルコムはわずかに肩を竦めただけだった。
言葉は必要なかった。
どちらかが死ぬまで、真実は闇に葬られる運命にあるのだ。
リカルドは息を整え、周囲の戦況を冷静に見渡した。
「おい。ヴァル六号!」
「はい」
即座に応じるヴァル六号の声は冷徹だった。
「魔法使いに戻って、火炎防御魔法を張ってくれ。攻撃は俺で充分賄える」
ヴァル六号は無言で雷王を見つめ、その猛々しい姿を一瞥した。
雷王の放つ雷の威力を思えば、これ以上の火力を求めるのは無意味だと判断したのだろう。
「了解しました」
短い返答とともに、ヴァル六号の身体から淡い光の魔法陣が展開される。
周囲に火炎防御の障壁を張り巡らせていく。
リカルドは口元に薄い笑みを浮かべ、再び剣を握り直した。
「よし。さあ――次はお前だ、マルコム」
雷鳴のような声が空気を震わせ、戦場の中心に立つ二人を引き寄せるような緊張感が広がった。
☆☆☆
翼を大きく広げた雷王が、再び空間を引き裂くように電撃を放出した。
その威力たるや凄まじく降り続く吹雪が一瞬にして蒸発させた。
リカルドは羽毛に覆われた背中で辛うじて守られながらも、心の中で胸を撫で下ろしていた。
事前にヴァル六号に防御魔法を展開させておいたのは、間違いなく正解だった。
「もし防御がなければ、全員が消し炭になっていただろうな……」
リカルドはちらりと周囲を見渡し、雷王の電撃が作り出した灼熱の静寂に息を飲む。
雷王の威光を前に、眷属たる吹雪鷲たちはいち早く上空へと避難していた。
しかし、そんな行為が許されるほど雷王の支配は甘くはない。
怒りの咆哮が戦場に響き渡ると、その声を合図に吹雪鷲たちが一斉に動き出した。
敵前逃亡など雷王は許可しない。
眷属どもは、即座に氷塊を形成すると、次々とマルコムめがけて叩きつけ始めた。
雷王の攻撃命令は絶対である。慈悲などない。
吹雪鷲たちは、次々と地形を抉るほどの威力で氷塊を投げ込み、雪煙が舞い上がる。
視界を奪う白い混沌の中、戦場はさらなる変貌を遂げていた。
☆☆☆
バチンバチンという激しい音が雪煙の中で響く。
その音源を探る暇もなく、リカルドの視界に電撃を纏った巨大な氷塊が現れ迫ってきた。
「――ぬうう! 身体強化三倍!!」
リカルドの叫びと同時に、全身の筋肉が瞬時に膨張する。
その反応速度は尋常ではなく、迫り来る氷塊に一瞬も怯まず大剣を叩き込む。
凍てついた塊は、まるで雷鳴が轟くような音を立てて砕け散った。
「こ、これは……貴様、魔法を弾き返したのか?」
リカルドがその異常な現象を目にし、驚きと警戒を込めた声を投げかける。
マルコムは余裕を感じさせる笑みを浮かべながら、肩を軽く竦めて応じた。
「ええ。これぞ、我が創造主、魔王バルリオ・マモンさまの考案によるもの。空間魔法の亜種――"次空間魔法"でございます」
その声には確固たる誇りが含まれていた。
「あらゆる魔力を吸収し、それを弾き返す。無敵の魔法です。極大魔法として知られる空間魔法の応用であり、魔力を吸い取り、さらに攻撃へと変換する。その実験台として、主は私の機構を用いられました」
「人間業ではないな」
リカルドの言葉に、マルコムは静かに肯定するように頷いた。
「だからこそ魔王と呼ばれるのですよ。我が創造主はその名にふさわしい御方だ」
「なるほどな……おい、雷王。魔法はなしだ」
リカルドが言葉を投げかけると、すでに雷王はその鋭い目で状況を理解していたのだろう。
まるで「分かっている」とでも言うかのような表情を浮かべ、静かに身を構えていた。
リカルドが雷王の首元を撫でると、意外にも大人しい。
氷塊を砕いたリカルドの力を、僅かながら認めてくれたのかもしれない。
☆☆☆
――滅びの囁き。
呪いの囁き声を敵の耳元で響かせる精神攻撃型の魔法を、マルコムが発した。
囁きは対象者の深層心理を刺激し、恐怖や絶望感を増幅させて戦闘意欲を喪失させる。
長時間聞き続けると発狂や自滅に至るが、そんなものはリカルドの鍛えあげられた精神にはなんの痛痒もない。
リカルドは雷王を見た。
こういった精神攻撃にはさすがのグリフィンも弱いのではないか――と、思ったが杞憂であった。
小賢しい技など、雷王の怒りを買っただけで、嘴が溜め込んだ電撃で真っ赤に染まっていた。
突如、雷王が凄まじい咆吼をあげる。
滅びの囁きは瞬く間に、雲散霧消する。
その隙をついて、雷王はマルコムへの間合いを詰めた。
うまい。
グリフィンだからというわけではない。
雷王という個体が持つ戦闘センスが図抜けているのだ、とリカルドは確信した。
雷王が前脚で、マルコムの背骨を叩き折ろうと豪腕を振るう。
辛うじて躱すマルコムだが、あまりの威力に真空の爪が地面を穿つ。
――夜叉召喚。
闇の中から現れた謎の魔物は、召喚された瞬間、雷王が吐き出す覇気によって金縛り状態になった。
続けてリカルドが、ドラゴンバスターで薙ぎ払う。
「ちょっと、強すぎますよ。アナタたち」
「雷王を鳥獅子などと軽く見た報いだ」
ドラゴンバスターがマルコムを斬った――かに見えた。
マルコムは平然としているどころか、回復しているようにも見える。
掛けた顔も元通りの端正な顔に、いつの間にか戻っていた。
「どういうことだ?」
「言ったはずですよ。私はあらゆる魔力を吸収できる機構を持つ魔工機人です――吸収し、回復したのです」
リカルドが辺りを見回す。
先刻、リカルド自身が倒した魔獣どもが干涸らびていた。
――暗黒吸引。
マルコムは、闇の渦を生成して周囲のエネルギーや物質を吸い込む魔法を発動した。
吸い込んだものを闇の中で破壊し、エネルギーとして蓄えることができる。
蓄えたエネルギーは、自身の修復や攻撃強化に使用可能である。
「なにを考え事をしているのですか? こうも申し上げたはず。吸収した魔力を弾き出すのだ――と」
「ぬう!」
凄まじい暗黒の魔力が渦を巻いていた。
その中心から放たれる黒い光は、周囲の雪を瞬時に蒸発させ、大地を焼き焦がす。
魔力の奔流は暴風となり、轟音を伴って雪原を飲み込むように迫ってくる。
渦の中から、断末魔のような呻き声が漏れ出し、その響きが大気を震わせるたび、リカルドの肌に焼け付くような圧迫感が襲いかかった。
闇の塊が地を裂き、空を歪ませながら、牙を剥いた獣のようにリカルドを狙い撃つ。
まるで世界そのものが黒い奈落へと引き込まれるかのような錯覚を覚えた。
「そうはいきません」
振り乱れる長い髪が光を反射し、ヴァル六号がリカルドの前に立ちはだかった。
足元に刻まれた炎の魔方陣が、鮮烈な赤い光を放ち始める。
魔方陣は暗黒の魔力を吸い込むと同時に、炎の竜巻を巻き起こし始めた。
回転の速度は見る間に加速し、雪と氷が瞬時に蒸発していく。
竜巻の中心部でうねる炎は、咆哮を上げる龍のようにうねり、辺りを焼き尽くす勢いで膨張した。
その光と熱が、暗黒の渦を次々と飲み込み、空間そのものを引き裂くような轟音が響き渡る。
「火炎防御魔法、展開。こちらこそ、魔力をお返し致します。火炎魔法を付け加えて」
ヴァル六号の瞳が紅蓮の輝きを放つ。
その中心に雷王の咆哮が重なると、天空から奔流のような電撃が降り注ぎ、炎はさらに強烈な輝きを放った。
炎の魔方陣がさらなるエネルギーを吸収し、業火の嵐が渦巻く。
雷王の電撃とヴァル六号の炎が絡み合い、赤と白の閃光が雪原を飲み込む。
凄まじい轟音とともに、業火の勢いが頂点に達した。
恐るべき勢いで、業火がマルコムを包み込む。
吸収しようとする暗黒の魔力も、もはや間に合わない。
マルコムの身体が炎と電光に焼かれ、その皮膚が溶け落ちる様が目に見えるほどの迫力で描き出された。
電光がバチバチと雪原に降り注ぎ、蒸気を巻き上げる。
炎に包まれたマルコムの形が徐々に崩れていく。
「私という機構は……魔王階層に至るための試金石……ジッ……ジジジ――」
マルコムの声は途切れ途切れながらも、冷たく響いた。
機人の体は焦げつき、破損し、歪んだ金属のきしむ音が雪原にこだまする。
それでも、彼の瞳に宿る光は、どこか満足げでさえあった。
「あの方は仰いました――私を通じて、その可能性を見出すのだ……と」
リカルドは剣を構えたまま静かに訊ねた。
「そうか。それで、成果はあったか?」
マルコムは小さく微笑む。
「魔工機人にも人生というものがあったのならば――そう悪いものではなかったと存じます」
その言葉に、リカルドは短く息を吐く。
勝者としての冷淡さを保ちながらも、どこか感傷を押し殺すような視線で言葉を返した。
「お前の遺骸はビクトル・マッコーガンに渡すが、文句はあるか?」
「勝者の権利でございましょう」
マルコムは頷き、その言葉が遺言となることを悟っていた。
リカルドは剣を握り直し、冷酷な声で言い放つ。
「承った。さあ――地獄へ墜ちるがいい。もっとも、貴様に魂というものがあればの話だが」
雷王の嘴が鳴った。
その音は、まるで死神が鎌を振り下ろす合図のようだった。
嘴の先に溜め込まれた雷撃が、青白い光の帯となって迸り、至近距離からマルコムの背中に叩き込まれる。
轟音と共に地響きが雪原を駆け抜け、眩い閃光がその場を一瞬で白く染め上げた。
マルコムの身体は耐え切れず、装甲が崩れ、内部機構が焼き焦げた金属音を響かせる。
それでも、彼の声だけは途絶えることがなかった。
「魂……? もちろん。ございますとも……」
「さらば」
リカルドの一声に続き、ドラゴンバスターが弧を描くように振り下ろされる。
鋭い刃が暗黒に染まった空気を裂き、マルコムの身体を容赦なく貫いた。
その瞬間、暗黒の魔力が霧散する。
マルコムの残骸が雪に崩れ落ち、彼の身体から立ち上る蒸気と焦げた匂いが風に舞った。
全てが静寂に包まれる中、雷王が誇らしげに咆哮を上げた。
☆☆☆
山頂に至った参加者たちの視線が積もった雪に反射して、高揚した気迫は冷たい空気に流されていく。
電光を纏い、眩いばかりの輝きを放つ雷王の背に跨がるその姿は、神話に描かれる英雄そのものだった。
ここまで登ってきた者の誰一人として言葉を発することはない。
ただその眼差しには、悔しさではなく、純然たる羨望と畏怖、大いなる感動が滲んでいた。
そこに立つリカルドの姿は、戦場の王者として揺るぎない威厳に満ちていた。
その姿を前に、誰も疑問を差し挟むことは許されない。
王者を前に、跪く以外にはないのだから。
お読みいただきありがとうございました。
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カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。




