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slapstick fantasy ~王都外れの幻想動物園~  作者: 猫正宗
第1章 邪龍を捕まえて見世物にしよう!
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06 リコッタのお願い

「ちょっ、ちょっと!? あなたっ!?」


 割り込んできた少女の背中を、ばっさりと斬り裂いてしまう。


「ぁうっ!」


(……ちっ)


 思わずあたしは、胸の内で舌打ちをした。

 攻撃の手を止めることが出来ずに振り抜いてしまったのだ。

 ぎりぎりで剣は引いたけど、それでも確実に重傷だ。


 少女が崩れ落ちた。

 目の前には、大地に広がる血溜まりを前に茫然自失している男。


 その雰囲気が急に変わった。


(――ッ!?)


 相手は幻想動物園の園長を名乗るふざけた男だ。

 その男の気配が、ゆらりと揺らめく。

 次の瞬間、心臓を鷲掴みにされたような威圧感が襲ってきた。

 ぞわっと心胆が凍える。


 これは……。

 これは、まさか……恐怖!?


 思わず腰を落として剣を構える。

 勇者たるあたしに構えを取らせ、あまつさえ怯えさせるなんて。


 目の前の男は、幽鬼のように立ち尽している。

 それに対してあたしは、剣の柄を握りしめて緊張の面持ちを隠せない。

 先ほどまでとはまるで真逆だ。


 男が感情の籠らない瞳であたしを見据えた。

 奈落のように深く暗いその瞳に怖気が走る。


 ふいに男が、ふらりと体を前のめりに倒し――


「……えッ!?」


 注視していたはずの男の姿が、かき消えた。


 ――やばい!


 やばい、やばいやばいやばいやばいっ!


 あたしの生まれ持った才能タレントである『天啓』が、全力で警鐘をかき鳴らす。

 一瞬の判断でその場を飛び退いた。


 直後、あたしの立っていた場所に、幽鬼の両手剣が叩き付けられた。

 剣撃によるものとは思えない破砕音が鳴り響く。

 立っていられないほどの地揺れが起こり、大地がクレーターのように大きく陥没した。

 そこに穿たれたのは、邪龍の巨躯ですらスッポリと収まってしまいそうな、馬鹿でかいクレーターだ。


「ちょ、ちょっとぉ……」


 目の前の光景が信じられない。

 なんなのこれ!?

 こんな攻撃を食らえば、いかな勇者とてただでは済まない。


 立ち込める土煙の向こう側で、幽鬼が根元からふたつに折れた剣を投げ捨てた。

 その男から立ち昇る黒い気配に戦慄する。


 まさか……。

 まさか、この男……魔王……!?


 8年前。

 現れると同時に忽然と姿を消した魔王。

 目の前の男にその存在が重なる。


「…………勘違い、……よね?」


 根拠のない妄想だ。

 頭を振って目の前の幽鬼へと向き直る。


 ごくりと喉を鳴らした。

 ともかく考えるのはこの男を倒してからだ。

 けれど先ほどまでと異なりもう余裕なんてない。

 本気でやらなければ、あたしのほうがやられる!


「……神気解放」


 勇者クラスの特殊技能を使用した。

 これはあたしのとっておき。


 神なる光が体を包み込んだ。

 飛躍的に戦闘能力が向上していく。

 でもこの状態のあたしですら、目の前の幽鬼を圧倒できる気がしない。

 なんなのだ、この男は!


 聖光を纏い光り輝くあたしと、黒い瘴気に包まれて闇のように霞む男。

 ふたりが視線を交わらせる。


「……ここからは、本気の本気よ!」


 全力で飛び出そうとした。

 そのとき――


「…………フォル、さ、ま」


 背中を切り裂かれ崩れ落ちた少女が、幽鬼に縋り付いた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 頭が薄ぼんやりとしている。

 ぽっきりと根元から折れた剣を捨てた。

 それをどこか他人事のように感じながら、自分自身の行動を眺める。


(――殺せ)


 まるで意識に靄が掛かったみたいだ。


(――殺せ)


 目の前には、油断なく剣を構える女。

 こいつは何者だったか……。


(――殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!!)


 思考が殺意に塗り潰されていく。

 抑えようのない破壊衝動が意識を黒く染め上げる。

 そうだ。

 殺さなければ……。


「…………フォル、さ、ま」


 足下をみた。

 山猫耳を生やした少女が地面を這いずり、脚に縋り付いてくる。


(――殺せ)


 少女を殺してしまおうと無意識に拳を上げた。

 けれどもなぜか、振り上げた腕を振るうことが出来ない。


「……フォルさ、ま。……ダメ、なのです」


 この女は誰だったか……。


 考えると頭痛がした。


 この女……。


 大切なことを忘れている気がする。

 思い出さなけれならない。


 この女は。

 この女は……、俺のものだ。


 絡みつくように粘着質な悪意で満たされた頭のなかから、少女の名前を掘り起こす。


(…………リコッ……タ……)


 そうだ。

 コイツはリコッタ。

 俺の従魔だ。

 そして俺は、……誰だったか。


「はぁ、はぁ、お願い、なのです。……も、もうやめて、欲しいの……です」


 なにをやめればいいんだろう。

 とにかくいまはあの女を八つ裂きにしたい。


「……離せ」


 縋り付いた少女を蹴り飛ばした。

 細い体がくの字に折れる。

 それでもリコッタは俺に縋りついたままだ。


「くぅ……。は、離さない、の、ですっ!」


 リコッタは歯を食い縛って縋りついてくる。

 背中から大量の血を、額から汗をダラダラと流しながらも、必死になって、元に戻れと俺に嘆願する。


「……命じる。『離せ』」


 従魔リコッタに命令した。


「ふ、ふふ……。わたしにビーストテイマーの命令なんて、意味ないのですよ……! そのことも、忘れちゃい、ましたか?」


 もう一度リコッタを蹴った。

 先ほどよりも強く。

 けれどもやはり少女は縋り付いた俺の脚を離さず、必死になって懇願してくる。


「……ぜ、絶対に離さ、ない、のです! フォル、さまっ、お願いなのです! 元に戻って、フォルさまぁ!」


(…………フォル……)


 そう。

 俺の名前はフォルマッジョ・クラフトマン。

 勇者に焦がれた男。


 そしてギルドの元冒険者でビーストテイマー。

 このリコッタの主……。

 護るべき存在……。


 思考に立ち込めていた靄が、僅かばかり晴れるのを感じる。


「お願い、なのです! いつもの優し……くはないのですけど、……いつもの、フォルさまに……戻って下さいっ! こほっ、ごほっ」


 リコッタが必死になってしがみ付いてくる。

 苦しげに咳き込み、口の端から血を流しながらも精一杯訴えかけてくる。


 全身全霊を掛けたその姿が、泥のように澱んだ意識のなか、微かに残った理性を掬い上げてくれる。


(…………いつもの、俺)


 不意に脳裏を掠めた。

 偉そうに踏ん反りながら雑用を命じる俺と、ひんひん泣き声を漏らしながらも言うことに従うリコッタ。


 いつもの、そんな俺たちの姿――


「フォルさまは、あの日言ったのです! 俺に任せろって! 俺はこんなちゃちな悪意には、絶対に負けないって!」


 ……そうだ。

 たしかに俺は誓った。


 リコッタに代わってこの悪意の塊、魔王を飲み込んだ8年前のあの日に誓った筈なのだ……!


「お願いなのです! フォルさまっ、目を覚まして!」


 頭にかかっていた靄が急速に晴れていく。

 我が身という小さな器から溢れ出した、世界を滅ぼさんと欲する悪意を、意志の力でねじ伏せて再び胸の奥底に沈めていく。


「……フォル、さまっ……」


 山猫耳の生えた頭にぽふっと手を置いた。

 もふもふとして手触りの良い栗色の髪を撫で付ける。

 リコッタが泣きはらした顔を上げた。


「フォル、……さま……?」


 真っ直ぐ見つめてくるその瞳に、自信に満ちた笑顔を返した。


「……なにを泣いているのだ、お前は」


 リコッタが息を飲む。

 くしゃっと顔を歪めた。


「うえっ、……うえぇ、ブォルざまぁぁ」


 ずびびと鼻を鳴らした。

 リコッタが、垂れてきた鼻水を俺の服で拭こうとしてくる。


「お、おま!? ええい、ばっちいわっ! やめんかこら!」

「ブォルざまああぁぁ」


 まったく泣き虫は変わらんな。

 俺は縋り付くリコッタを、なんとかして引き剥がした。

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