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怪奇ストーカー男 ーーA面ーー

 結衣が聡一からの手紙を開いたのは翌朝になってからだった。どうして答案用紙の裏に書かれているのか不思議だが、深くは考えない。


『明日の夕刻、我が屋敷にて待つ』


 果たし状のような文面はさておき、余白に描かれた地図には舌を巻く。


 ささっと書き殴っただけに見えるのだが、めちゃくちゃに上手い。ほとんどプロの仕事だ。


ーーこの地図、合ってるのかな?


 手紙には大学構内の地図が描かれていた。そして、白馬聡一の屋敷は、どう見てもその敷地内に建っている。


 にわかには信じがたいが、スマホで航空写真を確認してみると、指示された場所にはたしかに建物がある。


 角度をつけて拡大したら、クリーム色の外壁が洒脱な、中世ヨーロッパ風の邸宅だった。


ーー何者だ、レオニダス?


 疑問と妄想は膨らむばかりだ。


 あからさまに怪しい男だが、興味をひく点が多すぎる。何よりも気になるのは、夢との類似点だ。


 どうして聖女マリアベルを知っているのか、その答えは当の白馬聡一に会うことでしか解決しえない。


 関わるべきではないと考えるいっぽうで、なんだかんだ会いにいくんだろうなと、結衣は高をくくってもいる。


 そこに複雑な思惑はない。


 単純に、白馬聡一が美形だからである。


 聡一の顔を思いだすだけで、思わずため息がもれる。長いまつ毛の下で潤む瞳の艶やかさを、忘れられるはずもない。


 結衣は人並み以上にイケメンが好きだった。


 聡一の美貌を拝めるだけでも、危険な橋を渡る価値はある。


 念のために両手は空けておくべきだろうと、結衣はリュックを背負った。催涙スプレーを上着のポケットに忍ばせて、ばっちりメイクとともにアパートを出る。


 早朝の住宅街は閑散としていた。


 特に意識する訳でもなく、結衣はカーブミラーを確認する。


ーーまたあの人だ。やっぱりストーカーなのかなあ。


 あんのじょうというべきか、スーツ姿の男が反対側の歩道を歩いているのが見てとれた。


 分厚い胸板のせいで、ワイシャツの生地がパンパンに張っている。


ーーもったいない、せっかくのイケメンなのに。


 ストーカーらしき男の存在に気がついたのは、一年ほど前だった。


 二枚目俳優さながらの容姿なので気にかけるようになったのだが、いかんせん素性が知れない。


 最初は目の保養だと喜んでいた結衣も、近頃は姿を見かけるだけでも気が滅入る。男は、毎日の登下校で、いつも後ろを尾けてくるのだ。


ーーイケメンでもストーカーはキツいもんなあ。よし、撒くか。


 ほとんど思いつきだった。前日の逃走劇のせいで、ハイになっていたのもある。


 青信号が点滅するのを見計らって、結衣はスタートダッシュをかける。そのままの勢いを殺さずに、いつもは通らない脇道に入った。


ーー田舎育ちの脚力をナメるなよ。


 このまま最寄り駅に行けば、鉢合わせてしまう可能性が高い。


 ぐんぐんと速度を上げて、結衣は緑地公園を突っ切っていく。葉が落ちてあらわになった広葉樹の枝が、視界の隅を流れる。


ーー最近、走ってばっかりだな。なんでこうも変態に追われるんだろう。


 隣駅に着く頃には、さすがに息が上がっていた。改札を抜けると、どっと疲れが襲ってくる。


 その日の電車は、久々に快適だった。


 結衣にとってイケメンは見るもので、見られるものではない。


 大学のある駅で降り、ロータリーに出てしばらく進んだところで、急に寒気を感じた。


 結衣は反射的に振り返って、身がまえる。


 小太りの、学生らしき青年が、体を無用に揺らしながら話しかけてきた。


「や、やあ、結衣ちゃん。今日はなんで駅に来なかったの?」

「なんのことですか? というか、あなた誰ですか?」

「面白いこと言うなあ。僕たち付き合ってるじゃん。全然来ないから心配したんだよ」


 結衣に彼氏らしき存在がいたのは、中学校一年生の夏休み期間だけだ。それだって、相手は憂いを帯びた黒髪の美少年で、目の前の青年とは似ても似つかない。


 しかし、眼鏡の奥でぎらつく目は真剣そのもので、自身の発言を信じきっているようだった。


 否が応でも身の危険を感じる。


「知りません。とりあえず警察呼ぶんで、黙っててくれますか?」

「ちょっと、さすがにその冗談は許せないなあ」

「痛い、離してよ!」


 掴まれた腕を振りほどこうと、結衣はもがいた。が、相手の力が強くてびくともしない。


 大声で助けを呼ぼうとした刹那、拘束する力が緩んだ。


「大丈夫ですか、マリアベル様?」


 小太りの青年が、苦悶の声をあげてうずくまった。


 その後ろに、今朝も見かけたスーツ姿のイケメンストーカーがいた。片手で青年の腕を捻りあげている。


「え、あ、ありがとうございます」


 困惑する結衣に対し、イケメンストーカーは慣れた手つきでスーツのポケットから名刺入れを取りだす。


「このクラウスめがこれからもお守りしますぞ。今は、岸谷五平きしたにごへいという名前で、ゲーム会社を経営しております。すぐそこの喫茶店でリモートワークをしておりますので、帰りも護衛はお任せください」


 なかば押しつけられるような形で、名刺を受け取る。


ーー名乗るタイプのストーカーがいるとは……!


 結衣は驚愕を禁じえない。


 本来であれば、その名刺を持って警察に相談するべきだが、今はそれよりも気にかかることがある。


「あの、マリアベルって言いましたか?」

「ええ。この小僧は個人的に懲らしめておきますので、マリアベル様は学業に専念なさってください」

「変なことを聞きますが」


 結衣はちらりと名刺を確認して、


「もしかしてあなた、護衛騎士のクラウス・アルベルトですか?」


 と自信なさげにたずねた。


「それ以外に、あなたの騎士がいますか?」


 もうひとつだけ、と、結衣は前置いて、


「皇子の名前は?」

「レオニダス皇子のことですか。それとも第二皇子の……」


 よどみない岸谷の言葉に、結衣の頭はかえって混乱した。


 目の前にいる男性は、なぜだか夢の内容を知っている。白馬聡一との一件しかり、何かしらの異常事態が起きているのは明らかだ。


 意を結した結衣は、リュックにしまっておいた聡一からの手紙を、岸谷に差しだす。


「今日の夕方、地図の場所で待っています。必ず来てください!」


 岸谷は最初驚いた様子だったが、無言でうなずき、手紙を受け取った。


 すました表情はまるで、バレンタインデーに女子から呼び出された中学生を思わせた。

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