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slapstick fantasy ~王都外れの幻想動物園~  作者: 猫正宗
第1章 邪龍を捕まえて見世物にしよう!
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05 vs. ペコリーノ

 はぁはぁと大きく肩で息をする。

 半身になって腰を落とし、油断なく両手剣を構えた。


 相対するのは女勇者ペコリーノ・ロマーノ。

 背中に守るは相棒の山猫少女リコッタと、傷つき倒れた幼い邪龍だ。


「……随分と息が上がっているわね。降参して邪龍を引き渡すなら、見逃してあげるわよ?」


 息を荒げる俺とは対照的に、勇者ペコリーノは息ひとつ乱さず、構えすらしていない。

 ごく自然な振る舞いでその場に立ち、右手に握った片手剣をだらりとぶら下げている。


「抜かせ! それは俺のセリフだ」


 女勇者がトンと地面を蹴った。

 重量のくびきから解放されたかのようにふわりと浮かぶ。

 かと思うと次の瞬間には、もう俺の側面に回りこんでいた。


「っ!? はやい!」


 勇者は翳した剣を死角から振り下ろしてきた。


「くそっ!」


 その攻撃をなんとか視認する。

 ギリギリのタイミングで剣をあわせて、襲いくる刃を受け止めた。


「甘いわね!」

「ぐぁぁっ!」


 勇者ペコリーノは構わず剣を振り抜いた。

 馬鹿力を抑えきれない。

 俺は派手に吹き飛ばされて、地面をバウンドする。

 だがゴロゴロと転がりながらも、即座に体勢を立て直し、勇者に向かって再度身構えた。


「しつっこいわねぇ……」


 ペコリーノが面倒くさそうにため息を吐く。

 今度は重力に引かれるように、ふっと体を沈めた。

 瞬く間に眼前まで迫ってきた彼女は、地を這うような姿勢から掬い上げるように鋭い剣尖を突き出してきた。


「ちぃっ!」


 舌打ちをして上段から剣を振り下ろす。

 迎撃だ。

 しかし勇者の刺突とぶつかり合った俺の両手剣は、上方に大きく撥ね上げられた。

 がら空きになった懐に、強烈な肘打ちが叩き込まれる。


「ぐえぇっ!?」


 すかさず横薙ぎに振るわれた勇者の剣を、屈みこんで躱す。

 そのまま膝をついてしまいたい誘惑にかられながらも、歯を食いしばってペコリーノから距離を置いた。


 もう一度、リコッタと邪龍を背中に守るように位置を取り直す。


「……はぁ。まったくその邪龍といい、あなたといい、しぶといにも程があるわよ」


 勇者は呆れ顔だ。

 だが俺にはもう、その言葉に応える余裕はない。

 なにせ先ほどからずっと我慢しているのだ。


 堪えているのは体の痛みなどではない。

 それは悪意だ。

 胸の奥底からぞわぞわとした黒い破壊衝動が、いまにも溢れ出そうとしている。

 目の前の女を八つ裂きにしろと俺を囃し立てる。


「ああ、まずい……。まずいのです! このままだと大変なことになってしまうのです!」


 後ろのほうで、リコッタが慌てふためいている。

 その危惧が手に取るように理解できた。

 このままでは不味い。

 俺はいま、あの忌まわしき悪意に乗っ取られようとしている。

 かつて、リコッタがそうなってしまったように。


「お願いなのです勇者さん! もうこれ以上フォルさまを追い詰めないで欲しいのです!」

「あら、命乞いかしら? だったらそこの強情な園長さんを退かせなさいな」

「ち、違うのです! 大変なのは勇者さまっ。いえ……、この世界のすべてが、大変なことになってしまうのですよ!」

「……はぁ? あなた、なにがいいたいの?」


 ペコリーノが眉をひそめる。


「お願いなのです! フォルさまのなかのそれは、解放しちゃだめなのです! もうやめ――」

「話にならないわね!」


 リコッタの嘆願が遮られた。

 ペコリーノが俺に襲い掛かってくる。

 歯を食いしばったままの俺は、その攻撃に対処できない。

 なんとか気を張って、飛びそうな意識を繋ぎ止めるのに精いっぱいだ。


「ぐぁあああ!」


 勇者に蹴り飛ばされた。

 だが間髪入れずに立ち上がり、気をしっかりと保つ。


「……本っ当にしぶといわねー! いい加減鬱陶しいわよ!」


 ダメだ。

 このままではいけない。


 タールのように粘着質な悪意の塊が、体の奥底から湧き上がってきた。

 俺の意識を黒く塗り潰そうとする。


 我が身に宿る世界を滅ぼさんと欲する悪意。


 ――魔王。


 これを解き放ってはいけない!


「ほら! さっさと倒れちゃいなさいな!」


 ペコリーノが柄を振り下ろす。

 強烈な一撃が俺を打ち据えた。


「ぐはぁっ!」


 蓄積したダメージが遂には限界を突破する。

 こいつは本当に強い。

 いままで俺が戦った相手のなかで、紛う事なき最強の相手。

 さすがは勇者だ。


 勇者……。

 常に自らの行いを正義と信じ、強靭な力で悪を粉砕する。

 彼女を見ていると、幼い頃の憧れが甦る。


 俺は……。

 俺はそんな勇者になりたかった――


(…………殺す)


 あの日に手放した憧憬(しょうけい)


 ふと想像してしまう。

 あんな凶事さえ起きなければ、俺にも彼女のようになりえた未来があったのだろうか。


 だがそれこそ今更の話。

 過去を変えることは、誰にもできやしない。


(…………殺す)


 ……というかいま、俺はなにを考えた?


 殺す?

 無意識下に、俺は乗っ取られかけている。

 脳裏を掠めた物騒な欲求に愕然とする。

 その間もペコリーノの苛烈な攻撃は止まらない。


「これで、お終いよ!」


 あごに剣の柄頭を叩き込まれた。

 次の瞬間、鳩尾には強烈な膝蹴りが突き刺さる。


「……かはっ」


 たまらず血反吐をはいて倒れ込んだ。

 もう本当に我慢が効かない。

 このままでは不味い。


(……ぐぅっ)


 薄れゆく意識を気力で繋ぎ止めて立ち上がる。

 気絶してはいけない。

 ここで気を失ってしまっては、最悪の事態になってしまう。

 そんな悪い予感が胸を満たす。


「……はぁぁ。ほんとにもう寝てて欲しいんだけど。しつこい男は嫌われるわよ?」

「お願いなのです、勇者さん! もう本当に限界なのです! やめて下さい! もうこれ以上は!」


 リコッタが必死に懇願する。

 だがペコリーノはその言葉を聞き入れない。


「もう立っているのもやっとのようね。このあたしを相手によくぞそこまで戦ったわ。自慢していいわよ。でも、これで……っ」


 ペコリーノが歩み寄ってくる。

 剣を振り上げる動作が、まるでスローモーションのように感じられた。

 刃が俺の頭上で、光を反射する。


(…………あぁ)


 無理だな。

 もう俺にはこれを防ぐ力がない。

 覚悟を決めて瞼を閉じた。


「ダメなのですーーっ!!」


 リコッタが飛び出した。


 リコッタは山猫の従魔だ。

 全力を出せば、その動きは常人の目では追えない程に速くなる。

 彼女は全身で俺を庇うように、力いっぱい抱き付いてきた。


「ちょっ、ちょっと!? あなたっ!?」


 勇者の剣は止まらない。

 振るわれた刃が、リコッタの背中に吸い込まれていく。


「――ッ、ぁう!?」


 吹き出した血飛沫が右の頬を赤く染めた。

 大きく目を見開く。

 背中を切り裂かれたリコッタが俺に縋りついた。

 震える細い指で、血に濡れた俺の頬に触れる。


「…………フォルッ……さ、ま……」


 俺に抱き付いたリコッタが、そのままずるずると崩れ落ちていく。

 彼女は地面に倒れこみ、そのまま動かなくなった。


「…………リコッ……タ……?」


 認識が追いつかない。

 地面にできた血溜まりを呆然と眺める。


 赤い血がどんどん広がり大地に染み込んでいく。

 頬についたリコッタの血を指で拭った。


 そして次の瞬間。

 どす黒い衝動が、俺の意識を塗り潰した――

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