召喚された勇者(笑)は知っている
物語でたまにあるこの展開。
ぶち壊してぇと何度思ったか……。
どこにでもいるゲームが好きな男子学生がいた。
彼は中々に凝り性で、気に入ったゲームはやり込むまで遊び倒すタイプのゲーム好きだった。
その学生はもちろん自宅でゲーム中で、床が光った事にビビり、思わず強く目を瞑った後にしばらくしたら、座っていた床の感触の違いと周囲からの雑音を感じて目を開けた。
するとそこは、男子学生が全く知らない場所。
だが重厚な石造りと、金のモール飾りが施された赤い垂れ幕。
時代錯誤な西洋の騎士鎧であるフルプレートアーマーを着込んで完全武装した人達と、真っ正面でコレでもかと飾り付けられた高そうな椅子に冠を被って偉そうに座る男を見れば、今までゲームや漫画等を嗜んできた彼なら何となく分かる。
その上、この訳の分からない状況になってから、頭への負荷が異常にかかっている。
……いや、全身だ。
なんと言うか……異常に力強くなるような、今まで物理的に出来なかった事が可能になるような不思議な解放感と共に、全身が作り替えられているような異様な感覚があり、その上で一番強い負荷が脳だった。
どうも脳にこの世界の基本情報が刻まれている途中なのか、文字や言葉を超短期に集中して勉強させられている様な苦痛がある。
その苦しむ状況からもなんとか抜き出した情報から、この場所は恐らく、召喚の間。
となれば……次に来る展開が想像出来るので、痛む頭を我慢しながら座っている姿勢を変えて、いつでも立ち上がれるように座り直す。
「我らの召喚に応じてくれて有り難う、異世界の勇者よ。 そしてようこそ、ハ・ジーマリの国へ」
と、高そうな椅子に座っていた人が語り出す。
どうやら学生が落ち着くを待っていたのか……いや客観的に見て、そのいつでも立てる学生証の姿勢が、なんとなく跪いている様子にも見える。
頭痛の中、ちょっと混乱し始めた彼をよそに偉そうな男の語りは続く。
「我が国は恥ずかしながら、苦境に陥っている。 突如この世界に現れた魔王から侵略を受け、我が国以外はその魔王に膝を折った」
悔しそうな顔で苦しそうに語る偉そうな男には、迫力がある。
「残っているまともな国は我が国唯一つ。 そこまで追い込まれ、民もまともに食べられる物が無くなり、対抗する手段も無く、いよいよな状況になってしまった」
過剰にも思える身ぶり手振りには熱がこもり、完全武装した人達はうつむき肩を震わせている。
この光景と語りに、ゲーム好きな男子学生は既視感を覚えた。
「そこまで追い詰められ、どうにか出来ないかと書庫を探したら異世界からの救世主である、強大な存在になれる勇者を召喚する方法を見付けたのだ!」
この辺に来て、この騙る人物に学生は思い至る。
ハ・ジーマリの国の王様だと。
「これは邪法だ。 我々と無関係の無垢な人をこの世界へさらい、その人生を強制的に歪めてしまうのだから」
なんともやるせなさそうにそっぽを向き「くっ……!」と呻く王様。
「だがそれに頼らねば、我が愛する罪無き国民が侵略を受け、その命を理不尽に奪われてしまう。 それを我はなんとしても防ぎたいのだ!」
この頃になると学生の頭の痛みはかなり薄まり、はっきりとモノを考えられる様になっており、現状把握に努めていた。
既視感を確信に変える為に。
こっそりステータス画面が有るか確認したり、有ったステータス画面からステータスの数値やスキル欄や魔法欄を探したり。
「だからこそ、魔王の侵略から我が国を守り、その後はこの世界を守る為に手を貸して欲しいのだ!!」
最後はおもむろに立ち上がり、空を仰ぎながら両手をゆっくり開き、まるで一昔前に話題になった支配者のポーズをとる王様。
これに感銘を受けたのか、完全武装した人達が一斉に大きな拍手をし始める。
「本当は考える時間をやりたい所だが、こちらも余裕が無いのでここで返事が欲しい。 どうか我らを助けて欲しい」
頭まで下げる王様を見てどよめく完全武装の人達を他所に、ゲーム好きな彼は王様をしっかり見据えている。
答えはどうだ?
そんな緊張感が張りつめる召喚の間だが、十ほど数を数える位に時間が経つ頃、学生の彼はゆっくりと立ち上がった。
………………と思いきや次の瞬間には彼の姿が消え、同時に凄い音と揺れが召喚の間を襲った。
何が起きたのか……?
完全武装した人達が辺りを見回すと、王様と椅子が綺麗サッパリ消えていた。
そしてその王様が居た場所の後方に、ポッカリと大きな穴が空いていた。
これから予想されるゲーム好きの回答は。
王様を害する。
そこに思い至った完全武装の人達は、王様とゲーム好きの彼を捜索するべく、方々へ慌てて散っていった。
~~~~~~
「まさかあの胸糞ゲーの世界に、主人公として召喚されたなんてなぁ」
召喚の間から飛び出したゲーム好きな男子学生は、ソレがあった城内を駆けながら愚痴る。
この世界はゲームに酷似した世界だと知っていた。
「シナリオは大嫌いだったけど、ゲームシステムが好きでやり込んだゲームのデータをそのまま引き継いで“強くてニューゲーム”できて、そのステータスの体を暴走させずに使えたのは幸いだった」
この世界のシナリオが最低だと知っていた。
このハ・ジーマリの国の王様こそが、魔神復活を願う破滅願望持ちで黒幕。
あらゆる無理難題を主人公へ押し付け、正義の為にと要人暗殺も、占領した街の人の虐殺も命じてくる。
断ろうにも、勇者の証として最初に渡してくる腕輪が思考誘導の魔法がかかっていて、王様の命令を疑う考えが湧かないようにされていて選択肢が出ない。
「一周目は主人公が何も知らず、助けに来たのに非協力的な他国の人を見てイラついて、他国を悪と断じて攻略したのが最悪の結果を招くと知らなかったもんなぁ……」
魔王と言われた存在は、むしろこの世界をヤベー思想にとりつかれて暴走する始まりの国から守ろうとする、連合の盟主国の主。
その盟主国の主が持つ魔神封印具を手に入れて壊すことで、魔神を解放して世界を壊して新世界の統一王になりたいと思ってたハ・ジーマリの国の王様。
連合の盟主を倒した後に王様が冥土の土産として全部暴露して、主人公達は用済みだと腕輪の魔法を解除。
今までの行いを深く嘆き、世界への贖罪として王様を止める流れ。
もちろん魔神復活は止められず、最後の戦闘時に偶然盟主の形見として持っていた封印具の欠片によって魔神の力が弱まり、なんとか瀕死まで魔神を追い込む。
するとヒロインの一人が、実は魔神を封印した者の末裔だったと語りだし、倒しきれなかった魔神を自身の体を封印具として再封印する展開。
「二周目以降でも、あの王の願いをきくか断るかの選択肢しか出なかったからなぁ。 断ると助けられて連合側につくルートからってだけでなぁ。 今回は現実になって、選択肢に無い“殴り倒す”行動ができたのはラッキーだった」
幸いゲーム好きな男子学生はこのゲームをプレイしていて、オチも黒幕も分かってた。
そして最大の幸運は、ゲームでやり込んだカンストのステータスを引き継いでいた事。
そして現実になったので、ゲーム通りに動かずとも良くなった事。
だから王様を殴り殺せた。
召喚されてしまった現代地球人の倫理観が破壊されて罪悪感すら芽生えないほどに、問題のあるそいつを倒し、満足していた。
あの王さえ倒せれば、あとは小物ばかりしか居ない。
そうなれば連合側で十分対処出来るだろう。
こうして主人公はハ・ジーマリの野望を挫き、世界を守る事に成功。
やり込みで得たカンストステータスの化け物を止められる者は始まりの国に存在せず、エンディングのひとつである元の世界へ帰還する装置をハ・ジーマリの国の城で見つけ出し、召喚から半日もかからず地球へ帰還するのであった。
蛇足
ゲーム好きな男子学生
カンストステータスと魔法とスキルを持ったまま地球へ帰還したが、使うところはほぼ無い。
有るのは勉強で非常に有利になったのと、正直車が要らなくなる程に高い機動力と行動範囲を得られた事。
力に関しても重機も真っ青なレベルだが、使い所なんて限られていて持て余し気味。
なお力の加減は可能で、無駄に物を壊す大惨事は起きていない。
ハ・ジーマリの王
男子学生に殴り殺された。
遺品整理で見つけた手記には、魔神を呼び出して新世界の統一王を目指す思想にどんどん染まっていく様子が書かれていたが、書いてもいい気分にならないので書かない。
ハ・ジーマリの国
隣接しているツィッギーの国に吸収されて、街の名前として残っている。
帰還する装置
ハ・ジーマリ王の玉座の間の、その玉座の真後ろの床に有る隠し通路の先。
エンディング各種
細かく書かないけど、ハ・ジーマリ側で大筋1種。
仲間の中で一番好感度の高い者との個別エンド有り。
ハ・ジーマリ王にやらされていたとは言え、世界をメチャクチャにした責任をとって、世界復興のために白い目で見られつつも働くエンド。
連合側では大筋が2種で、それぞれに個別エンド有り。
戦争で一番の功績を挙げた英雄としてこの世界で暮らすエンドと、やっぱり地球へ帰るエンド。
仲間
ハ・ジーマリ側と連合側で、共通のとそれぞれじゃないと仲間にならないのとが存在する。
強くてニューゲーム時の引き継ぎ状況
シナリオ進行に必要な重要シナリオアイテムや魔法やスキル以外は、問題なく引き継げる。
なのでやり込んだゲーム好き男子学生が召喚されて、ゲームで(強くて)ニューゲームになったのでゲームが開始されて、データが引き継がれた。
二周目以降の、連合側シナリオの大筋
順当にハ・ジーマリ国の各地を占領解放していくシナリオ。
しかし王の野望を知っている者は極一部で、それ以外の者は何も知らない。
連合だってハ・ジマーリ国を糾弾するのにハ・ジーマリ国の各地を回って宣伝していたが、魔神復活なんてあんまりにもぶっ飛んだ内容なので信じられていない。
むしろ連合側の、ただの侵略戦争だと見られていて、常に後味が悪い空気が続く。