幕間 バジリスクの従魔カースマルトゥ
「ママぁ! 山猫なんてつまんないよぉ。邪龍を見に行こうよぉ! そのあとは霊獣麒麟!」
「あ、たっくん! 走らないの!」
山猫舎に背を向けて少年が駆けだした。
そのあとを母親が追いかけていく。
視察に励む俺は、その背中を微笑ましく見守る。
山猫姿で展示ルームに入っているリコッタは、ちょっとしょんぼりとしていた。
だが俺の心は晴れやかだ。実に清々しい。
「ミャミャー(わたし、人気がなくて、ごめんなさいなのです……)」
あのガキはわかっていない。
派手さはないが、山猫もよいものだ。
「ふん、気にするな。お前はその分、お茶汲みなりで役に立てばよい。……それよりどうだ!」
ばっと腕を広げた。
リコッタに園内を見せる。
見渡す限りのひと、ひと、ひと!
休日の我がクラフトマン幻想動物園は、かつてない賑わいをみせていた。
「ニャワア!?(わぁ、すごいのです!?)」
「だろう! ふはっ! そうだろう! これもすべて俺さまの手腕だ!」
邪龍に続いて霊獣麒麟。
これらを立て続けに入荷しただけでも凄いのに、ここにきて我が幻想動物園は、更なる目玉商品を入荷していた。
その目玉とは『蛇の王バジリスク』。
俺は転んでもただでは起きない男。
レッジャーノ幻想動物園に忍び込んだあの夜。
鮮やかな我が手管を思い返す――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
土煙が晴れていく。
バジリスクを殴り倒した俺は、その場に片膝をついた。
もう限界だ。
「つ、疲れたぁ……」
リコッタにモツァレラにオスト。
人化した俺の従魔たちが駆け寄ってきた。
「凄い一撃だったな! お疲れさまだ、フォル!」
「ふわぁ! こんな強い魔獣を倒してしまうなんて、さすがはフォルさまなのです!」
「働きすぎたのじゃ。妾は腹が減った!」
俺を囲んでわいわいと騒ぎ始める。
これでようやく事態も終結だ。
モツァレラも取り返して目的は達したし、もう帰ろう。
今日はさしもの俺も疲れた。
さっさと寝たい。
「ではお前たち! 帰るぞ!」
よいせと立ち上がって、膝についた埃を払う。
従魔たちを引き連れて1歩を踏み出したところで、はたと思い付いた。
気絶したバジリスクが引っ掛かる……。
そうだ。
こいつ……。
「……? フォルさま。帰らないのですか?」
リコッタが立ち止まった俺に、小首を傾げた。
「……ふは、ふはははは! チャンス! これは千載一遇のチャンスだぞ!」
「なんじゃお主。ついに頭がおかしくなったのかぇ?」
いきなり笑い出した俺に、みんなが訝しげな視線を投げ掛けてくる。
というかモツァレラのやつ、好き放題いいよって。
あとでお仕置きだな。
「……バジリスクだ」
呟いた俺に、ますます従魔たちが不審そうな顔をした。
ここまでヒントを与えてやっても、まだ分からんのか。
まったくおつむの弱いやつらだ。
俺は悲しいぞ。
「バジリスクがどうしたんだ? 気絶しているみたいだな」
「だからバジリスクだ! ふはっ! こいつ起こしてテイムするのだ。ふはは! これはいい見世物になるぞ! ふははははははははっ!」
「……はっ!? お前は天才か、フォル! その無茶な思いつき! まさに冒険じゃないか!」
「え……? はええええええ!? む、無茶なのですよぉ! また暴れ出したらどうするのですか!? オストさんもフォルさまを煽らないでほしいのです!」
バジリスクに近づく。
大きな鶏冠をスパンと叩いた。
「あわわ! 危ないのですよぉ!」
リコッタが俺を止めようと、縋りついてきた。
だがスルーだ。
オストはわくわくした顔で成り行きを見守っている。
状況を理解できていないモツァレラは、馬鹿面で突っ立っていた。
「なぁに、暴れたときはまたボコればいいのだ! そらっ、起きろお前!」
瞬膜を閉じた蛇がピクピクする。
もう一度、今度は強めに頭を叩くと、気絶から回復したバジリスクが、縦長の瞳孔で俺をジロリと睨んできた。
「はわわわわわっ! 起きちゃったのですよぉ!?」
「おいお前! 俺はビーストテイマーのフォルマッジョ。お前は俺の従魔になれ!」
単刀直入に命じた。
こういうのは初っ端が肝心なのだ。
バジリスクは反応しない。
うつむいて、じっとなにかを考えているようだ。
「こら! なんとか言ったらどうなのだ!」
「……シャア(……余は、負けたのか)」
言葉の意味が伝わってくる。
どうやら暴走は収まっているようだ。
これなら会話が出来る。
「もう一度言うぞ? お前、俺の従魔になるのだ!」
バジリスクがチロチロと赤い舌を出した。
「……シャワワ(……それはつまり、負けたのだから勝者に従えと、そういうことか?)」
「ふんっ。飲み込みが早いではないか。その通りなのだ! お前には我がクラフトマン幻想動物園の目玉商品かつ、俺の従魔になってもらう」
少し考え込んだあと、バジリスクが頷いた。
「シュルリ……(いいだろう。世の理は弱肉強食。貴様の願いを聞き入れよう……)」
素直なやつだ。
聞こえてくる声は雌のものだし、もしかしてこいつ、俺に惚れたのではあるまいな?
案外可能性あるぞ。
背中越しに、リコッタの安堵する吐息が届いてきた。
ともかく契約だ。
バジリスクの額に手を翳す。
従魔契約の魔法陣が現れた。
「おいお前。名前があるのなら言ってみろ」
「シュルルル(余の名はカースマルトゥ。世界中の蛇を統べる、蛇の王バジリスクだ)」
カースマルトゥか。
長くて呼びにくいから『マルツ』でいいか。
契約の光が眩く輝いた。
マルツが頭を垂れ、契約を受け入れる。
胸元に従魔印が刻まれた。
光が収束していく。
目の前に現れたのは、豪奢な若緑色のドレスに身を包だ長身の女。
ロングの緑髪に王冠を被った美女だ。
縦長に切れた瞳孔と、微かに残る蛇肌が特徴的である。
「……これは?」
マルツが人になった自分の姿を眺めた。
少し驚いているようだ。
「それは『人化』の能力だ。俺の従魔になると、みなその能力に目覚める。ともかくこれからはお前も俺の従魔だ! 言う事をよく聞いて、きりきり働くのだぞ!」
こうしてバジリスクのマルツが、俺の従魔となった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
回想しながら、園内の視察を続ける。
展示スペースで居眠りをするモツァレラを叩き起こし、のんびりモードのオストには、雷を纏って見物客を沸かせと無茶振りをして回る。
どちらも盛況でなによりだ。
そして次はお待ちかねのバジリスク舎である。
歩いていくと、晴天の下、遠目からもマルツの威容が見えてきた。
「わあ! すっごいよ、お母さん! 見てみてぇ!」
「こら、たっくん! 柵に乗り出しちゃ危ないでしょ!」
はしゃいでいるのは、どうやら先ほどの親子のようだ。
楽しそうでなにより。
リコッタの山猫姿はお気に召さなかったらしい少年も、壮観なバジリスクには大満足のようである。
「結構、結構! 大いに楽しんでいくのだぞ少年! ふはははははは!」
高笑いをした。
そのとき――
「フォルマッジョ・クラフトマン! やっと見つけましたわよ!」
赤髪の女が肩を怒らせて近づいてきた。
パルメだ。
初老の執事と幾人もの黒服SPを従えた彼女がマルツを指差しながら歩いてくる。
もう片方の手で、俺の目の前にとあるチラシを突きつけてきた。
「あなた! これはどういうことですの!」
押し付けられたチラシに目を走らせる。
『大人気!?』
『こんなの今まで見たことない!』
『あのクラフトマン幻想動物園に、蛇の王バジリスクさんがやってきた!』
『山猫さんや邪龍さんや麒麟さんも、みんなを待ってるよ!』
……素晴らしい。
実に素晴らしい出来栄えのチラシだ。
「ぬふっ。よいチラシだな。特にここに描かれているイケメン園長が、いい味出してる」
「そうじゃないでしょ!」
なんなのだこの女。
さっきからきゃんきゃんと、喧しいことこの上ない。
「バジリスクですわよっ、バジリスク! このバジリスクはウチの目玉商品ですわよ!」
ちっ、小賢しい。
気付きよったか。
でも取りあえずは、一旦白を切ることにする。
「……し、知らんなぁ、証拠でもあるのか?」
「ふざけるんじゃないですわ! これは誰がどう見てもウチのバジリスクですわよ!」
誤魔化されんか。
パルメはぎゃあぎゃあと騒ぎ立てている。
来園客たちが何事かとこちらに注目し始めた。
ちょうどいい。
この衆人環視のなかで、マルツが誰のものかハッキリとさせてやろうではないか。
「返しなさい! このバジリスクがいなくなったせいで、ウチの来園客が減っているのですわよ! いますぐに返しなさい!」
「ええい! 喚くな、鬱陶しい! これを見ろ!」
懐から羊皮紙を取り出した。
丸まっていたそれを広げて、目の前で騒ぎ立てる女に見せつける。
パルメは信じられないものを見たように、大きく目を見開いた。
「んなっ!? そ、それはぁ!?」
ふはっ!
驚愕が心地よい。
「目ん玉かっぽじってみるがいい! これは労働契約書! 我がクラフトマン幻想動物園とバジリスクの間で交わされた、正式な労働契約の証なのだ! ふはははははは!」
ぐうの音も出まい!
俺の知謀が冴え渡る。
こうなることを予見して、事前にオストに契約書を作らせ、マルツにサインさせておいたのだ。
「どうだぁ? 無理やり連れ帰るかぁ? 労働基準法違反で、王都労働基準監督署を敵に回すことになるぞぉ?」
「く……っ。くぅぅ……っ! まさかこんな意趣返しを!」
パルメが地団駄を踏み出した。
わなわなと震える彼女に老執事が耳打ちする。
「……お嬢様、分が悪うございます。ここは出直した方が……」
「わ、分かってますわよ! くぅ! あなた! 覚えておきなさい!」
パルメが背を向けて去っていく。
その姿はまさに敗者。
「ふはっ! 一昨日来やがれ! ふはははははははは!」
完全勝利だ!
俺は高笑いを続けながら、小さくなっていく女の背中を見送った。




