表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
slapstick fantasy ~王都外れの幻想動物園~  作者: 猫正宗
閑話 みんなで行こう、温泉旅行!
27/31

03 回想、フォルとリコッタ

 ところ変わって女部屋。

 温泉からあがって夕食を堪能し終えたわたしたちは、部屋へ戻ってきていた。


 もうお布団が敷かれている。

 きっと食事をしている間に、仲居さんが敷いてくれたのだ。


 ふかふかのお布団に寝そべるとシーツが肌に擦れて、ひんやりと冷たい感触がした。


「ふぃー。お夕飯、美味しかったのですー」


 わたしはお腹をさする。

 食事は山菜や川魚を中心にした質素なものだったけれども、どの料理も手が込んでいてとても美味しかった。

 フォルさまとモツァレラさんなんて、料理を取り合って騒いでいたくらい。


 温泉も凄く気持ちよかったし、とても楽しい旅行だ。

 それに、新たに加わった従魔のみなさんとの仲も深まった気がする。


 ……実のところ、わたしは少しだけ不安だったのだ。

 だってわたしは以前、わたしの後からフォルさまの従魔に加わったあのひとたちに、隠れていじめられていたことがあるから。


「神妙な顔をして、どうしたんだリコッタ? 考えごとか?」

「なんじゃ、もう腹が空いたのかえ? さっき食べたばかりじゃろ」

「悩みがあるなら、余に話してみよ」


 一斉に声が掛けられた。

 どうも心配されてしまったようだ。

 ちょっと嬉しくて、照れ笑いをしてしまう。


「……えへへ。なんでもないのですよー!」

「そうか? ならいいんだが」


 みんないいひとたちだ。

 ひとしきり雑談を交わしていると就寝の時間になった。

 わたしはみなさんにひと声掛けてから部屋の照明を落とし、布団に潜り込んだ。

 みなさんも同じようにして布団に包まる。


「じゃあそろそろ眠るのです。おやすみなさいー」

「うむ。おやすみなのじゃ」

「余も寝よう」

「ああ。お前たち、おやすみだ」


 しんと部屋が静まり返った。

 でもなんとなく寝付けない。

 冒険の旅はともかく、こうして同じ従魔の方々と慰安旅行するなんて初めてだから、気分が高揚しているのかもしれない。




 しばらくすると、モツァレラさんの寝息が聞こえてきた。


 ほかのふたりはもう寝たのかな?

 いや、多分まだ起きている。

 気配が伝わってきた。


 6畳間に4人分の布団を敷くと、部屋はもういっぱいだ。

 隙間なく布団をくっつけ合って眠っているものだから、なんとなくわかる。


「……フォルさまは、ちゃんと寝たのでしょうか」


 誰に話すでもなく、何の気なしに呟いた。

 布団を蹴り飛ばしたりしていないだろうか。


 マルツさんが横になったまま、こちらに顔を向けた。


「貴様は心配性だ。いつもフォルを気にしている」

「だって……」


 わたしは生まれてすぐの頃から、ずっとフォルさまと一緒にいる。

 ほとんど離れたことはない。


 ……離れていたのは、あのときだけ。

 ……わたしが狂ってしまった、あのとき。


「あの者は、余を打ち負かすほどの強者。誰かの心配を必要とする男とも思えんが」

「それは、フォルさまのなかに眠るものを、まだ知らないからなのです……」


 シーツが擦れる音がした。

 オストさんだ。

 体を起こして、わたしを振り返ってきた。


「……少し寝付けないな。よければ僕たちに、お前とフォルの話を聞かせてくれないか」


 少しだけ考えてから、覚悟を決めた。


「……わかったのです。あれはもう何年も前のこと……」


 みなさんには話さないといけない気がする。

 いえ、聞いてもらいたい。


 モツァレラさんのいびきを耳にしながら、わたしはとつとつと語り始めた――


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 あれはまだわたしがただの山猫だった頃のことだ。


 あの日、気付けばわたしは1匹で森をさ迷っていた。

 いつ両親とはぐれたのかはよく覚えていない。


 ともかく仔猫だったわたしは、森で1匹、不安と寒さに震えていた。

 それがわたしの最初の記憶だ。


 いつまで震えていただろう。

 なんにも食べていなかったわたしは、ひもじくて、当て所なく森をさまよい始めた。


 そうして不用心に歩き回っていたら、遭遇してしまったのだ。

 小さなわたしとは比べ物にならないほど、大きな大きな狼たちに。


 狼の群れはわたしを見つけるなり、嬉しそうにガウッと吠えて追い回してきた。

 わたしは必死になって走って逃げた。


 でも当時のわたしはまだ小さな仔猫。

 狼たちから逃げられるはずもなく、すぐに追いつかれてしまった。


「ガルルゥッ……」


 狼が唸る。

 剥きだされた犬歯が恐ろしい。


 追い詰められたわたしは、鳴いて助けを呼ぶことも出来ずに、ただ瞼を閉じて震えていた。


 狼の大きな口が迫る。

 生暖かな吐息がわたしの被毛を揺らせた。


 ……嫌っ! 死にたくない!

 誰か、お願い。誰か助けて!


 願ったそのとき――


「ギャインッ!?」


 狼が悲鳴を上げた。

 わたしは反射的に閉じていた目を見開いた。


「なにをしているのだっ、この犬っころども!」


 わたしの瞳に誰かの影が映った。

 石をぶつけられた狼たちは、怒り狂ってその何者かに襲い掛かった。


 激しい乱闘がはじまる。

 その人影は手に持った木の棒で、狼たちを迎え撃っていた。


「ふん! お前らのような雑魚が、束になってもこの俺に敵うものか!」


 その何者かは多勢に無勢ながらも、気勢をあげて奮闘していた。


 長い争いの時間が過ぎる。

 遂に狼たちは、その人影を仕留めることを諦め、この場から去っていった。


「はぁ、はぁ……。く、口ほどにもない、やつらだな」


 その人はぼろぼろになっていた。

 全身傷だらけだ。


 わたしはまだ怯えて震えながらも、その何者かに近付いていった。

 足下にまとわりつき、「ニャー」と鳴いて顔を見上げる。


「……大丈夫だったか、お前」


 その人が、わたしを抱き上げた。

 擦り傷だらけの頬を指で拭って、にかっと笑う。


「ミャ、ミャア(あ、ありがとうなのです)」

「……ふはは! これも俺が勇者になるための試練だ。気にするな!」


 乱暴に返事をして、わたしを懐にしまい込む。

 暖かな体温と、どくどくと脈打つ鼓動が全身に伝わってきた。

 いつの間にかわたしの震えは止まっていた。


 これがわたし『リコッタ』と、その人『フォルマッジョ・クラフトマン』の出会いだった。




 わたしを助けてくれた頃のフォルさまは、まだ12歳の少年だった。

 フォルさまは王都の片田舎で、お母さまとふたりで暮らしていた。


 フォルさまは、わたしを飼うことにしてくれた。

 ふたりと1匹の生活の始まりだ。

 お母さまも、わたしをとても可愛がってくれた。


 住んでた田舎は僻地といってもいいほどの寒村だった。

 フォルさまと同世代の子供はひとりもいない。

 だからフォルさまは、いつもわたしを連れて、山野を駆け回って遊んでいた。


「ほぉらリコッタ! とってこい!」

「ミャ、ミャー!(わ、わたしは犬じゃないのですよぉ!)」


 とまぁ、こんな感じだ。


 その頃からすでに『会話』の才能タレントを使いこなしていたフォルさまは、いっつもわたしを子分扱いしてきたけど、わたしはそれが楽しくて満足だった。


 他にも勇者ごっこなんかも、よくして遊んだ。

 フォルさまが勇者役で、わたしが魔王役。


 なんでも最近、王都のほうで勇者さまが現れたって噂になっているらしい。

 15歳の成人の儀で、勇者のクラスに選ばれた、ペコなんとかっていう女のひと。


 噂を聞きつけたフォルさまは、ぐぬぬと悔しそうに唸った。

 出会った頃からフォルさまは、勇者を目指していたのだ。


 男の子らしい憧れだと思う。

 勇者に選ばれるべきは自分のはずなのに。

 俺なら勇者も務まるはずだ。

 フォルさまはそう言って地団駄を踏んだ。


 でもわたしもそう思う。

 だってフォルさまはまだ子供なのに、狼の群れを追い払ってしまえるくらい強くて、とても優しかったから。




 時は流れ、フォルさまは15歳になった。

 ようやく成人である。


 王国では人々は15歳になると成人の儀を受ける。

 そこで後の人生の指針とするべく、適正クラスの審査を受けるのだ。


「なんでだ! どうしてこの俺が勇者ではないのだ! うぬぬ」


 成人の儀で、フォルさまは勇者に選ばれなかった。

 魔法の水晶球に、ビーストテイマーの素養ありと判定されたらしい。

 開花させた才能タレントの影響かもしれない。


 ……でも多分、ビーストテイマー適正ありとされた一番の理由は、ずっとわたしと一緒にいたからだと思う。

 なんだかちょっと申し訳ない。


「ふ、ふん……。まぁいい。別にまだ、勇者になれないと決まった訳じゃない」

「ニャフー!(それでこそフォルさまなのです!)」


 フォルさまは、勇者になることを諦めていなかった。


 成人の儀で判定される適正クラスは、あくまでその時点のものだ。

 その後の努力で適正が変化する事もままある。

 だから成人の儀の時点では、提示されたクラスに就かない人も多くいた。


 特殊スキルの取得など、クラスに就くことによるメリットは多い。

 でも一度クラスを固定してしまうと、生涯そのまま変えることはできない。


 だから慎重に考えるのだ。

 フォルさまもビーストテイマーにはならず、引き続き勇者を目指すことを選択したようだった。


「リコッタよ! 王都で勇者適正を持つものが現れたというそれ自体が、魔王が現れる予兆らしい。なんでも魔王の正体は、あらゆる生物の悪意らしいぞ。生き物に憑依するらしい。それを打ち払うのが勇者だ。どうだ、カッコいいだろう?」


 フォルさまは勇者や魔王について、色々調べていた。


「誰が魔王の依代になるかは規則性も何もないらしいがな。だが必ず現れる。だから絶対に俺も勇者になるのだ! そして魔王を倒し、目立ちまくってやるからな! ふはははは!」

「ミャフーン!(かっこいいのです、フォルさま!)」


 勇者を目指して意気込むフォルさま。

 勉強はあんまりだったけど、戦闘訓練はとっても頑張っていたし、わたしもそれを心から応援した。

 ……その矢先だ。


「……ぁ。ぁぁ……。ぃや、……いやなのです……」


 胸の奥底から、タールのように粘着質な悪意が湧き上がってくる。

 それはみるみるうちに肥大化し、この身を喰い破る破壊衝動となった。

 どす黒い殺意が、小さな山猫の体躯をメキメキと変質させていく。


 ――その日、わたしは魔王に選ばれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ