【5-4】永遠の命を望む者
「……今のはかなり効いたよ」
ジグロスは剣を地面に刺し、杖のように使って立ち上がった。
「まだ立てるのか……」
かなり追い込んだと思ったが足りなかったらしい。
それどころか、俺たちの消耗の方が激しいようにも見える。
反撃に備えて刀を構えたが、奴は俺から視線を逸らし、顎に手を置いて何かを考え込んでいる。
「それにしても幻覚魔法、うっとうしい能力だな。また使われては厄介だ。先にあの少女から倒すか」
ジグロスが今度はルーリアに狙いを定めた。
不覚にも俺が衝撃で奴を飛ばしたのは、ルーリアたちの方向だった。
「おい、待て!」
俺の制止を無視してジグロスは振り返った。
腰の刀を鞘から抜き、上段に構えながらルーリアたちの元へ向かおうとしている。
剥きだしの凶器と敵意がルーリアに迫る。
奴の一撃は速くて重い。このままでは無防備なルーリアがやられてしまう。
まずい、何とかしなくては……。
考えるよりも先に体が動いた。
「待てジグロス、やめろー!」
焦った俺はルーリアを助けようと右手を伸ばし、危機が迫っている彼女の元へ走った。
「やはり君は甘いな」
ジグロスは突如こちらへ振り返った。
そして上段に構えていた刀を振り下ろし、ルーリアを助けようと前に突き出していた俺の右腕を切り落とした。
「……ウッ、グァッァァァァァァァァァァァァァ!」
「レンマさん!」
俺は一瞬何が起こったのか理解できなかった。
だが、地面を転がる自分の腕を見た瞬間、強烈な痛みが襲ってきた。
もはや立っていることもできず、右腕の付け根辺りを抑えてその場にうずくまって絶叫した。
腕っ! 嘘だろ、俺の腕が……。痛い、痛い、痛い。
腹を剣で刺された時とは比べ物にならないほどの激痛に襲われ、あまりの痛みからか、現実であることを拒むように意識が落ちそうになる。
それでも俺は、恐怖と痛みに支配されまいと必死にもがいた。
そんな葛藤の中で、ルーリアが俺に駆け寄ろうとしている姿が見えた。
「えっ? 何が起こって……、リュウ! レー君! えっ? 腕が……いやあああああああああああ。……もうやめて……」
先程まで虚ろな目でぼんやりとしていたハルカだったが、ハッと意識を取り戻して辺りを見渡した。
そして、剣が腹に刺さったまま地面に倒れたリュウと腕を切られた俺を見て絶叫した後、か細い声でやめるよう願った。
彼女の声を聞いて、俺は下唇を噛んで体を丸め、必死に声を押し殺した。
俺たちが傷つく姿を見せないよう、ルーリアには戦いが始まった時、ハルカに幻覚魔法をかけて別の景色を見せるように頼んでいた。
俺の絶叫が大きかったせいか、俺の腕が切られたことでルーリアが動揺し、魔法を解除してしまったのかはわからないが、結果的にハルカに最悪な場面を見せてしまった。
「もう悲鳴を抑えたのか。ゾンビにも痛覚はあるはずだが、見上げた根性だな」
ジグロスは血で汚れた刀を布で拭きながら、感心した表情で俺を見ている。
……そうだ、痛いなんて言ってられない。すぐに立って戦わないと……。
天使の支援魔法が効いているおかげか、再び立ち上がることができた。
全身を包み込む寒気を気力で誤魔化し、残った腕で剣を構える。
「まだやれるのか? 私は少々君を過小評価していたようだな。すまなかった」
「……こんぐらい……、余裕だって……」
驚くジグロスに精一杯の強がりで笑顔を返した。
「レー君、私のためにこれ以上無茶しないでよ。私……」
「ほんとに大丈夫だから、心配すんなって」
不安げなハルカに声をかけていると、ジグロスは剣先をこちらに向けた。
そのままゆっくり俺との距離を詰め、再び切りかかってきた。
刀がぶつかり合う金属音が何度か辺りに響く。
奴も相当なダメージを受けているのだろう。繰り出される攻撃は、最初に比べれば確実に遅く力も弱くなっている。
しかし、今の俺には……。
「防ぎ、きれない」
奴の連撃を何とか防ごうとしたが、右手がない分力が入らない。
「じゃあね」
別れの言葉を発し、ジグロスは今まで以上に重い一撃を放った。
俺の刀は弾き飛ばされ、俺自身も後ろへ吹き飛ばされて背中から地面に倒れた。
全身から感じていた痛みが薄れていき、これまで何度も経験した、徐々に意識がなくなっていく妙に心地良い感覚に襲われた。
今目を閉じれば、そのまま安らかに眠れるようなその感覚を、思わず体が受け入れそうになる。
かすれていく視界は、下を向いて震えているハルカを映した。
「さてと……。カルハ嬢、貴方のヒーローはもう限界みたいですが、どうしますか? 貴方が素直に従うのなら、彼にこれ以上――」
「まっ……待てよ」
みっともなく這いつくばりながらも、ジグロスに声をかけた。
左手で右腕の切断面を叩き、その痛みで何とか意識をこの世界に引き留めた。
今ここで意識を失えば、後で絶対に後悔する。それは、この腕の痛みよりも辛く耐え難いものだ。
全身の力を振り絞り、何とか立ち上がった。しかし、ダメージが蓄積し過ぎたのか、周りの景色は少しぼやけて見え、もう視界が安定しない。
そんなボロボロの状態で、自分でもどうして立ち上がれたのかわからない。
「もう十分じゃないか? 君はよく頑張ったよ。まさか私もここまで傷を負わされるとは思わなかった」
俺と同じで、ジグロスもかなりボロボロだ。
もう少しで奴を倒せるかもしれないのに足が動かない。
俺は倒れて動かない体の代わりに、口を動かして足止めにかかった。
「なんで……、ハルカを連れて行く? それに、お前はなんで魔王軍なんかに……」
自分の体が回復するための時間稼ぎという目的もあったが、腹を刺されたあの日からずっと、ジグロスに聞きたかったことを質問した。
少しの静寂が場を支配する。
「そうだな。君の頑張りに敬意を払って特別に教えてあげよう。……私の目的のためだよ!」
ジグロスは『自分がハルカを召喚した』と言った時と同じく、両手を広げ堂々と誇らしげに言い放った。
「目的?」
「私はカルハ嬢の能力を磨きたいんだ。これまで彼女に何度もゾンビを蘇生させたが、そいつらは不完全な状態だった。魔王は魔術に長けている。魔王ならば、ネクロマンサーの能力を私の理想とする完璧なものにしてくれるだろう……。そして君だよ、レンマ君。失敗続きで能力の限界を疑っていたが、勇者と共に君たちと戦った時に確信した。君の存在が、彼女の能力の素晴らしさの全てだ。生前の記憶がないドラゴンゾンビや他の不完全なゾンビと違って、君は意識も理性も保っている。ゾンビになれば、死の恐怖から解放される。まさに永遠の命だ! 人間はそれをずっと欲してきた……。それに、家族と別れる悲しみも感じなくて済む……。死んだはずの人間と話せるなんて羨ましいよ。君も本来二度と会えなかったはずのカルハ嬢と再会できて嬉しかっただろ?」
ジグロスは新しいおもちゃを買ってもらった時の子どものように、ただただ心底嬉しそうに語った。
……永遠の命だと……。
まさかそんなことの為に、ハルカにゾンビを作らせ続けたのか? 逃げだして、死んだ俺に助けを求めるほど、精神的にハルカを追い詰め傷つけていたのか……。
自分勝手な回答に、恐怖を上回るほどの怒りが込み上げてくる。
「そんなくだらない目的のために、ハルカを巻き込むんじゃねえ!」
「『くだらない』だと……。聖騎士の誇りを捨て、魔王に従属を誓った。それほどまでに焦がれた目的を、……『くだらない』だと」
ジグロスは俺を睨みつけてきた。
彼が今まで発していた爽やかで紳士的な雰囲気は消え去り、全身から重々しいプレッシャーを放っている。
どうやら、再び奴の注意を引けたようだ。
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