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slapstick fantasy ~王都外れの幻想動物園~  作者: 猫正宗
第3章 潜入!レッジャーノ幻想動物園
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03 モツァレラがお馬鹿でつらい

 来園客の人垣を割って、赤いカーペットが敷かれる。

 そこに何人もの黒服SPたちが現れて、左右に列をなした。


 その中央。

 カーペットを踏みしめながら、女がひとり歩み出てくる。

 すぐそばには、執事らしき初老の男が控えている。


「おーほっほっほ、……ごほっ! ごほっ!」

「なんなのだ、お前は!?」


 突如として現れた女は、赤いドレスに身を包んでいた。

 見た感じは二十歳そこら。


 長く艶めく赤髪のその女は、一通り咳き込んでから、気を取り直してこちらに視線を向けた。

 その瞳は、むせすぎて若干涙目になっている。


「ん、ん、あー、こほん! あなたがクラフトマン幻想動物園の二代目園長ですわね?」

「そうだ! 俺がクラフトマン幻想動物園の現園長! フォルマッジョ・クラフトマンだ!」

「そしてわたしが、相棒の従魔リコッタなのです!」


 高らかに名乗り上げてやる。

 リコッタが俺の隣に並んで、よく分からないポーズを決めていた。

 目の前の女は、興味深げに俺たちを観察している。


「そういうお前は何者なのだ!」

「私? 私はパルミジャーノ・レッジャーノ! 聞いたことくらいあるでしょう?」

「はぅあ! フォルさま! このひとが、この幻想動物園の園長さんなのですよ!」

「な、なんだと!?」


 この女がレッジャーノ幻想動物園の園長。

 つまりは王国すべての園長の頂点に君臨する、トップオブザ園長だというのか。


「く……ッ。それでそのパルなんとかが、この俺になんの用なのだ!」

「パルミジャーノですわよ! ……あなた、そこの邪龍を連れ戻しに来たのでしょう?」

「ふん! そうだ。こいつは俺の従魔だからな。文句はあるまい」


 俺の言葉に、パルミジャーノがまた高笑いをした。

 今度は咳き込む寸前で笑うのを止めた彼女は、そのままゆっくりと背後に控えた初老の男に手を伸ばした。


「……爺。あれを」

「は、お嬢様。こちらにございます」


 パルミジャーノが受け取った羊皮紙を開く。

 腕を前に突き出して、記載されている内容を見せつけてきた。


「うふふ……。これがなにか判るかしら?」

「んん? なんなのだ、それは?」

「これは……『労働契約書』よ!」

「な、なにぃ!?」


 労働契約書。

 それは雇用主が労働者を雇用する際に、無用なトラブルを避けるために作成する契約書だ。


 元来、雇用契約とは契約書がなくても、雇用者と労働者の双方の合意さえあれば成立する。

 つまり口約束でも雇用契約は成り立つのだ。


 だが口約束はあくまで口約束。

 形に残らないことを良いことに、契約を反故にしようする輩もいないとは限らない。

 そういうトラブルに備えて雇用時に作成される契約書。

 それが労働契約書なのである。


 しかし逆に言えば、雇用者と労働者の双方の合意がなくとも、労働契約書さえあれば合意があったものと見做されてしまう。

 ある意味では危険な代物でもあるのだ。


「そ、それで、その労働契約書の内容は!?」


 まさかとは思うが……。

 俺は恐る恐る尋ねてみた。


「ふふふ。これはレッジャーノ幻想動物園と……」

「レ、レッジャーノ幻想動物園と……!?」


 生唾を飲み込む。

 俺はパルミジャーノの言葉を、オウム返しすることしかできない。


「レッジャーノ幻想動物園と、そこの邪龍との間で交わされた労働契約書ですわよ!」


 ガーンと頭のなかで音が反響した。

 ハンマーで頭部を殴られたような衝撃が襲う。


「なん……だと……」


 これはまずい。

 事がややこしくなってしまった。


 俺はとにかくモツァレラさえ連れ戻せばよいと考えてここにやってきた。

 だがコイツらの間で労働契約が交わされたことが判明したいま、無理にモツァレラのやつを連れ戻せば王国が定めた労働基準法違反になる。


 もはや一介の経営者たる俺は、園のためにも法律違反をする訳にはいかないのだ。


「モ、モツァレラさん! どうしてそんな契約をしちゃったのですか!」

「……グルォ?(……契約? はて、それは美味いのかえ?)」

「だ、だめだこりゃあ、なのです……!」


 リコッタがあたまを抱えた。

 これだからバカの相手は辛い。


 どうすれば状況を打破できるのだろう。

 チラッとモツァレラの様子を伺ってみた。


 彼女は展示スペースのなかでアホ面を下げて、「はてな?」という顔をしている。

 間違いなく、いま自分が置かれている状況すらわかっていないアホの子の顔だ。


「さぁクラフトマンの園長さん? 用が済んだのなら、早々にお帰り頂けますかしら?」

「わ、わたしたちは一応、来園客なのですよ!?」


 リコッタが必死の抵抗を試みる。

 けれどもパルミジャーノは、そんな抗議を軽くあしらってクスクスと笑っている。


「そういえばあなたたち……。商工会議所の麒麟を横取りしたんですってね?」

「そ、それが、どうしたというのだ?」

「いえねぇ。これからもあなたの幻想動物園に、不幸が起きなければいいなと思いまして」


 パルミジャーノは、まだ楽しげに笑っている。


「ど、どういう意味なのだ!?」

「……鈍いですわねぇ」


 こいつまさか……。

 ごくりと生唾を飲み込んだ。


 こいつ、王都商工会議所の手先か?

 商工会議所が我がクラフトマン幻想動物園を潰そうとしている?

 モツァレラに手を出したのも、その一環か!


「ようやく気付いたようですわね。あなたの園の動物は全部うちで面倒を見てあげますわ!」

「そんなことをさせてたまるか!」

「取りあえず次は、そこの山猫のお嬢ちゃんをウチのものにしてあげようかしら? 光栄に思いなさって。山猫ごときが王都一のレッジャーノ幻想動物園に迎え入れられるのですから」

「い、嫌なのです!」


 リコッタの抗議を無視して、彼女が指をパチンと弾いた。

 合図を受けた黒服SPたちが、俺とリコッタを取り囲む。

 じわりじわりと包囲を狭めながら、労働契約書を持って迫ってくる。


「くッ……。多勢に無勢なのだ。リコッタ! 一時撤退するぞ!」

「は、はいなのです!」


 リコッタが準備してあった煙玉を取り出して、パルミジャーノに投げつけた。


「これでも、くらえっ……なのです!」

「きゃっ!?」


 一面にもうもうと煙が立ちこめる。

 遠巻きに眺めていた来園客たちが、なんだなんだとと騒ぎ始めた。


「いまのうちだ! 一旦逃げるぞ、リコッタ!」

「合点承知なのです!」


 現時点で形勢は不利。

 ここはひとまず退いて作戦を練る必要があるだろう。


 モツァレラのことは一旦諦めて、俺とリコッタは一目散にその場を後にした。

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