1-序
この腕はあなたを抱きしめるためだけに。
この腕はあなたを守るためだけに。
わたくしはあなたに愛されるためだけの女。
ねえ、いとしいあなた。
わたくしの腕は百もあるけれど、
――わたくしを愛してくださるかしら?
「おはようございます。今日も良い朝ですね」
台所でせわしなく動く手元を眺めながら、男の口からは無意識のうちにさらりと口から言葉が零れた。相手からは返答の代わりに、淹れ立てのコーヒーが手渡される。
「今日は朝からジャンクの所へ行きます。昨日解体した素材を引き換えに、それから紹介したいハンターがいるとのことで…」
手渡されたコーヒーを手に、ウッドチェアに腰かける。テーブルの上に出来たての朝食と並べて置いてあった新聞に目を通しながら、相手に本日の予定を伝えている。
と、ぬっと腕が伸びてきて襟元に触れた。
「――ああ、すみません。曲がっていましたね」
どうやらシャツの襟元が曲がっていたらしい。目敏く気が付いた相手に満足げに直され、思わず口元が綻ぶ。
襟元を直した手はそのまま首筋へと触れる。体温を確認するかのように丁寧に触れ、次に顔の輪郭をなぞる。これから朝食を取るところだと言うのに、男はその手のやりたいようにさせていた。
まるで、「二人」は恋人のようであった。
まるで、「二人」は夫婦のようであった。
正確には、そのどちらでもなかった。けれど、お互いに愛していることは変わらなかった。むしろ世の中の恋人や夫婦以上に愛し合っているという自信が、「二人」にはあった。
男の背には大輪の華。
この華が咲き誇った時から、男は彼女と共に生きていた。
素顔を見たこともない彼女を、愛してきた。