見舞いという名の家デート
休日のお昼過ぎ、御園茉里奈はとあるマンションを訪れていた。それなりに年期の入った五階建のマンションの二階に上がり、『宇佐見』と書かれた表札の前で立ち止まる。一度深呼吸をしてからインターホンを押した。
呼びだしのチャイムが鳴った後、『はい』と女の子の声が聞こえてきた。あゆよりも少し高く冷たい声。今日家にはあゆの他に妹と弟がいるというのはあらかじめ茉里奈も聞いていたので、その応答の相手は妹なのだろうと推測した。
「すみません、宇佐見あゆさんのお見舞いにきた御園茉里奈というものなんですが」
「……ちょっと待ってください」
インターホンが切られて少しして、玄関のカギが開けられた。ドアが開いた隙間から女の子が顔を出してくる。
目や口はあゆとそっくりだが髪の毛はストレートに近くあゆとは異なっている。背はあゆよりも少し低いくらいだろうか。
髪形の違う幼いあゆの登場に茉里奈のテンションは上がっていた。とびっきりの優しい笑顔で挨拶をする。
「こんにちは。妹さん?」
「……かなです」
かな、と名乗った少女はじろじろと茉里奈の全身を見回してから「どうぞ」と中へ招き入れた。
(あまり歓迎されてないのかしら)
ただの人見知りかもしれないしと気にしないでおくことにした。恋人の妹に嫌われているなんて考えたくもない。
「おじゃまします」
玄関で靴を脱いで上がる茉里奈をかなが一瞥した。
「来客用のスリッパとかないのでそのままでお願いします」
「あぁ、全然大丈夫よ。お気遣いなく」
「おねえちゃんの部屋はすぐそこなので。ドアみたら分かります」
立ち去ろうとしたかなの背中を茉里奈が呼びとめる。
「あ、これつまらないものだけど良かったらご両親と一緒に召し上がって。それとあゆさんに頼まれていたゼリーがあるから冷やしてもらってもいいかしら?」
「……分かりました。ありがとうございます」
茉里奈が差し出した紙袋とビニール袋を受け取ると、かなは会釈をして奥へ向かっていった。
「洗面所お借りしても?」
茉里奈の問いにかなが首だけで振り返る。
「すぐそこ右に入ってもらえれば洗面所がありますので」
「ありがとう」
洗面所で手洗いとうがいを済ませ、茉里奈はあゆの部屋を訪問した。ドアノブに『あゆ』と書かれた木の看板がぶら下がっている。コンコンとノックをすると「どうぞー」といつもより弱々しいあゆの声が返ってきた。
「入るわね」
茉里奈はドアを開けて中に入った。あゆの部屋は女子らしい物であふれていた。本棚には少女マンガやCD、窓際には動物のぬいぐるみ、細かいインテリアはピンク色を基調とし可愛いデザインのものばかりだ。初めて入るあゆの部屋に通常であれば興奮を隠せない茉里奈だったが、ベッドに横になっているあゆを見て浮ついた気持ちは消えてしまった。
おでこに冷却シートを貼りマスクを掛けたままのあゆが体をゆっくりと起こす。
「茉里奈先輩、今日はわざわざすみませ――」
茉里奈は荷物を入り口のところに落とすとあゆに小走りで近寄り抱き締めた。
「ち、ちょっと茉里奈先輩」
腕の中の温かさと柔らかさを確かめながら茉里奈は呟く。
「もう、体調管理くらいちゃんとしなきゃダメよ。少しは良くなったの?」
「熱はだいぶ下がりましたよ。月曜には登校出来ると思います」
「良かった。あゆちゃんが来ないと学校に行く意味ないもの」
「それは言い過ぎじゃないですか」
「本当のことよ」
言いながら茉里奈は苦笑するあゆのマスクを取り外した。そのまま顔を近づけようとするとあゆが顔を背ける。
「ま、待ってください!」
「なにを?」
「き、キスするつもりですよね? 今日はダメですよ」
「どうして?」
「風邪がうつるかもしれないじゃないですか。どうせ人にうつした方が早く治るとか言うんでしょう?」
「そんな非科学的なこと言わないわよ。あれは単に風邪をうつされた人が発症する頃には元の人が治ってるってだけだから。私の考えはもっと崇高で計画的なものなの」
「……はぁ。ちなみにその考えって?」
「まずここで私に風邪をうつしてもらうでしょう? そうしたら私が寝込む頃にはあゆちゃんは元気だから私のお見舞いに来てくれる。そこで私がまたあゆちゃんに風邪をうつして、更にお見舞いに行った私にまたうつしてもらう。それを延々繰り返すとほら、ずっとお見舞いを続けられるの」
自信満々に語る茉里奈にあゆがジト目を向ける。
「茉里奈先輩って私より頭いいのに時々ものすごく頭悪いこと言いますよね」
「ひどいこと言うのね。私傷ついちゃう」
「絶対傷ついてないです。というか風邪のウィルスに耐性出来たら簡単にうつらないって解ってるくせに」
「でもほら、一回はうつるかもしれないじゃない。私もあゆちゃんに看病してほしいの」
「ごっこでいいなら元気なときにいくらでもしてあげますから、バカなこと考えないでください」
「え? お医者さんごっこしてくれるの?」
途端に目を輝かせる茉里奈にあゆはやれやれと息を吐く。
「お医者さんでも何でもしてあげます。だから一度離れて――」
「それはそれ、これはこれ」
茉里奈が無理矢理あゆにキスをした。最初は「ん~!」と抵抗していたあゆだったが、十秒も経つ頃には黙って茉里奈の唇を受け入れていた。
静かなあゆの部屋に唇の触れ合う水音だけが響く。吐息を漏らしながら二人は何度も唇と舌を動かしあった。
「――ん……熱がまた上がったら茉里奈先輩のせいですからね」
「そのときは責任をとって熱が下がるまでキスしてあげる」
「……意味わかんないですよ」
キスを再開しようとしたとき、茉里奈が思い出したように声をあげた。
「あ」
ベッドの周りを見回しながらあゆに尋ねる。
「ところで、座薬は無いのかしら」
突拍子もない発言をあゆがばっさり切り捨てる。
「無いです。熱は下がったって言ったじゃないですか。っていうかあっても茉里奈先輩には入れさせないですよ」
「え、やだ。私が入れてあげたい」
「私がイヤなんです! 誰かに入れてもらわなくても自分で入れられますから」
「……自分で、何?」
「だから座薬くらい自分でも入れられるって」
「もうちょっと艶っぽく、恥ずかしそうに言ってもらってもいいかしら。あ、ボイスレコーダー準備するから待ってね」
いそいそとスマホを取り出す茉里奈にあゆが呆れ顔を向ける。
「次から次によくそんなこと思いつきますね」
「それだけいつもあゆちゃんと仲良くすることばかり考えているからよ」
「恥ずかしがらせたいの間違いじゃなくてですか?」
「だって恥ずかしがってるあゆちゃんが可愛すぎるのが悪いんだもの。私のせいじゃないわ」
「その理屈はおかしい」
あゆは不満そうにしてはいるが、なんだかんだでいつも茉里奈の無茶なお願いをきいてくれる。だからこそ、茉里奈もつい甘えてしまうのだ。
本人に『本当は喜んでいるんでしょう?』と聞いても否定するのだろうが、実際はまんざらでもなさそうなところがある。
茉里奈はあゆの頬をさすりながら尋ねる。
「ちなみに私に座薬を入れられるのと裸を見られるの、どっちがマシ?」
「うーん、それなら裸の方がマシですかね。ヌードモデルもやりましたし。まぁタオルで隠してましたけど」
「そのうちタオルが無い裸体も描かせて欲しいのだけど」
「……もうちょっとあったかくなったらで」
「えぇもちろん」
あゆをぎゅうっと抱き締めて背中を撫でる。そのまま首元に顔をうずめて唇を押し当てるとボディソープやパジャマの柔軟剤の残り香がわずかに鼻腔に流れてきた。その香りのなかに少し違うものを感じて茉里奈は動きを止めた。
「あゆちゃん、汗かいてる?」
「え!? に、匂いますか!? シャワーはちゃんと浴びてますよ」
離れようとするあゆをがっしりとホールドしたま茉里奈が言う。
「寝ているときにかく汗の量はだいたい500mlとも言われてるから、全然おかしなことじゃないわ。それに私はあゆちゃんの匂い、好きよ」
すぅ、と茉里奈が首筋の匂いを吸い込むとあゆが身をよじった。
「や、匂いかぐのはダメです! ホントダメです!」
「大丈夫、良い匂いだから」
「そういう問題じゃなくて――いや、もういいです。どうぞ気の済むまでやってください」
「あら、えらく素直ね」
「抵抗してもやめてくれないって分かってますから。体力の無駄です」
「ちょっとは抵抗してくれた方が楽しいのだけど」
「注文多くないですか!?」
あゆがわめくと茉里奈は抱き締めた腕を解いた。
「確かにあんまり病人の体力を使わせるのはよろしくないわよね」
ベッドから茉里奈が離れるとあゆが寂しそうな表情を浮かべた。遊んでいた子犬が急にほうって置かれてぽつんと取り残されている姿に似ているかも、と茉里奈は胸中でくすりと笑った。
茉里奈は自分のバッグを拾い上げて中からタオルを取り出した。それをあゆに見せつけて微笑む。
「汗、私が拭いてあげる」
「え、いや、それは」
「タオル濡らしてくるから準備しておいてね」
あゆの返答も聞かずに洗面所へ行き、タオルを濡らして部屋に戻ってくるとベッドの上には、上半身を背中を向けたあゆが待っていた。恥ずかしくはあるのか顔は背け、体の前側を毛布で隠している。
茉里奈はタオルを手にベッドに腰掛けた。すぐ目の前にはあゆの裸の背中がある。熱のせいか羞恥のせいかうなじから背中にかけてほのかに赤みを帯びている。
「綺麗……」
思わず茉里奈が指で触れるとあゆがびくっと体を揺らした。
「ち、直接触るのはナシにしましょうよ。あ、汗をふいてくれるんですよね?」
「えぇもちろん」
指を離し濡らしたタオルをあゆの肩から下へとゆっくりこすっていく。
「痛くない?」
「あ、はい大丈夫です。冷たくて気持ち良いです」
「でしょう? なにもいやらしい思惑だけで言ったんじゃないのよ」
「それっていやらしい思惑もあったってことじゃないですか」
「あらそう? 気付かなかったわ」
茉里奈がとぼけてみせるとあゆが横目でじろりと睨んできた。茉里奈からすれば下心に気付いていながらも言われるがまま裸になっているあゆも同罪だ。むしろ合意していると言っても過言ではない。
背中を拭き終わると次はあゆの左腕を持ち、腕をタオルで包むように挟みこみ左右に滑らせる。右腕も同様。それも終わると背中側から拭けるところはほぼなくなってしまった。
「ねぇあゆちゃん」
「……なんですか?」
「前側を――」
「ダメです! これ以上はもう大丈夫ですから!」
あゆは言葉に被せるように否定した。実際体の前側は自分で拭けるのだから他人にやってもらう必要性はない。しかし茉里奈は拭きたかった。
「どうしてもダメ?」
両肩に手を乗せて、あゆの耳元で再度お願いをした。あゆの頑なな態度が少し揺らぐ。
「あ、う……でも」
茉里奈は色づいたあゆの耳たぶを唇で咥えた。甘噛みする度にあゆの口からくすぐったそうな息が漏れる。
「ま、茉里奈先輩っ、このままじゃホントに、熱がぶり返しちゃ――」
「まぁ大変。早く体を拭いて冷さないと」
茉里奈は唇を下げてあゆのうなじをついばみながら、腕を横から回して邪魔な毛布を剥ぎ取りにかかった。必死に毛布を押さえるあゆの指を一本一本外していく。五本全てが外れたら次はその腕をどかす。ここまでしても本気で抵抗しないあゆに茉里奈はほくそ笑んだ。すでにあゆは受け入れる態勢に入っている。あとはもうひとつの腕を外すだけ。
「ね、お願い」
茉里奈が囁くとあゆが腕の力を抜いた。ついにお許しが出たらしい。赤みを増しつつある肌にキスをしてからあゆの腕を掴み毛布から離そうとした瞬間。
カチャリと部屋のドアが開いた。
音が聞こえてからの茉里奈の行動は恐ろしく早かった。ドアノブが捻られたと理解するや否やタオルをあゆの肩に羽織らせ、ドアが開いたときにはベッドに背を向けるように床に座っていた。
部屋に入ってきたのは妹のかなだった。飲み物を差し入れにきてくれたようで、コップとお菓子の乗ったトレーを持っていた。かなはにこにこと見つめる茉里奈と目が合ったあと、ベッドの上の姉に視線を移して眉をひそめた。
「おねえちゃん何やってんの?」
茉里奈は横目であゆの方を窺った。あゆは毛布を抱えたまま仰向けになっていた。慌てていたせいか脇腹あたりが露出してしまっている。
「え? あ、ちょっと寝苦しかったから!」
「……ふーん。とりあえず飲み物置いとくね」
かなは勉強机の上にトレーを置いてから踵を返した。
「ありがとう。良くできた妹さんね」
茉里奈がお礼を口にすると軽く会釈だけして部屋を出ていった。ドアが閉まり、十分遠くに行ったのを確認してから茉里奈とあゆは深く息を吐いた。
「危なかったわねぇ」
「危ないってレベルじゃないですよ。寿命が縮みました」
「でもドキドキしなかった?」
「しましたよ。別の意味でですけど」
シャツとパジャマを着るあゆを茉里奈は悲しい目で見つめた。残念だが家族にバレそうになっては仕方が無い。
ひっそりと落ち込む茉里奈に気付いたあゆが苦笑した。
「風邪が治ったらいくらでも続きさせてあげますから」
「本当?」
「ホントです」
あゆがタオルを返してきた。それを受け取った茉里奈はほぼ無意識にタオルを鼻に当てていた。
「に、匂わないでください!」
「え? あぁごめんなさい。つい」
「まったく……そのタオル持って帰ったら変なことに使わずにちゃんと洗ってくださいよ」
「変なこと?」
茉里奈の目がきらりと光った。あゆはしまったという顔で口をつぐむ。
「別に何でもないです」
「ねぇねぇ、変なことってなぁに?」
「だから何でもないですって」
「えー、教えてくれてもいいじゃない」
「知りません!」
茉里奈がにやにやと近づくとあゆは寝転がり布団を被って隠れてしまった。
頭の部分の布団を横から持ち上げて茉里奈が覗き込む。暗がりの中で頬を膨らませたあゆを見て笑みが零れる。
「ごめんなさい。ちょっとふざけ過ぎたわ」
「謝ってる顔に見えないですけど」
「じゃあどうすれば許してもらえる?」
「布団の中に顔を入れてくれれば考えてあげます」
その言葉だけであゆが何をして欲しいかを悟った。
茉里奈は持ち上げた布団に顔を入れ、待っていたあゆの唇にキスをした。相手がほとんど見えない暗闇のなかでのキスはいつもより感覚が鋭敏になった気がして夢中で唇を動かした。
布団の中に熱がこもる。互いの吐息が狭い空間に大きく響く。あゆの顔の形を確かめるように茉里奈は自身の頬をすりつけた。
「……許してくれた?」
「まだ足りないです」
「あらあら、それは大変ね」
再び唇を重ねようとしたとき、再びドアが開く音がした。
「――――」
今度は茉里奈が布団から首を抜くだけで済んだ。髪を手櫛で整えながら入り口の方へ目を向けるとそこには男の子が立っていた。
「えーと、あなたは……」
「おぉー!」
男の子は興味津々といった様子で茉里奈に近づいてきた。
布団から顔を出したあゆが注意を飛ばす。
「こらりく! ちゃんと挨拶しなさい」
「うー、わかってるよー。宇佐見りくです。これでいい?」
この子が小学校三年生だと聞いていた弟さんか、と茉里奈は納得した。顔立ちは確かにあゆと似ているがかなりやんちゃそうな感じだ。
茉里奈も自己紹介を返す。
「あゆさんと同じ部活の先輩の御園茉里奈です。よろしくね、りく君」
りくは口を開けたまま茉里奈の顔を見つめ、あゆの方へ駆け寄った。
「あゆねーちゃんあゆねーちゃん、あの人すっごい美人だね!」
あゆが困ったように頷いた。
「う、うん、そうだね。あとあの人とか言っちゃダメだよ。御園さんか茉里奈さんって言うように――」
「ねぇねぇ! 遊ぼうよ!」
あゆの言葉を無視してりくが茉里奈に話しかけた。
正直なところここまで無邪気に慕われて悪い気はしなかった。子供とはいえ美人と言ってくれるのは素直に嬉しい。ましてやそれが恋人の弟なのだから尚更だ。
しかし今はあゆのお見舞いとしてここにいる以上、一緒に遊ぶことは出来ない。
「ごめんなさい。今日はちょっと」
「えー! スマブラしようよスマブラ」
「ゲームは全然やったことなくて」
「大丈夫だって。僕が教えたげるからさ」
ぐいぐいと腕を引っ張られて茉里奈はあゆに目線で助けを求めた。あゆは一度息を吐いてから優しい眼差しを向ける。
「茉里奈先輩、りくと遊んでやってもらっていいですか?」
「え?」
「やったー! ほら早く行こ」
本当にいいの? と無言であゆに尋ねるとあゆは微笑んだ。
「りくも誰かと同じで一度言い出したら聞きませんから」
「……誰と同じなのかしらね」
「さぁ?」
二人で笑い合ってから茉里奈は立ち上がった。かなの持って来てくれたコップを持って、急かすりくの後に続いた。
リビングのテレビでゲームの準備をしていると、かながやってきた。
「ちょっとりく。あゆおねえちゃんのお客さんをあんたが取ってどうすんの」
「あゆねーちゃんが遊んでいいって言ったんだもん」
「そんなに遊びたいんなら私が遊んであげよっか」
「やだよ! かなねーちゃんずるいことばっかするから」
「私がずるいんじゃなくてあんたが弱いだけ」
かなは溜息をついてから茉里奈のそばに座った。
「すみません、うちの弟が迷惑かけてるみたいで」
「そんなことないわよ。私、姉しかいないからこうやって遊ぶのも新鮮で楽しいの」
「それならいいんですけど」
「もしよかったらかなちゃんアドバイスしてくれないかしら。私こういうゲームほとんどしたことなくて」
「いいですよ。是非あいつをぼこぼこにしてやりましょう」
「まぁその、お手柔らかにね」
かなに助言をもらいながらとはいえ慣れていない茉里奈はりくに負けるばかりだったが、それでも楽しかった。
(もし自分に弟や妹がいたならこんな風に遊んだんだろうな)
いつか本当にこの子たちと家族のようになれたらいいなと期待を込めて胸中で呟いた。そうなる為にも仲良く遊んで出来る限り好感度を上げておきたい。
「あの」
しばらく遊んだ頃、それまで隣で助言をしてくれていたかなが声を潜めて尋ねてきた。
「御園さんってあゆおねえちゃんとどういう関係なんですか?」
「――――」
普段人から何を言われてもほとんど動揺することのない茉里奈が動揺した。操作ミスをしてキャラが落下していく。
(どういう意図で聞いたのかしら。まさかあゆちゃんとのやりとりを聞かれてた? だとすると下手に誤魔化しても逆効果になるかもしれない。でもあゆちゃんに相談もせずにここで打ち明けるのは……)
頭の中で色々と考えた結果、打ち明けない範囲で誠意をもって答えることにした。
「同じ美術部の先輩後輩で、仲の良い友人で、お互いに相手を一番大切にしたいと思えるような間柄かしら」
嘘は言っていない。しいて言えば『間柄』の部分は『恋人』にした方が分かりやすいが。
「あゆおねえちゃんにもそういう親友みたいな方がいて良かったです。抜けてるところもあるおねえちゃんですけど、これからも仲良くしてあげてください」
「えぇ、もちろん」
すでにかなの想像の数倍仲良くしているというのはおくびにも出さず答えた。
回答としては悪くなかったようだ。茉里奈たちのことを疑っている気配もない。
それ以降は普通に三人でゲームを楽しんだ。
夕方の5時前。茉里奈は帰宅の準備を始めていた。あまり人の家に長居をし過ぎるのはよろしくない。あゆの両親に会いたい気持ちはあったが遅くまでいて非常識な人間と思われるよりはましだ。
ベッドに横になったあゆが話しかけてくる。
「りくのお守りを頼んだみたいになっちゃってすみませんでした」
「いいのよ、私も楽しかったし。また遊びたいくらい」
「次は私も一緒に遊びますからね」
「そうね。私がりく君に勝てるように手伝ってもらわないと」
くすりと笑い合ってから茉里奈はあゆの頬に指で触れてから「またね」と手を小さく振った。本当はさよならのキスでもしたかったが誰が部屋に入ってくるか分からなかったのでやめにした。
あゆの部屋を出るとりくがやってきた。
「絶対また来てよ! 約束!」
「うん、約束ね」
指切りをして頭を撫でてあげると照れたように笑った。りくの向こうからかなが現れる。
「またいつでも来てください。あまり大したおもてなしは出来ませんけど」
「ありがとう」
最初に会ったときよりもかなの態度が柔らかくなっている。それが茉里奈には嬉しかった。この二人と仲良くなることができたのなら、初めてのお宅訪問としては成功だったと言えるだろう。
茉里奈は将来の妹、弟に挨拶をしてから宇佐見家を後にした。
◆
部屋にひとりになってから宇佐見あゆは息を吐いた。
もうちょっと茉里奈と二人きりでいられるかと思ったが、結局弟たちに邪魔されてろくに一緒にいられなかった。
(まぁ茉里奈先輩がりくたちと仲良くしてくれるのは嬉しいんだけどね)
恋人としては寂しいが姉としては喜ばしい。そのあたりはしょうがないことだと割り切るしかない。
(あとでライン送って改めて謝っておかないとなぁ。私の風邪が治ったら反動で色んなことされそう。あ、風邪移らないように手洗いうがいと、あとビタミン摂るように言っとかなきゃ)
「あゆおねえちゃん」
部屋のドアが開いて妹のかなが入ってきた。普段はあまり気にしていなかったがノックをさせた方がいいのかもしれない。
「ん? どうかした?」
「御園さん帰ったよ」
「最後何か話した?」
「また来てくださいって」
「そっか。良かった。かなが茉里奈先輩と仲良くなって。最初警戒してなかった?」
「だってあゆおねえちゃんが『大事な先輩が来るから粗相がないように』なんて言うから、どんな人なのかなと思って」
「失礼な事言わないでって意味だったんだけど。で、かなから見てどんな人だった?」
「うーん、綺麗だし優しいし、丁寧な良い人だと思った」
「でしょ? 学校でもすっごい人気あるんだから」
恋人を褒められて自分のことのように喜ぶあゆに、かなが言い放った。
「だったらちゃんと大切にしてあげなよ」
「え? うん、そりゃもちろん……」
なんとなく会話がおかしいような気がしたが、なにがどうおかしいのかは分からなかった。
「そうだ。御園さんからゼリーもらってたんだけど、今食べる?」
「あ、食べるー」
「じゃあ持ってくるね」
そう言って部屋を出ていくかなの横顔には楽しそうな笑みが浮かんでいた。
終