03 邪龍を見つけたが様子がおかしい。
俺は剣を手に取り、邪龍が吠えた方向に駆けだした。
「フォルさま、待ってくださいなのです!」
ザックを背負いなおしたリコッタが、少し遅れてついてくる。
「ギィアアアアオオオオーーーーッ!」
近い!
咆哮はすぐそこから聞こえてきている。
こっちか!
一日中探し回ってようやく見つけたのだ。逃してなるものか!
遠目に邪龍の巨躯が見えてきた。
走るのをやめて、付近の茂みにさっと身を潜める。
遅れて追いついてきたリコッタも、気配を殺し、俺に並んで身を隠した。
「ぜぇ、ぜぇ……。お、置いてかないで欲しいのですよぉっ!」
「しっ! 静かにしろ!」
「んもごぉ!?」
リコッタを抱き寄せ、口を手のひらで押さえる。
なんだか邪龍の様子がおかしい。
何者かと闘っている?
「はっ! ていや!」
「ギュルギギョエエエエーーーーッ!」
目の前で繰り広げられる奇妙な光景に目を凝らした。
なにが起きている?
眼前の光景に見入った。
リコッタの口と鼻を手で塞ぎながら。
「ふんぐるぃぃっ!? むぐるぅなふぅっ!?」
「こら馬鹿者! 変な声をだすな」
暴れるリコッタの口を、手のひらでしっかりと押さえる。
散々探し回って見つけた邪龍。
黒々として威圧的なまでに巨大な体躯を誇るその龍は、蒼銀の鎧を身に纏ったひとりの女にボコられていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「んむごぉっふ! ふむぐるぃ!」
胸元でリコッタが、ふがふが言いながら暴れている。
「ええい、やかましいぞ!」
「……ぷはぁ!」
手を離すとリコッタが大きく息を吸い込んだ。
ぜぇはぁと、肩で息をしている。
「いったい何をやってるんだ、お前は。静かにせんか!」
「ひ、酷いのですよ、フォルさまぁ。窒息死するかと思ったのです!」
わけのわからんことを言うやつだ。
とりあえずこいつのことは放っておこう。
眼前で展開されている争いを注視した。
リコッタが恨めしそうな上目遣いで、俺をジトッと睨んできたがスルーだ。
茂みの隙間からそっと邪龍と女を覗き見る。
「……なんだあの女は? エゲツない強さだな」
「す、凄いのです、ってあのひと! まさか!?」
リコッタが驚きの声をあげそうになる。
俺は再び素早くリコッタの口元を押さえた。
「ふもごぉ!?」
「だから静かにしろといってるだろう! あの女はおそらく勇者だな。……こんな場所でお目に掛かるとはな」
勇者。
それは神の力をその身に宿す存在。
悪意の化身である魔王がこの世に顕現するのと前後して誕生し、その神聖なる力で邪悪を打ち滅ぼす存在だ。
今代の勇者は、金糸のように美しい長髪の、見目麗しい女だと伝え聞く。
その特徴は目の前で邪龍を叩きのめそうとしている女とも一致する。
たしか名前は、ぺ、ペコリ……、ペコなんとかいうやつだ。
「……んぐぅ! ……ふんぐるぃ!」
なんでも勇者は王国に召し抱えられているらしい。
それで王都からほど近い、こんな峠に出没した邪龍を退治しに来たのだろう。
単身での邪龍討伐とは恐れ入る。
だがあの邪龍は、我がクラフトマン幻想動物園の目玉となるべくして生まれてきた邪龍だ。
退治されてしまっては堪らない。
「……んむごぉ、……ふみぎゅぅ……」
とはいえ目の前で戦いを繰り広げる勇者の強さは驚異的だ。
いかに俺が元冒険者の凄腕ビーストテイマーだとしても、こんな化け物と真正面から戦っては勝ち目がない。
「…………んぎゅぅ。……んぐぅ……」
どうするか。
ここはリコッタの意見も聞いてみよう。
胸元に抱いた山猫少女に問いかける。
「おい、リコッタ。どうしよう……、ってお前、なにをやっているのだ?」
「…………むきゅぅ……」
リコッタは白目を剥いて、ぐったりとしていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「参考までに聞いてやる。お前としては、どうすればいいと思う?」
「んー、そうなのですねぇ」
回復したリコッタが、腕組みをしてあごに指を添えた。
なんか偉そうだ。
小生意気なやつめ。
いらっとしたので頭を小突く。
「あいたっ! な、なにをするのですかぁ!?」
リコッタは涙目になって、叩かれた頭をさすっている。
「フォルさまはいっつも意地悪なのですよぉ!」
「やかましい。それよりお前はどうするべきだと思うのだ」
「ふむぅ、そうなのですねぇ。……まずは邪龍さんを逃すべきなのです!」
うぬぬ……。
せっかく見つけた邪龍を逃がすのは癪だが、たしかにそうだな。
ここは仕方あるまい。
「……うむ。このままではウチの目玉商品が殺されてしまうしな。だがどうやって逃がす?」
「あの勇者さんの隙をついて、この煙玉を投げつけるのですよ!」
リコッタがザックから煙玉を取り出した。
じゃじゃーんと握った手を突き出す。
煙幕か。
その方法でいくか。
ひっそりと気付かれないように茂みを移動し、戦いの場へと近づいていく。
「あ、あとフォルさま、フォルさま。間違っても勇者さんと、真正面から戦おうとしないで欲しいのです」
「…………は?」
なにを当たり前のことを。
そんなことをしたら、下手すれば殺されてしまうわ。
その程度のこともわからんとは、相変わらずオツムの弱い相棒だ。
呆れつつもリコッタの顔をみた。
「……絶っ対に、正面から戦ってはいけないのです」
その表情は、真剣そのものだ。
だからつい俺も、真面目に応えてしまう。
「わかっている。無茶はしない。だからそんなに俺の身を案じるな」
山猫耳の生えた頭にぽふっと手を乗せた。
安心させるようにぐりぐりと撫でまわす。
「……フォルさまの心配はしていないのです。むしろ心配なのは勇者さんのほうなのです。……もし勇者さんが、あの驚異的な強さで、フォルさまを追い詰めてしまったら……」
もふもふした栗色の髪の感触を楽しむ。
柔らかなさわり心地。
撫でまわすのに夢中になった俺は、リコッタの小さな呟きを聞き落とした。
煙玉を握り締めながら、邪龍と女勇者の戦いを見守る。
隙をみてこいつをぶつけてやる。
こそこそと近づいた。
けれども激しい戦いの最中にあっても、女勇者はまったく隙をみせない。
その間にもどんどんと邪龍は傷を負い、追い詰められていく。
もう隙とかどうでもいいから、適当に投げつけてやろうか。
そんな焦りが心に芽生えた。
でも下手に投げて、炸裂する前に投げ返されでもしたら、溜まったもんじゃないしなぁ。
「やっべぇぞ……」
目を覆いたくなる展開だ。
もっと頑張れよ邪龍!
俺は心のなかで声援を送ることにした。
(頑張れ頑張れ出来る出来る絶対出来る! 頑張れもっとやれるって! やれる、気持ちの問題だ、頑張れ頑張れ! そこだ、そこで諦めるな! 絶対に頑張れ、積極的にポジティブに頑張れ! 俺の幻想動物園の未来はお前に掛かってんだよ!)
あ、いま邪龍が剣で突かれた。
ダメだ。
声援むなしく邪龍は女勇者に叩きのめされ続けている。
「はぁ!」
勇者の剣が邪龍の翼を切り裂いた。
「ギュリグギィイエエエーーッ!(やめッ、もうやめるのじゃーッ!)」
……ん?
いまなんか、情けない声が聞こえたぞ?
たぶん子供の声だ。
「せぃ!」
「グギュウウグエエエエーーッ!(ふぇえ、ふぇええッ、もう嫌なのじゃー!)」
また聞こえた。
いまのは、……邪龍が叫ぶ声か?
意識を集中してその声に耳を傾ける。
女勇者の突き出した剣が、今度は邪龍の左太腿を貫いた。
「ギィグルァゴアアアアーーッ!(痛いっ、脚に穴が空いたのじゃー!)」
勇者は攻撃の手を休めない。
むしろどんどん激しくなっていく。
「グルギィガァウウウーーッ!(尻尾が、妾の尻尾がぁ! うぇえ。誰か、助けて……)」
邪龍が泣き叫んでいる。
心に届いたその声は、まだ幼くあどけない。
「くらいなさいっ、とぁ!」
「ギャギィグゥアアアアーーッ!(やめっ、痛ぅ、助けて、ゥッうえええーーッ!)」
間違いない。
あの龍は子供だ。
ボロボロになるまで叩きのめされた幼子が、助けを求めている。
「……勇者が、こんなことをしても、いいのか……」
「え? ファルさま? いまなにか言いましたか?」
悲痛な叫び……。
俺からおちゃらけた雰囲気が消えていく。
眼前で繰り広げられる凄惨で一方的な行いに、気持ちが急速に冷え込んだ。
表情が引き締まっていく。
「しぶとい魔獣ね、……はぁっ!」
女勇者の剣が邪龍の右太腿を貫いた。
両脚を貫かれた龍は、泣きながら崩れ落ちる。
「……グルゥ……オオォ(……嫌じゃ、死にたくない。……誰か、誰か助けて……)」
邪龍にはもう立ち上がる力は残されていない。
まるで首を差し出すかのような姿勢で、その場に崩れ落ちた。
「あぁ!? 邪龍さんが!?」
倒れた龍に向かって、女勇者が一歩、また一歩と近づいていく。
「……おい、リコッタ」
「は、はいっ!」
「やるぞ」
「は、はいっ! ……はえぇっ!?」
女勇者が右手の剣を天高く掲げた。
血に濡れた刀身が鈍く光る。
とどめを刺すつもりだ。
「まったく……。手こずらせてくれたものね」
「…………グルォ(…………誰か)」
勇者の剣が、龍の頭を目掛けて振り下ろされる。
まさにその瞬間――
「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉっっ!!」
茂みから猛スピードで飛び出した。
全身の力を脚に込め、大地を蹴って爆風のように駆けていく。
俺の姿を認めた女勇者が、目を見開いた。
「おうるあああああああああああああああっっ!!」
瞬く間に距離をつめた。
腰から引き抜いた剣をフルスイングして、振り下ろされた女勇者の剣を、下から上に撥ね上げる。
「くっ!? なんなの!?」
弾かれた剣の勢いそのまま、勇者が後方に飛び退いた。
俺と邪龍から距離を置く。
勇者の碧い瞳には、警戒の色がありありと見て取れる。
「あなた、なぜ邪魔をするの! 一体なにもの!」
誰何された。
勇者が厳しい視線を向けてくる。
俺は瀕死の邪龍を背に庇って、位置を取り直した。
「俺かぁ? 聞いて驚け! 俺の名はフォルマッジョ・クラフトマン! かの有名な……」
「……どこかで聞いたことがあるような名前ね。でも忘れちゃったわ。……冒険者かしら?」
俺を知らないだと!?
この女、もぐりか!?
これでも俺は、ギルドでトップクラスまで上り詰めた凄腕の冒険者だったのに!
有名なんだぞ!
ぐぬぬ……。
「ふ、ふん! いまから嫌でも覚えるようになる」
肩に剣を担ぎ上げ、胸を張った。
「では改めて名乗ってやる。今度は忘れないように耳の穴をかっぽじって聞いておけ!」
大きく息を吸い込んだ。
「俺の名前はフォルマッジョ・クラフトマン! これから王都一になる幻想動物園、クラフトマン幻想動物園の二代目園長さまだ!」




