03 回想、フォルとリコッタ
ところ変わって女部屋。
温泉からあがって夕食を堪能し終えたわたしたちは、部屋へ戻ってきていた。
もうお布団が敷かれている。
きっと食事をしている間に、仲居さんが敷いてくれたのだ。
ふかふかのお布団に寝そべるとシーツが肌に擦れて、ひんやりと冷たい感触がした。
「ふぃー。お夕飯、美味しかったのですー」
わたしはお腹をさする。
食事は山菜や川魚を中心にした質素なものだったけれども、どの料理も手が込んでいてとても美味しかった。
フォルさまとモツァレラさんなんて、料理を取り合って騒いでいたくらい。
温泉も凄く気持ちよかったし、とても楽しい旅行だ。
それに、新たに加わった従魔のみなさんとの仲も深まった気がする。
……実のところ、わたしは少しだけ不安だったのだ。
だってわたしは以前、わたしの後からフォルさまの従魔に加わったあのひとたちに、隠れていじめられていたことがあるから。
「神妙な顔をして、どうしたんだリコッタ? 考えごとか?」
「なんじゃ、もう腹が空いたのかえ? さっき食べたばかりじゃろ」
「悩みがあるなら、余に話してみよ」
一斉に声が掛けられた。
どうも心配されてしまったようだ。
ちょっと嬉しくて、照れ笑いをしてしまう。
「……えへへ。なんでもないのですよー!」
「そうか? ならいいんだが」
みんないいひとたちだ。
ひとしきり雑談を交わしていると就寝の時間になった。
わたしはみなさんにひと声掛けてから部屋の照明を落とし、布団に潜り込んだ。
みなさんも同じようにして布団に包まる。
「じゃあそろそろ眠るのです。おやすみなさいー」
「うむ。おやすみなのじゃ」
「余も寝よう」
「ああ。お前たち、おやすみだ」
しんと部屋が静まり返った。
でもなんとなく寝付けない。
冒険の旅はともかく、こうして同じ従魔の方々と慰安旅行するなんて初めてだから、気分が高揚しているのかもしれない。
しばらくすると、モツァレラさんの寝息が聞こえてきた。
ほかのふたりはもう寝たのかな?
いや、多分まだ起きている。
気配が伝わってきた。
6畳間に4人分の布団を敷くと、部屋はもういっぱいだ。
隙間なく布団をくっつけ合って眠っているものだから、なんとなくわかる。
「……フォルさまは、ちゃんと寝たのでしょうか」
誰に話すでもなく、何の気なしに呟いた。
布団を蹴り飛ばしたりしていないだろうか。
マルツさんが横になったまま、こちらに顔を向けた。
「貴様は心配性だ。いつもフォルを気にしている」
「だって……」
わたしは生まれてすぐの頃から、ずっとフォルさまと一緒にいる。
ほとんど離れたことはない。
……離れていたのは、あのときだけ。
……わたしが狂ってしまった、あのとき。
「あの者は、余を打ち負かすほどの強者。誰かの心配を必要とする男とも思えんが」
「それは、フォルさまのなかに眠るものを、まだ知らないからなのです……」
シーツが擦れる音がした。
オストさんだ。
体を起こして、わたしを振り返ってきた。
「……少し寝付けないな。よければ僕たちに、お前とフォルの話を聞かせてくれないか」
少しだけ考えてから、覚悟を決めた。
「……わかったのです。あれはもう何年も前のこと……」
みなさんには話さないといけない気がする。
いえ、聞いてもらいたい。
モツァレラさんのいびきを耳にしながら、わたしはとつとつと語り始めた――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あれはまだわたしがただの山猫だった頃のことだ。
あの日、気付けばわたしは1匹で森をさ迷っていた。
いつ両親とはぐれたのかはよく覚えていない。
ともかく仔猫だったわたしは、森で1匹、不安と寒さに震えていた。
それがわたしの最初の記憶だ。
いつまで震えていただろう。
なんにも食べていなかったわたしは、ひもじくて、当て所なく森をさまよい始めた。
そうして不用心に歩き回っていたら、遭遇してしまったのだ。
小さなわたしとは比べ物にならないほど、大きな大きな狼たちに。
狼の群れはわたしを見つけるなり、嬉しそうにガウッと吠えて追い回してきた。
わたしは必死になって走って逃げた。
でも当時のわたしはまだ小さな仔猫。
狼たちから逃げられるはずもなく、すぐに追いつかれてしまった。
「ガルルゥッ……」
狼が唸る。
剥きだされた犬歯が恐ろしい。
追い詰められたわたしは、鳴いて助けを呼ぶことも出来ずに、ただ瞼を閉じて震えていた。
狼の大きな口が迫る。
生暖かな吐息がわたしの被毛を揺らせた。
……嫌っ! 死にたくない!
誰か、お願い。誰か助けて!
願ったそのとき――
「ギャインッ!?」
狼が悲鳴を上げた。
わたしは反射的に閉じていた目を見開いた。
「なにをしているのだっ、この犬っころども!」
わたしの瞳に誰かの影が映った。
石をぶつけられた狼たちは、怒り狂ってその何者かに襲い掛かった。
激しい乱闘がはじまる。
その人影は手に持った木の棒で、狼たちを迎え撃っていた。
「ふん! お前らのような雑魚が、束になってもこの俺に敵うものか!」
その何者かは多勢に無勢ながらも、気勢をあげて奮闘していた。
長い争いの時間が過ぎる。
遂に狼たちは、その人影を仕留めることを諦め、この場から去っていった。
「はぁ、はぁ……。く、口ほどにもない、やつらだな」
その人はぼろぼろになっていた。
全身傷だらけだ。
わたしはまだ怯えて震えながらも、その何者かに近付いていった。
足下にまとわりつき、「ニャー」と鳴いて顔を見上げる。
「……大丈夫だったか、お前」
その人が、わたしを抱き上げた。
擦り傷だらけの頬を指で拭って、にかっと笑う。
「ミャ、ミャア(あ、ありがとうなのです)」
「……ふはは! これも俺が勇者になるための試練だ。気にするな!」
乱暴に返事をして、わたしを懐にしまい込む。
暖かな体温と、どくどくと脈打つ鼓動が全身に伝わってきた。
いつの間にかわたしの震えは止まっていた。
これがわたし『リコッタ』と、その人『フォルマッジョ・クラフトマン』の出会いだった。
わたしを助けてくれた頃のフォルさまは、まだ12歳の少年だった。
フォルさまは王都の片田舎で、お母さまとふたりで暮らしていた。
フォルさまは、わたしを飼うことにしてくれた。
ふたりと1匹の生活の始まりだ。
お母さまも、わたしをとても可愛がってくれた。
住んでた田舎は僻地といってもいいほどの寒村だった。
フォルさまと同世代の子供はひとりもいない。
だからフォルさまは、いつもわたしを連れて、山野を駆け回って遊んでいた。
「ほぉらリコッタ! とってこい!」
「ミャ、ミャー!(わ、わたしは犬じゃないのですよぉ!)」
とまぁ、こんな感じだ。
その頃からすでに『会話』の才能を使いこなしていたフォルさまは、いっつもわたしを子分扱いしてきたけど、わたしはそれが楽しくて満足だった。
他にも勇者ごっこなんかも、よくして遊んだ。
フォルさまが勇者役で、わたしが魔王役。
なんでも最近、王都のほうで勇者さまが現れたって噂になっているらしい。
15歳の成人の儀で、勇者のクラスに選ばれた、ペコなんとかっていう女のひと。
噂を聞きつけたフォルさまは、ぐぬぬと悔しそうに唸った。
出会った頃からフォルさまは、勇者を目指していたのだ。
男の子らしい憧れだと思う。
勇者に選ばれるべきは自分のはずなのに。
俺なら勇者も務まるはずだ。
フォルさまはそう言って地団駄を踏んだ。
でもわたしもそう思う。
だってフォルさまはまだ子供なのに、狼の群れを追い払ってしまえるくらい強くて、とても優しかったから。
時は流れ、フォルさまは15歳になった。
ようやく成人である。
王国では人々は15歳になると成人の儀を受ける。
そこで後の人生の指針とするべく、適正クラスの審査を受けるのだ。
「なんでだ! どうしてこの俺が勇者ではないのだ! うぬぬ」
成人の儀で、フォルさまは勇者に選ばれなかった。
魔法の水晶球に、ビーストテイマーの素養ありと判定されたらしい。
開花させた才能の影響かもしれない。
……でも多分、ビーストテイマー適正ありとされた一番の理由は、ずっとわたしと一緒にいたからだと思う。
なんだかちょっと申し訳ない。
「ふ、ふん……。まぁいい。別にまだ、勇者になれないと決まった訳じゃない」
「ニャフー!(それでこそフォルさまなのです!)」
フォルさまは、勇者になることを諦めていなかった。
成人の儀で判定される適正クラスは、あくまでその時点のものだ。
その後の努力で適正が変化する事もままある。
だから成人の儀の時点では、提示されたクラスに就かない人も多くいた。
特殊スキルの取得など、クラスに就くことによるメリットは多い。
でも一度クラスを固定してしまうと、生涯そのまま変えることはできない。
だから慎重に考えるのだ。
フォルさまもビーストテイマーにはならず、引き続き勇者を目指すことを選択したようだった。
「リコッタよ! 王都で勇者適正を持つものが現れたというそれ自体が、魔王が現れる予兆らしい。なんでも魔王の正体は、あらゆる生物の悪意らしいぞ。生き物に憑依するらしい。それを打ち払うのが勇者だ。どうだ、カッコいいだろう?」
フォルさまは勇者や魔王について、色々調べていた。
「誰が魔王の依代になるかは規則性も何もないらしいがな。だが必ず現れる。だから絶対に俺も勇者になるのだ! そして魔王を倒し、目立ちまくってやるからな! ふはははは!」
「ミャフーン!(かっこいいのです、フォルさま!)」
勇者を目指して意気込むフォルさま。
勉強はあんまりだったけど、戦闘訓練はとっても頑張っていたし、わたしもそれを心から応援した。
……その矢先だ。
「……ぁ。ぁぁ……。ぃや、……いやなのです……」
胸の奥底から、タールのように粘着質な悪意が湧き上がってくる。
それはみるみるうちに肥大化し、この身を喰い破る破壊衝動となった。
どす黒い殺意が、小さな山猫の体躯をメキメキと変質させていく。
――その日、わたしは魔王に選ばれた。




