07 邪龍の従魔モツァレラ
気を失ったリコッタを、そばの樹の木陰に寝かせる。
背を斬り裂かれた上に、蹴られても俺を離さなかったのだ。
気力も生命力も相当に失われている筈だ。
気絶したリコッタは人化が解けて、山猫の姿に戻ってしまっている。
「待たせたな、勇者」
ペコリーノに向き直った。
早急にこいつをぶちのめして、リコッタの手当てをしなければならない。
あとついでに、そこで死にかけているウチの目玉商品、邪龍もだ。
「時間がない。続きを始めるぞ」
折れた剣は捨ててしまった。
だから俺は無手で構える。
するとペコリーノは腰のポーチから透明な小瓶を引き抜いて、こちらに向かって放り投げてきた。
「……エリクサーよ。その子に使いなさい」
――んなッ!?
なんだって!?
キャッチしたその瓶を繁々と眺める。
「エ、エリクサーだとぅっ!?」
思わず妙に甲高い声を上げてしまった。
だって仕方がないだろう!
エリクサーだぞ!?
あの幻の回復薬。
そのお値段は、小瓶ひとつで王都の一等地にちょっとした家が建つほどだ。
「ちょっ、ちょっと待っていろ!」
リコッタに駆け寄った。
傷ついた体にエリクサーを振りかけるふりをして、さりげない仕草で小瓶を懐に仕舞う。
「おい勇者! 効かんぞこれっ、不良品だ! もう1本寄越せ!」
「見てたわよアンタ! いまパクったでしょ! ふざけんじゃないわよ!」
「は、はぁ!? へ、変な言い掛かりはやめろ!」
ぎゃあぎゃあと喚き合う。
結局追加のエリクサーはゲット出来なかった。
けち臭いヤツめ。
「それよりもあなた。ビーストテイマーっていうのは本当みたいね」
ペコリーノが、山猫の姿に戻ったリコッタを見つめる。
「だから最初から、そう言っているだろう」
「ふぅん……」
まったく、この女勇者は。
俺のいうことを信じていなかったのか。
ぶつくさと言いながら、リコッタにエリクサーを振りかけた。
勇者の目を盗んで半分だけ残した便を懐に隠す。
ペコリーノは気付いていないようだ。
……くくく、間抜けめ。
「それで、その邪龍がよこしまな魔獣じゃないってのも本当なの?」
「本当だ。ついでに言うならこいつはまだガキだ」
「子ども……」
リコッタの体が淡い光を放った。
傷がみるみる癒えてゆく。
それに伴って、はぁはぁと荒く吐いていた息も次第に落ち着き始めた。
……よし、これで安心だ。
ほっと胸を撫で下ろす。
「その子はもう大丈夫みたいね?」
「ああ。……だが、礼は言わんぞ」
「……誰もそんなのは求めてないわよ」
ペコリーノが不貞腐れたように呟いた。
俺はリコッタの息が完全に落ち着くのを待ってから立ち上がり、勇者に向かって構える。
「さぁ、やろうかペコリーヌ」
「だからペコリーノだって言ってるでしょ!」
「細かいことはどうでもいい。邪龍をやりたけれ先ず俺を倒せ!」
「もういいわよ」
「まぁ返り討ちだがなっ! ふははははは、……なに?」
高笑いがペコリーノに遮られた。
俺は眉をひそめて懐疑な顔を向ける。
「……どういう心境の変化だ?」
「その龍は邪悪ではないのよね? ならもういい」
ペコリーノがポーチから別の小瓶を引き抜き、放り投げてくる。
「これでそこの邪龍も治してあげなさい」
すわっ!?
エリクサーか!?
駆け出してジャンピングキャッチした。
いまならフリスビーに飛び付く犬の気持ちがよくわかる。
「って、お前これ!? エリクサーではないぞっ!? エリクサーを寄越せ!」
「も、もうないわよ! 高いんだからアレは! さっきのだって自費で買ったんだからね!」
勇者のくせに渋りやがって……。
せっかく今度こそ、言い掛かりをつけて丸々ひと瓶ガメてやろうと思ったのに。
舌打ちをしてからキャッチした瓶を眺める。
なるほど最上級の回復ポーションか。
これはこれで結構な金になるな……。
「ただし!」
ペコリーノがズビシッと俺を指差した。
「貴方が邪龍をテイムして、ちゃんと躾けること! これが見逃がすための絶対条件よ! もし約束を違えるようなら、今度こそ始末しにくるんだからね!」
くるりと女が背を向ける。
最後に威勢のいい言葉を残して、女勇者ペコリーノ・ロマーノは立ち去っていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
傷ついた邪龍が横たわっている。
「おい、意識はあるか? 光栄に思え! お前はこれから俺の従魔になる!」
瀕死の邪龍が、焦点の合わない目をこちらに向けた。
虚ろだった瞳に光が灯る。
「……グルォ(……妾は、助かるのかえ?)」
邪龍は息も絶え絶えだ。
放っておけばこのまま死んでしまうだろう。
「ああ、助かる。この俺が助けてくれよう!」
「……グラァ(……そうか、助かる、のか)」
邪龍の瞳から絶望の色が消えた。
「だがその為には、お前は俺の従魔となる必要がある! 契約を受け入れるのだ!」
「……ギュリ(……よろしく、頼むのじゃ)」
邪龍が僅かに頭を下げた。
「お前、名はあるのか?」
「……キュル(…………モツァレラ……)」
邪龍モツァレラの額に手をかざす。
突き出した手のひらから従魔契約の魔法陣が飛び出した。
モツァレラの巨躯は僅かながらに震えている。
これからのことを案じているのだろうか。
「心配するな。うちは3食昼寝付きのホワイトな職場環境だ」
ただし週休は休園日の1日だけだがな?
聞かれていない労働条件までは提示しない。
「ここに契約を結ぶ。邪龍モツァレラよ、この俺の従魔となれ!」
モツァレラが瞳を閉じた。
契約を自らの意思で受け入れたのだ。
契約の魔法陣がまばゆく輝く。
モツァレラの胸元に従魔印が刻まれていく。
視界を白い光が覆い尽くした。
溢れかえっていた光が、徐々に輝きを収めていく。
視界がクリアに開けた。
「…………ん、……ぅぅん……」
邪龍の巨躯が姿を消し、代わりにそこには黒髪ロングの和装幼女が倒れていた。
「ほう。お前、雌だったのか」
人としての見た目は10歳というところか。
傷ついたその体に最上級回復ポーションを振りかけた。
淡い輝きを伴って傷が癒えていく。
幼女が虚ろな視線をあげた。
俺と視線が交わる。
「くく、くくく……。これからよろしく頼むぞ?」
存分にこき使ってやろう。
悪い顔をした俺は、新しい従業員かつ目玉商品、『従魔モツァレラ』に微笑みかけた。




