囲われた今
【逃げるなら今?】のシル視点
「やっぱりスープカレーは最高においしい!」
リリーは、このスパイシーなスープが大好きだ。
具材を変えて週2くらいで登場する。
今日は、ハニーチキンと畑でとれた野菜のスープカレーだ。
ほろほろと崩れるチキンと、とれたての野菜の素揚げがとても美味しい。
いつの間にか、俺も好物となっていた。
俺は、シル。
気づいた時にはスラムにいた。
似たようなガキで集まって暮らしていた。
名前はみんな特になかったと思う。
シルバーの髪だから、シルな!と誰かが呼んだのが始まりだった気がする。
小さいガキは、皆で地下の通路から街の外に出て、薬草や木の実を採取して売ってなんとか生きていた。
10歳くらいのガキは冒険者になって、だんだん帰ってこなくなった。
街のもっと外の森に入って、魔物に殺されたんだと思う。
ある時、街の外に出たら死体があった。
剣が刺さったままだったから、貰った。
冒険者登録をして、しばらくはその剣で小さい魔物や動物を殺して金を稼いだ。
切ったり刺したりしにくくなって、叩くような使い方をしてたら、通りがかりのおっさん冒険者に叱られた。
手入れが必要だったらしい。
おっさんは、武器屋に連れてってくれた。
手入れ用品や武器の説明は面白かった。
この街には寄っただけらしく、少しだけ冒険者の基本を教えて旅立って行った。
数年すると、冒険者ランクが上がって、ダンジョンに入れるようになった。
ダンジョンは稼ぎがいい。
一人で何日か潜って街に帰るを繰り返していたら、ある日スラムがなくなっていた。
スラムのガキ達も、もう街にいなかった。
帰る場所もなくなって、ダンジョンに一人で潜る生活を続けていたから、タチの悪い連中に目をつけられたんだと思う。
街の近くのダンジョンで、4人パーティーの冒険者に絡まれた。
痺れ薬を使われて、反撃も出来ず、殴る蹴るされ続けた。
頭も殴られて意識朦朧としてきた時、死を覚悟した。
魔物のいるダンジョンで、身ぐるみ剥がされて意識もなく放置されたら、もう無理だ。
でも、気づいたら暴行が終わっていて、身体の痛みが引いていた。
目の前には、金髪碧眼の小さな天使がいた。
「お兄ちゃん、家族は?」
「いない」
「家は?」
「ない」
「この国に未練は?」
「ない」
「じゃあ、私の家に行こう。少し寝てて」
え?天使の家?
疑問を伝える暇もなく、意識が途切れた。
起きた時には、ふかふかの広いベッドにいた。
ボロボロの服は、清潔な服に変わっていた。
隣には、小さな天使がスヤスヤと寝ていた。
起きた天使は、リリーといって、変わった子供だった。
俺よりもずっと小さいのに、大人みたいだった。
「ねえ、シルお兄ちゃん。私と家族になろう?」
「私も一人ぼっちなの。だから一緒にいようよ」
戸惑っているうちに、美味い飯を食べさせられ、一緒に風呂に入り、一緒に寝てと繰り返し、俺の身体に少し肉がついた頃には絆された。
飯が美味すぎたんだ。
外に出かけない癖に、リリーの家はなんでもあった。
肉も魚も野菜も果物も調味料も、見たことも食べたこともない物が沢山あった。
1日に3回も、飯を食べた。毎日、菓子も食べた。
テラスのハンモックで昼寝から起きると、お菓子の時間だ。
「おやつの時間だよ〜」
リリーが飲み物とお菓子をニコニコしながら持ってくる。
俺がリリーに絆された頃には、いつ用意したのかお揃いの食器が並んでいた。
生きることだけに必死だった俺は、このふわふわした空間によく戸惑い、不安定になった。
リリーはずっと側にいてくれた。
文字を教えてくれた。
魔法を教えてくれた。
料理を教えてくれた。
魔法書やスキルオーブも惜しみなく使ってくれた。
必要な武器も装備もくれた。
工房で教えながら一緒に作ってくれた。
好きなこと、嫌いなこと、一緒に探してくれた。
たぶん10歳くらい年下の小さな女の子は、いつの間にか、間違いなく家族になった。
迷いの森の家は、俺の帰る場所になった。
リリーは空中移動ができる癖に、よく俺に抱っこをせがむ。
大人のように見守ってくれたり、子供のように甘えてくれたり、この変わった女の子は、小さくて、柔らかくて、温かくて、いい匂いがする。
ある時、俺はぽろっと言ってしまった。
「もうリリーから離れられないかもしれない」
そんな重い台詞に対して、リリーは笑顔で返してきた。
「やったね!10年以内には離れられなくしちゃうよ!」
予想外の返事に、俺はきょとんとしてしまった。
リリーの包容力は凄過ぎる。
リリーが10歳になった頃には、2人でいろんな大陸や国に行き、買い物をしたり、採取や採掘のためにダンジョンに潜ったり、作った物を売ったりした。
リリーといると実感はないが、たぶん俺は凄く強くなっていて、凄い物を作れるようになっている。
要らない魔物の素材や、あまり出来の良くなかった回復薬や魔導具を売る時の金額が凄い。
リリーは金持ちらしく、俺から金を受け取らない。
だから、リリーの為にいろいろ作るようになった。
リリーの色、金とサファイアで作った守護のバングルを送った時に彼女は言った。
「いつかプラチナとルビーの指輪を作ってね」
俺は意味もわからず答えた。
「わかった」
彼女は、幸せそうにふわりと笑った。
しばらくすると、有名になった俺たちは【救いの魔女】と【魔女の守護者】と呼ばれるようになった。
リリーはその二つ名を気に入ったようで、嬉しそうにしていた。
魔王の侵略が始まり、勇者が勧誘する為に俺たちを探していると噂がたった。
リリーは勇者と接触せず、各地のギルド経由で色んな物を勇者に売りつけた。
リリーは勇者の欲しい物がわかるのか、勇者はほぼ全て購入した。
そして、勧誘を諦めたようだった。
俺は一度だけ聞いたことがある。
「リリーなら魔王を倒せるんじゃない?」
「うーん、どうだろうね」
「リリーが行くなら、俺も行くよ?」
「じゃあ行かないかな」
「なんで?」
「シルがいろんなとこで人を助けるから私も助けてたけど、私が自ら助けたのはシルだけだから」
ふと考えてみれば、ダンジョンで魔物に襲われてた人を助けたのは俺で、盗賊に襲われてた人を助けたのも俺で、ドラゴンに襲われた村をみてドラゴンに突っ込んだのも俺で、あれもこれも始まりは俺だった。
「シルはお人好しだから、利用されないように私が目立つようにしたの。【救いの魔女】は、ちゃんと対価が必要だって有名なのよ?本当の【英雄】は、【魔女の守護者】と思われてる」
リリーは、見惚れるほど妖艶に笑った。
勇者が仲間たちと魔王を倒した頃、リリーは15歳になった。
美しく妖艶に成長したリリーに近づこうとする奴が増えて、俺はリリーから離れられなくなった。
ある国に寄った時、その国では求婚の際に、男から自分の髪や目の色の指輪を贈ることを知った。
リリーが、いつか指輪が欲しいと言った意味を理解した。
テラスのハンモックで一緒に寝てる時に、リリーの左手の薬指にプラチナとルビーで作った指輪をはめた。
起きたリリーが指輪に気づいて、テラスから庭に出て、太陽にかざすように指輪をみていた。
俺もハンモックから降りて、まだ指輪をみつめているリリーを後ろから抱きしめた。
「指輪似合ってる」
「ふふっ」
「ずっと一緒にいよう」
「もちろん!」
振り返ったリリーが笑いながら聞く。
「ねえ、シル。幸せ?」
「ああ、リリーに出会ってからずっと幸せだ」
「ふふっ、もっと幸せにするわ!覚悟してね、シル!」
【救いの魔女】と【魔女の守護者】はどこからか現れて、人を救う。
沢山の国が魔女を捕まえようと動くが、民は沈黙し、彼女達は見つからない。
魔王を倒した勇者と仲間たちの物語と共に、救いの魔女と守護者の物語は伝わっていく。
金髪碧眼の美しい魔女と銀髪紅眼の端正な守護者は、魔女の欲しがる対価を払えば救ってくれる。
対価は金銭ではない。
誠実な心の持ち主でなければ、依頼は受けてもらえない。
嘘はすぐに見破られ、陽炎のように目の前から消えてしまう。
魔女を傷つける者は、守護者が許さない。
でも、本当は、守護者を魔女が守ってる。