01 呼んでもないのに千客万来
わぁわぁと、遠くの喧騒がここ園長室まで届いてきた。
今日も我がクラフトマン幻想動物園は、結構な数の来園客で賑わっている。
実にいい感じだ。
少しずつではあるが経営に余裕も出てきた。
なんと先日などは、角兎を6羽も仕入れることが出来たほどだ。
今度イベントスペースで『触れ合い、ホーンラビットコーナー』でも設けよう。
きっと子どもたちが喜ぶだろう。
「ふふふ。さすがは俺。自分の才覚が怖い……」
ホーンラビットはまぁ、そこまで値の張る魔獣ではない。
とはいえ、新たな魔獣の買い付けが出来たことには違いない。
これは俺の園長就任後、初の快挙である。
素晴らしい成果といえよう。
順調すぎて、オストが不平を漏らすくらいだ。
仕方がないのであいつには、何か適当な無茶振りを考えておくとする。
「フォルさま、お茶ここにおいておくのです」
「うむ。ご苦労」
リコッタの淹れたお茶をずずっと啜る。
うまい。
喉を通るお茶の熱さを楽しみながら、ほっと息を吐いた。
ちょうど園長室に誰かがやって来た。
バタンと勢いよく扉が開かれる。
「フォルマッジョ・クラフトマン! 今日こそ話を聞いてもらいますわ!」
顔を出したのはパルメだった。
レッジャーノ幻想動物園の園長で、赤髪赤ドレスのお嬢さまだ。
こいつはここ最近毎日のように顔を出しては、ぎゃあぎゃあと喚いていく。
もしかして暇なんだろうか。
「あ、パルメさん。いらっしゃいませなのです。いまお茶をお淹れしますね」
「いつも悪いですわね」
「気にしないでほしいのですよ」
パルメがリコッタの淹れた茶をすすって、ほっと息を吐いた。
「ええい、毎日毎日なんなのだお前は! リコッタも、茶など出さんでもいい!」
「なにってバジリスクを返すのですわ!」
パルメは背後に、太っちょな眼鏡の男を連れていた。
男は額の汗をハンカチで拭っている。
そのすぐそばには初老の執事と何人もの黒服SP。
こっちはまあいつも通りだ。
「なんだ、そのデブメガネは?」
「こちらは労働契約にお詳しい先生ですわ! 今日こそバジリスクを連れて帰りますわよ!」
こいつ、まだマルツのことを諦めていなかったのか。
あきれるほどしつこいやつだな。
「はひ、はふ、初めまして。わ、私、王国保険労務士のこういうもので……」
眼鏡の男が名刺を差し出してきた。服が汗でびっしょり濡れている。
「知らん、知らん! さぁリコッタよ、昼の休憩は終わりなのだ!」
「はいなのです。じゃあわたしは一足お先に、山猫舎に戻りますね」
園長室を出て行くリコッタを見送る。
眼鏡デブをスルーして、俺もソファから立ち上がった。
そのまま園長室のドアを開いて外へ出る。
今日も園内を視察して回ろう。
「待つのですわ、フォルマッジョ・クラフトマン!」
さて、どこにいこうか。
まずは邪龍舎だな。
きっとモツァレラは居眠りしているだろう。叩き起こしてやらんとな。
園長室を出てしばらく歩いたところで、また声を掛けられた。
「み、みつけたわよ! フォルマッジョ・クラフトマン! はぁ、はぁ……」
パルメか?
いや違う。
彼女も俺のすぐ後ろについてきているが、声の出所はもう少し遠い。
今度は誰だ?
振り返ると金髪碧眼の女勇者ペコリーノ・ロマーノがいた。
珍しく肩で息をしている。
「……なんなのだ、今日は一体。千客万来だな」
どうせ来るなら来園客がいいんだがなぁ。
小さくため息をついた。
見ればペコリーノは神妙な顔をしている。
「どうしたのだ、ペコリーヌ?」
「ペコリーノだっつってんでしょ。そ、そんなことより……っ!」
なんだこいつ慌てよって。
突っ込みにいつもの切れがないぞ。
「それより大変なのよ! あの神獣が! 神獣ベヒモスが、王国に向ってきているの!」
「……はぁ? 急になにを言いだすのだ?」
首を傾げた。
現れて早々そんなことを叫ばれても、全然話についていけない。
「王侯貴族や王国騎士団は、いま大騒ぎしてるわよ! 急がないと大変なことになるわ!」
「だから何の話だと言っているのだ! 順を追って話せ!」
一喝すると、ペコリーノがハッとした。
取り乱していることに気が付いたらしい。
彼女は胸に手を当てて、すぅはぁと深呼吸をした。
どうやらようやく、平静さを取り戻したようだ。
「……ふぅ。あたしとしたことが、ごめんなさい。じゃあ最初から話すわよ? あなたベヒモスは知っているかしら?」
「ベヒモス? それってあのベヒモスですかしら? 聖国の守護獣。『神獣ベヒモス』」
パルメがしれっと会話に混ざってきた。
というかこいつら顔見知りか?
「……? 見ない顔ね。あなた、この園長さんの新しい従魔?」
「なぁ!? 従魔なんかじゃありませんわよ!」
どうやら初対面だったようだ。
「ええい、話がややこしくなるだろうが! パルメよ、お前は口を出すんじゃない!」
「と、とにかくそのベヒモスよ。それがいま、王国に向って侵攻してきているの!」
「な、なんですって!?」
パルメが驚愕する。
そんな驚くことなのか?
神獣ベヒモス。
名前だけは聞いたことがあるような気がするが、所詮はたかだか獣の一匹。
王国の上層部が慌てるほどのこともなかろうに……。
「ベヒモスは、数多いる幻想生物のなかでも頂点クラスの怪物。世界にたった3頭しかいない神獣の一角よ。その力は勇者すら、……このあたしすら凌駕すると言われているわ。その神獣が王国に向ってきている」
勇者以上だと!?
それが王国に向って来ている。
一大事ではないか!?
ようやく事の重大さが理解できた。
ふと気付くと、ペコリーノが慌てる俺をじっと見つめていた。
なんだろう。
「聖国の神獣が解き放たれた。それを聞いて、あたしはピンときたわ。ベヒモスを解放したのは聖女グリュイエール・キッシュ・フォンデュ。……ルイエよ」
あの銀髪乳女か。
しかし一体なんだってそんな真似を。
ペコリーノの話に耳を傾ける。
「そしてルイエの狙いはあなた。クラフトマン幻想動物園の園長さん。……いえ、『魔王フォルマッジョ・クラフトマン』」




