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きみにとって  作者: つんく
3/10

夜明け前

 帰宅すると母親がいた。とくに最近は俺の就職のこともあり、心配しているらしい。



 「おかえり。」



 「ただいま。」



 まるで機械のように、入力されたおかえりに対してただいまを返す。


 ただ、どうやら俺の表情がいつもとは少し違っていたらしい。



 「もしかして今日なにかあったの?」



 母親に突然そんなことを聞かれたが、その入力に対する答えを俺は持ってなかった。



 「え?いや、べつに。」



 そう言い残すと、そそくさと自室へ向かった。まあ、なにかあったけど、親に言う必要もないだろう。





 自室にこもると、いつもと同じ時間が流れ始めた。物の配置も、思わず癖で起動するパソコンも…いつもの流れに戻っていった。



 ただ、どうしてだろうか。いつもは気分転換といって外に出てみても結局なぜか疲れて帰ってくるはずなのに、今日は疲れていない。むしろ心がほんの少し軽くなった気がした。





 まだまだ外は明るい。帰宅してしばらく経ったが、先ほど彼女と会話した時間ほど時間は経っていない。それだけ楽しい、心地よい時間だったのだろうか。



 あの子はどこの子なのだろう、どんな人生を送ってきたのだろう…。


 だが、彼女も俺と同じような経験があると言っていた。それほど何か辛いことがあったんだな…だから学校については教えてくれなかったのかな…ということは学校でなにかあったのだろうか……。



 彼女のことを色々と考えるうちに、本当は最初に聞くべきことに気が付いた。



 (あの子の名前…! 名前は何だ…?)



 最初に聞くべきことだった。正直、あのときはそこまで頭は回らなかった。彼女に身を任せていた、そんな感じだった。次会った時は名前聞くぞ…。なんで連絡先聞いたのに名前忘れてんだよ俺は…。



 俺の部屋ではいつもとは違う時間が流れていたらしい。ふと気付くと、パソコンの画面から漏れ出す光がいつもより眩しい。振り返ると部屋の中は暗闇になっていた。


 いつの間にか明るかった今日はすっかり暗くなっていた…。





 彼女と出会ったその日、変な夢を見た。


 俺がいて、周りは真っ黒な世界。とても重苦しく、息が詰まる。



 どこを見渡しても漆黒の闇が続いている。距離感も分からない。自分の体を見ても真っ黒だ。周りの闇に溶け込んで体が透明になったのかと錯覚してしまう。



 辛い、苦しい…。少し忘れかけていた辛さ、苦しさが、その存在を再認識させるように俺に染み込んでくる。



 そんなとき、ふと彼女の姿を思い出した。ああ、あの子がここにいたらどこへ連れていってくれるだろうか…。この闇の出口まで連れていってくれるのだろうか…。





 気付くと目が覚めていた。まだ外は暗い。俺はそれが夢だったと気づいた。夢でよかった…。


 窓から深夜の景色を見渡す。真っ暗だ。街灯がぽつぽつと点いているくらい…。


 空を見上げる。真っ黒だ…そう思ったがそこには小さな光る点がいくつも見えた。



 夜空ってこんなに明るかったっけ…?


 そんな、どこか矛盾した感想が口から漏れた。いつの間にか俺は、その光るいくつもの点を夢中になって観察していた。


 ただの白い点じゃない、一つ一つが違う場所でほんの少し強弱をつけながら光っている。



 へえ、知らなかったな…。



 夜は少しずつ朝へと変わっていき、新しい1日の準備が進んでいく…。

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