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slapstick fantasy ~王都外れの幻想動物園~  作者: 猫正宗
第1章 邪龍を捕まえて見世物にしよう!
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02 ビーストテイマーって

 燦々と降り注ぐ陽の光。

 強い日差しに照らされながら、俺たちは峠に向かう坂道を登っていく。


「ふぇぇん……。待って下さいなのですー!」

「こら! なにをちんたら歩いている!」

「ぜぇ、ぜぇ……。フォルさまもちょっとくらい、荷物持って欲しいのですよぉ! はぁはぁ」

「なにを言うか! 持っているではないか! ほれ」


 腰の剣をシャキーンと引き抜いた。

 刀身がキラリと太陽光を反射する。


「そ、それだけじゃないですかぁ……。ぜぇ、ぜぇ……」


 リコッタはザックを背負っている。

 小柄な細い体には不釣り合いなほど、大きなザック。

 重量感もたっぷりである。


 対して俺の荷物はこの剣のみ。

 身軽な装備で峠道もなんのそのだ。


「ちょっとだけでいいんで、荷物持ってくださいなのですぅ」

「馬鹿者! 魔物に襲われたら、誰が矢面に立って戦うと思っているのだ!」


 俺はビーストテイマーではあるが、戦闘となれば自ら前衛で剣を振るう。

 いわば戦うビーストテイマー。

 そしてリコッタは山猫の従魔だが後衛。

 ……というか基本的に戦闘には参加せず、戦闘の際のメインの役割は俺のアシストと応援なのである。


「で、でも、もう足腰がぁ。……ぅう、フォルさまぁ……」

「まったく軟弱なヤツめ!」

「ふぇ、ふぇぇん。もう休みたいのですよぉ」


 リコッタが泣き言を漏らす。

 と思ったら、顔を背けてぶつくさと呟き始めた。


「……ちぇ。もうすっかり、いつものフォルさまに戻っちゃって。これならもう少しくらいの間、しょぼくれたままで居てくれても良かったのです。……ぶつぶつ」

「ん? 何か言ったか?」

「な、なんでもないのですよぉっ」


 見ればたしかに、独り言を呟くリコッタの膝はカクカクと笑っていた。

 かなり疲労がたまっているのだろう。

 うーむ、これはちょっと休憩したほうが良さそうだ。


「ちっ、仕方ない。じゃあ、あそこの木陰まで歩いたら、少し休むことにするぞ!」

「は、はいなのです!」


 リコッタの表情がぱぁっと華やいだ。




「フォルさまはどうやって邪龍を捕まえるつもりなのですか?」


 木陰に入り、ふたりして水筒の水で喉を潤していると、リコッタが尋ねてきた。

 まぁ当然の質問だろう。

 邪龍は強大な力を持っているからな。

 普通なら捕らえることなんて出来やしない。

 だが俺には少し考えていたことがある。


「それはだな。……とりあえず、寝込みを襲おうと思う」


 正面から戦っても邪龍にはまず敵わない。

 龍という種族はすべての個体がひとつの例外もなく、超が付くほど凄い力を持っている。

 そんな相手と真っ向から戦っても敵う道理がないのだ。


 だが龍とて生物。

 寝ているときは多少なりとも無防備を晒すことになるは必然。

 なんなら睡眠薬を盛って眠らせてから、襲ってやってもいい。


「ふぁ!? ね、寝込みぃっ!? そ、それはちょっと……」

「ふむ……、そうだなぁ。寝ているところに上から大岩をぶつけてやるとか。立地的にそれが無理なら、落し穴にでも嵌めてやるか……」


 一度でダメなら何度でも寝込みを襲おう。

 でもあまり怪我をさせるのも可哀想だな。


 そんなことを考えていると、リコッタが「うわぁ」という表情で俺を見ていた。

 ドン引きの顔だ。


「……なんだお前。なにか文句でもあるのか?」

「そ、それはちょっと、いくらなんでも卑怯というか……」

「馬鹿者! 戦いに卑怯もクソもあるか! 勝てばよかろうなのだっ!」


 まったくこいつは今の状況がまったく理解できていないらしい。


 ここで邪龍を捕まえられなければ、我がクラフトマン幻想動物園は終わりだ。

 借金も返せず不渡りをだして、追加の借入れも不可能となるだろう。

 もちろん手形取引も停止。


 その先に待っているのは二度目の不渡り。

 ……事実上の倒産だ。


 戦い方なんぞについて、しのごの言っている場合ではないのである。


「で、でも……。あ、そうだ!」

「ん? なんだ、言ってみろ?」

「『会話』して説得するのはどうですか? フォルさまになら、出来るはずなのです!」

「む? んぬぬ……。それは……」


 たしかに『会話』することは出来る。

 俺は元冒険者の凄腕ビーストテイマー。

 並みのビーストテイマーには出来ないことも、俺なら出来る。

 そのうちのひとつが、動物との会話だ。


 この世には稀に『才能タレント』をもって生まれてくる者がいる。

 俺もそのうちの一人だ。


 才能とは一種の特殊技能である。

 なんでも様々な効力の発現が確認されているらしい。


 俺の場合は『会話』の才能を持って生まれてきた。

 俺はこの技能により普通の動物から、果ては魔獣や幻獣の類に至るまで、知性を持つあらゆる生物と意思疎通、……というか話すことができた。


 ちなみに生まれつき才能を持たない者も、後天的にその力を得ることがあるらしい。

 むろんこれは極々稀なケースだ。

 実際に成長してから才能を発露させたやつになんて、お目にかかったことはない。


「会話かぁ。でも、相手は邪龍だぞ? 話しをする余地なんてあるのか?」

「そんなの話してみないことにはわからないのですよ! でもきっと、いきなり襲い掛かるより、そのほうがずっといいのです!」

「ふむ、そうだなぁ……」


 リコッタのいうことにも一理ある。

 いきなり寝込みを襲ったりして、万が一にも邪龍がいいやつだった場合、かなり後味が悪い。

 それに会話で良好な関係を築けたなら、それにこしたことはないのだ。


「うむむ……。よし、わかった! まずは何はともあれ話をしてみよう!」

「わぁ、それでこそフォルさまなのです!」

「ふふふ……、そう褒めるな! それよりも交渉が決裂した場合に備えて、逃走の準備はぬかりなくしておけよ」

「もちろんなのです! えっと、こっちが煙幕用の煙玉。こっちはくしゃみ玉。これがなみだ玉で、この子が身代わり人形……」


 リコッタがザックをがさごそと漁って、たくさんの道具を取り出して見せた。

 たしかに万全だ。

 これなら万一、会話の最中に襲われたりしても安心だろう。


「よし、ならば休憩は終わりだ! さっさと邪龍を見つけ出して連れて帰るぞ!」

「はいなのです!」


 俺たちは休憩を終え、再び坂を、えっちらおっちら登り始めた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 陽が傾きだした。暮れていく夕陽が、俺たちの影を長く地面に伸ばす。


「邪龍さん、いないのです……」

「ああ。どこにもいないな」


 一日かけて峠を散々探し回ったが、邪龍の姿は影も形も見当たらなかった。

 新聞には『目撃情報、相次ぐ』って書いていたのになぁ。


「仕方あるまい。今日はもう切り上げるか……」

「じゃあわたし、その辺りにテントを張るのですよ」


 リコッタがザックを地面に下ろして肩を回す。

 テントの設営を始めた。

 俺はすこし離れた場所で倒木に腰掛け、そんな様子をぼうっと眺める。

 しんどいので設営を手伝ったりはしない。


「明日は邪龍さん、見つかるといいのですねぇ」

「そうだなぁ」


 今日は歩き回りすぎて疲れた。

 寝る前に麦酒で一杯やろう。

 美味い酒に思いを馳せながら、適当に相槌を打つ。


「……そういえば、フォルさま? え、えっと……」


 リコッタが作業の手を止めた。

 どうにもなにかを口籠っている。


「ん? なんだ?」


 促すとぽつぽつと話し始めた。


「……邪龍さんがもし、もしも同意してくれるなら、……『テイム』するのですか?」


 彼女は尋ねながらもこちらを振り向かない。

 だから俺はリコッタがいま、どんな表情をしているのかまではわからない。

 ただ少しだけ、その声が震えているような気がした。


「……そうだなぁ」


 リコッタは従魔仲間に嫌な思い出を持っている。

 俺はそのことを思い出した。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 従魔のテイム。

 それはビーストテイマーが、そのクラスに就いて最初に覚える技能だ。


 この技能による契約に基づいてテイムされた動物、つまり従魔は、テイマーとの間に精神的な繋がりが出来る。

 ……ただしこれは、テイマーへの隷属と言い換えてもいい。

 つまりビーストテイマーは、従魔へ命令を強制することが可能となるのだ。


 といっても自害しろだとか、肉親を殺せだとか、そんな無茶な命令にまで従わせることは出来ない。

 従魔印による強制を除いては……。


 従魔印。

 それは従魔に刻まれる隷属の楔である。


 (あるじ)たるビーストテイマーは従魔印を通じて、3度までどんな無茶な命令でも従魔に強いることができる。

 ただし従魔印による命令をすべて使い果たしてしまうと、その従魔に対しては普通の命令を聞かせることすら困難になる。


 それが従魔契約だ。


 これは従魔側からすれば、一方的な隷属契約だ。

 なんのメリットもない。

 だから普通のビーストテイマーは、相手を痛めつけ、屈服させてから契約を強要する。


 まったく気が滅入る話である。

 もちろん契約は主人側からであれば解除することも可能だが、俺を除いて、あまり従魔を解放したとかそういう話は聞かない。


 ところで俺のテイムは特殊だ。

 俺と契約し従魔となった動物は、なぜか皆が一様に『人化』の能力を得る。

 これまでに俺は3匹の従魔と契約してきたが、みんなそうだった。


 ちなみに目の前の山猫少女リコッタも、そのようにして人化の力を得た従魔である。

 こいつも元はただの山猫だった。

 そのリコッタと契約したのは、もう8年も前のこと。

 あのころの凶事が、脳裏をよぎりかけ――


(……っと)


 それはいま思い返しても仕方があるまいか。

 ともかくいまは邪龍の話だ。

 たしかに邪龍をテイム出来るのなら、それが一番手っ取り早い。

 だが……。


 過去に俺が契約した従魔は3匹。

 山猫であるリコッタの他に、グリフォンの雄とヘルハウンドの雌をテイムしていた過去がある。

 どちらの従魔も、リコッタとは比較にならない戦闘力を有したレアな従魔だった。


 表面上、俺の従魔3匹は仲良くやっていた。

 だが実際には、あいつらは俺の目が届かないところで、リコッタを苛めていたのだ。


『山猫なんぞ何の役にも立ちはしない』

『無駄飯ぐらいの穀潰し』


 なんて、リコッタを蔑みながら……。


 それに気付いた俺は激怒した。

 それはもう烈火の如く怒った。


 そうしてあいつらとの従魔契約を断ち切った俺は、以来こうしてリコッタとふたりきりで、新しい従魔をテイムすることもなく、これまでやってきたという訳である。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 邪龍をテイムしますか、か……。


「そうだなぁ……。リコッタ、お前が邪龍のテイムは嫌だというのなら、俺は――」

「な、なーんちゃってなのです!」


 リコッタがくるりとこちらを振り返った。

 その顔には悪戯っぽい笑みが張り付いている。


「くすくす。フォルさま、なんか真剣な顔をしているのです!」

「……んなっ!?」

「ちょっと雰囲気出してみただけなのですよー! いえーい、引っ掛かったのです!」

「こ、こいつ!」


 ほっと胸を撫で下ろした。

 注意深くリコッタを観察する。

 大丈夫だ。

 暗い影は見当たらない。


「もしチャンスがあれば、邪龍さんテイムしちゃいましょう!」

「……ああ、そうだな。ほら、お前はさっさとテントを張ってしまえ。飯にするぞ」

「はぁい、なのです」


 リコッタが再びテントの設営に取り組み始めた。

 そのとき――


「グルゥオオオオオオオーーーーッ!」


 咆哮が峠を震わせた。

 ビリビリと大気が振動し、鳥たちが一斉に羽ばたいていく。

 反射的に俺は、座っていた倒木から腰を浮かせる。


「……ぅあっ!? すごい声なのです! フォルさま、いまのは!?」

「ああ! 邪龍だ!」


 立て掛けていた剣を手に取る。

 俺は声のしたほうに向かって、脇目も振らずに駆け出した。

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