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slapstick fantasy ~王都外れの幻想動物園~  作者: 猫正宗
第1章 邪龍を捕まえて見世物にしよう!
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01 経営資金がまったくない!

「……経営資金が、ない」


 ソファに浅く腰をかけた俺は、うんうんと唸りながら頭を悩ませる。

 園長室のわりには極端に飾り気の少ない部屋。

 腰を下ろしたソファもツギハギだらけだ。


「あーもう、どうすればいいのだ!」


 思わず両手で頭を抱えた。

 いかにも悩んでますというポーズだが、実際に悩んでいるんだから仕方がない。


「はぁ、参った。……金……カネ……」


 またひとつ溜め息をつく。

 とにかく金がいるのだが、金策をするアテや方法がまったく思い浮かばない。

 正直俺は頭を使うのが得意ではないのだ。

 今まであまり深く物事を考えずに生きてきたのが、ここにきて仇になった。


「大丈夫なのですか、フォルさま」

「……リコッタ」

「そんなに根を詰めて悩んでも、いい考えは浮かばないのですよ」


 腕の隙間から見上げると、猫のような耳を生やした童顔の少女がそこに立っていた。

 見た目は十代の中頃。

 肩口で切り揃えた栗色の髪が良く似合っている。


「お茶、ここに置いておくのです」


 こいつの名前は『リコッタ』。

 幼い頃からの俺の相棒で、かつ従魔でもある山猫の少女だ。

 リコッタはお盆を胸に抱えて、えへへと能天気に笑っている。


「すこし休憩したほうがいいのです。煮詰まるといいアイデアも浮かばないのですよ」

「……まぁ、そうだな」


 勧めに従ってソファに深く腰掛け直し、リコッタの淹れてくれた茶をズズッと啜った。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 俺の名はフォルマッジョ・クラフトマン。

 通称『フォル』。

 弱冠二十代前半ながら、王都の冒険者ギルドでトップクラスまで上り詰めた、凄腕のビーストテイマーだ。


 ……だが、凄腕冒険者だったのは少し前までのこと。

 引退した今となっては最早ただの元冒険者である。


 俺が冒険者を引退した理由。

 それは死んだ親父から幻想動物園を受け継いだからだった。


 少し前、親父が亡くなった。

 前から内臓の病を患っていたのだ。

 多分あれは、酒の飲み過ぎが原因だったのだろうと俺は思っている。


 親父は今際の際に、自分が経営していた幻想動物園を俺に託した。

 王都の片隅にあるうらぶれた幻想動物園。


 その名も『クラフトマン幻想動物園』。


 それは親父が生涯をかけて育んできた大切な動物園である。


『なぁフォルマッジョ? お前ビーストテイマーになったんだってなぁ』

『……ああ』

『そっかそっかぁ。安心したぞ。これで幻想動物園の運営もばっちり託せるなぁ』

『…………おう、任せろ』


 その言葉を最後に、親父はぽっくりと逝ってしまった。

 俺には正直、ビーストテイマーであることと、幻想動物園をうまく経営することの因果関係はよく分からなかったが、それでも親父の最後の言葉だ。

 取り敢えずは頷いておいた。


「はぁ……茶がうまい」


 ほどよく温かいお茶にホッとひと息つく。

 リコッタの淹れるお茶は美味い。

 長年俺に付き従って従魔をやっているだけはある。

 俺の好みを知り尽くしているのだ。


 ポケーッと放心状態でお茶を飲んでから、リフレッシュした脳みそで再び問題に向き合う。

 親父が託していったこの幻想動物園。

 ぶっちゃけるとこれが、……経営難の借金まみれだった。


 経営難に陥った理由はいくつかある。

 なかでも最大の理由は、数年前、王都の商業地域に隣接する一等地にライバルとなる幻想動物園が開園されたことだ。


 新しく開かれたその幻想動物園の名は『レッジャーノ幻想動物園』。

 天下のレッジャーノグループの名を冠する幻想動物園である。

 ウチはこいつに根こそぎ客を持っていかれた。


 親父もなんとかレッジャーノに対抗しようと、色んなイベントを催して客を呼び込もうと奮闘したようだが、結局はどうにもならなかったらしい。

 そりゃそうだ。

 なにせ相手は王室御用達としても有名なあのレッジャーノ。

 新規オープンした動物園は立地もよく広告もバンバン打つし、なんといっても資金力からしてまったくもうウチとは比べ物にならない。


 少し例を挙げてみよう。

 たとえばこちらの幻想動物園が普通の馬を仕入れて展示したとする。

 するとあちらはペガサスを仕入れて展示する。

 こちらが奮発して山羊と蛇と獅子を展示したら、あちらはキマイラを展示する。


 一事が万事、こんな調子なのだ。

 お客さんがどちらの幻想動物園に魅力を感じるか。

 そんなのは一目瞭然である。

 これでは勝負にもなりゃしない。

 それにあちらの園長に収まったのは商魂たくましいやり手の若い女性で、レッジャーノ本家の身内のものだと聞く。

 その本気度がわかるってもんだ。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ――ジリリリリリッ、ジリリリリリッ!


 ぼうっと考え込んでいると、突然、魔法電話のベルが鳴り響いた。

 思わずビクッとしてしまう。


「うひぃ!? リコッタ! で、電話に出るのだ!」

「えっ!? わたしが出るのですかっ!?」

「いいから早くでるのだ!」

「は、はいなのです!」


 電話の相手には、大体見当がついている。

 リコッタは緊張しながらも、震える指で恐る恐る受話器を持ち上げた。


「は、はい! クラフトマン幻想動物園なのでブヒュッ――」


 思いっきり噛みやがった。


「…………こちら王都中央銀行のものです」

「ひゃ、ひゃい!」


 案の定、電話は借金返済の催促だった。

 リコッタは受話器を耳に押し当ててピッと背筋を伸ばし、電話口に向かって何度も「すみません、すみません!」と頭を下げている。

 俺はそんなリコッタの背中を、嘆かわしげに見つめる。


「はいなのです! 利息分だけでも必ず、必ず今月中にお振込みするのです! はい、はいっ、すみません! すみません! ホントにごめんなさいなのです!」


 受話器からツーツーと、通話終了の音がなっている。

 それがここまで聞こえてきた。


 どうやらリコッタの平謝りで、なんとか元本の返済は待ってもらうことが出来たらしい。

 だが早急に利息を支払う必要があるようだ。


 けれども手元に金はない。

 さらに言うなら貯金もない。

 こんなことなら冒険者時代に少しだけでもお金を貯めておけば良かった。


 とはいえ今更そんなことを嘆いても仕方がないし、そもそも冒険者なんてやるような者は貯金なんてしない。

 宵越しの銭は持たぬと、そんな輩ばかりなのである。


「……はぁ、どうすればいいのだ」


 弱音を吐きながら、ツギハギだらけのソファに腰掛けなおした。


「うぬぬ……」

「…………フォルさま」


 しょぼくれる俺の隣にリコッタが座る。

 慰めるように背中を摩ってくれている。

 だけどいまは、その優しさがつらい。


「ん? これは……?」


 項垂れる俺の視界に、とある新聞記事が飛び込んできた。

 そこには大きな見出しでこう書かれてあった。


 『邪龍、目撃相次ぐ!』。


 興味を惹かれて目を通す。

 街道を進んだ先にある峠で、凶悪な邪龍の目撃報告が相次いでいるらしい。

 王都からもほど近い峠で邪龍出没とは、これまた物騒なこった。


(……ん? 邪龍?)


 何かが引っかかる。

 喉元に魚の骨でも引っ掛かったような違和感。


 ……邪龍、邪龍?

 はッ!?

 邪龍だと!?

 ピコーンと閃いた。


「……そうだ。……そうだっ!」


 素晴らしい気付きに思わず声が漏れた。

 ソファを揺らしてガタッと立ち上がる。


「……フォルさま? どうしたのですか?」


 リコッタが俺を懐疑そうな顔で見つめてきた。

 俺も彼女を見つめ返す。

 半開きの口の、ぽけーっとした間抜け面が目に映った。

 頭の山猫耳をきょろきょろと忙しなく動かして、まったく可愛くはあるがバカっぽいやつめ。


「……ふふ、ふふふ。……いける。これならいけるぞっ!」

「えっと……。フォルさま? い、一体どうしたというのですか?」


 リコッタの視線に、頭のアレなひとを見るような色が混じる。

 こいつ、失礼なやつだな。

 不審がってきょとんと首を傾げたその山猫少女を、俺は効果音でも入りそうな大袈裟な素振りでズビシッと指差した。


「なにをしているリコッタ! 出掛けるぞ! はやく準備をしろ!」

「え? はえ? 急にどうしたのですか?」


 いきなりの命令に、リコッタはついてこれない様子だ。

 わたわたしながら戸惑っている。


「ええい、のろまなやつめ! グズグズするな! わからんのか!」

「は、はい! でも何がどうなって……。はぇぇ?」

「よかろう。教えてやる。……邪龍だ」

「…………はい?」


 これほどのヒントを与えてやっても、まだわからんのか。

 オツムの残念な相棒だ。


「お前なぁ……」


 俺は悲しいぞ。

 仕方がないので、この素晴らしいアイデアを披露してやることにした。


「邪龍だよ、邪龍! 新聞記事のこいつ! この龍を捕まえて園の見世物にするのだ!」

「うえ!? は、はえええええええっ!?」


 リコッタが目ん玉を見開いて驚いた。

 なに言ってんだコイツ、マジモンの馬鹿じゃねえのって表情だ。

 従魔のくせに、やっぱり無礼なやつだなこいつ。

 これはあとでお仕置きが必要かもしれん。


「無理無理無理無理ぃぃ! 絶対に無理なのですよぉ!?」

「ふはっ。いけるいける! 絶対いけるって! こいつ見世物にしたら客足マックスだ! 入園料ががっぽがっぽ手に入るぞ! ふはははははははっ!」


 こりゃあもう成功が約束されたようなものだろう。

 笑いが止まらん。

 狭い園長室に、俺の高笑いする声が響き渡った。

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