守護霊の強い母
霊感……と聞くと、懐疑的な人が多いことは知っている。しかし身近で起きた不可解な出来事は私にそれらを信じさせるに十分だった。
私にはその霊感というものはないが、母親には充分に備わっていたのだ。
母は平凡な主婦ではあったし、父も気味悪がったりしなかった。しかし、それらは日常的に起きた。
私が小学低学年の頃のお盆、父の実家に泊まりに来ていた時、玄関に誰か入ってくる音が聞こえた。
畳をノシノシと歩く音も。親戚の皆さんはその音の方向に誰かと聞くと返事がない。障子を開けても誰もいない。
母はこっそりと父に耳打ちした。
「今年の二月に亡くなったあなたの叔父さんよ。仏間に行ったから好物をあげて差し上げるといいわ」
というので、父は仏前に枝豆と缶ビールを備えた。
しかしいたずらものはいるもので、私の従兄が枝豆に手を付けていくつか食べるものの、サヤの中は空っぽで不思議に思ったものだ。
◇
また明くる日、学校の帰りに母が迎えに来てくれたので手を繋いで帰った。しかし、家に着く少し前で母は立ち止まってしまった。
「どうしたの? おかーさん」
「し。黙って」
母は、そのまま家の門のほうを睨んでいると、苦しみもがきながら女の人が倒れてきた。苦しい、苦しいと言っていたが、手には刃物を持っていたので、母はすぐに警察を呼んで、その人は連れていかれた。
どうもその人は父の会社の人で、父に恋してしまったが、妻帯者なので、母と私を殺せばどうにかなると、塀の影に隠れて待っていたようだった。その人は逮捕され、病院に入れられたらしい。
なぜ母がその事が分かったかと言うと、門の前におっかない顔をした霊が立っていたのだそうだ。おそらくその人の守護霊だと言うことだ。
しかし母の守護霊はそれよりも強く、呪いの思いを跳ね返してしまったので、女の人は耐えられなくなって倒れてしまったらしい。
こんな感じで母は私を守ってくれたので、母を絶対的に信じていた。
◇
そんな私も大人になり、都会にでて会社勤めするようになった。いわゆるOLさんになったのだ。
いつもの仕事をし、いつものように帰るの繰り返しで少しまいってしまっている時だった。
ホームシックも少しあり、田舎の父母を少し懐かしく思い、会社帰りの道すがら人知れず泣いてしまった。
その時、ひと気のない空き地から声が聞こえた。
「アイカちゃん?」
私は立ち止まって、声のほうを見る。そこには、母が立っていた。
私は胸がギュッとなって駆け出していた。
「お母さん!」
空き地の背の高い雑草を掻き分けて母の元へと走る。母に近付くと、母の顔は歪み、口は耳まで裂けていた。
私はとっさに気付いた。これは人の心に入り込む“あやかし”なのだと。しかしもう遅かった。“あやかし”は私に手を伸ばして頭を掴んでいたのだ。
だが、“あやかし”は苦悶に満ちた表情をしたかと思うと霧散した。
私は呆気にとられてそこにへたり込むと、夕暮れの空に烏帽子を被った男がうっすらと消えていくのが見えた。
「アイカ!」
今度は先ほど私が歩いていた道のほう──。そちらに顔を向けると、ジャケットを羽織った父と、それなりに着飾った母の姿があった。
「お、お母さん」
私はそこで泣いてしまった。父も母も私が気持ちがおさまるまで待っていてくれた。
そしてどうしてここにいるか聞いたのだ。
「守護霊さまがね、アイカに危機が迫ってるっておっしゃったから、お父さんに有給とってもらってこっちに来たのよ」
なるほど。先ほどの烏帽子のおかたは母の守護霊さま……。私はホッとため息を漏らして立ち上がる。
「でもどうしてお父さんまで? こんなに着飾っちゃって」
「そらお母さん、方向が分からないもの。それに都会に来るなら明日、お父さんと見物でもしようかと思って」
あっけらかんと……。この人はいつもそうだ。今、私が怪異に魅入られた直後だというのに。
「あの、でも私の部屋、二人分の寝具なんてないんだけど」
「ああ別に……。ホテル取ってるし」
またもや。久しぶりに会った娘と話をしたくないのかと、私は少し怒気を含んで言った。すると母はニッコリと笑って答える。
「アイカ。都会なんてやめて田舎に帰ってきなさい。そしたら話しなんて毎日出来るでしょ」
「なんでよ。田舎に戻ったって弟の真司がいるし、居場所なんてないでしょ」
「あら。健太はずっと待ってるみたいよ」
う。健太は私の幼馴染み……。
「なんで健太よぉ~。そしたら一生田舎暮らしだわ」
しかし母は笑顔のまま。
「ハイハイ、守護霊さまね。なんで私の縁が三軒隣りの小さい世界なんだか……」
「でも運命に従うのもいいものよ」
そう言って母は父の腕を組む。父は照れて頭を掻いた。まあ確かに、守護霊さまが結んだ縁は回りが引くくらいラブラブになるけどさ──。
結局その後、私は田舎に戻って健太の猛烈プロポーズを受けて結婚することにした。何かあったら責任取ってくださいよ、母の守護霊さま。




