ありがとう。
いつぶりの彼女の姿だろうか…。喋りたいこと、聞きたいこと、色んなものが詰まって口にすることができない。
「元気にしてた?」
何も言えずにいた俺に彼女が話しかけた。
「うん、元気にしてた。あのさ…!」
俺は、そのままの流れで彼女に聞いた。
「名前…! 聞いてなかったから、教えて欲しいんだけど…。」
彼女は少し驚いた表情を見せ、少し微笑んだ。
「いいよ。私の名前は水木穂高って言います。ごめんね、言ってなかった。」
なぜか俺は、その名前に懐かしさを感じた。
「聞き忘れてたこっちも悪かったよ。あと、水木さん、連絡先知りたいんだけど…!」
変な目で見られないか少し不安もあったが、彼女はそんな人ではないとなんとなく分かっていた。
「ごめん…。実は今日も持ってないんだ…。というかケータイ自体持ってない…。」
意外な答えに驚く。
「え、今どきスマホ持ってないって珍しいですね。まあ、それじゃあ仕方ないですね。」
「…スマホって、何…?」
俺は耳を疑った。ただ、彼女が世間に疎い人間なのかとも思ったが、スマホという言葉すら知らないのは違和感を覚えた。
「スマートフォンの略ですよ。スマートフォンは知ってますよね?」
「スマートフォン…?」
俺は自分のスマホを手に取り、彼女に見せる。
「へー! ケータイってこんなに進化したんだ…!」
「どんだけ世間知らずなんですか?笑」
「それが私だから笑」
そこから俺は、彼女と初めて会ってからどんなことがあったのか、旅の思い出話も含めて話した。
とくに俺の旅の思い出話を、水木さんはとても楽しそうに聞いていた。
そして、ここまで持ってきたお土産を手に取る。
「これ…、水木さんにもし会えたら渡そうと思って持ってきたんです。」
それを見た水木さんは、なぜか少し悲しそうな顔をした。
「ありがとう…。でもそんな、もったいないよ。気持ちだけ貰っておくね。お土産話が私にとって1番のお土産だったよ。」
「でもせっかく会えたし、これうちにもまだたくさんあるんですよ…。」
嘘だ。水木さんには他のお土産よりもちょっと高いものを奮発して買った。だからこそ水木さんに受け取って欲しかった。
「なので、わがままなんですけどぜひ受け取ってください…!」
そう言うと、水木さんの手に握らせようとする。
「ん…?」
おかしい。そこにあるはずの水木さんの手に、俺は触れない。何度も試してみる。触れない。まるでそこに何もないかのようだ。
「水木さん…?」
「だからお土産話で十分って言ったんだよね…。」
そして水木さんは口を開いた。
「私のこと、覚えてる…? 同じ小学校でちょっとだけ遊んだことがある、水木穂高だよ。」
「…。水木…穂高……。!!」
思い出した。当時はお互いを名前で呼び合っていた。
「私は、自殺したんだ…。隼人くんは覚えてるでしょ? 最後に見た人は隼人くんだったもんね。」
俺は穂高に名前を呼ばれ、それに伴ってあのときの無音の情景が蘇る。
彼女が身を投げる瞬間、俺はたまたま屋上を訪れた。彼女はすでにバランスを崩しており、助けようと思って走り出し、叫んだがどうやっても間に合わなかった。
そして脳裏に焼き付いたのは、彼女が悲しげにこちらを見ていた情景だ…。
「うん。あのとき助けられなかったんだ…。」
「ううん。助けてくれたよ。」
俺は首を振る。穂高は話を続けた。
「私、クラスでずっといじめられてたんだ。陰でこそこそいじめられてた。私は声をあげて助けを呼ぶことがどうしてもできなかった。ずっとずっと溜め込んだそれは、あのとき爆発しちゃったんだ…。」
「じゃあ…! なんで俺に相談しなかったんだよ!」
「だって、隼人くんとは楽しい思い出だけ作りたかったから。」
「そんなんじゃ、助けられてなんかない…! 俺は、何も、してあげられなかった…。」
俺の目に涙が溢れる。穂高はその涙を見て、こう続けた。
「隼人くん、私が死のうとしたとき言ったこと覚えてる?」
俺は首を振る。正直、これ以上思い出すのは辛い。
「隼人くんはね、“イヤだ!”って言ったんだよ…。」
無音の記憶に、音が蘇る。
そうだ、たしかに俺はそう叫んだ…。
「その一言でね、私がいなくなることがイヤな人がいるんだなって救われたんだよ。でも、もう遅かった。バランス崩してたし、抵抗もできなかった。そして隼人くんとの楽しい思い出が一つ一つ頭の中に流れて、なんでこんなことしたんだろうって…。」
涙が止まらなかった。音もなく、薄れていたあの時の記憶が鮮明になっていく。
ふと穂高を見ると、当時の姿でそこに立っていた。
「ほ、穂高…。お、俺さ…あのさ…。」
涙がさらに溢れ出す。
「ありがとう…。ありがとう…。助けてくれて。あのとき死のうなんて思ってた俺を助けてくれて…。ありがとう…。」
「だって、隼人は私の命の恩人だもん。」
俺は涙を拭い、穂高を見る。穂高も泣きながら、でもニッコリと笑っていた。
「隼人くん、遅くなったけど言うね。ありがとう。私は、きみにとって救いの存在になれたのかな…? もしそうだったら嬉しいな…。旅行もね、ほんとはね、一緒に行きたかったんだ…。でも隼人くんのお土産話だけでとても嬉しかったよ…。ありがとうね…。」
涙で視界がぼやける。俺は俯きながら叫んだ。
「ありがとうとか、言うなよ…!! 俺が感謝してんだから、これ以上ありがとうとか、いいんだよ…!!!」
そう言い放ち視線を戻すと、そこには誰もいなかった。
「…。ありがとう…穂高…。」
木々が風に揺られ、かさかさと音をたてる。いつもの静けさを取り戻したその場所で、風が優しく俺をなでる。こんなに泣いたのはいつぶりだろうか…。
そんな涙をこぼす俺を、この場所は静かに見守ってくれていた…。
学生最後の夏休みは終わった。講義がだんだんと始まる。
期待と不安を感じながら、俺は久しぶりの学校へ向かった。
「お! 久しぶり!」
「夏休みって意外と長かったなー。」
いつもの2人がいた。
「靖、良輔、久しぶり!」
俺の声に2人は少し驚いた表情を見せる。
「お、おう。どうした急に名前呼んで…笑」
「いやぁ、なんか、名前呼ぶのもいいかなって。確認というか…笑」
「まあたしかに、俺ら名前で呼ぶことないもんな。じゃあ今日から名前で呼ぶか!」
そんな、いつもとは少し違う話題に盛り上がり、夏休みの話になった。
「てか、みんな夏休みどうだったよ。」
「俺はなんもなかったなー。強いて言うならバイト? 良輔は楽しんでたみたいじゃん笑」
「あ、ばれた? まあな、学生最後の夏休み、パーっといかないとな。隼人はどんなだったよ。」
俺はこう答えた。
「今までで最高の夏休みだったよ。」
「え? なに?? 彼女か? てか就職決まったとか??」
「おい、良輔、それはあんま聞かないほうが…。」
「彼女ができたとかじゃないし、就職も決まってないよ。でも、やりたいことが見つかったんだよ。」
「おお…! 隼人は何したいんだ??」
「俺は、旅行アドバイザーになりたい。」
「旅行アドバイザー…? そんなのあんの…?」
「あるのかは知らないけど、なかったら作るよ。」
俺は初めて自分で見つけた目的を他人に宣言し、必ず叶えてやると心に決めた。
「じゃあ、とりあえず旅行会社に就職して業界の知識とか得て起業するもよし、そこでアドバイザー部門みたいなの作るのでもありかもな。」
「おお…。靖、いいこと言うじゃん笑」
「たしかにそういうのもありだな…。靖ありがとう。」
「いや、それほどでも…笑」
それから俺は、靖の意見も参考にしつつ就職活動を再会し、遅くなってしまったがなんとか内定を貰った。
俺は無事に大学を卒業し、旅行会社で働き始めた。
最初は覚えること、その会社での決まりごとなど慣れるまでとても苦労した。
そんなある日、上司に勉強を兼ねてお客様と旅行プランなどに関する接客に挑戦させてもらった。俺はこういうことがしてみたかった。
初めてのお客様だ。こちらへ案内する。
「本日は何かプランなどお考えですか?」
初めてのお客様は学生だろうか。だが、その女の子は1人で来ていた。
「まだはっきりと決まってなくて…。プランの相談とかもできますか…?」
どこか彼女の表情は暗く、いつかの自分と重なる。
「大丈夫ですよ。」
そう言うと俺は続けて聞いてみた。
「何か悩まれてますか…?」
彼女は驚きながらこちらを見ると、口を開いた。
「はい…。ちょっと色々上手くいかなくて。気分転換というか、旅行行ってみるのもいいかなって…。」
「なるほど…。いいと思いますよ。思い出の場所にまた行ってみたり、逆に行ったことのない場所に挑戦してみたり、おすすめですよ。」
俺は続けた。
「昔のこと、新しいこと、そういう場所や思い出には、今の悩みを解決するヒントがあるかもしれませんよ。それを知ることできっと悩みの見方も変わってくると思いますよ。」
「ありがとうございます…。そういう経験があるんですか?」
「そうなんですよ。それで、当時僕が行ったのはここですね。」
そう言うと、私物の旅行冊子を取り出す。かなりぼろぼろになっていたが、あのときの一人旅も昔遊んだ場所も今の自分をくれた最高の場所だ。
「これめっちゃぼろぼろですけど…」
「すいません、これ私物で。」
彼女はぱらぱらと冊子をめくる。
「でもここ行ってみたいかも…。冊子ってありますか?」
俺は新しい冊子を渡した。俺は、その旅行が彼女の助けになりますようにと願った。
それから何度も接客の場面を任せられたが、なんとかこなしていた。
「あー、疲れたー!」
仕事終わり、俺は少し休憩しようと会社の正面にある階段に座り、飲み物を飲む。
ぼーっと道路を見ている。忙しそうに車が行き交っている。そのとき1台のトラックが通り過ぎると、向かい側の歩道に見た事のある女の子が立っていた。
「…。穂高…?」
穂高だった。穂高はにっこり笑いながら楽しそうにこちらを見ている。
「穂高! 穂高!!!」
再びトラックが横切ると、穂高の姿は消えていた。あのとき以来見ていなかったが、穂高の姿は何も変わっていなかった。
「穂高…。俺、大変だけど、やってみたいと思ったこと頑張ってるよ…。俺にとって穂高は、本当に救いになったよ。俺は、きみにとってどんな存在になれたのかな…。」
俺はつぶやくと、しばらく穂高がいた場所を見つめる。しばらくすると俺は立ち上がり、自宅へ向かう。
見上げた空は真っ暗じゃなかった。星々が、一つ一つ違った強弱をつけて輝き、暗い世界に散らばり、明るくしている。
(そういえば、こんなことあのときも思ってたな…。)
昔を思い出しながら、俺は歩く。まだ先の目的地へ向かって、俺は歩き続ける…。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
矛盾点など、もしかしたらあるかもしれませんがご了承ください。
最後なので、全体を通した小話を少し。
※割と長くなってしまいました…。
この小説の序盤はとくにざっくりとした描写だったと思います。人の名前なんか一切出てきませんし、話す言葉も素っ気ないです。
これは、主人公の目を通して書いたものなので、そのときの不安、ストレスがそう感じさせてたという設定です。
後半になるに連れて表現豊かにしたつもりです。
ついには自分の名前、友達の名前も出てきましたね。
あらゆることに関心がなくなり、無気力になっていた自分に気付かされたという感じです。
途中で、スマホ?と水木さんは言います。じつは、小学生だった当初はガラケーを小学生が持つのも珍しい時代だったんです。なので初めて連絡先を聞かれたときも、水木さんは“ケータイ”と呼んでいます。
持ってきてないと嘘をついたのは、そのくらいの歳なら皆持っているのではないかと考えて見栄をはったんですね。
また、お気づきの方もいるかもしれませんが、台湾に聖地があるアニメ作品ってあれですよね。
これも、隼人が言っていましたが、彼が小学生のとき人気のもので、水木さんは密かに興味があったため、夢の中に現れ一緒に遊んでいたんですね。
ですが夢の中なので、本物とは所々景色が違ってたようですが…。
意外と伏線みたいなもの散りばめてるかなと思ってます。
また踏まえて読み返すのもよいかもしれません… (それしてくれたら嬉しいです…!)
では最後に、拙い文章ではありましたが、ありがとうございました。
つんく




