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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第五章 愛欲の針
101/164

101話 勇者招集 1

 鳳城(おおとりじょう)天凰(てんほう)騎士団七万騎の本拠地としてその威容を誇っていた。


 山頂にそびえるその城は、優美さと力強さが融合した見事な和風建築であり、城郭の中心には天守閣がそびえ、白い漆喰壁と黒瓦がコントラストを描いている。


 五層の天守閣の最上階からは、晴れた日には遠く首都の端から端まで見渡すことができる。

 石垣は緻密に積み上げられ、ヤマト特有の技術の高さを思わせる防御構造が随所に見られた。

 城の内堀には色鮮やかな鯉が泳ぎ、周囲の自然美をさらに引き立てていた。


 城の正面に広がる表町には歓楽街が観光客を出迎えている。

 首都から少し離れただけで味わえる異国情緒は国内外からの観光客を引き寄せ、華やかな活気を見せていた。


 観光客で賑わう繁華街の反対側に広がる城裏の下町は、まるで時間が止まったかのような穏やかさを保っていた。

 特にヤマト人街と呼ばれる一角は、観光客も滅多に来ない下町風情に満ちている。


 細い路地に面した平屋や二階建ての木造建築は、瓦屋根や木格子の窓が印象的で、どこか哀愁を帯びた趣がある。

 家々の軒先には洗濯物が干され、そこらの通りで子供たちが遊ぶ姿が微笑ましい。


 表通りには豆腐屋や八百屋、駄菓子屋といった個人経営の店が並び、それぞれの店先には呼び込みの声や、どこか懐かしい生活感が漂っていた。


 朝には手押し車を引く魚屋が路地を練り歩き、夕方になると近くの銭湯から湯気が立ち昇る。

 路地裏では囲炉裏を囲む家族の笑い声が聞こえ、通りを曲がった先の長屋では、近所の人々が三々五々に集まって井戸端会議に花を咲かせていた。


 町全体を包む穏やかな雰囲気は、観光地の喧騒とは一線を画しており、地元の人々の穏やかな暮らしがそのまま生きていた。

 この長閑(のどか)さこそが、観光客が決して足を踏み入れない、もう一つの鳳城下町の顔だった。


 ☆☆☆


 駄菓子屋の二階に時々泊まりに来る男は、どこか気ままな風情を漂わせていた。


 店の軒先で飴を舐めている男の子が、二階の木窓が開けられたのを、やけに嬉しそうに見上げている。

 ひょいと開いた出窓から、寝惚け眼の男が顔を出し、大きな欠伸を一つ。


 ぼさぼさの寝癖が、朝の陽射しに逆立って見えた。

 男の子が「おはよう」と手を振ると、男は「むにゃむにゃ」と言いながら室内へ戻って行く。


 男はいつも着流し姿に雪駄履き。

 よれた襟元や日に焼けた肌。

 ちらりと覗く筋肉は、ぎょっと仰け反るほど鍛えられていた。


 夕方になると、近所の飲み屋へふらりと姿を現わし、酔った足で銭湯へ立ち寄るのが常だった。

 帰り道では子供たちと駄菓子屋の前で小言を言い合いながら、時には飴や菓子を買い与えて歓談する。

 笑い声が路地に響き、男が去ると町に小さな静けさが戻った。


 しかし、男が何者なのか誰も知らない。


 子供たちは「駄菓子のおじさん」と呼び、大人たちは「あの人、何してるんだろうな」と噂をする。

 男自身も、それを気にする素振りはない。

 ふと現れて、しばらく町に滞在し、いつの間にか姿を消した。


 駄菓子屋の店主の婆さんも馴染み深げに接してはいるが、男の所在については何も話そうとしない。


 ただ婆さんは一度だけ「偉い方だよ」と呟いたことがある。それだけだ。

 町のどこにでも馴染んでいるようで、どこにも属さない――そんな不思議な存在感を漂わせる男だった。


 ☆☆☆


 その日、駄菓子屋の風鈴が軽やかにチリンと音を立てた。


 スーツをきっちり着こなした女が現れた。

 涼しげな目元と、きちんとまとめた髪が印象的だ。


 カトリーナ・オルトマン――その名を聞いても、駄菓子屋の子供たちは少し首を傾げただけだ。


「ねえねえ。あの人、おじさんの彼女?」

 飴を舐めながら、子供たちが店主の婆さんに訊ねる。

「おともだち。友達だよ」と婆さんは苦笑いしながら答える。


 二階の出窓から顔を出した剣禅は、大欠伸をしながら、軒下を見下ろした。


「おう。たまには、一杯どうじゃ?」

「仕事が先です!」

 カトリーナが軽くため息をつく。


 男は肩をすくめながら「まあまあ」と誘い、二人は近くの蕎麦屋へ足を向けた。


「にしん蕎麦が食べとうて……いやなら、違う店に行くか?」

 カトリーナは眉を寄せつつ「わかりました。私も行きます」と口をとがらせた。


 蕎麦屋のテーブルに運ばれた料理の湯気が立ち上り、小型スクリーンではエリアダンジョンの訓練の様子が映し出されている。

 スクリーン越しに見るその光景は、カトリーナには、どこか現実感を欠いたものに思えた。


「ほう。これが首都大学でやっとるアレのナニか?」

 男が目を細めてスクリーンを見ながら言う。


「こんな技術があれば、どこの企業や団体も電影技研と提携することでしょうね」

 カトリーナが冷静に返して、上手に蕎麦を啜った。


 男はだし巻き卵を注文すると、カトリーナの前に置いた。

「大根おろしと一緒に食べてみ」


「……おいしい」

 カトリーナは思わず小さく呟いた。


「うん」

 男は笑顔で頷き、にしん蕎麦を啜る音が静かな店内に響く。


 外ではまた風鈴が鳴った。


 ☆☆☆


 カトリーナが仕事を持ってきて、鳳城に戻ったその日の午後。

 子供たちが見上げるばかりの、逞しい大男が駄菓子屋の軒下に立ち「ロベルトです」と名乗った。


 二階の出窓がすうと開くと、その男――暁月剣禅が顔を出す。


「水魔法大権威からの招集願いです。早急に水魔法エリアダンジョンまでお越し願いたいと」

「要件は?」


「魔王の遺物関係。真層魔法を行使した形跡ありと」

「わかった。水魔法エリアに潜らせた冒険者は?」


「暁烏から忍びを数名」

「うむ。それから、お前は雷魔法エリアダンジョンに行け。リカルド将軍を影ながら護衛せよ」


「は。いざとなれば、敵と刺し違えます」

「そうか。侍として恥ずかしくないよう努めよ。ただし――」


「刺し違えるのなら、必ず仕留めねばならぬ」

「上様に拾われた命です。そのように」

 ロベルトはニヤリと笑う。


「ご苦労だった」

 剣禅は出窓から立ち上がり、障子窓をタンと閉めた。

 一礼するとロベルトと名乗った男は、元来た道を戻って行く。


 駄菓子屋の奥に吊してある玩具の兜をつついて、剣禅は言った。

「そういうことじゃ。セリナが頼むとよ?」


 ――行くよ。決まってんじゃん。

 玩具の兜はガシャガシャと見る間に形態を変えていく。


 ビクトル・マッコーガンの研究室から帰って来てからは、心の声が漏れることはなくなっていた。

「あれは致命的だったからのう」

 剣禅がカラカラ笑う。


 ――まあ、漏れなくはなったんだけどさあ……

「結局、どうやって抑えたんじゃ?」


 ――根性。漏れ出したら電撃。漏れ出したら電撃のエンドレス。もう分析もへったくれもないよ。あのジイちゃん、めちゃくちゃするんだもん。


 剣禅は肩を揺らして、大笑いした。


 ☆☆☆


 剣禅は床を叩くと、隠してあった大振りな刀を取り出した。


 愛刀――大典太蒼雷。

 僅かに濃い口を切ると、バチリと雷が散る。


「お婆。行って参る」

「ご武運を」と言って、店主は深々と頭を下げた。


 店の前ではいつもの子供たちが、何事かと指を咥えて見ていた。

「子供らに、なんでも選ばせてやれ」


 子供たちがわっと活気付いた。

「ひとり三つまで。三つまでじゃ! ええなあ?」


 聞いているのか、いないのか。

 子供たちは一斉に店のなかへ入ってくる。


 押し合いへし合い、わいわいとお菓子を選ぶのに余念がない。

 剣禅は、丸坊主の小僧の頭を撫でながら、店の前でもじもじしている幼女を手招きした。


「三つまで。ええな?」 

「いいの? お金持ってない……」


「おじちゃんの驕りじゃ」

 幼女は嬉しそうに頷き、礼を言った。

 剣禅は「わはは」と笑うと幼女の頭を撫で回す。


 剣禅は雪駄を履いて、店を出た。

 片手に太刀。

 もう片手には厳つい形になった怠惰な王冠を、ひょいと肩に背負う。


 剣禅が数歩行くと、どこからか、馬を引いた男が側に寄る。


「上様」


 男は黒漆で覆われた甲冑を、剣禅に着せていく。

 肩当てからは漆黒の羽飾りが揺れている。

 怠惰な王冠は、深紅の兜へと変化して、面頬も側面から伸びてくる。


「梅鶴を呼んで来い。水魔法エリアダンジョンで待つ」

「御意」


 剣禅がひらりと馬に跨がり、一声掛けると、稲妻のように駆け出して行く。


 馬を引いてきた男もまた、風のように掻き消えていた。


 ☆☆☆ 


 今度ばかりはシルビアは兄の優秀さを恨んだ。

 やるとなったら、一切の迷いも躊躇もない。


 ベルナルドはまっすぐ海賊船長に向かって行くと、丁々発止で打ち合っている。


 助けが来るまで長引かせるはずが、このままでは早々に決着がついてしまう。

 父の肉体と運動神経、母の生真面目さを受け継いでいるのが兄である。


 これが愚弟なら、あっちに行って飛び跳ねたり、こっちでわけのわからぬ物を弄くり回したりするのに!


「お兄ちゃん! 退いて!」

 シルビアは炎を放つと、海賊船長の水魔法を弾き飛ばした。


 体勢を崩したベルナルドに海賊船長が追い打ちを掛け、袈裟に斬ると、兄が海賊ゾンビから奪った片手剣が粉々に砕けた。


 ベルナルドは瞬時に腰から風系魔剣を抜くと、横に凪ぐ。

 バチンと魔力同士がぶつかり合う。

 海賊船長とベルナルド、互角かと思われた戦いは、片方に傾いた。


 バキバキと海賊船長の全身にヒビが入る。

 ベルナルドは短剣の切っ先に旋風を巻くと、そのまま海賊船長に斬りつけた。


「グガアアアア!」


 砕け散る海賊船長を見下ろし、ベルナルドは油断なく構えを解かない。


 拍手して祝福する裏ギルド幹部の女。

 マズい。マズい。決着が早過ぎる。


「はあい! ここでエリアボス召喚~~!!」

 エリアダンジョンにセリナのアナウンスが響いた。


 巨大な鯨が入り江の向こうから顔を出した。


「禁術階層レベルなんと、二十三! 深海の覇王クラーケンホエール!!」

 解説者マリオンが続いて叫ぶ。


 全長は軽く百メートルを超え、低空を泳いで向かって来た。

 うねるような尾ヒレが水面を叩くたびに大波が立つ。

 巨大なヒレには無数の魔法陣が刻まれ、背中からは無数の触手が蠢いている。


「おいおい、嘘だろ?! 連戦で、エリアボス??」


 ベルナルドが低く呟く。

 さすがに海賊船長を倒したばかりの兄にも、この光景は堪えたようだ。


 シルビアは舌打ちしながら背後を振り返った。

「あんたたち、手を貸しなさいよ!」


 紫苑・カリーナが涼しい顔で現場を見つめている。

「冗談じゃないわ」と言って嘲笑う。

「競争だって言ったでしょう? 体力温存も作戦のうちよ」


 シルビアは女を睨んだ――が、顔では悔しさを演出しているものの、内心では舌を出していた。


 この女の性格が、腐れ曲がっていて助かった。

 心変わりして「やっぱり共闘しましょう」などと提案されれば万事休すだ。


 おそらく、セリナがエリアボスを連戦に持ってきたのも時間を稼ぐ策だろう。

 いくら魔王の遺物を使えても、禁術階層レベル二十三の召喚海獣相手に瞬殺などできるわけがない。


 紫苑は小さく肩をすくめた。

「まずは様子を見せてもらうわ」


 シルビアは心の中で拳を握り締める。

 計画通り。


 入り江全体を覆うように現れた巨大な鯨が、一声鳴いた。

 その鳴き声は地響きのように鳴り響き、水面に魔法の紋様が浮かび上がる。


 そこから飛び出してくるのは、無数の水精霊。

 小型のものから大型のものまで、その数は膨大だった。


「こいつ、雑魚をどんどん呼び出してくるタイプか!」

 ルイスが歯噛みする。


「あの数の精霊は厄介ね……」

 紫苑は短く息を吐くと、燃え盛る炎を手の中に生み出した。


「仕方がない。我々も動かざるを得ないわね!」


 この女アアアアア!

 性格が悪いなら悪いで、動かないでも良いものを!


「わかりました! お嬢!」

 バラバラに散っていた四人の屈強な男たちが紫苑の周りで、不気味な呪文を唱えだした。


 沸々と背中に鳥肌が立ってくる。

 シルビアは魔具に対してアレルギーがある。


 中レベルのものならどうということもないが、高レベル魔具に邪悪な魔力が注入されると、蕁麻疹が出てしまう。


 防御型魔法を選択する者の三割は、多かれ少なかれこういったアレルギー体質だという研究もある。

 同時に、魔力に対して敏感でもあるので、魔法防御において優秀な者も多い。


 おそらく、あの女も含めて、四人の男たちも強力な魔具を持っているはずである。


「お兄ちゃん! 退いて!」

「いや、ダメだ!」


「いいから、退いて。そこはダメ」

 シルビアはベルナルドを凝視した。

 ぐっと力を入れて睨む。


「……わかった」


「あら? 妹ちゃんに言われて退くわけ?」

「焚きつけるな。今度はアンタ達が働く番じゃないのか? そうだろう?」


「ええ。わかったわ。働きますとも」

 紫苑は両手を広げて、大袈裟に宣言した。


 ベルナルドがシルビアに歩み寄って来る。

「共闘した方が良いと思うが、どうかしたのか?」


 キョトンとした顔でベルナルドが訊ねるので、シルビアは目を伏せた。

「お兄ちゃん。とにかく、あの女に近付いちゃダメ」


「は?」

 ベルナルドは一瞬、妹が嫉妬でもしているのかと疑った。

 だが、シルビアの真剣な眼差しを見て、すぐにそうではないと気が付いた。


「言えないことか?」

「お兄ちゃん、顔に出るでしょ」

「……ああ。出るな」


「じゃあ、言わない」

「わかった。言わなくていい」

 ベルナルドはそれだけ言うと、黙って短剣を抜いた。


「魔剣のアレルギーは大丈夫か?」

「邪悪な魔力じゃなければね。あの女の魔力はダメ」

 ベルナルドは本能的になにかを感じ取ったらしい。


「なるほど。事情はわからんが、心情は理解した。大事なことなんだな?」

 ニヤリと笑うと、ゆっくり構える。


「ええ。とても」

「だったら、僕にとっても大事なはずだ」


 兄妹は顔を見合わせ、ニヤリと笑いあった。


 ☆☆☆


「――誰だ?」


 ルイスが戻って来たのかと思って振る向くと、傍らに知らない女性が立っていた。

 小柄でマフラーが顔を半分覆い隠している。嫌な魔力は感じない。


 現役騎士のベルナルドに気配を感じさせることなく接近するなど、特殊訓練でも積んでいなければ不可能である。

 あの女のパーティメンバーというわけではなさそうだ。


「主の命により助太刀致します」

 こちらの返事を待つ前に、小柄な女性は呪文を唱えだした。


 クラーケンホエールから飛来した水魔法の無数の精霊が海賊船を覆い隠していく。

 助太刀を断る理由がなくなった。


「そこのお兄さん。剣に魔力をこめすぎです。それだと、すぐにバテますよ」

 女性はベルナルドにそう言った後、召喚魔法を唱え終わった。


 ――第十二階層召喚禁術 水猿エイジャ。


 小柄なマフラーの女性――召喚術師イサベルは、恐るべき速度と暴力性を誇る南国の猛獣を召喚した。


「ゴアアアアアアアアア!!」

 巨猿が吠えて、空を一掻きすると、水の精霊が霧散していく。


「ほらほら。ボンヤリしないで。魔力の出力には注意すること。できますね?」


 イサベルが二人に言うと、彼らは頷き、精霊に向き直る。

 兄妹揃って優秀だと、イサベルは思った。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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