日本人の日序章第1回■遠い未来。日本人は日本の国土がなくなっていた。宇宙空間の移民ステーションに生息していた。(1980年作品)
日本人の日序章 第1回
作 (1980年作品)飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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日本人の日 序章
飛鳥京香。山田企画事務所・山田博一
ある一人の男の妄想から、そのプランは生まれた。
男は世界の経済と政治状況における一国の役割を分析した。彼は
その国が存在しないと仮定して、計算を行った。
結果は、男の推論どおりであった。
現時点で、世界が陥っているエネルギー問題や、貿易の不均衡な
どの問題が、わずかながらでも、良い方向に向かうと推論された。
男は結果の研究レポートを、彼の研究所をバックアップしている
コングロマリットに持っていった。
男の名前はオットー=ヒュルケナー博士。
コングロマリットの名前はラドクリフ企業グループ。
そして、プランはイエローと呼ばれた。
■イエロープラン発動後、地球上に宗教戦争がおこり、VE紀元と
なった。VEとはバニッニューアースを意味する。
●VE紀元103年 オメガステーション付近●
少女ギイにとっては、初めてのロケット飛行だ。
ギイはコックピットにすわりこんで、目の前に並んでいる宇宙船のモニター
に見とれている。
何んてきれいなんだろう。
ギイが毎日見なれている風景とは何んと違っているんだろう。
暗い空の中にきれいな光点が輝いていた。
ギイは片わらにいる養母に尋ねる。
「ねえ、ママ、あの光点は何なの」
「ああ、あれかい。あの光は星なんだよ」
「星って何」
養母のクラーレンスはこの種の会話にはまだ慣れてはいない。う
るさいが子供なんだ。
なぜ私か子供を所有しなければいけないんだ。
彼女は地球管理局をうらむ。ギイは管理局が選び、彼女クラーレンスに
おしつけてきた子供なのだ。
第二級アストロノーツークラーレンス=パリティにとって、それ
は悪夢だった。
が地球統一政府優生保護法にさからうわけにはいかない。
もし、この子供ギイをいじめたりしたら、管理局によって第二級アストロ
ノーツの位は剥脱され、あのいじましい仕事、ステーション内のカ
ーゴトラック運転手に戻されるに決まっている。ああ、いやだ。ク
ラーレンスは身ぶるいした。やれやれ、この子のごきげんでもとろ
うとするかい。
「あ、あれはねえ、ステーションの大きな奴さ」
「あの光点、すべてがそうなの」
「ああ、そうさ。すべてが星なんだよ」
「オメガステーションーの女傑クラーレンスさま」が子供の養成とは
ね。管理局もどうかしているんじゃないか。
「おーい、クラーレンス、どうだい、子育ての方は」
コックピットの機械に、仲間のハロルドの声が入ってきた。
あざらっている感じだが、、
ちえっ、ハロルドの奴、となりに船を寄せて持ってきたね。どうせ、今
日のリゲルの酒場は、私「オメガステーションーの女傑クラーレンスさま」
の子育て物語で、皆が笑うだろうさ。それも飛び切りの大笑い。
「おだまり、ハロルド、ふざけると容赦しないよ。このクルーザー
には小型ミサイルだって積んでいるんだからね』
『おやおや、おったまげた、お母さまだぜ、子供がかわいそうだぜ、、
クラーレンスー』
あきらかにあざけりの調子が、言葉のはしばしにあらわれている。
「本当にむこうにいかないと、こわいよ。ハロルド」
『おやおや、すごい怒りだ、クラーレンス。今日はリゲルの酒場の
皆からプレゼントを持ってきたんだけどなあ」
『プレゼントだって、何だい、そりゃ』
『つつしんでさしあげます。クラーレンス嬢。皆からのプレゼント、
ニックネームを決めたんだ。「肝っ玉おおっかあ、クラーレンス」の名前入りグッズつてな』
『ハロルド、お待ち、なぐってやる』
『いあやいや、くわばらくわばら、、それじゃなあ、あとでな、、クラーレンス』
『お待ちったら』
ハロルドの高速艇は、それこそ、すっとんで逃げさった。
『ハロルド、リゲルの酒場であったらえらい目にあわせるか
らね』
クラーレンスは声をかぎりにマイクにむかってさけぶ。がハロル
ドの艇は、モニターから消えた。
「ああ、私しゃ、とうとうリゲルの酒場の笑い者か」
ギイは、二人の会話をだまって不思議そうに聞いていた。それか
らクラーレンスに恐る恐る尋ねる。
「ねえ、肝っ玉って何」
「おだまり、ギイ。あんたは覚えなくていい言葉さ」
ギイは養母の怒りに思わず首を縮める。クラーレンスは反省する。
しまった。もし彼女がいじめられたなんて養育局にでも報告されたら。
クラーレンスは急につくり笑いをする。
「さあ、ギイ、モニターを見ててごらんよ。気にいるものがあるかも
知れないよ」
ギイはクラーレンスの表情の変化にとまどう。
ギイとクラーレンスの乗った船はやがて、問題の場所を通過する。
先にギイが気づく。
「ねえ、ママ、あの旧い大きなステーションは何なの。他のステーションとこ
んなに離れていて。誰が住んでいるの」
「ああ、あれかい、ろくでなしどもが住んでいやがるのさ」
クラーレンスははきすてるように言った。
「ろくでなしって」
ギイはかぼそい首をかしげる。3歳のギイは金髪がかわいい。
「いいかい、ギイ、覚えておいで。あのステーションに住んでいる
奴らは、地球の人類じゃないんだよ」
「宇宙人なの?」
ギイは不思議な物を見たかの様に尋ねる。
「それよりひどい奴らさ。日本人さ」
クラーレンスは、その辺につばをはきだしそうな感じだった。
「日本人って何なの、それ」
「大昔、地球本体に人間が住んでいた時、経済大国とか何とか言っていば
りくさっていた奴らさ」
クラーレンスの顔は醜くくゆがんでいた。
「なぜ、地球に住んでいたのに、地球人じゃなくなったの」
「大昔に、最初にね地球連邦からはじきだされたのさ。全地球人の嫌われ者
になったのさ」
「ねえ、ママ、じゃ日本ってところ、地球の上に残っているの」
「へっ、そんなところ。もうありはしない」
「えっ。なくなっちゃったの」
「ああ、地球統一連邦軍が占領して、バラバラに分割しちゃったのさ」
「へえ、かわいそうな人達だね」
「かわいそうI ギイ、その言葉を使う相手を間違っているよ」
クラーレンスは思う。今、一番かわいそうなのは私さ。
が、クラーレンスはかわいそうな人間ではなかった。
この少女ギイ=クラーレンスはやがて、地球の救世主と呼ばれる
事になる。
そして、養母クラーレンスも、地球の歴史に大きな足跡を残すの
だ。
日本人の日序章 第1回
作(1980年作品) 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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