04 女勇者ペコリーノ
名乗りを終えて、目の前の女に剣を突き付ける。
今度は俺が誰何する番だ。
「おい、お前。……お前は『勇者』で間違いないな?」
少し遅れて、リコッタが茂みから飛び出してきた。
俺の後ろに隠れる。
ぴたっと背中にくっついた彼女は、肩越しに顔を覗かせた。
「……そうよ」
女勇者が俺たちを睨みつけてきた。
鋭くつりあがった眦。
気の強そうな女だ。
「名はなんというのだ?」
問うと女勇者は、「うっ」と言葉に詰まった。
どうしたのだろうか。
「なんだ? 名前がないのか、勇者よ」
「………リーノ……」
女勇者が視線を横に逸らした。
小声で呟く。
だがその声は、小さすぎて聞き取れない。
「は? なんだって?」
「……コリーノ……」
「まったく聞こえんぞ? もっとハキハキと話せ!」
強めに促すと、きつい視線で睨まれた。
なんだ?
頬が赤いな。
こいつなにを恥ずかしがっているんだ?
「だ、だから、ペコリーノだって言ってんのよ! 何度も言わせないでよね!」
ペ、ペコリ……?
なにをふざけているのだろう。
「……腹でも減っているのか?」
「……くッ」
女勇者の視線がますます鋭くなった。
眼力でひとでも殺せそうなほどだ。
ペコなんとかの肩は、わなわなと震えていた。
リコッタが背後から、服をチョイチョイと引っ張ってくる。
「……フォルさま。……フォルさま」
「なんだ、リコッタ。いまは取り込み中だぞ」
「思い出したのです。あの勇者さんのお名前は『ペコリーノ・ロマーノ』さん。お歳は二十代前半くらいのお方だったのですよ」
「……ああ、たしかそんな名前だったか」
変な名前だ。
女勇者は相変わらず俺たちを睨んでいる。
性格のきつそうな女だな。
そのペコなんとかをほったらかしにして、肩越しにリコッタと話していると、彼女は不満げに漏らしだした。
「……ふ、ふん! 勇者の名前くらい、覚えておきなさいよね」
「お前だって俺の名前を知らなかっただろうが、ペコリーヌ」
「ペコリーノよ!」
即座に訂正された。
こいつは自分の名前に、思うところでもあるのだろうか。
まぁ変な名前だもんな。
「大体あなたは一介の冒険者でしょう! そんなの、あたしが名前なんて知ってるわけないじゃない!」
「俺はもう冒険者ではない!」
「そうなのです! いまのフォルさまはわたしたちの園長さんなのです!」
「知らないわよそんなこと! バッカじゃないの!」
ギャーギャーと罵り合う。
喧しいことこの上ない。
初対面だというのにこの女、まったく礼儀のなっていないことだ。
不意にペコリーノが真顔になった。
「……それであなた。邪龍なんかを庇って、いったいなんのつもりかしら?」
俺は背後に倒れ伏した邪龍を一瞥した。
虫の息だが、まだちゃんと生きている。
「こいつはウチの目玉商品だ。殺すな」
「はぁ? 自分が何を言っているのか分かっているの? そいつは邪龍。邪な魔獣よ?」
ペコリーノが端正な顔を歪めた。
まるで犯罪の共謀者でも見るような目を向けてくる。
「……ふん」
俺はそんな女勇者の態度を、鼻で笑い飛ばした。
「なにをもって邪などと決めつける? むしろ俺には、嬉々としてこいつを殺そうとするお前のほうこそ、邪悪な存在に見えたぞ? 勇者ともあろうものが、恥を知れ」
勇者とはもっと気高い者のはずだ。
少なくともかつて俺が志した勇者は、悲鳴をあげる子どもをいたぶるような存在ではなかった。
「……このあたしを相手に、よくぞ吠えたものね」
ペコリーノの瞳に怒りの色が浮かんだ。
どうもいまの言葉は禁句だったようだ。
「いいか、よく聞け。こいつは邪な存在などではない」
「……なにを根拠に言ってるわけ?」
根拠、根拠か……。
俺は考える。
この龍には邪悪さは如何程も感じられない。
悲鳴も幼子のものだった。
会話の才能を持つ俺にはそれがわかるのだ。
とはいえこれは俺だけに備わった特別な技能。
おいそれと他人に話すようなものではないし、話したとしても信じてもらえない可能性が高い。
だがこの才能を秘密にしたままでは、ペコリーノを説得することは難しいだろう。
それにこの女勇者は、なにも問答無用というわけではないらしい。
一応、ひとの話を聞く耳は持っているようだ。
……それなら。
よし、話してみるか。
俺は真実を伝えることにした。
「俺は生まれつき動物と『会話』ができる。それがたとえ邪龍であろうともだ」
「……はぁ?」
ペコリーノが訝し気に眉をひそめた。
「そんなこと出来るわけないでしょ。……もしかしてあなた、あたしをバカにしてるの?」
ペコリーノがつま先でトントンと地面を叩きだす。
不機嫌さを隠そうともしない。
「ねぇ。いまが冗談を言っていい場面かどうかも判断出来ないわけ?」
「本当のことだ。この俺をお前ごときの物差しで測ろうとするな。本当に俺は、動物の声を聞くことができる。だからこそ一流のビーストテイマーだ!」
ペコリーノは半信半疑といった様子だ。
「じゃあ、証明してみせて」
「よかろう。いまから初対面のこの邪龍と会話をし、芸をさせてやる。その曇った目を開いて、しかと見定めろ!」
邪龍に向き直った。
「おい、お前! 俺の言葉がわかるな!」
重傷の邪龍はヒューヒューとヤバげな吐息を漏らし、横倒しになったままだ。
虚ろな瞳で俺を見上げてきた。
手のひらを上に向けて邪龍に差し出す。
「よーしよし、いい子だ。俺の話はわかるな? ……お手! おかわり! 手を出さんか!」
返事がない。
まるで屍のようだ。
いや、もちろん生きてはいるのだが、返ってくるのは荒い吐息と光を失った瞳だけ。
何度手を差し出してもお手をしない。
「むぅ、普段はこうではないのだぞ?」
ペコリーノから深いため息が聞こえた。
「……もういいわ、あなた。――覚悟なさい!」
勇者がいきなり飛び掛かってきた。
俺はリコッタを遠ざけるべく、反射的に脇へと突き飛ばす。
尻餅をついたリコッタが「あいたっ」と小さく声をあげた。
それと同じタイミングで、勇者の片手剣が俺の肩に向けられる。
大上段からの振り下ろし。
俺は両手剣を全力で振り回し、勇者のその剣撃を迎え撃つ。
ガキン、と硬質な音が響いた。
「……っ、くぁぁ!?」
なんだこの力は!?
この女勇者、物凄い膂力だ。
渾身の力で受け止めた俺の両腕が、片手しか使っていないペコリーノの力に押し負けている。
「へえ、口先だけかと思ったら本当に強いのね? まさかあたしの剣を受け止めるなんて」
「ほざけ! 勇者ごときが、この俺を舐めるなよ!」
力を振り絞って両手剣を振りぬく。
ペコリーノを吹き飛ばした。
けれども彼女は難なく地面に着地して、余裕の態度を崩さない。
「骨の1本や2本は覚悟してもらうわよ? 嫌ならそこを退きなさい」
「ふん、大口を叩きよって。返り討ちにしてくれるわ! リコッタ! お前は邪龍の手当てでもしていろ!」
「は、はいなのですぅ!」
リコッタが慌てふためく。
飛び跳ねて戦いの場から離れた。
それを皮切りに、俺と女勇者との戦いの幕が切って落とされた。




