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王子と平民の私

王子の秘密を知った平民の私、口封じのための結婚だったのに、離婚させてもらえません

作者: 皆川


 この国には二人の王子がいる。愚鈍な第一王子と、稀代の天才とほまれ高い第二王子。


 侍女として雇われたあたしは、よりによって愚鈍と噂の第一王子セラール様の配属になった。配属先が発表された時の、同期からの哀れむ目がわすれられない。


 セラール様は、世間の噂通りの人だった。

 いつも酒を飲んで酔っ払い、娼婦を自室に侍らせている。王主催の会議には一応顔を出すものの、へらへらと笑い、的の得ない回答をするだけ。


 あたし、マリーシアは洗濯担当。毎日決まった時間に王子の部屋に行き、洗濯ものを回収。代わりにきれいなシーツや衣類に取り換えるのが仕事だ。

 配属されて3か月、少し仕事にも慣れてきた頃だった。


「そんなことがあるか」


 声が聞こえた。セラール様の声だ。まずい時にきてしまった。

 とはいえ、戻るわけにもいかない。話が終わるのを待って、終わったら今来た風に、入っていくしかない。私は耳をそばだてた。

 セラール王子と、あと1人、男性の声がする。


「セラール、いい加減にしろと言ってるんだ。君が第二王子よりよほど賢いと、そろそろ周りにも知らせなければ」

「ジャン、まだだ」

「まだ? 国王陛下の体調が芳しくない今、次期国王が決まりつつある、今になってもまだ?」

「証拠がそろってない。今だからこそ、慎重に進めなければ」


 ジャンはセラール様の乳兄弟の名前だったと思う。

 部屋の中から聞こえるセラール様の声は普段の間伸びした話し方とは違い、しっかりと自信に満ちて聞こえた。


 大変なことを聞いてしまった。セラール様が愚鈍というのは嘘だったということだろうか。

 その後、小声になった2人の声はほとんど聞こえなくなった。


 しばらくしてドアが開き、ジャンが部屋から出ていく。

 でも、あたしは大変なことを聞いた衝撃でしばらく動けないでいた。


 よし、と気合をいれて動こうとしたとき、私のすぐ右側に、セラール様が立っていた。


「ひぃっ!」

「聞いていただろう」


 その声は疑問ではなく、確信している声だった。そのため、私はもう終わりだと覚悟した。

 配属されて、まだ3か月。短かったけど、クビは確実だ。


 セラール様は冷たい青い目を薄めて、口を開いた。


「口封じに…」


 口封じで思い浮かんだのは、たまに川を流れてくる身元不明の遺体だ。

 あたしもそうなるかも、と思うと、相手がセラール様だということも忘れて大きな声を出した。


「殺さないでぇ! あたしには病気の母と幼い弟妹がいるんです、あたしが死んだらみんな、死んでしまいます!」


 怖くって、へたり込んだあたしの顎を、セラール様は手でくいっと支えて上を向かせた。

 何かを調べるように、右、左、下と向かせる。私は抵抗せずにされるがままにする。

 王子の顔が近くってどぎまぎする。愚鈍と噂はあるが、顔の作りはとても美しいと思った。サラッとした黒髪が揺れて青い目が私をじっと見つめていた。


「ほう、意外に顔立ちは悪くない」


 いわれて、頬が赤くなる。ほめられたのだろうか、急に恥ずかしくなって、下を向いた拍子に、王子の右手が私の顎から離れた。


「まあ、誰かと縁づけとうるさかったことだし、秘密を知った以上、監視も必要だ。ちょうどいい。決めた、君、結婚しろ」

「結婚? だれと?」


 自慢じゃないが、恋人の1人もいたことがない。そのため、結婚と言われてもとっさに誰との結婚のことかわからなかった。

 そんな私をばかにするように、立っている王子は座り込んだ私を見下ろして、言った。


「決まってるだろ、私とだ」


 私、私って誰? 頭が現実逃避をしていて、うまく回っていない。

 …

 え、私ってもしかして…セラール様のこと?

 あたしとセラール様、この国の王子様が結婚するの?


「あたし、平民なんですけど!」

「平民か、ちょうどいいんじゃないか? 変な貴族に縁がある方が問題だ」

「ひぃ」

「これは命令だ。結婚しろ、さもなくば死刑だ」


 セラール様の決意は固かった。

 そんなわけであたしには結婚するしかなかった。



**************



 それから色々あって、天才と名高い第二王子は失脚、国王陛下は病を得て隠居、愚鈍と評判だったセラール様が王位を継いだ。


 王になってからのセラール様の活躍は凄まじく、長年の外交問題を半年で解決、失業率を半減させ、汚職、賄賂で権力の座にのさばっていた貴族たちを一掃した。


 3年が経った今、もうセラール様を愚鈍だと言う人は、どこにもいない。



**************



「マリーシア」


 セラール様が優しい声であたしを呼ぶ。

 もしかしてあたし、この人に愛されてるんじゃ? って誤解しそうになる。そんな想像をする度に、あたしの胸がチクリと傷んだ。


「もういいんですよ、こんな演技なんてしなくって」

「どうした、可愛いマリーシアは今日ご機嫌斜めなのかな」


 くすくす笑う雰囲気が甘い。

 流されそうになるけど、それじゃだめだ。


 さっき、セラール様の乳兄弟のジャンが来て、セラール様にふさわしい新しい王妃候補について、語っていった。


『いつまで王妃の座にしがみついているつもりですか?』


 ジャンのいうことは正しい。優しいセラール様に甘えて、口封じなんかのための結婚で、セラール様を縛りつけちゃいけない。あたしは決意して話し出した。


「そのぅ、そろそろ、離婚する頃かなって思っててですね」

「離婚?」


 この3年であたしはセラール様の機嫌が声でわかるようになっていた。これはセラール様が不機嫌な時の声だ。セラール様が不機嫌でも、大事な話だから言わなくちゃいけない。


「もう、結婚してる意味ないですよね」

「なんで?」


 セラール様の声は不機嫌を通り越して、何の感情も感じさせなくなっている。あたしは、そんなセラール様が初めてで怖かったけれど、ジャンの顔を思い出して、必死に続けた。


「だって、セラール様には、もっといい方がいるから身の程をわきまえろって、みんな言ってます」

「みんなって?」


 聞かれたけど、告げ口をするようで気が引けて、私は黙っていた。でも、セラールは、言わなくても分かったと言うようにうなずいた。


「大体察しはつく」

「そ、それに、もうセラール様が賢いって、みんな知ってますから。あたしを口封じする意味ないですよ」


 セラール様は黙った。そしてとても低い声で私に聞いた。


「離婚したとして、マリーシアはどうするんだ?」

「そりゃあ、まだ弟と妹が独り立ちしてないので、働いて、その後は再婚とか?」


 考えたこともなかったけど、よくある平民の一生はそんなものだと思い、そのまま伝えた。こんなあたしをもらってくれる人がいるかわからないけれど、いつかは私と似たような平凡な人と結婚して子どもを持つのだろうと漠然と思っていた。


「君は私が元であれ、妻だった人を生活のために働かせると?」


 セラール様の声がさらにイライラしてるのがわかる。

 よくないことを言ったかもしれない。あたしは自分が王妃であることをたまに忘れてしまう。


 仮にも元王妃が街で働くのは、セラール様の言う通り、国の威厳にかかわる、あってはならないことだった。セラール様がそんなことも気遣えない人だといっているように聞こえたのかもしれない。


「そういうつもりでいったわけじゃありません」


 私はただ、頭に浮かんだことをそのまま口に出しただけだ。セラール様は、立ち上がり私から離れた。考え事をするように、額に手を当てて、ゆっくりとお茶が用意されたテーブルに向かって歩く。あたしからは、セラール様の背中しか見えない。


「それで、私は他国の姫でも娶って、子どもを作り、君のことを思い出しもせず、一生を終える、と」


 そう言うセラール様の表情は私からは見えなかった。

 聞いていて、悲しくなった。私以外の人と幸せそうに暮らすセラール様の姿を想像すると、今までがないほど、ぎゅっと引き絞られるように胸が痛い。


 今まで、先のことはなるべく考えないようにしていた。とりあえず今、離婚しないとセラール様のためにならない。私がセラール様の邪魔になっちゃいけない。だから、離婚しないといけない。


 私の気持ちは、邪魔になるだけだから言っちゃいけない。

 このままセラール様のお嫁さんとして、死ぬまで一緒にいたいなんて、そんな分不相応なこと、考えちゃいけないんだ。


 涙がじわじわとでてきた。

 泣いちゃだめだと思うのに、止められなくてぽたぽたと涙が膝に落ちた。


「ひゃっ」


 急に抱き上げられて、声が出る。慌ててセラール様の首に手を回して捕まった。びっくりしたので涙が止まった。


「何も伝わっていなかったんだな」

「え? え?」

「王妃、マリーシア、私が、欲しいものは王位ですら手に入れたこの私が、だ。本当にたかだか口封じ目的で、あなたを妃にしたと思う?」


 そういうセラール様の顔はとてもやさしくて、私は怒ってないの? とほっとしたけれど、セラール様がどういう意味でいっているのかがわからなかった。口封じ以外に私なんかを妻にする理由はないはずだから。


「こういう言い方だから伝わらないのか」


 セラール様は私を抱えたまま、長椅子に座る。そして私の顔を覗き込んで、ゆっくりと話した。


「マリーシア、私の妃は一生君だけだ」


 その言葉を聞いて、嬉しくて声が出ない。

 今までとてもやさしくしてもらった。それが、偽装のためじゃない、本心だと思ってもいいのだろうか。


 ただ、同時に、そんなことできるわけがないとも思う。

 だって、彼はこの国の王様で、私は平民だ。


 国王は一夫多妻も認められるこの国で、たくさんの縁談が来ていることをあたしだって知っている。

 とてもきれいで上品な公爵令嬢、隣国の知性の化身と呼ばれる姫。どんな人だってセラール様の妻になりたいと思うに違いないのに、平民で、たまたま話を聞いてしまっただけの私が王妃になんて、なっていていいわけがない。


「初めて会った時から君以外、考えられないんだ。もう二度と、離婚なんて考えないで」


 そう言ってもらえて、とてもうれしい。それでも心配がでてきて、あたしは素直に頷けない。


「私も離婚したくなくって。でも、ゆるされないです。そんなこと」

「ゆるされないなんて誰が決めた? 世間か? なら、世論操作なんて私にとってはお手の物だ。君は何も心配せず、私と幸せに暮らせばいい」


 世論操作と聞いて、セラール様が愚鈍な王子のふりをしていたことを思い出す。国民全員が騙されていた。


「見ていろ」


 そう言って笑うセラール様がかっこよくて、私は見とれてしまった。



**************



 その後、その日の言葉通り、セラール様が他に妃をめとることはなかった。

 平民に寄り添う政策を打ち出すセラール王に、平民出身の王妃はとても似合いで、いつまでも仲睦まじく暮らしたと、後世には伝えられたとか。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ヒロインは別に王子の事を好きになる要素無かったどころか、脅されて怖い目にあってるし周囲に虐められるから、王子を憎悪する要素しか無い気がするんですけど? だからめでたしめでたしとか言わ…
2023/12/21 05:20 退会済み
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