106話 アイアンロード 1
雷魔法学部街内の雷街大通りは、通称”魔具街”とも呼ばれている。
道端には小さな露店もちらほらあり、魔導エネルギーを蓄えるための結晶や特注のケーブルが無造作に並べられていた。
通り過ぎるたびに、売り子の甲高い声が聞こえてきた。
「この新型の魔力伝導コア、今だけ大特価! 機獣、機人制作には必須だよ!」
「そこの学生! 適合率の高い雷系結晶はどうだい?」
大通りから一歩狭い路地に這入れば、びっしりと建ち並ぶ研究所や小さな工場は、どれもくすんだ金属の外壁や煤けた看板を掲げて、どこもかしこも忙しない雰囲気だ。
通りに溢れ出た箱や工具、雑然と置かれた資材の山が、歩行者を容赦なく狭い隙間へと押し込む。
電気の匂いと、魔具を加工する際に生じる金属の焼ける香りが風に混じり、鼻腔を刺激する。
工場の扉はほとんど開け放たれており、中からはゴゴゴと重い音が響いていた。
魔具の基盤を磨く音や、金属を切り出す軋む音、さらには時折小さな爆発音まで聞こえる。
職人たちは汚れたエプロンを着け、手早く機械や素材を扱いながら互いに叫び合うようにして指示を飛ばしている。
街灯代わりに高所に設置された発光魔導ランプは紫がかった光を放ち、夜でも昼のように明るい。
だがその光はチラついており、どこか落ち着かない。
空を見上げれば、魔導発電所の煙突から細い煙がいくつも立ち上っているのが見えた。
学生街特有の活気がある反面、この路地には少し独特な閉塞感もある。
それは、ここが雷魔法に特化した者たちの世界であり、外からの干渉を受け付けない「技術者の牙城」であることを物語っていた。
雷魔法学部と提携する小工場や個人経営の職人まで含めれば、その数は優に一万軒を超えるとされる。多くの工場や職人たちが家族と共に移り住んでいるため、この一帯には住居も密集している。
裏通りに入ると、長屋がぎっしりと建ち並び、迷路のような路地が縦横無尽に広がっている。
その光景は、まるで魔導エネルギーの熱気に晒された生活の縮図そのものだ。
外壁の錆びついた波板や、あちこち継ぎ接ぎだらけの屋根。
洗濯物が張り巡らされた狭い通りでは、子どもたちが遊ぶ声と、大人たちの作業音が入り混じっている。
鍛冶場のハンマー音や、電力を使う加工機械のうなり声が響き渡るたび、通りに立ち込める煙や埃がさらに濃くなっていく。
黒街と双璧と言われる雷街は首都大学の二大スラムと呼ばれているが、その一方で、雷街には技術者や工場主たちのプライドが息づいていた。
「ここで生まれた魔具は、一流の冒険者も使ってるんだ」
そう語る彼らの目は誇り高く、自分たちの技術が支える未来への確信に満ちている。
それでも、裏通りを歩けば、空き缶を蹴る音や、どこからか響く怒号、そして一瞬の閃光と共に街灯が弾け飛ぶ場面にも出くわすことがある。
多くの住人にとって、雷街は生活の場であり、戦場でもあるのだ。
☆☆☆
どれだけ荒れ果てた環境に見えても、この街を出ていく者は少ない。
禁術魔法の研究や学びを目的にした学生たちが集まり始め、やがてスラムへと変貌した黒魔法学部の「黒街」。
その誕生の経緯は、雷魔法学部の「雷街」にも通じるものがある。
すなわち、禁止されている研究や独自の魔法理論に挑む学生たちが雷魔法学部にも存在し、その活動が結果として一帯を形成したのだ。
しかし、黒街とは一線を画する点もある。
その最たる違いは、圧倒的に男性比率が高いことである。
このため、雷街の治安の悪さは黒街とはまた異なる性質を持つ。
悪人が巣くうわけではない。
むしろ、ここには荒っぽくも腕の立つ職人や、自己陶酔型の魔法オタク、効率ばかりを追求する研究者たちが集まっている。
問題はその密度だ。
街を歩けば、興奮気味の職人同士の口論や、路上に散らばる失敗作の魔具、果ては突如発生する小規模な雷鳴や閃光――どれもが日常風景と化している。
彼らにとっては、自分の情熱をぶつける場所であり、同志たちと切磋琢磨する楽園だが、一般人からすれば、近寄り難い混沌そのものである。
「あいつらに悪気はないんだ。ただ、自分にしか興味がないだけで」とは、黒街の住民が語る言葉だが、それは雷街にも当てはまるだろう。
黒街がどこか陰湿で危険な香りを漂わせているのに対し、雷街は肉体派の荒々しさとオタク文化が融合した独特の活気を持つ。
そのため、熱気と衝突に満ちた雷街には、凄まじいほどの生命力が宿っている。
☆☆☆
黒街ギルド長、ウーゴ・バルトンが解説者としてアナウンスしていた。
口下手な大男であるが、武骨な職人やオタク学生の巣窟である雷街において、解説者らしい人材など見つかるはずもなく、結局ウーゴがその役目を押し付けられる羽目になったのだ。
嫌がるウーゴを、ビクトル・マッコーガンが無理矢理連れて来たのである。
元A級冒険者、巨人の血も継いでいる大男ウーゴも、世界最強の魔法使いにかかれば借りてきた猫も同然だった。
「喋れねえっつってんだろ!」
「喋れ! ほら、次行け!」
言葉に詰まるたびに、ビクトルは雷でウーゴの背中をビシビシと叩く。
人権も何もあったものではない。アナウンス台の裏はすっかり修羅場と化していた。
「ええと……随分、減ったなあ。まあ、冬山再現してるし仕方がねえな。バタバタ倒れていってらあ」
「お前、それが解説か? もう少しそれっぽくやれ!」
「無理だろ! そんな洒落たこと、俺には向いてねえんだよ!」
そのやり取りに、観客たちもざわめき始めたところに、どこからともなく声が上がった。
「あの……僕、やりましょうか?」
見ると、黒魔法学部の研究員ラルフが腹をタプタプ揺らしながら近づいてくる。
ふくよかな体型に丸眼鏡をかけた若者は、どうやら雷街に魔具の部品を買い出しに来たところだったらしい。
「解説がちょっと酷すぎて……困ってるなら」
ラルフの申し出を聞いた瞬間、ウーゴは叫ぶように応えた。
「困ってる! 助けてくれ!」
ウーゴが大きな腕を回してラルフを解説席にまで持ち上げた。
「先生! この子、黒街ギルドで解説してました。これでイケます!」
「えっ、僕そんな――」
「よし! 計算通り! こっち来い!」
完全な嘘をつき、ビクトルは強引にラルフを解説台へと押し込んだ。
その場しのぎのやり方ながら、混乱の中に新たな解説者が誕生した瞬間であった。
☆☆☆
「解説に加わりました、黒街研究所所属ラルフです! よろしくお願いします! 資料を読みながらなので、お聞き苦しいところがあればご容赦を!」
ラルフが愛嬌たっぷりに頭を下げると、ギルドの一角から野次が飛ぶ。
「ウーゴよりマシだ!」
その言葉を皮切りに、雷街ギルド全体が笑いに包まれた。
ラルフはそんな雰囲気に乗りつつ、テンション高めに実況を始める。
「さあ! 迷宮、謎解き、一切なし! 我らが雷街エリアダンジョンを制するのは、鋼鉄の意志を持つ者のみ! その名もザ・アイアンロード!!」
彼の言葉に呼応するように、ギルドの客席からは歓声と拍手が起こる。
「雷の山頂で下々を睥睨し、待ち構えるは天空の王! 吹雪鷲を従え、下界を見下ろすその威容!」
画面に映し出されたのは、雷鳴が轟く山頂で凛と佇む大魔獣――グリフィン。
鷲の上半身と翼、獅子の胴体と後足を持つこの魔獣は、雷光に照らされ、その巨大な影を山肌に投げかけている。
周囲では、鋭い鳴き声をあげながら吹雪鷲たちがその周りを護衛するように飛び回っていた。
吹雪鷲は、その名の通り、氷と雷をまとった強大な猛禽系の魔獣だ。
氷の結晶が翼から舞い散り、空気が歪むほどの雷鳴を伴う一撃で、標的を瞬時に仕留める。
その群れがグリフィンの周囲を飛び交い、目に見えるだけでも十羽以上は飛んでいた。
「エリアボスが初めから出ています! 鷲獅子、グリフィン! 第二十七禁術階層……え? 二十七って、先生?」
「なんじゃあ?!」
「強すぎませんか?」
「大丈夫じゃあ!」
「万が一にでもリカルド将軍が死んだら、我が国が傾きますよ。確実に」
「……え?」
ラルフの声に、客席がざわめき始める。
「エラいことになりました! ビクトル先生、強い魔獣を出し過ぎましたア!!」
ウーゴは青ざめた表情で、雷街ギルドの男たちに向かって怒鳴った。
「おい! テメエら! 笑ってる場合か! 将軍死んだら、雷魔法学部どころか学園都市の存続が危ねえぞ!」
「いやいや、それはないだろ!」
「いくらなんでも、リカルド将軍が死ぬなんてこと――」
頭を抱えて黙り込んでしまっているビクトル。
「先生。大丈夫ですよね? 先生?」
ウーゴがビクトルに訊く。
ビクトル・マッコーガンが、客席に振り向いて「ごめん」と言った。
「「「頑張れ! リカルド将軍!!」」」
これまでお祭り騒ぎだった雷街ギルドの男たちの目の色が変わった。
その場にいる全員が真剣そのものになり、大声で応援を始める。
スクリーンの中でグリフィンが威風堂々と翼を広げていた。
雷がその周囲に轟き、吹雪鷲たちが牙をむく中、ギルド内では男たちの応援が空気を震わせていくのだった。
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