第4話 予兆
ヘルメスはアレスとアプロディテを浮遊自動車に乗せて火星の移住者たちがかつてエリシオンと呼んでいた火星のユートピア平原を走っていた。
大地は荒れ、海は激しく波打ち、空は厚い雲に覆われていた。
辺りは昼間だというのに薄暗かった。
ヘルメスは車を器用に操り丘陵に揺られながら快調に飛ばしていた。
アプロディテは頭を窓にぶつけヘルメスをにらみつけた。
「ちょっとあんた、もうちょい安全運転しなさいよ!」
ヘルメスはハンドルを切りながら笑顔で答えた。
「はは、何しろこんな道だからね」
「スピードを落とせばいいじゃない!」
「いやあ…僕はいつまでもこんな所にいたくはないな」
「どういうこと…?」
ヘルメスは遠くにそびえ立っているオリンポス山を指差した。
「あの山、何て言うか知ってる?」
アプロディテは苛立ちながら答えた。
「オリンポス山でしょ! 馬鹿にしてんの!?」
「そう。あの山さ、今まさに噴火の真っ最中なんだよね」
「え…!?」
アプロディテはオリンポス山を仰いだ。
噴煙が山腹のあちらこちらから立ち昇っていた。
ヘルメスは言った。
「やっぱり地球にいる人は知らなかったか。あの山、今は大人しくしてるけど酷い時はあんなもんじゃないよ。何しろ星ごと吹っ飛ぶんじゃないかってくらい爆発すんだからさ」
アプロディテは息をのんでオリンポス山を眺めていた。
アレスがヘルメスにたずねた。
「火星の移住者たちは大丈夫なのか?」
「いや、地震やら津波やらでもうほとんどの街は壊滅状態なんだ。本当は戦争なんてやってる場合じゃないんだよ」
アプロディテは鼻で笑った。
「ふん…今、火星に残ってるのはよほどの変わり者ね」
ヘルメスはミラーに映っているアプロディテを見た。
「ところでさ、お姉さんの顔どっかで見たことあるんだけど…もしかして女優さんだったりする?」
「あら、めざといのね」
「やっぱりそうか。ねえ、あとでサインちょうだいよ」
「いいわよ。あんたが私の言うことちゃんと聞くんだったらね」
ヘルメスはアレスにたずねた。
「お兄さんは何の仕事してるの?」
「今は無職だ。昔は軍隊にいた」
「え、軍人さんだったの!?」
「ああ」
ヘルメスは目を輝かせていた。
「配属は!? どんな任務をしてたの!?」
「デルポイで戦闘機のパイロットをしていた」
「月面防衛隊にいたの!? ものすごいエリートじゃない!」
「興味があるのか?」
「うん! 僕、将来は宇宙船のパイロットになりたいんだ!」
「君、歳はいくつなんだ?」
「13だよ」
アプロディテは叫んだ。
「13!? あんた、そんな歳で自動車乗り回してるわけ!?」
「大丈夫だよ。警官はみんな戦争に駆り出されてるしさ」
「そういう問題じゃないでしょうが!」
アプロディテは頭を押さえてアレスの肩にもたれかかった。
「ああ…気軽についてくるんじゃなかった」