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ヨシュカとトーシャ  作者: 江永 志真
1/1

男子QUINTET部

1話目より2話目の方が面白くなりますが、登場人物把握のために1話も見てください。


 音楽は、世界に魂を与え、精神に翼をあたえる。

 そして想像力に高揚を授け、あらゆるものに生命をさずける。

 ―――――――――プラトン(紀元前427~前347)




 国立三代(みしろ)音樂大学。

 日本屈指の音楽大学であり、多くの有名演奏家、作曲家、雅楽演奏家などを輩出している名門校だ。小中高大一貫校であり、エリート教育を受けてこの大学に通うものもいる。歴史は長く、その知名度は卒業生というだけでいい仕事に就けるほど。しかし、倍率は例年10倍を超え、やっと入学できても卒業するまでに4分の1が才能の壁にぶつかり退学していく。一方で華々しい成果を上げ、在学中に海外ツアーやCDデビュー、プロデビューする逸材も存在する。

才能で殴り合い、傷つきながらも学生たちは音楽に邁進し、青春を音楽に捧げるのだ。

 

 明くる4月、新入生勧誘の時期である。


「さあさあ! オケ部に興味ないですか!」

「音楽ばかりじゃ体力がもたないよ! テニス部においでよ!」

「ロマン派研究会です、ぜひ研究室にお越しください」


 入学式の後、大学構内には大勢の学生がごった返していた。

 一番広い桜並木道にはテントが立てられ、仮入部の受付を行っている。派手な看板や大きなポップが目に付く。不安そうに歩いている新入生に声を掛けては、テントへと連れていく先輩の姿が多くみられた。

 わいわいと賑わいにあふれる道を抜けると、三代音大自慢のコンサートホールがあった。そこに建てられた看板には「新入生勧誘ステージ」と書かれており、ホール内は既に満員御礼だった。

 勧誘と言ったら演奏、という音大らしい催しである。しかし在学生たちはこれを「音の殴り合い」、「心の折り合い」などと評する。なぜならステージに上がる学生は大学きっての鬼才、天才、異才たちばかりだからだ。そんな才能同士がぶつかり合うこのステージでは、それぞれが新入生を獲得するために本気のぶつかり合いをする。世界レベルのコンクールと遜色ないクオリティにまで高まった勧誘合戦に、並の学生では心がついていけず、中には退学する生徒すらいる。

 そんなことは露知らず、新入生たちは「質の高い」演奏会をしかも無料で聴けるということでホールに集まっていた。


「お集りの皆様、本日はご入学おめでとうございます。新入生の学生生活が彩り豊かなものになりますように、これより部活・サークルによる演奏会を行います」


 ブー、と鳴る開演の合図と同時に室内の照明が落とされる。観客たちは一様に静まり返り、唯一照らされたステージへと意識を向けた。


「プログラム1番、男子QUINTET部、ブラームスによるピアノ5重奏、ヘ短調より第1、第2楽章です」


 きゃぁ! と一部で歓声が上がった。そこを中心としてざわざわと落ち着かない様子が観客席を満たしていく。

 舞台袖から5人の学生が登壇する。拍手とともに女性の歓声が大きくなった。

 なるほど、歓声が上がるわけである。登壇した学生はそれぞれ系統は異なれど、整った顔立ちや日本人離れした体躯を持っていた。黒のスラックスに白いシャツで統一された服装だが、畏まった印象は受けない。ピアノに向かった銀髪の青年は儚げな印象を受ける。ヴァイオリンを手にした快活そうな青年と、姿勢の美しい赤髪の青年はお互いに小突き合っている。ヴィオラを持った濡れた色香を放つ青年は長めの黒髪をなびかせ、その様子をしり目にチェロを抱えた何とも純朴そうな青年と先に席へと座った。

 それぞれが自身の席に着くと、何やらヴァイオリン奏者たちは小声で話し合いくすくすと笑い合う。一番奥にあるピアノに座った銀髪の青年がそれを諫めると、他のメンバーは、はいはいといった様子で楽器を構えた。

 楽器を構えると顔つきは一変した。先ほどのにこやかなものから、張り詰めた弦のように集中した面持ちになった。第1ヴァイオリンとチェロ、ピアノ奏者が見つめ合う。同時に息を吸い込んで音を奏で始める。静かに始まった演奏に観客たちは釘付けになる。

 数小節の冒頭ののち、第2バイオリンとヴィオラが演奏に参加する。そこから先ほどまでの静かな雰囲気から、ほの暗さを残しながらも優雅な旋律へと変化した。音が会場を満たしていく。防音設備がしっかりとしているホールでは、音の逃げ場がない。頭の中心を揺らし、甘く痺れさせていく演奏に会場が夢中になった。これが国内最高峰の演奏、演奏者たちはその実力を遺憾なく発揮している。

 極が進むにつれて演奏者たちも曲に合わせて体が浮いたり、体が前後に揺れたりし始める。全身で音楽を感じ演奏している。楽しそうに微笑みを浮かべるピアノ奏者や、緊張した面持ちが崩れない赤髪の第2ヴァイオリン奏者、落ち着きはらっているチェロ奏者など弾いている様子はそれぞれ異なるが、山場に向かって進むにつれて複雑になるリズムもずれることなく、難所である山場も見事に魅せきった。

 

 10分を超える演奏を終え、演奏者たちは一同に起立し礼をする。割れんばかりの拍手が先ほどの演奏を湛えた。あるところからは指笛の高い音が聞こえ、別なところからは女性たちの甲高い賛美の声が聞こえた。拍手が鳴りやんだ頃合いで、第1ヴァイオリン奏者だった快活そうな青年がマイクを取る。


「こんにちは! 男子QUINTET部です!」


 FOOOO!!! とホールの端からヤジが飛んできた。青年は微笑みながら人差し指を口に当て、静かに、と合図する。それに対して次は女性の歓声が上がる。微笑みが苦笑いに変わりながら。青年はマイクを口に近づける。


「クインテット? オーケストラじゃないのかよと思った新入生! Unterschätze nicht(侮るなかれ)! オケ部より実績があるんだよこの部活!」


 途端に舞台袖からブーイングが起こった。ステージ上の青年たちはそれに対して、舌を出したり薄ら笑いを浮かべたりした。会場内にいた2年生以上の学生は、ははは、と笑い声を上げる。新入生たちにはわからないことだが、一種の様式美らしいことが伺えた。


「金管、管弦、ピアノ、楽器の種類は関係なし! 入部希望の人はプログラムが全部終わったら4階の第3音楽室まで来てね! 待ってるよ!」


 バイバイ! と手を振り青年たちは舞台を降りていく。会場からは再び拍手が起こり、演奏者たちを讃えた。最後に指でハートを作り、愛想を振りまきながら戻っていくヴィオラ奏者と赤髪のヴァイオリン奏者にまた会場が沸いた。退場後の会場では女子学生たちの浮ついた声でざわざわとしだし、カッコよかったね! 男子じゃないけど入部できないかな、などの声が聞こえた。


「ありがとうございました。続いてプログラム2番、オーケストラ部による――――――」


 













 所変わって食堂。


「お疲れ様~! とってもいい演奏でした!」

「おつかれ」


 舞台から降り、ステージを後にした2人は食堂にて一時休憩していた。テーブルをはさみ向かい合うように席についている。各々好きな飲み物で乾杯し、お互いの演奏を褒め合った。あそこはもっとこうだった、あれは思ったよりうまかったなど時に厳しい意見を出しながら演奏評価をする。

 感想もそこそこに向かいに座っていた銀髪の青年――名前を樹月という――は紙コップに入ったホットコーヒーを片手に話し出した。


「今年はどんな奴が入ってくると思う?」

「え? うーん、少なくとも樹月みたいなのはいないと思うよ」


 隣に座ったMCをしていた青年――名前を俊樹という――は炭酸飲料を飲みながらそう答えた。

 当たり前だ、と呆れ交じりに樹月はコーヒーを口に含む。


「俺みたいなやつがそうゴロゴロいてたまるか」

「そうだね、樹月みたいなのがたくさんいたら怖いや」

「だろう」

「でももしかしたらいるかもよ? 鬼才のピアニストを超える逸材」

「仮にいても、負けないさ」

「Wow、強気~! でもそういうところ好き!」


 うるさいやつ、とジト目で見つめるが、にこにこと笑っている俊哉には通じない。諦めてまたコーヒーを一口飲み込んだ。


「楽器に偏りがなければいいけどねぇ」

「そうだな」

「面白い楽器の人来ないかな! ファゴットとか!」

「そうだな」

「打楽器の人が来てもいいよね!」

「うん」

「聞いてないね」

「ん」

「……」

「……」


 ……会話が途切れた。俊哉は炭酸飲料を一気に飲み干し、ごみ箱に座っている位置から投げ入れる。くるくると回転しながら吸い込まれるように入っていった。やった! と小さく声を上げる。その様子を一番間近で見ていながら樹月は全く反応を見せない。樹月はテーブルを見つめたまま何か考えている様子だ。時折コップを握っている指がぴくぴくと動く。俊哉は樹月を邪魔しないようにおとなしくしていた。

 無言の時間がしばらく続く。窓の外からは勧誘の声、わいわいと賑わう声が食堂にあふれ始める。勧誘の時間が終わり、食堂に集まる学生が増えた。何人かの新入生は並木道を通り大学から去っていく。翌日から始まる講義に心を躍らせるもの、先輩の演奏を聞き不安を抱くもの、様々な感情を胸に新生活が始まる。帰っていく新入生たちの背中を眺めながら、俊哉は去年の自分を思い出していた。まだ机を眺めている樹月に視線を戻して、ほほえましい気持ちになる。去年の今頃はあんなに苦手だったのに、と。

 リンゴーン……ゴーン……と何時限目終了かわからない鐘が鳴る。はっと樹月が顔を上げた。じっと自分を見ていた俊哉と目が合うと「何見てんだよ」と睨んでくる。俊哉はにこにことその視線を受け止めるとヴァイオリンケースを片手に立ち上がった。


「そろそろ俺たちも行かないと」

「そうだな」


 すっかり冷めたコーヒーを流し込み、樹月も席を立った。ごみ箱に紙コップを投げる。綺麗な弧を描いて音も少なく入っていった。樹月は重そうな鞄を背負い、2人は第3音楽室へと向かった。

 ポコン、と2人の端末が通知を知らせる。QUINTET部のグループチャットにメッセージが送られていた。樹月は俊哉が確認するからいいだろうと自分の端末は確認しない。


「先輩たちはなんて?」

「いつでも大丈夫~って」

「了解って送っておいて」

「はーい」


 構内にはまだ新入生が残っている。今年は何人来るのかな、と俊哉は胸を躍らせながら、樹月は無感動に音楽室へと歩みを進めるのだった。

2話目からはもっと人が多くなります。キャラをセリフに出すって難しいですね。

頑張ります。

2話では個性派は先輩たちと可愛い後輩たちが出てきますよ。

こうご期待。

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