第5話 危機
一行はかつてトロイアと呼ばれていた都市跡にたどり着いた。
車は寂れた教会の前で停まった。
アレスとアプロディテは車から降りて無人の廃墟と化した街を眺めた。
「誰もいないな」
「ほんと…まさに死の街って感じね」
ヘルメスは車から二人のトランクを担ぎ出した。
「みんなよそに引っ越しちゃったからね。まあその前に死んじゃった人もたくさんいたけどさ」
アプロディテは身震いして体を擦った。
「あんたね…余計なことは言わなくていいの」
一行は教会の中に入った。
ヘルメスが教会の図書室にある本棚の一つから本を取り出してその奥に備え付けられたスイッチを押すと隠し扉が開かれた。
ヘルメスはため息をついた。
「まったく、じいちゃんも変に用心深くてさ。家に入るのも一苦労だよ」
一行が隠し部屋の階段を降りていくと地下室の廊下にたどり着いた。
ヘルメスが地下室の突き当たりにあるドアを開けるとボール型のロボットが部屋の中から飛び出してきた。
「ヘルメス、オカエリ!」
「ただいま。じいちゃんはいる?」
「イルヨ」
アプロディテは宙に浮かんでいるロボットを眺めた。
「何なの、これ?」
「オレノナマエ、ヘラクレス。ヨロシクナ!」
ヘラクレスは松葉杖を突いているアレスを見ると嬉しそうに彼の周りを飛び回った。
「アレス、ヒサシブリ! ゲンキダッタカ?」
「え…?」
「アレス、アシガワルイ。ナニガアッタ?」
ヘルメスはヘラクレスを捕まえた。
「ヘラクレス、アレスさんが困ってるだろ」
クロノスが古びた本を脇に抱えアレスの後ろにいつの間にか立っていた。
「いらっしゃい。よく来てくれたな」
ヘラクレスはヘルメスの手をすり抜けクロノスの肩に飛び乗った。
「クロノス、アレスガカエッテキタ!」
「ほっほ…そうじゃな」
アレスはクロノスにたずねた。
「あの…以前にお会いしたことがありましたか?」
「いや、気にすることはない。きっと誰かと間違えているんだろう」
ヘルメスはクロノスに言った。
「じいちゃん、俺お腹ぺこぺこだよ」
「すぐに食事を用意しよう。皆、部屋に入りなさい」
一行が部屋に入りテーブルに着くとクロノスは本を片手に料理の支度を始めた。
アプロディテとヘルメスはテーブルを囲んでささやかな宴の余韻に浸っていた。
ヘルメスはふくらんだお腹を満足げに擦り、アプロディテはテーブルの上で大人しくしているヘラクレスをつついていた。
「この子、可愛いわね」
「そうかい?」
「私にちょうだいよ」
「やだよ」
「もっと良いの買ってあげるから」
「だめだめ! そいつは特別なんだ」
「あっそ…残念」
アプロディテはヘラクレスを指で弾いてワインに口を付けた。
「ところでアレスたち、どこに行ったのかしら」
ヘルメスはポテトをつまんだ。
「ああ、たぶんご神木の所にいるんじゃないかな」
「ご神木?」
「うん、街の中央に立ってるんだ。じいちゃん、信心深いからさ。暇さえあればそこに行ってお祈りしてんだよ」
「ふうん…お祈りだったら教会ですればいいのに」
「じいちゃん、人間の神様はあんまり信じてないみたい」
「じゃあ何にお祈りすんのよ?」
「さあ…じいちゃんの考えてる事は僕にもよく分かんないや」
アレスとクロノスはトロイア市跡の中央に立っているご神木を見上げていた。
アレスは言った。
「立派な木ですね」
「この木は火星の移住者が最初に植えたものなんだ。皆の安住を願ってな」
アレスはご神木を見つめていた。
「不思議な気分です。初めて見た気がしません」
クロノスは何も答えなかった。
彼はしばらくして口を開いた。
「アレス、地球に危機が迫っている」
「え…?」
「ハデスがかつてない規模の軍を地球に送り込もうとしている」
「なぜあなたがそれを知っているんです?」
「同盟軍に若い仲間がいてな。昔の戦友は皆死んでしまったが軍の事情はそれなりに把握している」
「戦友…?」
クロノスは義手を動かしてみせた。
「私はかつて同盟軍の司令官だった。地球圏での戦いで深手を負ったが機械の体となって息長らえた」
「では…ハデスはあなたの後任という事ですか?」
「そうだ。私が望んだ訳ではないがハデスは確かにかつての私の意志を受け継いでいる。それを明かした上で君にお願いしたい」
クロノスはアレスの目を見た。
「奴を止めてくれ」