05 バジリスクが現れたが様子がおかしい。
「フォ、フォルさまぁ!」
「ぐ、ぐはぁ……! く、来るんじゃない!」
駆け寄ってくるリコッタを制する。
バジリスクが俺の体から牙を引き抜いた。
狙った獲物を狩り損ねた大蛇は、不機嫌さを隠そうともせずに、舌をチロチロさせている。
「が……、かは……っ」
真っ赤な血を口から吐き出す。
俺は肩と脇腹を深く抉られていた。
「あ、あなた!? 大丈夫ですの!? そ、その傷は!?」
「シャアアアアーッ!」
バジリスクが再びパルミジャーノを襲った。
一度狙いを定めた相手を執拗に追い回すさまは、実に蛇らしい。
「きゃあああ!?」
叫ぶ彼女を小脇に抱えて、バジリスクの攻撃を躱す。
ガクッと膝が折れそうになった。
だが気合いで踏み止まる。
「あなた! どうして私を助けますの!?」
「だ、黙っていろ! 舌を噛むぞ……!」
初老の執事の下まで、なんとかパルミジャーノを運んだ。
「ぐぅ……っ。おいジジイ! あ、あとは任せて大丈夫か! がはっ」
「お任せ下さいませ! お嬢様はこの私めが、必ず安全な場所までお連れいたします!」
「そ、それよりあなた!? 大怪我を……!?」
「いいから、さっさとこの場を離れるのだ!」
執事がパルミジャーノの手を無理やり引き、走り去っていく。
これで彼女は大丈夫だろう。
俺は肩と脇腹からダラダラと血を流しながら、バジリスクに向き直った。
「おい、お前! ぐふっ、いきなりなんのつもりだ!」
「シャアアアアアアッ!(………………ッ!)」
問い掛けるもバジリスクの発する威嚇音は、意味をなしていない。
なんだこいつ。
なぜ会話ができない?
考えようとしても、怪我のせいで意識が集中できない。
頭がくらくらしてきた。
血が足りないのだ。
悪寒も止まらないし、身体中が痛む。
もしかすると、これは毒が回っているのだろうか。
それにさっきから危険なことになっている。
意識の奥底で、黒い衝動が蠢き始めた。
これは解き放ってはいけない魔王の力だ。
なんとかそれを鎮めながら、バジリスクに語りかける。
「ひゅー、ひゅー。お、お前、急に襲い掛かってくるとは、何事だ! 事と次第によっては許さんぞ! ぜぇ、ぜぇ……」
「シャアアアアアアッ!(………………ッ!)」
まただ。
バジリスクの発する声は、言葉になっていない。
こいつ、もしや暴走しているのか!?
「フォルさまぁ!? ああ、なんて酷い怪我を……!?」
「だ、大丈夫かフォル!」
従魔のふたりが慌てて駆けよってきた。
リコッタがザックから救急セットを取り出して、傷を手当てしようとする。
しかしこの程度の治療では、応急処置にもならない。
「と、とにかく血を止めて、解毒しないと! オストさん! フォルさまを治療をしている間、バジリスクさんの足止めを、お願いしたいのです!」
「わ、わかった! 任されたぞ!」
麒麟姿のオストが全身に雷を纏わせながら、バジリスクに向かって駆け出した。
「うぅ。この蛇、強そうじゃないか……。ええい、仕方あるまい! この僕が相手だ!」
「キシャアアアアアアアア!」
聖獣と魔獣。
2体の幻想動物が争いあう。
その間にリコッタは、なんとかして俺を手当しようと四苦八苦していた。
「ああ……、ダメなのです。こんな下級ポーションや解毒草じゃ、焼け石に水なのです……」
リコッタは今にも泣きだしそうな顔だ。
まったく情けない顔をしよって。
従魔にこんな顔をさせるもんじゃない。
俺は彼女を安心させようと、もふもふの頭にぽふっと手を置いた。
「し、心配するな……。これしきの事、どうということもないわ……。かはっ」
「そんな……、そんなわけないのですよぉ……」
安心させるつもりが、逆にリコッタの顔が歪んだ。
おかしいぞ?
こんなはずでは……。
ふと思い返す。邪龍テイムに赴いたときは、傷ついたリコッタを俺が介抱してやったな。
今回はあのときとは真逆という訳だ。
「あぁ、そういえば……」
不意に思い出した。
良いものがあるじゃないか。
「お、おい、リコッタ。俺の胸の内ポケット。……がはっ。そ、そこにエリクサーの小瓶があるのだ。それを使え……、げほっ」
あのとき勇者の目を誤魔化して、ポッケないないしたエリクサー。
まだ半分くらい残っていたはずだ。
ちょろまかしておいたそれを、念のため懐に忍ばせていたのだ。
リコッタが慌てて懐をまさぐってくる。
「あった! あったのですフォルさまぁ!」
リコッタがぱぁっと笑顔になった。
喜色満面だ。
大慌てでエリクサーを俺に振りかける。
途端に傷口が淡い輝きを発しながら塞がった。
身体中から毒が抜けていくのがわかる。
「よがっだぁ……! よがっだのですよぉおお! びぇぇん……」
窮地を脱した俺に、泣きじゃくるリコッタが縋り付く。
ずびびと鼻水を俺の服でかんだ。
「んな!? ばっちいだろうが! ええい、もういい! お前は離れるのだ!」
「そんなぁ! あうう!」
抱きついてくるリコッタをぺっと引き剥がす。
俺は立ち上がり、離れた場所でオストと戦っているバジリスクをキッと睨んだ。
オストとバジリスクの戦いは、バジリスクが優勢だった。
麒麟の放つ雷撃を何度浴びても、凶悪な蛇の王はものともしない。
強靭な尾で、鋭い毒牙で、攻撃を仕掛けている。
逆にオストは石化の魔眼を回避するため、常に素早く動き続けなければならず、疲労困憊していた。
「待たせたな、オスト!」
「はぁ、はぁ……。回復したかフォル! もう大丈夫なのか!?」
頷いて見せると、オストの雰囲気が和らいだ。
きっとこいつなりに俺を心配してくれていたのだろう。
ふふふ。
なかなか主想いな愛いやつめ。
臨時手当でもつけてやるまいか。
おっと思考が脇道に逸れた。
いまはそんなことを考えているときではないのだ。
「復活したならバジリスクの相手を手伝ってくれ! こいつは僕だけじゃ手に負えない!」
「そのことだが、オストよ! お前はこの場を離れて、邪龍舎に向かえ! モツァレラを解放してくるのだ!」
オストが首を傾げた。
「なぜだ? 共闘しないのか?」
「馬鹿者! わからんのか! いまが千載一遇のチャンスなのだぞ!」
この程度のことにも思い至らないとは、霊獣麒麟ともあろう者が、なんというおつむの弱さだ。
俺は悲しいぞ。
「バジリスクが場を掻き乱した今こそが、チャンスなのだ! レッジャーノのやつらもみんな安全な場所へと避難している。こいつを倒してしまったら、やつらが戻ってくるだろうが! だがいまならば、暗躍し放題! リコッタのやつはもうすでに、労働契約書を探させに園長室へと送り込んだのだぞ!」
オストの顔にピコンと理解の灯がともる。
それと同時に不安そうな表情を向けてきた。
「まったく悪知恵の働く主め! 趣旨は理解した。だがフォルはたったひとりで、この怪物の相手ができるというのか!?」
「侮るなよ! この俺を誰だと思っている!」
シャキーンと剣を抜いて頭上に掲げる。
刀身が月明かりを反射した。
「俺は凄腕ビーストテイマーのフォルマッジョ・クラフトマン! バジリスクの相手程度、どうということもないわ! 実は試したいこともあるのだ!」
先ほどから胸の奥で蠢き続けるこの破壊衝動。
いつかは手懐けねばならないと思っていた、魔王の力……。
今日はいい機会だ。
俺はこの力を屈服させて、自分のものにしてみせる!
「そうか、承知した! では僕はモツァレラの解放に向う! あいつを連れてすぐに戻ってくるから、それまで無理はするなよ!」
オストが空を駆けながら戦線を離脱していく。
残された俺は、バジリスクに向き直った。
「シャアアアアアアアアアア!」
バジリスクがギラリと光る瞳を向けてきた。
縦長の瞳孔で睨んで来る。
俺の体がつま先から徐々に石化を始めた。
「……ふん! 効くかそんなもの!」
意識を集中してレジストすると、石化した箇所がパキパキと音を立てて、薄氷のように砕けた。
いま、俺のこの身は、魔王の力を纏っている。
完全に制御することは出来ておらず、漏れ出した力は一端に過ぎないとはいえ、その力は凄まじい。
バジリスクの魔眼も、ものともせずである。
「今度はこちらの番だ!」
両腕を振り上げてアタックする。
剣に纏わせた闇色の瘴気を、バジリスクの巨躯に叩きつけた。
「ギジャアアアアアアアアア!」
凶悪な大蛇が苦痛に呻く。
瘴気は深緑の蛇の鱗を食い破り、内部にダメージを与えていく。
「どうだ! 思い知ったか! ……ぐぬぅ⁉︎」
意識が飛びそうになる。
気丈に振る舞ってはいるが、ずっと俺は湧き上がる破壊衝動と戦っていた。
この悪意に飲み込まれてはいけない。
飲み込まれたが最後、俺は自我を失い暴走してしまうだろう。
目の前のバジリスクのように。
「ぐ、ぐぬぬぅ……」
「シュワアアアアアアアアア!」
悪意の侵食を意志の力で抑え込んでいると、バジリスクが尻尾を叩きつけてきた。
無防備を晒した俺に、その攻撃を防ぐ術はない。
「ぐはぁっ!?」
吹き飛ばされた俺を、バジリスクが追撃してきた。
毒牙を見せつけながら、噛みつこうと襲い掛かって来る。
しかしバウンドするように地面を跳ねていた俺は、すぐさま起き上がり、迎撃体勢を整えた。
「思い上がるなよ、三下!」
バジリスクの顎を下から蹴り上げてやる。
続けて体ごと飛びあがり、蛇の鼻っ面に強烈な胴回し蹴りを叩き込んだ。
頭部を上下からしたたかに打ち据えられたバジリスクは、声にならない叫び声をあげながら、
俺から距離をとる。
「はぁ、はぁ……。どうした! 掛かってこないのなら、こちらから行くぞ!」
戦いはこれからだ。
切れた息を整える。
黒い悪意に飲まれないように確と気合いを張り直して、俺はバジリスクへと飛び掛かった。




