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slapstick fantasy ~王都外れの幻想動物園~  作者: 猫正宗
第3章 潜入!レッジャーノ幻想動物園
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07 貸し借りはなしですわ

 激しい戦いの終結からしばらくして、避難していたパルミジャーノが戻ってきた。


 執事と黒服SPも一緒だ。

 彼女は俺を見つけるなり、慌てた様子で駆け寄ってきた。


「あ、あなた! 怪我は大丈夫ですの!?」


 なんだ? こいつ、俺の心配をしているのか?


 ふふん。

 いけ好かないお嬢様かと思っていたら、可愛いところもあるではないか。


「ふん! 問題ない。あの程度、怪我のうちにも入らんのだ! ふはははは!」


 高笑いをする俺を見て、パルミジャーノが胸を撫で下ろす。

 乱れた呼吸を落ち着かせたところで、彼女が幼女姿のモツァレラに気付いた。


「……あなた、どうして邪龍舎から出ていますの?」

「妾は帰るのじゃ」


 なんでも救出時に経緯を聞いたオストによると、モツァレラのやつは、ここレッジャーノ幻想動物園には、ちょっと遊びに来ただけのつもりだったらしい。


 美味しいご飯をご馳走になったら、帰るつもりだったんだとか。

 なのに邪龍舎に閉じ込められて困っていたところを、オストが解放したのだそうだ。


 俺はモツァレラの不用心さに、小さくため息をつく。


 まったく食い意地のはったやつめ。

 そんなに飯が不満だったのか。

 ……仕方がないから、少しだけ食事の質をあげてやるか。


 逸れた意識をパルミジャーノに戻す。

 彼女は呆れ顔をしていた。


「……帰る? でも私が『はいそうですか』なんて答えると思っていますの? こちらには労働契約書が――」

「ちょっと待ったなのです! じゃじゃーん! 契約書はわたしが持っているのですよー!」


 リコッタが羊皮紙を広げて、パルミジャーノに見せつけた。

 得意満面だ。


「なっ!? あなた、それは!?」

「ふははは! 驚いたかこの間抜けぇ! さぁリコッタよ! そんなものは、さっさと破り捨ててしまえ! ふはははは!」

「合点承知なのですよー!」


 契約書がビリビリに破かれる。

 パルミジャーノが大きく目を見開いた。


 みたか!

 見事にやり込めてやったわ!


 気分は爽快。

 俺は高笑いを続けながら、得意気なドヤ顔で、悔しそうにするパルミジャーノを見下す。


「……く、……くぅ……」

「どうした、パルなんとかぁ? これでもう邪龍を縛るものはなにもない。大手を振って連れて帰ることが出来るぞ! ふはははは!」


 完全勝利だ。

 彼女は俯いて、わなわなと肩を震わせていた。


「……く、……くふ、……ふふふ……」

「ほぉれ、どうした? 悔しいかぁ? ふははは!」

「……ふふ。……ふふふ。……おーほっほっほぉ!」


 パルミジャーノがいきなり笑い出した。


 なんだ?

 この女、気でも触れたか?


 不気味な様子に軽く引き気味になる。


「おーほっほぉお! 爺!」


 パルミジャーノが執事に手を伸ばして、なにかを受け取った。


 羊皮紙っぽい。

 どうやら書類のようだ。


 彼女は勝ち誇った顔で、その書類を広げてみせる。


「教えてあげますわ! そこのお間抜けさんが破いた労働契約書は、真っ赤な偽物! 本物はこれですわぁ!」

「な、なにぃっ!? そんなバカな!?」


 リコッタを見る。

 俺と目があった彼女は、ぶんぶんと首を横に振っていた。

 自分は知らないぞアピールだ。


「お、おいフォル! たしかにあれは本物の労働契約書だぞ!」


 オストが言うなら間違いないのだろう。

 一体どうなっている!?


「ふふん! 最初に言ったでしょう? あなたたちの行動なんて、すべてお見通しだと! だから偽物を準備しておいたのですわ! おーほっほっほ……ほげっ、げほ! ごほっ!」


 くそぅ!

 完全にしてやられた!


 俺ともあろうものが、こんな笑い過ぎで咳き込むようなアホな女にやり込められるとは。


「お、おのれぇ……!」


 ギリギリと歯噛みする。

 悔しげに歯を鳴らす俺を、踏ん反り返って小馬鹿にしてくるパルミジャーノ。

 しばらくそうして笑っていた彼女が、不意に高笑いをやめた。


「……ですが、これは、こう」


 何気ない仕草で、労働契約書の端を両手で持ち直す。

 パルミジャーノが契約書を、真っ二つに引き裂いた。

 そのままビリビリと破いていく。


「お、おまえ!? 何をしているのだ!?」


 彼女は無言で契約書を破く。

 細切れになったそれを、最後は空中へと放り投げると、風が紙片をさらっていった。


「……そこの邪龍は、連れて帰りなさい。麒麟の件も、商工会議所には私が取りなしておきましょう。……これで借りはなしですわ」

「借り? なんのことだ?」


 俺の問い掛けを無視して、パルミジャーノがくるりと背を向けた。


「爺! 行きますわよ!」


 彼女が立ち去っていく。


「お、おい! パルなんとか!」


 呼び止めると数歩歩いた先で、パルミジャーノが足を止めた。

 俺を振り返る。


「……『パルなんとか』は、やめて下さいまし。私の名前はパルミジャーノ。特別にパルメさんと呼ぶことを許可しましょう」


 パルメさん。

 パルメか……。


 再びパルメが背を向けて、歩み去っていく。


 ……と、思ったらまた足を止めて振り返った。

 こいつ、なかなか去り際の悪いやつだな。


「ところで、あなた?」

「なんだ?」

「あなたの後ろに控えている、その深緑色の髪の女性。見覚えがないのですけど、最初からいましたかしら?」

「……む、無論だ。さ、最初からいたぞ?」


 パルメが首を捻る。


「そうでしたかしら? まあいいですわ。そうそう。倒したバジリスクはどこに?」

「……あ、あっちの方に行ったかなぁ……」


 頷いてから彼女は、黒服SPたちに消えたバジリスクの捜索を命じた。


 再び背を向ける。

 今度こそようやく、パルメは立ち去っていった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 騒動の収まったレッジャーノ幻想動物園。

 その上空に、ひとりの女の姿があった。


「……ふふ。……うふふ……」


 ふわりと風に靡く銀の髪が、月明かりを反射する。


「……遂にぃ、……遂に見つけましたわぁ」


 上気した頬。

 潤んだ瞳。

 聖国の法衣を纏うその女は、まるで情婦のように荒い息を吐いている。


「…………魔王」


 女が舌舐めずりをした。

 妖艶な唇が濡れて、ぬらぬらと赤く光る。

 蕩けてた瞳が、ゆっくりとつり上がり、徐々に狂気を孕んでいく。


「……ふふ、うふふ……。ふふふふふ……、うふふふふふふふふふ……っ!」


 常軌を逸した笑い声が、夜の闇へと溶けていった。

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