幕間 ある日の幻想動物園
カンカンと日差しが照り付ける。
頭の真上のほう、空の天辺で太陽が自己主張を続けている。
「ふぅ、暑い日が続くな」
じんわりと滲む額の汗を拭った。
休日の我がクラフトマン幻想動物園は、なかなかのひと入りだ。
「ふふ……。ふはは…………」
思わず笑みがこぼれた。
楽しくて楽しくて仕方がない。
「素晴らしい! この大勢の来園客!」
高笑いをしながら、バッと大きく腕を広げた。
往き交う行楽客のただなかに俺ひとり。
周囲の視線が一斉に集まってくる。
いわゆる、アレなひとを遠巻きに眺める視線だ。
「……ぉおう。……たまらんなぁ」
注目を浴びた俺は、真っ青に透き通った空を仰ぎ見た。
感動にふるふると打ち震える。
「……ママぁ、あのおじさん何してるのぉ?」
「こらっ、見ちゃいけませんよ、たっくん!」
親子連れが足早に去っていく。
ふふん!
好きに言うがいい。
奇異の目ですらも、いまの俺には心地良い。
なにせほんの少し前まで、我が動物園はガラッガラのスッカスカだった。
こうして往来でひとり変質的行為に耽っていても、ほんの僅かな注目ですら浴びることは出来なかった。
それが今やどうだ!
「…………ふぅ」
息を吐いてから落ち着きを取り戻す。
少しばかり感極まってしまったようだ。
高まった気持ちを鎮めるべく深呼吸をする。
さぁ、園内の視察を続けるとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
数日前、邪龍を捕まえた俺は、早速大量のビラを刷った。
『大人気!?』
『こんなの今まで見たことない!』
『あのクラフトマン幻想動物園に、幻の邪龍さんがやってきた!』
実にいい出来栄えだ。
邪龍も画像編集で実際よりも強く恐ろしげに盛ってあるし、なによりビラの端っこに載せたイケメン園長ことこの俺がいい味だしてる。
逸る心を抑えつつ、人化した山猫少女リコッタと邪龍幼女モツァレラを伴いながら、俺は王都の中央通りまでビラを配りにいった。
人化したモツァレラの姿は、黒髪ロングの和装幼女になった。
黒を基調とした着物の、ちょっと目付きの悪い幼女だ。
頭に2本の龍の角を生やしていること以外は、どこからどうみても普通の幼女である。
ぱっつんの前髪が可愛い。
顔のつくりは、普通よりも些か優れているようだ。
そんなちんまくて可愛らしい幼女のモツァレラが、リコッタと並んでビラを配ってまわる。
もちろん俺はそれを見てるだけだ。
疲れるので手伝ったりはしない。
『クラフトマン幻想動物園なのです! よろしくお願いするのですよー!』
『……ク、クラフト……幻想動物、なのじゃあ……』
モツァレラはビラ配りを恥ずかしがっていた。
だがうちの従業員となったからには、しっかりと働いて貰わねばならん。
『こら、お前! もっと声をださんか! リコッタ、手本を見せてやれ!』
『はいなのです! クラフトマン幻想動物園をよろしくですー! モツァレラさんも頑張るのですよ!』
『……う、うむ。クラフトマン幻想動物園! よ、よろしくなのじゃあ!』
リコッタとモツァレラの仲は良好なようだ。
ほっとする。
やはり職場の人間関係は大切だからなぁ。
賑わう往来。
人々は我が従魔たちからビラを受け取った。
『へえ、邪龍かぁ』
『ちょっと興味あるなぁ。どうせ暇だし休みの日に見に行こうか?』
『おれ、邪龍なんて見たこともねえよ!』
ふはっ!
バカなやつめ!
見たことがないもなにも、いまビラを渡してきたその幼女が、当の邪龍とは露ほども知らずに。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
回想しながら視察を続ける。
ワイルドボア舎、毒魔獣展示館、山猫舎。
邪龍効果でどこもそれなりに盛況だ。
上機嫌に園内を見て回る俺の視界に、がやがやとした人垣が映ってきた。
「おっと、またここに来てしまったか。ふふ」
その一帯は来園者の増えた園内でも、いま、特に人が集中している場所だ。
かなりの賑わいである。
俺もその喧騒につられて、ついつい何度も見に来てしまう。
金属製の柵と水を張った堀。
魔法陣による障壁で仕切られた展示スペースには、休日をわいわいと楽しむ親子連れの客が多い。
近づいていくと、賑わう人々の向こう側から、黒々として威圧感すら伴う巨躯が見えてきた。
そう。
ここはモツァレラを展示する邪龍舎なのだ。
「みてみてママぁ! 邪龍だよ、すっげえ!」
「こら、たっくん! 柵に乗り出しちゃだめ!」
こいつらは先ほどの親子連れか?
……ククク。
盛況ではないか。
しかしこの人垣は、何度みても胸がすく想いだ。
そういえばモツァレラはちゃんと働いてるのだろうな?
人波を掻き分けひょっこりと顔を覗かせる。
邪龍姿のモツァレラが、丸くなって眠っていた。
鼻提灯なんて膨らませて、幸せそうにむにゃむにゃ言っている。
「んあぁ? なにをしておるのだ、あいつは」
スタッフ用通路を通って、展示スペースの裏側に回った。
「……おい。起きろ」
見物客からは見えない位置に身を隠し、小声でモツァレラに呼び掛ける。
「……起きろと言っているのだ!」
「…………グルル」
モツァレラが寝ぼけ眼で上半身を起こした。
キョロキョロと辺りを見回している。
「……グルォ?(……はて、いまなにか聞こえた気がしたのじゃが?)」
「……ここだ」
「グラァ。ギュル?(なんじゃお主かえ。して、なんぞ用かえ?)」
俺の姿を認めたモツァレラがこてんと首を傾げた。
仕草それ自体は可愛らしい。
だがいまのこいつは、そのまんま邪龍である。
恐ろしげな龍の姿に、可愛げな素振りはまったく似合わない。
「なんだもなにもあるか! サボらずにしっかりと働くのだ!」
「グリュイ!(働いておるわ! いまもちゃんと見世物になっておるじゃろうが!)」
たしかに見物客は、物珍しげにモツァレラを眺めている。
家族連れの男の子なんて柵に体を乗り出して「すッげー! マジ超すげー!」なんて大騒ぎしているほどだ。
だが俺に言わせると、まだ少しサービスが足りない。
「……定期的に吠えろ。大迫力でな」
「……ギグル(……なんじゃ藪から棒に。なんでそんなことをせねばならんのじゃ)」
モツァレラがツーンとそっぽを向いた。
断固拒否の構えとみえる。
従魔のくせになんて太い態度だ。
これはしっかりと主従関係を叩き込んでやらねばなるまい。
「……いいのか貴様」
「……グ、グルォ?(……な、なにがじゃ?)」
「……従魔契約を解除するぞ?」
女勇者の言葉を思い出す。
『貴方が邪龍をテイムして、ちゃんと躾けること! これが見逃がすための絶対条件よッ! もし約束を違うようなら、今度こそ始末しにくるんだからね!』
ニヤリとほくそ笑んだ。
「……ギュラ?(……契約解除? そ、それがどうしたのじゃ?)」
ここから放り出された場合、自分がどうなるかすら理解できていないらしい。
まったくオツムの弱い従魔だ。
俺は悲しいぞ。
モツァレラは訝しげに俺を見ている。
「俺との従魔契約を解除するとだなぁ……」
彼女はごくりと唾を飲み込んだ。
「……勇者が、お前を殺しに来るぞ?」
厳しい邪龍の目が、くわっと大きく見開かれた。
「――ッ、ギュィイッ!?」
モツァレラが楽な寝姿から跳ね起きた。
ガクガクと震え出す。
哀れなほどの怯えぶりに、思わず俺は笑みがこぼれた。
「グ、グルギュリッ!(か、堪忍じゃ! 堪忍したもれ! 勇者はもう嫌なのじゃー!)」
強靭な後脚を内股気味に震わせ、膝をカクカクさせている。
これはアレだな。
マジ泣きってやつだ。
「ククク。それが嫌なら、……わかっているな?」
モツァレラがブンブン、ブンブンと何度も首を縦に振る。
頭がもげて飛んでいってしまいそうと、心配になるほどの勢いだ。
「キャルリッ、ギュルクリ!(わ、わかったのじゃ! わかったから許してたもれー!)」
その必死さは、さながらヘッドバンギングと見紛うほどである。
「……ぶはっ!」
俺はついに吹き出した。
まったく滑稽なやつめ!
思わずロックでも口ずさみそうになったが、思いとどまる。
さすがにちょっと可哀想だし、それは勘弁してやろう。
「ふははははっ! その調子でしっかり働けよ!」
背を向けて歩みだした。
邪龍舎を立ち去ると、背後から泣きの入った龍の咆哮が聞こえてきた。
「グルギュリグルゥアアアアァァァーーッ!」
わぁっと盛り上がる見物客。
「キュルゥッ、ギュリグルウエエーーンッ!」
拍手喝采。
泣きべそをかいた邪龍の咆哮に、小さなお子さんからお父さんお母さんまで、手を叩いて大喜びだ。
「ふは、ふはははははははははははははっ!」
笑いが止まらん。
俺は高笑いをしながら、痛快な気分のままでその場を離れた。




